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第十二章 第二話 俺と君と彼女と

 俺達は今、メルガルのとある村にいる。とても小さな村で、老人が全体の八割、子供が一割、大人が一割だろうか。全村民合わせても百人に満たないだろう。見るものといえば、綺麗な滝の流れる森とおいしい農作物ぐらいか。

 明日、ガルバさんがとり仕切る我が劇団セイリョウの公演日。俺とルカは舞台設営のために村の広場でステージの組み立てを行っていた。一台の大型トラックの荷台にステージが畳み込まれているので、土台は完成している。

 たたまれた土台を開いて、背景のイラストが描かれた木製の板を立てる。そして、プラスチック製のツタや発泡スチロール製の岩などを決められた位置へと置いていく。ダンボールや発砲スチロールに本物に近い色を塗り、小道具用にもともと作られていたツタをさらに加工すれば、トラックの荷台を作った小さな舞台でも驚くほど立派な舞台になる。

 誰が置いたかは知らないが、ラジオのニュースが耳に届く。イナンナとマルドックは相変わらず小競り合いが続いている。

 俺は自分のやるべきことから逃げてきたことと変わらない。俺が行けば戦争は勝利に導けるのかもしれない。しかし、今度こそマルドックに侵攻して俺は戦うのだろう。それは……あの日、村を襲ったルカと同じことを俺はしなければいけないということ。そんな未来が見えている俺には、ルカとの約束とは別に再びイナンナに戻ることを選ぶことができないままでいる。

 ある程度の設置を終えて、音声器具の調整をしていた。額の汗を拭けば、背後から大きな声が轟く。


 「おーい! 実王! 雛型実王ー!」


 ガルバさんの声だ。


 「はい! なんですか!」


 俺は振り返りつつ、背後からどっしりとした重い足音の本人へと顔を向ける。

 男の年齢は四十前半、たくましい肉体と長身。しかし、強い目力を持つその顔と高い鼻は演技をする人間の持つオーラを感じさせた。


 「おう! 今日も元気に仕事してんな!」


 「いきなり、なんなんすか?」


 歯並びの良い口元で笑顔を浮かべたガルバさんに苦笑いを浮かべた。こちらに歩いてきながらも周囲の人間達一人一人に声をかけながらやってくる。彼がここのリーダーにいるのは、こうした気配りも大きな理由だろう。


 「いやなあ、今ちょっとルカ坊を探してるんだ」


 ルカ坊。ガルバさんは、ルカのことをそう呼んでいる。ルカは呼ばれる度に嫌そうな顔をするが、口には出さない。ルカの内心など知ることもないガルバさんは、遠慮なくあだ名で呼ぶ。ルカも諦めたのか最近は、特に不満そうな顔もしなくなった。それほどまでに、ルカもここでの生活に慣れてきているのだ。

 落としていた腰を上げ、周囲を見回す。ルカの姿は見当たらない。


 「ルカ、いませんね。休憩にでも行っているんじゃないですか」


 ガルバさんは考え込むように、うーん、と唸りつつ視線を落とした。

 ガルバさんの性格的に背中を丸めて何かを考えるようなことなど滅多にない。そんな姿を見せるほどの問題だろうか。俺は申し訳なくなり、声をかけた。


 「……あの、何か伝えておくことがあるなら、俺で良ければ後でルカに伝えておきますよ」


 少し考え込むように視線を上げる。そして、その視線は再び俺を捉えた。


 「それもいいかもしれない、実王とルカ坊は仲良しだもんな。そういえば……お前らが来てもうすぐ半年ぐらいになるか。死にかけたお前達を見た時は何事かと思ったよ。近頃、物騒だからお前らもそういうのに巻き込まれて――」


 「――ガルバさん」


 この人は一度話を始めたら止まらない。俺は苦笑をしながら、名前を呼ぶ。


 「おおっと、すまんすまん。実はな……」




                ※



 今日は村の宿屋の一階で食事をとることになる。いつもどこかの町に行くたびに、その日の夕飯は外食をしていた。今日も外で食べるために二人で出たが、この村でまともに食事できるところは宿屋の一階ぐらいしかなかった。

 入り口近くの受付を素通りすれば、窓際のテーブルに腰を落とす。店内はなかなか広く、中央にテーブルが三つ、それを囲むように窓際に四、壁際に四と村の規模にしては大きな食事処だった。それだけ、他の町へ行くためのルートの一つに使われやすいのだろうか。

 一通り食事も終わり、俺はそこでガルバさんの話をルカに持ちかけた。


 「なあ、ルカ。今日はちょっと話があるんだが」


 正直、俺とルカの会話が盛り上がったことはない。一緒にいた時間がそうさせるのかは分からないが、不思議と沈黙が苦にはならない。

 声は出さず、ルカは視線だけをこっちに向ける。


 「いきなりの話で、困るかもしれないがよく聞いてほしい。……なあルカ、お前も舞台に立ってみないか」

  

 「舞台?」


 ルカが視線だけではなく顔もこっちへ向けてくれた。


 「ああ、舞台だ。今日さ、明日の公演の町娘の役の人が怪我をしたから一人欠員が出たらしいんだよ。……ルカ、お前ってよく台本読んでいるだろ。その姿をガルドさんも見ていたんだよ。興味があるなら出てみないか、てさ」


 ルカは驚いたように目を大きくさせた。


 「ガルドさんが……。あのオヤジ……」


 「こらこら、俺達の恩人に何を言ってるんだ。別に恩人だからとかじゃないが、舞台に立ってみる気はないのか。あれだけ毎日読んで、練習も見てるんだ。ルカなら、できないことはないだろ」


 「どうして、そこまでお願いするの」


 ルカはじっとりとした目でこっちを見つめる。

 

 「どうしてって……」


 しどろもどろになりながらも、俺は言葉を探す。

 約束したのだ。ルカと東堂ルカに新しい人生をあげると。あの日、目の前で死に逝くルカを目の当たりにしながら、俺はどうすることもできないでいた。ルカはこれで満足なのかもしれない。だが、俺はまだルカに何もできていない。

 機械のようだったルカも最近は、いろいろと表情を見せるようになった。東堂ルカの人格が共存しているのも影響をしているのだろうが、少しずつでもルカなりの生き方が見えてきているのではないだろうか。今回のガルドさんの頼みは、その背中を押すための大きなチャンスになるはずだ。


 「なに、答えられないのかしら。……それに目立つような真似していいの。誰かに見られる可能性もあるんじゃないの?」


 ルカの言うことも確かに正解だ。大人しく断っておくのが正しいことだろう。しかし、俺はこの機会を逃したくはなかった。それに、俺はルカが興味を持っているようにも思う。本当に嫌なら無視をするのがルカという女の子だ。


 「いいじゃないか、お世話になっている人を助けってことで……どうか一つ! 頼むよ!」


 目の前で手を重ね、神棚にでも祈るように頭を上下させる。

 根負けしたのか小さくため息をつくルカ。


 「分かったわ。だけど、今の私は東堂ルカと同一の存在。何か行動を起こす時は、いつも彼女と相談をして決めているの。……私達にとって、この問題は大事だから、ちょっと相談する時間をちょうだい」


 共存する期間も長いことで、東堂ルカとルカは実の姉妹のように意志の疎通が自然ととれるようになっていた。

 俺が返事をするよりも早く、ルカは目を閉じると小さくブツブツと喋りだす。内側にいるルカと会話をしているのだろう。五分ほどその様子を見ていただろうか、うんうんと二度三度頷いた後にルカはこっちに視線を送る。


 「東堂ルカも賛成みたいね。私と一緒に台本を読んでいく内に、あの子も好きになってくれたみたい。台詞も少しだけしかないから、よっぽどのことでもない限り失敗はないと思うわ」


 小さく口元を曲げるルカ。

 やっぱり好きだったんじゃないか、と言ってみようかとも思ったが、それを言ってしまえば不機嫌になってしまいそうなので黙っておく。


 「そんじゃ、一緒にがんばろうぜ」


 笑顔でそう言えば。


 「ええ、東堂ルカと一緒にがんばるわ」


 「君も結構トゲのある言い方するよね……」


 ルカの目の奥に活力が見えた。

 その無表情で感情を表に出すことが下手な少女の嬉しそうな顔を見ながら、俺は明日の公演に胸を躍らせた。

 


 


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