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第十六章 第二話 希望と憎しみと愛と純粋

 空を裂き、風を纏えばバルムンクはヒルトルーンへと突進する。

 咆哮を上げて向かってくる実王。大きく後ろに下がるヒルトルーンは、両手を背中に向ければ薙ぐように前方へと振るう。距離は腕三つ分、まともな人型の機体ならこの距離で手を伸ばしても届くはずはない。しかし、それでも奴は届くのだ。届かせることができるのだ。


 『ぐうぁ……!』


 右のパンチはバルムンクの顔へ左のパンチは腹部へと吸い込まれる。バランスを崩して地面に転がる機体。転がる背後から出現するのはブリュンヒルダ。


 『バイル――!』


 ブリュンヒルダから発射する幾十ものクロウ。一本一本が流星に匹敵する速度で、ヒルトルーンの体を追う。

 迫り来るナイフの雨を左腕を大きく振り、次に右腕を振り、すかさず左腕、右腕。間隔を開けずに、迫り来る刃を叩き落す。その伸び縮みする腕は硬さも変えられるようで、高速で振り回す鞭状の腕を交錯し回転し振り回して全てを打ち落とす。


 『甘いねえ! ルカ、弱くなったんじゃないかい!?』


 腕の鋼鉄の硬さを柔らかくする。ヒルトルーンは両腕を後方へ限界まで引けば、ゴムの拳が発射。


 『きゃ……!』


 ブリュンヒルダの腹部を強烈な衝撃が襲う。まともに一撃を受けたブリュンヒルダは、体勢を崩せば地面に膝をつく。

 バルムンクは蹴り上げる足に力を入れる。後を追うようにブリュンヒルダも再び浮遊すれば、クロウを射出する。敵が強いのは最初に相対してから既に分かっていたものだった。だからといって、ここで退くという言葉など二人は頭の隅にもなかった。



                ※



 何度目かの焦り、数えきれないほどの痛み。眼前に出現する敵に刃を振るう。攻撃そのものを嘲笑うように、ぐにゃりと体を大きく曲げられる。

 空振りのフルスイングをするバルムンクへ向けてヒルトルーンは容赦なく腕の鞭を決める。一回りも小さな竜機神の一撃にバルムンクは大きく横へ跳べば地面へと。

 背後のブリュンヒルダも続けざまに無数のクロウを放つ。先程まで腕で防御をしていたヒルトルーンは、既に難なくクロウの山を回避する。上から落ちてくるなら、ゴム状に伸ばした腕を利用して、落下地点から体を飛ばす。左右からも来るならば、体を絞られた雑巾の形を連想させるほど元の人型からかけ離れるほどゴムの姿を変形させて回避を行う。

 攻撃後はバルムンクと同様のパターンで、次のクロウを放つまでの隙を狙われて距離を詰められるヒルトルーンの拳の鞭をくらう。

 ブリュンヒルダは体の様々な箇所を凸凹にして、バルムンクも装甲にヒビが入り、その攻撃の強さを証明していた。これが並大抵の竜機人になら、パンチ一つで体を粉砕されていただろう。


 『二人でやってこれか。つまらないな。ルカを懐柔して、二体一になってはみたがこの程度とはな。……私も忙しい身だ。ヒルトルーンの量産に新たな乗り手探し、大陸への戦後の影響も考えないといけない。――ここで、終わらせてもらおう』


 バイルがそう言うと、腕を伸ばすヒルトルーン。伸ばした先はバルムンクの後方の地面。何度か数え切れないほど見てきた腕の伸縮。ヒルトルーンは援護のために放たれたブリュンヒルダのクロウを気にもせず、バルムンクの腹部へ突進。

 内部どころか装甲に入るヒビを加速させる重い一撃。耐え切れず、バルムンクはよろめきつつ後退。


 『これで終わらないよ……!』


 突進後、すぐにヒルトルーンは両腕両足を伸ばす。伸縮性に優れた四本の腕と足、もとい四本の鞭はバルムンクに絡み付けばギリギリと絞めつける。


 「絡みつくなよ……。くっ、取れねえ……!?」


 獲物を捕らえたタコのように、バルムンクを体全身で覆えばゆっくりだが確実に機体そのものを押しつぶす圧力をかける。事実、今俺のいる操縦席にはノコギリで木の板を切る時に出るものに近いギーコギーコと不快な音が響く。

 必死に取り払おうともがいてみたも、ヒルトルーンは離れる様子がない。右手は刀を握るための握力に回すことで精一杯で、左手で引っ張ってみても全身をゴムにさせたその機体はただ伸びるだけ。

 柔らかく間抜けな感触とは正反対に明確な殺意でヒルトルーンはバルムンクを絞める。これが自分の本当の肉体なら呼吸困難でまともに喋ることもできないだろう。

 何か希望が、何か抜け出し道を。呼吸が荒くなる、焦りのまま強引に操縦桿を動かし、周囲を見る。そこにはクロウを空中に漂わせたブリュンヒルダが見えた。一抹の期待を込めて声を張り上げた。


 「――ルカ! 俺を切り裂いてもいいから、そのクロウでコイツを切り裂け!」


 『でもっ……!』


 訴えかける必死さを帯びた声。ルカがどれだけ不安に思っているのかが、鼓膜を通してひしひしと感じる。


 『できるの!? ルカ、貴女に。初めてできた大切な人を、その手で傷つけることになるの。それでも、その臆病者の武器で傷つけられるのかい!?』


 バイルの言葉にルカは混乱を深めていた。

 



                ※



 眩暈、視界が歪む。私の攻撃が彼を傷つける。あれだけ密着しているのなら、バルムンクは無傷ではいられない。

 大丈夫、前に戦った時も全力で戦ったが頑丈な装甲をしていた。それを考えれば、実王のやろうとしていることも決死の作戦ではない。まともな提案のはずだ。そのはず、なのだが……。

 人を傷つける人が怖い。恐怖といってもいい、人を傷つければ人に傷つけられる。実王と過ごした日々が、他者との関わりが他人を傷つけることの代償を教えてくれた。それがこの世界で最も嫌われたくない人間なら、その気持ちも特別だ。


 ――ルカ。私の声、聞こえる。


 東堂ルカが語りかけてきた。私は縋りつく気持ちで、心の声を返す。


 ――……傷つけたくない、傷つけたくないんだよ。東堂ルカ。私、弱くなったのかな。もう……戦えなくなっちゃったのかな……?


 教えてほしかった。急に落ちてきた恐怖にも似た不安の答えを教えてほしかった。


 ――ううん、弱くなんてなってない。ただ、ルカが優しくなっただけの話。


 ――私が……?


 考えもしなかった言葉に、食いつくよう問いかけた。それは私が過去に何度も、自分から切り離していた言葉。

 東堂ルカは嬉しそうに告げた。


 ――うん、優しいから、誰かを傷つけるのを嫌がったの。実王さんだからじゃなくて、他の誰かだとしてもきっと躊躇している。恐れることなんて何一つない。……優しさは弱さじゃない強さだよ。


 左目に熱が蘇る。東堂ルカが片目に宿ったのだ。もともと、二人で一人だったのではないかと思う一体感。欠けていた気持ちが満ちていく安定と高揚。


 ――……優しさで誰かを守るなんて……!


 ああ、私はなんでこんなにも勝手なんだろう。これだけ告げてくれた言葉を否定してまで、何を拒んでいるんだ。そんな幼子の私に、東堂ルカは優しく語り掛ける。


 ――できるよ。優しさは守る力なんだから。……ルカの怖がる気持ちも私が支えるから。二人で一人なんだよ、私達。……ルカの悩みや不安も教えて、私も優しさや愛を教えていくからさ。知らなくていい、分からなくていい……。一緒に支えあえばいいじゃない、少しずつ気持ちを知っていけばいいじゃない。――さぁ、ルカ。実王さんを助けよう。


 次に目を開く時は、敵の姿も自分が狙わなければいけないところもはっきりと視認できていた。

 うん、ルカ。教えて……優しさで守れるということを。



               ※

 

 ルカの迷いが伝わってくる。それでも、俺は迷っている暇はなかった。クロウで機体が傷つくかもしれない、それでもこのままヒルトルーンに押しつぶされるより百倍マシである。


 「いいから、やれえええ! ルカ――! ……俺を信じろ!」


 時間にして三秒。一秒で驚き、二秒で迷い、三秒で決定したルカの攻撃が放たれる。


 『実王――!』


 オッドアイの瞳に東堂ルカとルカの想いを集中させた刃の突風。

 バルムンクを絞めるヒルトルーンを切り刻む。


 『撃ちやがったね……。まあいいさ、この程度の傷など』


 ヒルトルーンの体は空を舞う、両腕、両足は切れることはなかったものの、薄皮一枚だけ残して耐えている状態だった。予想以上の鋭い攻撃にバイルも判断が追いつくことはできなかった。それでも、彼女は次の手を考えていた。その次の手は、損傷を負ったバルムンクが動けないことを想定してのもの。しかし――。


 「――ありがとよ、ルカ」


 『まさか……何故……』


 宙を浮遊する外見だけ見れば瀕死の状態のヒルトルーン。そのすぐ側に立つはバルムンク。

 ブリュンヒルダの一撃はバルムンクを傷つけるどころか、バルムンクに対して最小の被害でヒルトルーンには最大の損傷を与えることに成功した。

 ルカに礼を言えば、両手に刀を握れば頭上に構える。


 『馬鹿な! お前ごとき……』


 実王が知ってか知らずか刀に魔法の光が宿る。その振り落とされようとしている一撃は、ヒルトルーンをこの世界から完全に葬り去るための絶対的な一撃必殺の刃。


 「俺だけの力じゃねえよ。空音がいて、ルカがいて、ヒヨカがいて、お前に傷つけられた人がいて……。本当に守りたいものの重さを知っている俺達の勝ちだ。――この大陸の……イナンナの怒りを思い知れ」


 実王の怒りに比例するように刃が輝きを増す。目の前の敵を切り裂けと鼓動を打つように、魔法の光が脈を打ち、輝きとその大きさが竜の息吹を彷彿させる。掲げ上げた竜の息吹。イナンナに迫る悪夢よ消え去れと、強く迷いなく振り落とした。

 ――そうして、周囲を静かな光が包んだ。

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