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第十五章 第四話 業の竜 対 欲の竜

 私は声を上げて笑う。

 目の前の女は、私にショーを見せると言う。既に今の状態すら、奇跡的な喜劇になりつつあるのに。

 既に目の前のノートゥングは酷い状態だ。もしも、これが人間同士の戦いならとっくに意識などないだろう。両腕からは人工筋肉の繊維が飛び出し、腹部の装甲は穴を作り綿の飛び出したぬいぐるみのように抉れた肉を曝け出す。今、戦い続けていられるのは機械仕掛けの兵器を操縦して戦っているからだ。


 「――奇跡のショー? ……まったく、笑わせてくれるわ。死の間際にジョークだなんて、意外と笑いのセンスあるんじゃないのかい」


 さっと相手を小馬鹿にする。

 怒るか、泣くか、喚くか。それとも、特攻でもするか。そのどれにしても、私の嘲笑を誘うのだ。巫女でなくても、その未来が閃光にも似た映像で浮かび上がる。これは、想像。コレは妄想の映像。だが、その未来はイナンナという都市の崩壊で高笑いに変わる。

 アリの巣に電流を流すイメージ。トドメを刺そうとヒルトルーンに信号を送る。


 「さようなら、ノートゥング。さようなら、篝火。……闇に沈みなさい」


 ゆっくりと歩行していた六本の足の速度を上げる。接近し、ノートゥングは目前。多少抵抗をすると思ったが、そうした動きもなく、手に持った二本の剣を肩幅程度広げて見せた。

 高速の動きは急停止。そして、六本の腕を後ろに引けば、ギリギリまで引き絞ったバネを離すように前方のノートゥングへ六つの武器を振り落とした。


 『――ノートゥング!』


 篝火の断末魔にも聞こえる声。一瞬、ノートゥングの二本のグラディウスが青白く光った気もするが、この状況で何ができるというのだろう。

 打ち上げるはずの花火が足元で爆発するような大音量の土煙が舞う。地面に突き刺さる武器をゆっくりと持ち上げた。ノートゥングの粉々に砕かれた死骸を確認するために。……完璧に仕留めた。そのはずだった。


 「……不思議なこともあるのね」


 土煙の原因となった大穴のできた地面には欠片一つ残っていない。左右を見ても前方を見てもノートゥングの破片は見当たらない。

 私は直感的に、背後を振り返ろうとする。


 『――貴女は飛びなさい』


 何かが飛ぶ音、そして背後から篝火の声。


 「あら、そんなとこにいたの」


 次の瞬間、ヒルトルーンの首が飛んだ。



                    ※



 ずるりと横に傾けば、転がるように地面に落ちるヒルトルーンの首。二本のグラディウスを重ねた渾身の一撃。その攻撃が見事にヒルトルーンを再度破壊する。着地をうまくとるために、体を回転させて再び距離をとりながら着地。

 しばらくすれば、すぐに再生するだろう。今は、それで構わない。……今は。

 私は激しく呼吸を乱しながら、再び落ちた破片をかき集めて首と体を接着しようとするヒルトルーンに意識を向ける。


 「良かった。成功したみたい……ごほっごほっ」


 肺を握られるような鋭い痛み。私は胸を押さえて、吐き出される胃液を押さえるために口元へ手を伸ばす。ズキズキと痛む胸のままで、その手を見つめる。


 「これが力の代償か……。だから、こんなギリギリまでこの力のことを教えなかったんだね、ノートゥング。……主人想いの優しい子ね」


 手を開いて見れば、そこには小さなシミ。つい今、咳き込んだ際に口からこぼれた血液だった。

 どうやら、この力はよほど体に負担がかかるようで、今の使用でも肺は刃物でも刺さるような酷い痛みを感じる。

 自分の胸をしばらく押さえていると、再び回復したヒルトルーンが再び目を光らせた。


 『やるねえ。まだ何か隠し玉を持っているとは思わなかった』


 どこか感心した声。それでも、その声は余裕に満ちている。


 「竜機神は強力な基本性能の他に特性を持っているの。私のノートゥングもその特性を使っただけ」


 『なるほど、それが奇跡のショーてやつか。これから、少しずつネタばらしでも始めるかい?』


 私は冷たく笑う。


 「――ええ、ただタネは仕込ませてもらったけど」


 ノートゥングは地面を蹴る。早く、真っ直ぐにヒルトルーンに機体が向かう。

 ヒルトルーンはすぐに下部のサーベルを振り回す、ノートゥングは体を横にステップさせ、その刃をかいくぐる。


 『ちょろちょろと……』


 私は強く念じる。運命を作り上げる力を口から音として発声する。


 「未来変動」 


 ノートゥングの二本のグラディウスが淡い青白い光を灯す。中部の棍棒が持ち上がるのが見えた。私はすぐさま、空へ飛ぶために真っ直ぐに飛び上がる。棍棒を掠めつつ、空へ舞い上がる。そして、目の前にはヒルトルーンの顔。

 ヒルトルーンの上部の剣が持ち上がれば、右と左で挟み込むように両サイドから襲う。空中でバク宙を行い、二本の剣から逃れたことを確認すれば、真っ直ぐにヒルトルーンへと突進をする。竜機神の限界を超えたノートゥングの全力の一撃。


 「この大陸から……イナンナから出て行け――!」


 『篝火……空音……!』


 ヒルトルーンの目にあたる頭部の光へ飛び込む。二本の剣を一本の槍のようにまとめたただ貫くのみ攻撃。頭に突き刺されば、そのまま体を回転させて威力を増しながら貫通する。

 私はその勢いのまま、着地することもできず地面に転がり込んだ。バランスを保てるような機体の状態でもなく、安定できるほど落ち着いた速度ではなかった。

 荒い呼吸。そして、全身が裂かれる痛みに悶えながら、少しずつ声を出す。


 「あのさ、バイル。……未来に……確率てあると思う……? このノートゥングはね、その確率を弄ることで……その未来を変えることができるのよ。私はそうやって未来を変えた……げほっ」


 口から我慢できずに血がこぼれる。先程よりも濃く量も多かった。手に付着する血を服で拭えば、操縦桿を握り締める。ゆっくりとノートゥングを起こすと、首が斬り落ちたままで動きを止めるヒルトルーンを見た。

 まだ耐えられる。そう自分に言い聞かせて、ヒルトルーンを睨む。


 「再生……できてないでしょう。それはね、私が貴女の絶対に死ぬことはない、という未来を変動させたからなの……。さっきの攻撃も百パーセント直撃するという未来の確率をゼロに変えた。……このグラディウスで触れたものは、その力の対象になるの……。左手のグラディウスは回避、右手のグラディウスは……貴女のヒルトルーンが死なない未来の可能性を殺した……」


 私はノートゥングにこの力を教えてもらった。

 グラディウスで触れた存在の未来を自在に変えるというもの。例えば、一人の人物の目の前まで車が迫ってきているとしよう。その人物にノートゥングが剣で触れることで百パーセント車に轢かれるという未来をゼロパーセントにできるのだ。ぶつかった当人は、気がつけばぶつかってきた車の後ろにでも立っているのだろう。……先程の私が、未来の確率を変動の力を受けた剣で自分自身に触れたことで、死の未来から回避したのだ。百パーセント、ヒルトルーンからめった刺しにされるという未来をゼロパーセントにした。百という確率をゼロにする。

 逆も存在する。ぶつかろうとした車に触れれば、車に轢かれる確立がゼロだったはずの人物も、確実に百パーセントぶつかるように力を使用することもできるのだ。ゼロだった可能性を百に。ありえない未来を引き寄せることも可能になる力。……そうやって私は、絶対に破壊されるはずがないというヒルトルーンの未来をゼロになかったことにした。絶対に壊されないというヒルトルーンの確率をゼロにして、さらにそれを百パーセント壊される未来へと変動させた。

 小刻みにヒルトルーンは揺れ始める。存在が腐っていくかのごとく機体の色が黒い炭にも似た物にじわじわと変化していく。


 『……なにそれ……めちゃくちゃ……。そんなの……もう……巫女を超えているじゃないか……』


 バイルの声が小さくか細い。周波数の合わないラジオでも聞いているように途切れ途切れだ。

 少し呼吸が落ち着いてきた。相変わらず、胸は酷く痛むが。


 「……そして、今さっきの攻撃は……ヒルトルーンが破壊されるという未来の確率を百パーセントにしたもの。何が起きろうと必ず……ヒルトルーンは破壊される。――バイル、貴女の可能性を殺したの」


 まずはヒルトルーンの腕がどろりどろりと地面に崩れ落ちる。ずるずると体が泥水に変化していく。


 「これがノートゥングの特性。――未来変動。既に決まった未来を無理やりねじ変えて、起こるべき未来を殺す私の竜機神の力。……もう貴女の未来は死んだ」


 次に足がぐにゃりと曲がったかと思えば、力なく地面へと落ちていく。そうしてヒルトルーンの振動が大きくなる。大地も揺らすほどの揺れは、巨体を崩れさせる。破片を撒き散らし、大輪の花に見える頭部は花びらを散らす。その大きな目の光は、ゆっくりと光が消えていく。

 揺れが止まる頃には、ヒルトルーンは単なる土の塊にに変化していた。そこにはただ、竜機神の面影もなく同サイズの小さな土の山ができていた。

 しばらくその山を眺め、私はゆっくりと息を吐いた。


 「やった……! やったよ……! 私、倒したんだ……。このイナンナを守ったんだ!」


 心から嬉しく思い、私は声を上げた。

 倒した。倒すことができた。私の力でイナンナを救うことができたんだ。これでやっと、胸を張って彼に会うことができる。


 「……帰ったらお風呂に入ろう」


 汗と血の匂い。まずは病院に行くことが最優先なのに、身なりのことを気にする自分に驚く。体がこんなに痛いのに、胸だって相変わらずに苦しい。それでも、彼に会う時はできる限り綺麗な自分で居たい。……我ながら恥ずかしいことを考える。

 まずは帰ろう。ヒヨカにお礼を言って、都市のみんなにもお礼を言おう。

 イナンナへ向けて機体を方向転換させる。誇らしい気持ちで一歩を踏み出す。


 ――空音!


 ヒヨカの大きな声が頭に響く。都市の扉の前で、ヒヨカが大きな動きでこっちへ向けて手を伸ばしていた。

 なんだろう、なんで……そんな悲しそうな顔で……私を見るの……。


 「ヒヨカ……。……なんで……」


 ノートゥングの胸元を鋭いものが貫いていた。

 鋭利でありながらも、生物のように透明に近い肌色。気色の悪く、クラゲの足の一つみたいだった。

 前方に敵影はない。それは背後から自分を貫いたものだった。


 「まだ……まだ、なのっ……」


 首だけ後ろを向く。限界に到達している機体は、非常にゆっくりとした動作でソイツを見る。


 『死ぬまでやりあうのが戦争てもんだろ。ルールはない、降参もない。私はね、そういうことをここにやりにきてるんだよ。……甘い、甘いねえ。……篝火』


 振り返ったノートゥングの頭部をソイツの次の一撃が潰した。それで、空音の視界が完全に潰されることになった。


 「――バイル……!」


 次いで、操縦席を上空から叩きつけたのではないかと思う大きな振動。強く頭を揺らした私の意識は遠のいていく。

 ヒヨカ……。実王……。私は……。

 また一つ大きな衝撃。薄くなっていた意識は、それで完全に暗闇に落ちていく。どれだけ我慢しても歯を食いしばっても、耐えることはできない。既に私の肉体は限界だった。

 落ちていく瞼。この戦いに勝てないだろう。それでも、まだ耐えられる。時間を稼げる。そうすれば、希望に火を灯すぐらいはできる。私の守っている希望の火を託すことができる。そうすれば、きっと彼がその火を強く輝かしい炎に変える。

 吐き気と激痛と涙。操縦席の中で、私はただ操縦桿を握る。衝撃が何度も襲い、今はどんな操縦をしているのかも分からない。ノートゥングは立っているだけ、攻撃なんてしていない。それでも立ち続け、受け続け、跳ね回る。……それでも、この手は離さない私の守る火は絶対に消させない。

 もう目が開けられなくなった頃。何か光が近くを通り過ぎた。よく知っている温かさの光。もしかしたらと思った。 


 「空音――!」


 温かな光は炎に姿を変えた。眩しい希望の炎。

 私は彼に託す。ずっと大事に守り抱えていた希望の火を。炎が私に近づいてくるのを見れば、全身から力が抜けていくのを感じる。

 そうやって私は安心し、ゆっくりと目を閉じるのだった。


 

 

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