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第十七章 第一話 新しい日常 加速する世界 止まる平和

 ヒルトルーンとの戦いが終わり、それから一週間が経過する。

 病院から退院した空音は朗らかな陽気の中、足取り軽く自宅へ向かう。

 見慣れた町並みが全てキラキラとして見える。私が竜機神に乗って戦ったことを知っている人物はごく一部だ。世間では、バルムンクが一機でこの状況を解決したことになっている。私はそれで十分だ。賞賛されたいから戦ったわけではない、ただ大切な人を守りたいだけだった。

 鳥のさえずりは、まるで歌を聴いているよう。木々の木漏れ日は、天使が授けた光のカーテン。ビルに反射する陽の光でさえも、私の心を映し出すような輝き。スキップでもしてしまいそうなぐらい、世界が輝いて見える。

 実王を驚かせようと思い、退院する日を黙って自宅に戻ろうと考えていた。基本的に、安易に誰かを脅かせる行為はあまり好きではない。それでも、今日ぐらいはそれぐらいの悪戯心を許してほしいと思う。……なんと言っても、今日はせっかくの退院の日なのだから。

 そうだ、今日せっかくの日だ。浮き上がる気持ちの中で、さらにポッと出現する自分なりの妙案。

 私の視線が捉えたのは前々から興味のあったケーキ屋。

 甘い物は昔から好きだったが、忙しい日々の中で久しく食べた記憶がないことに気づく。浮ついた気持ちの中で、普段なら目で追いかけるだけのお店。足は自然とその方向に向かう。

 購入させた理由は、よくある衝動買いの欲求に勝てなかったこと。そして、彼と二人でケーキを食べる姿が、あまりに幸せな光景に思えた。

 

 「ありゃ……?」


 自分の頬を触って見る。頬の筋肉が若干持ち上がっている。

 もしかして……顔がにやけているのか。そんなことは、ない。そんな腑抜けた顔などするはずがない。


 「あら、ありゃ……?」


 それでも頬の肉は私の顔を情けないものにしようする。気が抜けすぎだ、私。……でも、せっかくだ。今日ぐらいは、顔の筋肉ぐらいは素直になってほしいと思う。

 自分の気の抜けた顔を戻すことを諦め、さっさと目的のお店へと向かった。


                  ※



 そうこうしている間、気が付けば自宅の玄関にいる。

 右手に持つのは小さな白い紙箱。箱の横側に店の名前が印刷されたその箱の中には、ショートケーキが二個入っていた。

 結局、何を買っていこうか悩んだ末に手に取ったのは最もベタな苺の乗ったショートケーキ。同年代に比べてみれば、あまりお菓子には詳しくないことが災いし、結果として無難な物を選ぶことになった。

 彼に連絡でもとれれば良かったが、それではいきなり帰ってきた意味がない。嫌いな物は全くないと言っても良い彼のことだし、これだけ定番中の定番を買ってきて嫌がることはまずないだろう。文句を言うなら、無理やりにでも食べさせてやる。……それに、これは入院していた私の元に毎日通ってくれた彼のためのお礼でもある。

 人の気配がする。玄関の靴なんて見なくても、彼がこの家にいることが理解できた。


 「ただい……やめとこう」


 一言、声を上げれば彼が出てくるのだろう。私は帰宅の挨拶を飲み込むことにする。

 足元を見るのも忘れて、ゆっくりと家に上がることを考える。そっとそっと、ひっそりとひっそりと静かに廊下を進む。

 大声で喚きでもしないと見つかることはないのだろうが、そうした遊び心を入れてしまいたくなるぐらい、私の気持ちは高揚していた。

 居間に向かう途中。洗面台の辺りから、水の跳ねる音がする。

 時刻は昼。彼が風呂に入るにしては、珍しい時間だ。はて、それとも水を出したまま忘れでもしたのか。一度そうしたことを考えてしまえば、無視することもできずに、これまた無意識に洗面所に向かう。

 相変わらず水の音が聞こえる。扉に手を伸ばすと、特に考えることもなく横に引いた。


 「は……?」


 「え……?」


 遭遇。そこにいるのは、下着姿のルカが蛇口を締めるところ。

 バッチリと目が合うルカと私。

 考える。考える。思考する。どれだけ頭を巡らせても、ここに白い下着姿であまり主張しない胸や尻を露出するルカがいることに行き着かない。もしかしたら、ここが実はルカの家で、私が間違えて帰ってきてしまったのか。いや、それはありえないだろう。というか、何を言っているんだ、私。


 「ぁ……きゃあああ――!」


 硬直する私を放って、事態は加速する。先程まで、赤い目をしていたルカの両目が黒色に変わると、顔を真っ赤にして胸を隠すと体を屈めた。……何故そこで、悲鳴を上げる……。

 ドタドタドタと、駆けて来る音。音の主は、よく知った人物、雛型実王。


 「――どうした! ルカ! ……って、空音!?」


 廊下から駆けて来る彼は、私が声を上げるよりも早く洗面所を覗き込んだ。


 「あ」


 「いやあぁぁぁぁ――!」


 本日、二度目の耳にする悲鳴。そりゃそうだ、下着姿の状態で異性である実王が飛び込んできたのである。私は少しずつ覚醒する思考で、実王の言葉に耳を傾ける。


 「ち、違うんだ。悲鳴が聞こえたからっ。なにか、あったと思ってな! あ、そ、空音も帰ってきていたのか! おかえり! いきなり帰ってきてびっくりしたなぁ。連絡してくれたら迎えに行ったのに! 荷物とかはないのか、だったら、運ぶの手伝お――うべぇ!?」


 自分の状況が良くない立場に置かれていることに気づいた実王は必死に言葉を取り繕う。しかし、休むなく飛び出す発言は、実王の首を絞める結果にしかならない。私は、それでもと会話を続ける実王の頬にビンタの帰宅の挨拶を送った。


 「とりあえず、見るな。出て行け」


 頬を押さえて視線を低くした実王を蹴飛ばせば、未だに目を潤ませるルカを放置して洗面台を力いっぱい閉めた。

 直後、洗面台から大きな笑い声が聞こえた。……なるほど、これが話に聞いていた東堂ルカとルカの人格というやつか。

 きっとこれから起きることは考えもしてなかった面倒なこと。それに気づき、私は深くため息をつくと、二つのケーキが入った箱を冷蔵庫に入れに行くことにした。

 ――実王のばか。

 一言、大きな心の声が頭を埋め尽くしていくのだった。



               ※



 場所は慣れ親しんだ、いつも居間だった。中央の小さなテーブルが、とても懐くしく見える。

 実王の淹れてくれたお茶が三人分。私、実王、ルカ。恐らくルカ専用の桃色の湯のみ。嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 実王は居心地悪そうに、頬を搔いている。どこで話を切り出すかを悩んでいるようにも見える。当事者であるルカもオッドアイの瞳を楽しげ動かして、私と実王をキョロキョロと見る。まるで、他人事のようだ。しょうがないので、私から口を開くことにした。


 「……ほら、何か説明することがあるのよね」

 

 落ち着いた声を出す。実王は以外そうな顔を一瞬浮かべて、こほんと咳払い。

 こう見えても、あえて落ち着いた声を出すことを努力しているのだ。この様子では、そのことにも気づく様子は皆無である。


 「ルカがさ……もともと、住んでいる場所に住めなくなったらしいんだ。それを聞いたヒヨカが、俺の家に住むようルカに提案したんだ。俺もルカのことが心配だったから、好都合かなと思ったんだ。困っている時はお互い様だし、この間の戦いもルカに助けられたし……だから――」


 「――一緒に住むことにしたと」


 「う……は、はい」


 鋭い視線を受けた実王は、また気まずそうに視線を逸らす。

 ヒヨカか。なるほど、きっと、アイツは面白がっている部分もある。昨日もヒヨカは見舞いに来ていたが、提案した本人はことの成り行きを面白がっているのだろう。


 「私が怒っている理由は分かる?」


 「る、ルカを住まわせているからか……」


 実王はチラチラとルカの方を見ながら、少し小声になりつつ言う。


 「そこは別に怒ってないわ。実際、大変な時を助けてもらった恩人でもあるのだし、あそこまで堂々と一緒に戦ってくれた人間を今さら敵だと思うほど馬鹿じゃないの。……問題はそこじゃない、私が言いたいのは、黙っていたことなの」


 「いや、その件についてはな……言い訳するみたいで嫌なんだが……。ヒヨカがな、退院する前にルカのことを教えるなら空音がいろいろと気を遣うだろうから伝えるのは退院ギリギリになってからにしてほしい。と言われたんだ。だから、空音が退院する直前に伝えようと思ったんだが」


 やはり、黒幕はヒヨカか。なんとなく、こうなることを予想して実王にこうしや行動をとらせたのだろう。しかも、実王なんてヒヨカの言葉に一切の疑問を持たずに、素直に聞いているし。


 「はぁ……。もういいわ、とりあえずこれからのことは少しずつ相談していくことにしましょう」


 深いため息をつく。これはポーズなどではなく、内心、本当に疲れているのだ。もっと特別な気分で帰ってきたはずなのだが、なんだか冷たい水を頭から浴びせられた気分だ。


 「なあ、空音。まだ何か怒っているのか……?」


 実王がおずおずと聞く。慎重なその姿に、私は腫れ物か何かかと文句を言いたくなる。


 「怒ってないわよっ。だけど、同世代の男女が同じ一軒家で生活するのは、いろいろと大変なの。ルカも節度を守った行動をお願いね」


 少し言い方がきつくなったかもしれない。ついで言うなら、視線も少し厳しいかもしれない。そう思ってはいるのだが、ついついルカにそうした行動をしてしまった。

 案の定、ルカはつまらなさそうに視線を受ける。


 「へえ、空音さんも実王も同い年ですよね。――空音さんは大丈夫で、私がダメな理由てあるんですか」


 挑戦的な目つき。その二つの輝きを持つ目が怪しく光り、私の心を見透かすようにジッと見つめる。


 「わ、私は……」


 言葉が出てこない。なんで、自分のことは大丈夫だと考えたのだろうか。正直、言われてみて初めて疑問に思った。

 戸惑う私にルカがさらに声を向けた。


 「まあ空音さんが何と言おうと私と実王の関係は特別な絆で結ばれていますから」


 「おい、余計なことを……」


 実王がルカに割って入ろうするが。


 「実王は黙っときなさい」


 「静かにして」


 「は、はい……」


 ルカと空音は目線で火花を散らしながら、実王を遮る。しょうがなく、実王は部屋の隅で体を小さくすることに専念した。


 「どういうことかしら、ルカ。貴女と実王が特別な関係なんて」


 「だって、そうでしょう。二人で苦楽を共にして、空音さんよりも近い距離で寝食を一緒にしてきました。どうしたって、私と彼の絆を引き裂くことはできないですよね。そうでしょ、そうですね、そうに決まってますよねえ。――それに、一緒の布団で夜を過ごしたこともありますよ」


 「い、一緒の……!?」


 ほれ見ろと自慢げに胸をを張るルカ。

 頭に浮かぶのは毛布に包まった裸の二人の姿。実王がリードして、それを追うように年下のルカが……。

 顔を赤くして咄嗟に反応する。


 「――実王は童貞よ!」


 とりあえず、事実だけを叫んでおく。


 「空音さん、何を言っているの!?」


 耳まで顔を真っ赤にして、顔面を覆いながら、実王は崩れ落ちた。


 「や、やるわねえ……」


 口元にニヒルな笑みを浮かべるルカ。


 「――なにが!?」


 そんな小さな呟きですら、反応してしまう実王の実力に驚きながら、私は勢いよく席を立つ。


 「もういい、ちょっと出かけるから……。じゃあね。お二人で仲良く!」


 「待ってください、空音さん……!」


 ルカの声の雰囲気が変わる。高めのトーン。これはよく知っている。東堂ルカの方なのだろう。


 「一緒に寝てしまったのって実は私で……。あの時、寝ぼけてしまっていて、偶然間違って入った部屋が実王さんの部屋で……実王さんがいることにも気づかず、そのまま布団の中に潜り込んでしまって……気が付いたら、実王さんと一緒の布団まで朝まで過ごしていました……。で、でも、本当にそれだけなんで!」


 「ルカ……」


 必死に告げる黒目のルカ。その姿に、実王は目を細めて嬉しそうな声を上げた。

 そこまで必死に聞かされれば、外に向いていた足が少しずつ内側に傾く。

 私も言いすぎた。この辺で、仲直りの言葉でも交わそう。そうして、二人で近くに買い物にでも行こう。そうして、互いに仲良くしていけばいいのだ。

 私は子供過ぎた自分に反省しつつ、謝ろうとルカに体を向けた。すると、その目はオッドアイのルカへと変化していた。


 「――でも、実王さんは朝まで強く私達を抱きしめてましたよ」


 ニッコリと悪魔の笑顔を見せるルカ。

 向けていた体を玄関に再び反転。


 「――じゃあね! お幸せに!」


 「ルカ、何を言ってんだ!? ――て、ああ! 空音ぇ!!」


 私はそのまま玄関へと駆け出していくのだった。

 先程は、頭の中に浮かんでいた言葉を吐き出そう。


 「……実王のばか」


 病み上がりということも忘れ、私は駆け足で玄関を飛び出した。 


 


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