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第十三章 第三話 救世主の不在、或る所在の彼女

 とても薄暗く、淡い世界。ここは実王の世界でもなければ、私のいるこのシクスピースでもない。そんな世界は存在しないのだから……きっとこれは夢なのだとすぐに気づく。

 そこには小さな私がいた。その隣には、ヒヨカもいる。

 懐かしい場所、そこはとても小さな孤児院。先生達はみんな優しくしてくれたし、友人達にも恵まれた。赤ん坊の頃に捨てられていた私にとっては家族がいないことを寂しいとは思わなかった。だって、家族がいないことが普通の私には、それは想像を膨らませない限りは寂しいという感情すら出てこないものだった。兄弟がいない人は、兄弟がいないという寂しさを知らない。それと同じで、私も親がいないので、親がいないという寂しさを知らず生きてきたのだ。

 いや、唯一家族と呼べる存在がいたかもしれない。私が三つか四つの頃に、同じように捨てられてきたヒヨカがいた。

 たくさんの子供達がいる中で、うまくは言えなかったがヒヨカは特別な気がした。私はその雰囲気に引き寄せられるように、彼女と一緒に遊ぶようになり、姉妹のように過ごすようになる。


 「待ってよ……! お姉ちゃん!」


 小さな私の背中をさらに小さなヒヨカが追いかけてくる。

 お姉ちゃん、昔の私はヒヨカにそう言われていた。可愛くも少しドジな大切な妹。私の中では、そういう立ち位置ができていた。姉としてヒヨカの手を引き続けることが、私の家族としての形になっていた。しかし、ある日を境に私達の関係は急変する。

 よく晴れた春の日。ヒヨカは、神託を受けた。空から降る声は、ヒヨカを巫女に任命したのだ。

 先に学園都市にやってきた私は、ヒヨカを迎え入れようと準備をしていた。ヒヨカの好きなお菓子を買っておいて、少しだけ作れるようになった料理を披露しよう。あの頃、寮で生活していた私は姉として彼女に料理を作ることを楽しみにしていた。


 ――お姉ちゃん、こんなに作れるようになったんだよ。


 自分の手料理と共に、ヒヨカと食卓を囲む姿を何度も想像しながら練習をした。作れたのは卵焼き、ハンバーグ、カレーだけだった。それでも、その全てがヒヨカの好物だった。これだけ作れれば十分、これ以上はこの先の人生で。――そんな私の期待は、現実の前に打ち砕かれることになる。ヒヨカが巫女という現実に。

 巫女となったヒヨカに会うことはできず、やってきたときも声一つかけることができないでいた。大勢の人達の隙間から、ずっとヒヨカの姿を見ていた。私はそこで初めて気づく、私とヒヨカは既に別の存在なのだと。姉妹だと笑い合えることはないのだと。

 それでも毎日は続き、ヒヨカが学園に来てから一年ほどしてから、私のこれからを変える出来事が起きた。

 学園から帰る途中に車に撥ねられたのだ。完全に相手の不注意による事故。小さな私の体は、その衝撃に耐えられず十メートルの距離を骨を折りながら飛んだ。そこから先の意識はなく、ひたすら暗闇の中に沈んでいくような冷たい感触が頭の隅に残ることになる。

 意識は戻らず、回復は絶望的。周囲の人間達も諦めを隠すことができなかったようだ。そんな中でも、諦めない人間が一人だけいた。それは……ヒヨカだった。


 「空音ぇ……! 帰ってきて! 死んじゃダメなんだよ……! 私を……一人にしないで! ――空音!」


 誰かに呼ばれた。その時の私は、やっと眠ろうとした体を叩き起こされた不満と共に目が覚める。その視界の中に飛び込んできたのは目いっぱいに涙を溜め込んだヒヨカの顔。


 「何を泣いているの……?」


 なんで、ここにヒヨカがいるのか。なんで、自分の体が動かないのか。そんな疑問が出る前に、ヒヨカが自分を見ながら泣いているということに驚いていた。


 「大切な家族を失いたくないから……」

 

 ヒヨカは私の胸に顔を埋めて、大声で泣き出した。


 「ああ……そうだよね……」


 撫でることができないことを残念に思いながら……私も大きな声で泣いた。本当の意味でヒヨカと再会できた気がした。

 体が動けるようになってから、私はヒヨカがとんでもないことをしたことに気づいた。ヒヨカはある禁忌を犯した。それは、私の体に自分の魔法の力を分け与えるという魔法。

 私の命をこの世に引き止めるために、自分の魔法の一部を譲渡させることで、自分の持つ魔法の力と直結させた。魔法を通しやすくなった私の体に、最大限の治癒魔法発動させたことで私は死の淵から生還することができた。その副作用として、私は魔法を使えるようになったのだ。

 その際、ヒヨカも激痛を伴い、何度も私を生き返らせようとした。ヒヨカの体から染みのように滲み出した血で壮絶さが容易に理解できた。……禁忌を犯したヒヨカがどれだけ苦しみを受けたのか、それともどのような罰を受けているのかは分からない。だが、自分が姉であると同時に、ヒヨカの一部になっているのだと考えるようになった私はヒヨカの為に生きることを誓う。

 学問、運動、武術、竜機人の操縦。全てを勉強し、日常生活でもヒヨカの隣に立てるようになった。それから、私は神化計画に立候補して、ノートゥングの乗り手となり……あの悲劇を起こす。

 そうか、やはり私はヒヨカのお荷物だ。どんなに努力しても、どれだけ足掻いても、ヒヨカの姉なんて私には無理なことなのだ。だから、実王も離れていく、ヒヨカも傷つけてしまう、弱い私。

 ヒヨカの側にいてはいけない、早くここから離れよう。目が覚めてくれ、早く、早く、早く……。これは間違いなく、悪夢の部類だ。

祈りが届いたのか、周囲が白に染まっていく。



               ※



 私はゆっくりと覚醒した。

 気が付くと、そこは居間。時間を見てみれば、まだ夕方。ヒヨカと別れてから、まだ一時間も経っていないことに驚く。まるで何十時間も寝ていたように体が重い。

 本当はこっちが夢なのではないか、とも考えたが、それはない。夢なんてこんなもので、現実はこういうものなのだから。


 「起きよう……」


 のそのそと体を起こす。制服がシワになっちゃうかな、などと思いながら、腰を上げた。

 熱い、もう秋だというのに、酷く熱っぽい。汗で額に張り付く前髪をどけて、部屋に風でも入れようと窓を引いた。

 ――ワン。と、鳴き声。

 そこに飛び込んできたのは予想外の来訪者。他の人には視認されないはずの我が家。気持ちが緩んでたから、結界も緩んだのだろうか、それとも鳥などの動物は視認できるようにしていたのが影響を与えたのかは分からない。それでも、私にとっては、本当に予想外の来客。


 「アンタ、なんでこんなところにいるの……?」


 それはルカが連れ歩いていた、あの大きな真っ白い犬だった。正確に言うならば、痩せ細り、綺麗な全身を覆っていた白い毛は雑巾のように黒く汚れ、足や顔には泥がこびりついていた。前に見た裕福な家庭を想像させるような、小奇麗さは感じられなかった。それでも、はっはっはっ、とせわしくなく息を吐く彼は懐かしさを感じさせた。

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