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第二章 第三話 その名はシクスピース

 今、俺は学園長室へ向かうエレベーターの中にいる。

 グラウンドからシャフトを降りた先は様々な装備やカラーリングを施されたシグルズが所狭しと立ち並んでいた。機体を固定していると思われるスペースにシグルズを着陸させれば、坊主頭の彼ことリトが俺達を丁寧な動作で道案内をしてくれた。整備をしていると思われる学生達と何度かすれ違ったが俺に対して期待のこもった目を向けてくる。改めて、自分がこの異世界では特異な存在なのだと感じさせた。

 いかにも格納庫という空間、無機質な通路を進んでいけば、上階へ上がる為のエレベーターに突き当たる。三階まで上がれば、今度は廊下を突き進む。

 教室の前を進んでいけば、無数の扉に窓の大群。茶色の廊下に白い壁、俺が住んでいた学校と何も変わってないんだな、と教室の方を見れば、今度は視線の大群。


 多くの生徒達が身を乗り出してこっちを見ている。この通路は俺と同い年ぐらいの生徒ばかりだ。男女関係なく、強烈な視線を嵐の如く受ける。それも痛いぐらいだ。じろじろと舐めるような視線もあれば、黄色い声、かと思えば何故だか「ヒヨカ様ー! ちくしょー!」という謎の声も受けた。居心地の良い通路ではないことは確かだ。

 そして、いくつかの分かれ道を無視して突き当たりのエレベーターに乗った先が学園長室へ向かう為の道なのだ。

 エレベーターが最上階で止まる。一緒に案内したリトは降りないようで、ニコリと微笑むと会釈をする。

 

「ありがと、ご苦労様」


 空音が軽く手を上げる。

 リトは深く頭を下げるとエレベーターの中へ消えていった。

 自分のすぐ目の前には大きな扉が現れた。街中や格納庫で見られたどこか近未来的な雰囲気は感じられず、眼前の木製の扉は素材一つ一つが高級感を持ち、どこか浮世離れした気品を感じさせた。重たいとすら感じさせるドアノブに空音は手をやる。


 「それじゃ、行くわよ。もう変なことしないでよね」


 「あれは誤解だって言ってるだろ……」


 ヒヨカの待つ学園長室の扉が開いた。



                  ※



 部屋はさほど大きくはない。学園長室の中は大きな机が奥に一つ、手前には客用のソファが二つ向かい合わせに並び真ん中にはガラスのテーブル。右手の壁側には扉が二つ。巫女の部屋にしては、いささか現実感がありまくるのがとてもインパクトがある。


 「あ、いらっしゃいましたか!」


 右手扉の奥の方からヒヨカはひょっこり顔を覗かせた。扉から体を出すと巫女服をパタパタとなびかせながら、俺達の前に現れた。


 「わざわざご足労ありがとうございます。今、お茶を淹れますね」


 背中を向けるヒヨカに慌てて空音は立ちふさがる。


 「何を言っているんですか、ヒヨカ様! 私がやりますから、いつも言っているように座ってお話してください! こういう姿を見せるからこそ、他の生徒達からの扱いも軽くなるのですよ!」


 「えー……」


 明らかに落胆するヒヨカ、ちょっと涙目だ。


 「ヒヨカ様はもう少し立場を理解してください。私達にヒヨカ様がお茶を淹れた、なんてことを知られたら、この学園暴動が起きます!」


 (暴動て……。ヒヨカてそんなに人気なのか?)


 ほっぺたを膨らませるヒヨカ。


 「ぶー……。空音はいじわるするのね」


 少しばかりふてくされたように大きな机の椅子に腰掛ける。たぶん、この大きな机が学園長としての仕事をするための席なのだろう。


 「えーと……俺はどうしたらいいんだ」


 空音はお茶の準備のために、部屋の奥にある棚からティーカップを取り出し、ヒヨカはふてくされて頬を大きくさせていた。取り残された俺は、とりあえずそう話しかける。


 「あ、ごめんなさい。……えーと、こほん」


 わざとらしく咳払いをするヒヨカ。

 最初の頃はとても大人びた印象を受けたが、今となっては年相応の少女に見える。というかそうとしか見えない。

 どうぞ、と相手が手を指し示すままに机の前のソファに腰掛けた。ソファの柔らかさは今まで感じたことがないもので、まるで綿の中に体が吸い込まれていくようだった。さすが大陸を仕切る人間が仕事をする場所だ。設備までも高品質だ。


 「では、まず初めに、改めて自己紹介をします。私はこの第四都市イナンナのトップでありこの大陸の中心である巫女であるヒヨカと申します。以後、お見知りおきください」


 ヒヨカは腰掛けた椅子から立ち上がると丁寧な動作で頭を下げた。先ほどの言葉は訂正しよう。頭を下げたヒヨリからは年齢以上のものを感じさせ、この都市の一番上にいる人間だということを実感した。


 「あ、いや、こちらこそ。……俺は雛型実王、あっちでは学生してました。その、今はこのイナンナの竜機神バルムンクのパイロットをしています。……ていう自己紹介もなんだか変かな」


 ヒヨカほど丁寧なものはできないが、俺もつられて腰掛けた体を起こして頭を下げた。


 「いいえ、これからはそれも普通になっていくのですよ。別に無理に丁寧にしなくていいんです、貴方がいなくなれば、どちらにしても巫女という私は死ぬのと同義なのです」


 死、という言葉がその場の雰囲気を変えた気がした。

 空音がお茶を準備する金属のぶつかる音がやけによく聞こえる。

 ヒヨカは言葉を続ける。


 「今日初めて会った私にそんなに悲しそうな顔してくれるなんて……やはりバルムンクが選んだ人に間違いはないですね。安心してください、死ぬことはないはずです。巫女の力を他大陸が吸収する形になるので私自身に直接害があることはないと思います。ただ、今まで一度も巫女は吸収されたことはありません。実際のところ、どのようなことが起きるかは戦いの決着がついてみないと誰にも分かりませんが……」


 儚い笑顔がそこにはあった。


 「俺はヒヨカ……様が言うほど、立派な人間じゃない……です」


 目の前のテーブルを見つめながら俺はそう口にする。

 俺は本当にそんな立派なものじゃない、全ては偶然の上にここに立つのだ。自分が戦争をするなんて実感が持てないし、驚くことばかりで未だに頭がどこか落ち着かない、ふわふわとしている。


 「様、はもうやめてください。もっと砕けて感じで話してくれると私も嬉しいで

す。立場的に同等のポジションで話せる人間なんていませんでしたから、もっと軽く話しかけてもらえたら助かります。ただ……もう一つ言わせてください」


 いつの間にか、俺とヒヨカの前には中身の注がれたティーカップが置かれてい

た。これは紅茶だろうか。色と香りは嗅いだことのあるものだ。

 何を言われるのだろうか、不安を抱えながら俺は空音に視線を向ける。


 「私が思うに竜機神なんてものを動かせるのは、どこまで行ってもただの人間なのだと思います。先代の巫女様達や神様でさえもどこにでもいる少年少女に大陸の命運を託したのです。それはきっと意味のあること。……ただ戦って勝つ為だけではなく、何かを成す為に私達に竜機神を与えたのだと思います。他の方々は戦う実王さんを立派な人間だというかもしれません。だけど、この戦いに本当に立派な人なんていないと思います。……立派ではないことに意味がある。恋をして戦うことをやめた実王さんの両親が、ただの少年少女だったように、普通が強い意味を持つんですよ。立派な人間じゃない、と思う実王さんは、やはりバルムンクの乗り手に相応しいです」


 そう長い言葉を言えば、ニコリと俺に笑いかけると紅茶を口に運んだ。

 俺は目の前の紅茶に映る自分の顔を見れば、なにか情けない顔をしていることに気づく。やれやれ、とみっともない自分に頭を振れば、その紅茶を手に取る。優しい甘みが舌を流れていく。


 「ありがとう、えと、ヒヨカ。俺、やれるだけやるよ」


 紅茶を口から離して、そう言えばヒヨカの返答は優しげな笑顔だった。


 「いえ、私は大したことはしてません。こちらこそ、これからよろし――」


 『――ヒヨカー! いるのー! このレヴィ様がわざわざお喋りしにきたわよー!』


 ヒヨカの穏やかな言葉が突然の甲高い声で掻き消える。


 「な、なんだ……!?」


 俺は慌てて立ち上がれば。


 「ちっ、また嫌な奴が……」


 紅茶を持ってきた時に隣に座っていた空音は声の正体を知っているようで舌打ちをすると、苦々しい顔をする。

 突然、部屋の天井から俺が二人並んで両手をいっぱい伸ばしても届かない大きさのモニターが現れる。どういう仕組みで映像や音が出ているのかは分からないが、その灰色のモニターに色が付いたかと思えばすぐさま映像を映し出す。


 『ヒ、ヒヨカ! 元気にしてる?』


 「ええ、おかげさでお元気ですよ。レヴィ」


 レヴィ、そう呼ばれた少女はモニターの中に居る。ツインテールのオレンジ色の髪を豪快に揺らしながら画面に食い入るように、その声の主は顔を近づけている 

 年齢はヒヨリと同い年ぐらいに見えるが、時折見せる年相応の可愛らしさを持つヒヨリと違い、年相応の女子が持つ騒がしさを感じさせた。


 「そうか、良かった!」


 満面の笑みを浮かべたかと思えば、すぐに顔を赤くして首を振る。


 「て……よ、良くない! 良くないんだから! イナンナとメルガルはお互いに同盟を組んでいるからの。その頂点に立つ貴女に何かあったら、私に迷惑かかってしまうのよ! ヒヨカはグズでノロマなんだから、学園長としての仕事も巫女としての仕事も、私や他の巫女達の倍以上も時間がかかるんでしょ。だけど……けど……体もそんなに強くないんだから、仕事もほどほどにしなさいよ!」


 頬を赤くしてレヴィは顔を逸らす。

 なるほど、まさかこれは。


 「まあ、なんだ。この子はヒヨカと仲良くしたいんだよな」


 「ええ、そうなの。友達いないから人との付き合い方がよく分からないだけなの。この子が、こんな面倒な性格しているせいでね」


 俺と空音がこそこそと話をしている中も二人の会話は続き、まくし立てるようにレヴィは言葉を続ける。


 「――と、ところで! ドラゴンコアの採掘の方はどうなっているの。最近、メルガルへの納める量が減ったんじゃないの」


 ヒヨカに対しての強めの口調、会話の意味は分からないが聞いている俺としては少し腹が立つ。隣の空音も口をへの字に変えていた。


 「しかし、一度に取れるドラゴンコアには限度があります。あまり多く採掘し過ぎると純度の高い温床を作ることができません。常に一定数のドラゴンコアをそちらに回すようにしています。もうこれ以上は……」


 ヒヨカは小さな体をさらに小さく丸める。


 「わ、私はイナンナを守っているのよ。私達が同盟を組んでいないなら、とっくにそんな大陸落とされているんだから! それが怖いなら、もっと採掘スピードを上げなさい。これはお願いじゃなくて命令なの!」


 ヒヨカはそれ以上喋ることもできずに、足元を見る。

 レヴィはそんなヒヨカを見て、ふんと鼻を鳴らす。


 「情けないわね。イナンナの巫女とも呼べる人間が、竜機神がないからということで簡単に屈して、喋ることもできないのね。もう巫女なんてやめた方がいいんじゃないかしら! このままメルガルの言いなりのままなら、ドラゴンコアを全て他国に譲った歴代最悪の巫女として語り継がれるんじゃないの!? なにか、喋れないの。ねえ、ヒヨカさん」


 ヒヨカは悲しそうに唇を噛むと地面を見続ける。

 俺は怒りに肩を震わせる空音に小さな声をかける。


 「……なあ、ドラゴンコアてなんだ」


 「竜機神や竜機人の心臓であり、今私達が利用している様々な機械を扱うために必要な部品なの。ドラゴンコアはエネルギー切れ知らずの電力みたいなものね」


 「ここまでして、そんなに必要なものなのか。アイツだって、ヒヨカに強く当たるのは本意じゃないだろうし」


 「あの子が周りの意思に弱いから、ここまで強く出てしまう部分もあるんだけど……今はそんなこと関係ないわね。現在、近くに起こるであろう戦闘に備えて軍備力をどこの都市も強化しているの。大方、竜機人を増やすための自大陸のドラゴンコアを使いたくないが為にイナンナにしつこく要求しているのよ。奪うことでイナンナはメルガルにさらに依存して、イナンナの軍事力も減少させることができる。……いやらしいやり方だわ」


 忌々しく吐き捨てる空音。


 「そうか、確かにムカつくな。でも……俺は自分の気持ちに嘘はつきたくない。昔からそうだ」


 


 「……何が言いたいのよ。無駄話なんて聞くほど、気持ちに余裕ないわ」


 訝しげな視線を受けながら、俺は言葉を続ける。


 「昔から自分はここにいる人間じゃない、なんて思ってた。人と違うことをすることで本当の居場所を見つけられると思っていた。人が目を逸らすような場所でも、俺は絶対に目を逸らさない。それは本当の自分を見つけるための手段と考えていたけど、本当は違う。その時からずっと俺のやりたいことをしていただけなんだ。今も昔も……だから、俺は自分のやりたいことをする」


 空音の制止を促す声も聞かずに俺は腰を上げる。

 今の自分の世界を変えるために人が避ける道を突っ込んできた。弱いものいじめは許さないし、車に轢かれそうな猫がいたら身を挺して助けた。人助けへの気恥ずかしさから、自分を見つける手段と考えていた。だけど、違う。今、この世界に来た俺だからこそ気づいた。こういう目の前で誰かが傷つけられるのを見たくないだけなんだ。


 「ん? ……貴方、誰なの」


 ヒヨカの隣に立つ。レヴィのモニターから俺達の姿も見えるようで、じろじろと俺を眺める。


 「安心しろ、もう大丈夫だ」


 俺はヒヨカの頭に手を置くとさらさらと柔らかな髪を撫でた。

 その感覚にヒヨカは一瞬驚かせるように体を震わせた。涙を堪えたその顔で俺を見上げた。


 「実王さん……」


 目が合った瞬間もヒヨカは涙を堪え続けた。だが、その目からヒヨカの声が聞こえた気がした。


 ――助けてください。


 竜の声を聞くよりも簡単だった。


 『ちょ、ちょっとアナタ! 気安くヒヨカの頭に手を置かないでくれる!? 私だってまだ……じゃなくて、アナタはイナンナの頂点に立つ巫女の頭を撫でているのよ! その意味分かっているの!?』


 「――分からん!」


 俺の力いっぱいの大声が部屋に響く。


 「ヒヨカは巫女かもしれねえが、巫女であると同時にどこにでもいる女の子なんだ。お前は弱いものイジメして楽しいのかよ! 本当は仲良くしたいんじゃないのか!」


 『ぐっ……だって、レオンがこうしろって……。て、うるさいのよ! アナタこそ何者なの!? 無礼は許されないはずよ、私はメルガルの巫女レヴィ! アナタのような人が気軽に喋ることも許されない存在なのよ』


 一瞬、ひるんだようにも見えたが、もともとの強気な性格も影響して負けずに言葉を返す。

 俺は右の親指を自分へ向ける。そして、今までで一番大きな声で叫んだ。


 「俺はイナンナの竜機神バルムンクの乗り手だ!」


 その時、レヴィはツリ目を大きく見開いた。驚きのあまりまばたきも忘れているようだ。

 空音は、バカ、と小さな声で言ってはいるものの、その声はどこか楽しそうだった。

 ヒヨカはクスクスと笑い声を上げている。


 『な……な……イナンナには竜機神どころか乗り手もいないはずじゃ……』


 やっと出てきたレヴィの言葉にすぐさま返答をする。


 「ここにいる。俺は世界の果てからやってきた乗り手だ! ……ここに宣言する。俺は、イナンナは――」


 思いっきり息を吸い込んで、怒りのままにレヴィに吼えた。


 「――メルガルに宣戦布告する!」


 この日この時より、第四都市イナンナと第三都市メルガルの戦争が始まる。

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