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第十六章 第三話 希望と憎しみと愛と純粋

 大きく広がる光は確かに大陸の怒りの鉄槌にも思えた。ヒヨカはその光景に、目を大きくさせる。

 私を乗せて来てくれたリトさんに頼み、空音を救出。苦しそうに悶える姿の空音に身を引き裂かれる気持ちになりながら、都市の病院へと向かわせた。

 自分も一緒に行きたい、そんな落ち着かない気持ちを無理やり静めて再び都市の門の前に私は立つ。そうして、外で繰り広げられるバルムンクとブリュンヒルダ、ヒルトルーンの戦いを見守る。

 見守り続けた戦いは終わった。この光の先には彼が居るはずだ。先程、私達を恐怖させた存在はいないのだ。祈りにも似た思い、強くその先を見つめた。

 勇ましいシルエット。そこには、刀を振り落とした状態で動きを止めているバルムンク。機体から感じる疲労の色。私は、それでも肩の重い荷物が下りていくのを感じる。――こうして、ヒルトルーンを倒すことに成功した。



                ※



 走る、走る、走る。疲れなんて吹っ飛ばして走り続ける。

 都市で一番大きな病院の廊下を俺はひたすらに走り回る。一秒でもエレベーターを待つようなら非常階段を目指し、段差を二段飛ばしで進み、目的の階に到達。落ち着いて呼吸をする間もなく、全力疾走。


 ――廊下で走らないでください!


 誰かにそう怒られた。ごめんなさい、心の中で謝り速度を上げた。目的の病室は二〇二号。全身で息をしたまま、個室に飛び込む。


 「――空音ッ!」


 目に痛いほどの強烈な白が飛び込む。窓際にはシミのないベッドがぽつんと一つ。

 横たわるその顔はずっと心の中で描き続けた少女。まるで生きていない人形のような顔立ち、病室に負けないほどの色白の肌はこの世界の住人には見えない。病院という場所の雰囲気もあり、その光景は不安にさせた。


 「おい、空音……」


 音ない部屋に俺の声がすっと響く。

 何か喋ってくれ、俺に声を聞かせてくれ。切実な願いを込めて、少しずつ横たわる彼女に近づく。


 「静かね……」


 空音がパチリと目を開いた。その大きな瞳は、天井を見つめる。

 まだ陽は高いが、少しずつ暮れはじめた太陽が病室の色を明るいものに変える。

 鼓動が早い。なんでこんなに脈を打つのが早いんだ。それに胸も痛い。ドキドキするな、俺。


 「あ……ああ、静かだな」


 「汗……」


 「え」


 「汗臭いわ」


 自分の服の匂いを嗅いでみるが、そんなに臭いのかなと首を傾げてみる。

 恐る恐る空音を見てみれば、当の本人は小さく笑みを浮かべていた。


 「嘘よ。それに、その汗は私のために流したものなんでしょ?」


 半年前まで恥ずかしさから、悪態の一つでも吐いて照れを誤魔化すだろう。しかし、ここまできて、そうした行動こそ恥ずかしいものだと考えた。


 「……ああ、まあな。急いで会いに来たんだ」


 他の大陸からお前のいる大陸まで、全速力で。お前のために、空音を助けに来た。

 心の中でそう付け足し、手汗を背中で拭きながら返事をした。


 「今日は素直ね。……びっくり。いろいろと大変だった様子ね。顔つきが少し違うもの」


 体を寝かせたままの空音は目を横に向ければ、俺を静かに見つめる。その視線が優しく温かく、胸の中にぼんやりと熱がこもる。

 そうは言う空音の顔つきもどこか違うように見えた。どこか疲れていて、それとなく強い意思を目の奥に感じさせた。


 「空音も、いろいろと大変だったみたいだな」


 「ええ、おかげさまで。本当に大変だったの。たくさん……伝えたい話があるの」


 空音の薄笑いは切なげで、俺はその顔だけで彼女の苦労をこの身に感じる。


 「俺もいろいろ話たいことがあるんだ……。でも、とりあえず――」


必要な時に近くにいることのできない申し訳なかった気持ちもある、早く会いたいと焦った自分もいる。伝えたいこともたくさんある。浮かぶ言葉は大量に、出てくる言葉は少ない。それでいいさ、時間はまだある。こうやって無事に出会えたことに感謝して、今は始まりの終わりの言葉を交し合おう。


 「――ただいま。待たせたな」


 こちらを見ていた視線を天井に戻す空音。そして、満足そうに目を閉じた。


 「――おかえり。とても長い時間、待った気がするな」


 カーテンが揺れる。開いた窓から吹き込んだ風は、新たな平和の存在を教えてくれた。失われた平和、手に入れた幸福、これでいい。……これ以上の幸せは存在しない。俺には、もったいなさすぎる平穏の時間だった。



               ※



 ルカとヒヨカ、二人は病室の扉をゆっくりと閉めれば壁に背中を預けた。

 実王を追いかけてきた二人だったが、これ以上自分達がいては再会した二人の邪魔になるのではないかと判断した。

 ルカは隣のヒヨカの表情を盗み見みた。その視線はどこを見ているか分からないが、とても満ち足りた顔に見えた。

 戦場に出てきて、住人の盾代わりとして立ち向かう巫女。片や、バイルは憎しみと快楽のままに住人達を滅ぼすために戦場に出る巫女。どちらも大陸のための人々のための戦いだったはずだ。一体、どこで二人にこれほど差が出たのか分からない。

 バイルは負けた。戦争を通して、相手の意見を否定することに成功した。正しさを証明した。


 「ねえ、ルカさん」


 ヒヨカの顔が、屈んでいたルカを見る。


 「なんでしょうか」


 「行くあてはあるんですか? もし良ければ、これからイナンナの竜機神の乗り手として力を貸してもらえませんか」


 ルカはその提案に言葉をなくす。

 敵国の、しかも、主力になっている人間を自分の大陸に誘おうとしているのだ。東堂ルカですらまともに喋る機会もなかった人が、自分を側に置こうとしている。


 「利用……する気ですか……」


 警戒心を強めて、ジッとヒヨカを見据える。

 ヒヨカは弁解するために胸の前で手をパタパタと振る。


 「違いますよー。これは単なるお願いです。断ったからといって、イナンナから追い出すようなことは考えていません。そちらの都合が良ければ、東堂ルカとしてここで生活をしてもらっても構わないんですよ」


 「正気なの……」


 ありえないものでも見るようにヒヨカに視線を送るルカ。

 ヒヨカは胸を張り、そこを叩いてみせた。


 「正気も正気です。今の私達には力が足りません。この大陸の崩壊を止めるためにも、もっと力が必要なんです。このまま戦争を続けていけば、この世界はおかしくなっていくように思えるのです。もしも、おかしくなる前に止めることができないのなら、私達にできるのは起きてしまった後に、どう対処するかが必要になります」


 「そのために、私の力が必要だって言うの? 」


 「ええ、無論です。今のイナンナのやるべきことは戦うことではなく、みんなで誰も傷つけずに世界を救うことが目標なのです。しかし、その過程で避けては通れない存在は必ず現れます。そうした場合、降りかかる火の粉は払います。ただ、その時に振り払うための剣がないといけません。……だから、ルカさん。私達の剣として力を貸していただけませんか」


 必死なヒヨカの視線と複雑な表情を浮かべるルカ。交錯する視線は、迷いとそれを根本から断ち切るほどの真っ直ぐな目線。数秒の間隔、諦めたという感じにルカは息を吐く。


 「……巫女様にそこまで言われたら、仕方ありませんね。しかし、敵の乗り手なんて味方に引き込んだら、イナンナで立場を悪くしたりしませんか?」


 うんうん、と頷くヒヨカ。しばらく考えるように、目線を上に向けて顎に手を置く。考えるフリだけをしたヒヨカは、すぐにニッコリとした笑顔をルカに向けた。


 「大丈夫です。イナンナの人達なら分かってくれると信じています。だから、私が頑張るんです。もしも文句を言う人がいるなら、そんなことないと私が一人一人に語りかけます。――だから、心配ないのです」


 面食らったという感じにルカは目をパチクリ瞬きをする。ルカは、目の開閉運動をここまで間抜けにしたことはなかった。ルカの顔から毒気を取ってしまうほどの、強く平和的で穏やかする言葉。

 ヒヨカは馬鹿ではない。きっと、私を招き入れることで出てくる障害のことも考えている。それでも、このお花畑にいるようなとぼけた返答。

 私は知らず知らずの内に、口元には笑みを浮かべていた。


 「……ほんと、不思議な人。こんな私でいいのなら、是非ご協力させてください。その愚かでありながら、真っ直ぐな理想の先を私も知りたい。――これから、よろしくお願いします」


 ルカは劇団に戻るのはしばらく先になりそうだ。と、頭の隅っこ考えながら、腰を上げて頭を深く下げた。

 ヒヨカは慌てて、腕をジタバタと上下に動かす。


 「ああっ……! そんなに畏まらないでください。これから、一緒に頑張るんですから、もっと気楽にっ。顔を上げてくださいっ」


 あたふたと慌てふためくルカの姿に、これからも仲良くできそうだと親近感を感じさせた。

 ヒヨカは、そういえば、と思い出したように手を叩く。


 「……言い出しにくいことがあるのですが、もともとの東堂ルカさんの部屋は調査をした際に、私物の全てをこちらで回収し廃棄の方を行ってしまっているんですよ。……すいません……」


 申し訳なさそうに、眉を垂れるヒヨカ。今度はルカが慌てる番だった。


 「謝らないでください、それぐらいのことは考えていました。それに、寝ることができるなら、どこでもいいです。例え、家畜と一緒に生活しようとも――」


 「――そんなのダメですっ。ルカさんは、女の子なんですから、そういうところで妥協したら怒っちゃいますよ」


 めっ、という感じにヒヨカはルカの鼻に人差し指を押し付けた。そのままで、ヒヨカは言葉を続けた。


 「そこで、一つ提案があります。とても良い、下宿先があるのですが――」


 ルカはヒヨカの含むような笑い方に、小さく首を傾げた。

 ルカはそれほど反応していなかったが、ヒヨカの提案を心の中で聞いている東堂ルカは絶叫することになる。


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