第二章 第二話 その名はシクスピース
場所を変え、実王達がいる遺跡は長い螺旋階段が地上に続くようになっている。神聖な空間となっているので、まず学生および一般人の侵入は固く禁止されている。その遺跡の入り口となっているのは高く天まで伸びる一本の白き塔。その塔の扉は二十メートルはある大きなもので竜機神の出入りを想定したものとなっている。
その扉の前に立つのは十七の高学部二年竜士科の二人。真っ白い学ランは太陽の光を反射し、二人の中指に通るのは鉛色の宝石の装飾された指輪。これが二人の武器であり相棒だった。
「なあ、ヒヨカ様が入ってどれくらい経つんだ」
活発そうな顔に茶色の短髪の青年は視線を泳がせながら聞く。
「さあな、一時間は経つんじゃないか。俺達の竜機神とその乗り手をお迎えに向かわれたんだ。すぐに出て来れるもんじゃないんだろう」
隣に立つ坊主頭にメガネの青年は緊張しているのだろう。額の汗をハンカチで拭きつつそう言う。
「そうは言うが心配だろう。俺達の命運がかかっているのもそうだが、乗り手が乱暴な奴だったらどうする。あの可憐なヒヨカ様に欲情でもしたら」
「バカなこと言うな。竜機神が選んだということはイナンナの総意でありヒヨカ様の意思だ。きっと誠実な方を選ぶに決まっているだろう。それに、ヒヨカ様の側近である空音様も一緒だ。その辺は安心していいだろう」
「そうは言うけどさ」
「黙って仕事をしろ。俺達の任務はヒヨカ様の護衛だ。数少ない竜機人を託されたその責任を全うしよう」
渋々という感じに茶髪の青年は前を見る。
コイツには困ったものだとメガネの青年は思う。根は悪い奴ではないのだがヒヨカ様ファンクラブなどというものを作るほどの熱狂的なファンなのだ。同等の立場でヒヨカ様で接することができる相手が妬ましくて仕方ないのだろう。
眼前の長く続く草原を見て、遥か彼方で小さくなっている都市を見てため息をつく。
都市からそれほど離れているわけではないが特別な時以外ではこの遺跡に近づくことは禁止されている。そのため、辺り一面は緑のただ広い草原が続く。周囲に民家はないが、都市からも離れていないここは護衛というには、やや平和過ぎるかもしれない。確かに、隣の青年の緊張が解かれるのも無理ないのかもしれない。
「――お、おい!」
「なんだ、お前の話は後でいつでも聞くから……」
「そうじゃねえよ、扉開いてるんだよ!」
俺はその言葉にハッと振り返る。
確かに扉が少しずつ開放を始めている。二人で顔を見合わせると扉から出てくる人間のために腰を落とし、相手を迎える準備をする。
びくびくとしながら扉が開いたことを確認する。視線を地面を向いているため、どんな人物がそこにいるのか分からない。
「顔を上げてください……。護衛、ご苦労様です」
耳に優しくも凛とした声が届く。そっと顔を上げれば、何度か見たことのある空音様とその隣に立つのは同い年ぐらいの一人の青年。パッと見ただけなら、どこにでもいる青年という感じだが、深く鋭いその眼差しは長年の戦士にも見える。
コイツは只者じゃない……!
すると一言でも多く喋りたい茶髪の青年が言葉を発した。
「……勿体無い言葉でございます。すぐに準備しますのでお待ちください」
二人で立ち上がれば、指輪のはまる右腕を掲げる。
「出て来い、シグルズ」
そう言えば指輪が輝き、光の粒子が溢れ出す。流れ出た光の粒子は二体の巨人を出現させた。
色は灰色。頭部はバルムンクにも似ているが、二つの目を持つバルムンクに対して一つ目。左手には胴よりも大きな盾に右手は両刃の厚い刃の剣、細身のバルムンクとは違い一回りは大きな機体だった。
「なるべく安全運転でお連れします」
そう笑いかければ、操縦席に乗り込む。
あの男が竜機神の操縦者なのだろう。あの目つきの鋭さに雰囲気、きっと俺が考えもしないような訓練と人生経験があるに違いない。やはり救世主ともなれば、あれだけの威圧感があるのか……。
※
シグルズの手の上に乗せてもらい、とてもゆっくりとしたスピードで都市へ向かう。一機のシグルズの手の上にはヒヨカ一人、もう一機のシグルズの手の上には俺と空音が乗っている。ヒヨカの方に視線を向ければ、時折微笑みが返って来る。それにこっちも微笑みで返せば、照れたように視線を落とすヒヨカがとてもかわいらしい。
「なあ、ところでこのシグルズて何だ。竜機神を操縦できるのって、ここでは俺だけじゃないのか」
近くに腰を下ろす空音に声をかけた。
「説明してなかったわね。この機体は竜機人。竜機神バルムンクの量産型と言えるわ。過去の戦闘をデータにして、この量産型バルムンクともいえるシグルズを造ったの。これは適正がなくても誰でも操縦ができるから、キチンと訓練をした人で正式に認められればシグルズを授与されるの」
「キチンと訓練ね。つまり、ここの二人は俺の世界で言うエリートみたいな感じか……」
そう言えば、自分の中指にはまる青い宝石の装飾された指を見つめる。先ほどの遺跡でヒヨカから渡された指輪を構えればバルムンクはこの指輪の中に吸収された。この指輪はどうやら竜機神や竜機人の入れ物になっているようだ。
「そのエリートさん達は、貴方の股間が痛む顔にビクビクしていたけどね」
「誰のせいだ、誰の」
やけに反応がよそよそしい思ったら、俺の苦痛で顔をしかめる顔が原因かよ。後でどうにか誤解を解いておきたいな……。
「誰のせい? 誰のせいかしら」
「……すいません、俺のせいです」
実際に根本的には俺のせいなので、おとなしく身を小さくした。
「なあ、ところで、この竜機人て他の大陸のやつも持っているのか」
空音は視線を落とす。
「ええ、残念だけど全ての大陸で所持しているの。竜機神がいないこの大陸ではシグルズが唯一の武器になるのだけど、他の大陸は竜機神がいるので頭一つも二つも私達より抜きん出た武力を持っていることになるの。竜機神同士の戦闘は私も見たことないから、どれだけの規模の戦闘になるかは分からない。だけど、本気を出し乗り手が十二分に力を発揮することができるのなら、竜機人が百体いても敵わないと聞くわ」
「よく今まで無事だったな。それなら、さっさとここを侵略したらすぐに終わるんじゃねえか」
落とした視線を朗らかな陽気の上空へ向ける。その表情はとても悲しく。
「あっちの世界でも話したかもしれないけど、今はメルガルと同盟を組んでいる状態なの。単純に考えればイナンナとメルガルの竜機人を同時に相手にしないといけない。今までは勝てはしても戦後の損失を考えて生かされてきたようなものなのよ。だけどね、メルガルは竜機神を手にした今、内部事情にも詳しいイナンナを侵略することなんてたやすいの」
「……そっか、だから俺がここにいるのか」
「ええ、想定していたことと違うけどね」
自分の考えている以上に状況が切羽詰っているのだ。追い詰められていることは分かってはいたが、ここまでギリギリとは思わなかった。このままでは、いつ戦争が始まってもおかしくないのだ。
「もうすぐ、学園都市イナンナに着くから」
空音の声を聞き、前方を見る。確かにみるみる内に学園都市とやら近づいてきた。
「こりゃ、本当に俺のいた世界とそっくりだ……」
「もしかしたら、実王の世界と私達の世界にとても類似したところが多かったから繋がったんじゃなかな、て私は思ったりするの。……ねえ、ほら見て」
立ち並ぶビルにタイヤは付いていないが車らしき物体が道路を飛び、コンクリートにそっくりな素材でできた建物は学校やら商業施設に見える。信号の形は丸、三角、四角で色は赤、黄色、青と一緒。今通り過ぎたビルの上に設置された看板に書かれた文字は、細かいところは微妙に違っているが日本語にとても似ている。似てるとは聞いていたが、これは似ているというよりもそのまんまだ。
「俺の住んでいた世界を、そっくりそのまま持ってきたみたいだ」
「実王の世界に来た時は、私も同じ反応したわ。ここから真っ直ぐ行けば、この学園に住む全ての生徒が学び舎。イナンナ学園が見えて来るわ。この都市の中心に作られ、この大陸の中心と呼べる場所」
腰を下ろしていた空音が腰を上げる。そして、前方を指差す。その先をジッと見れば一際大きな建物が見えてきた。
「デカイな……」
大きな時計塔が俺達を待ち構える。
ここまで大きな学校を見たのは初めてだが、こんな大きな建物を見たのは生まれて初めてだ。幼い頃に野球場に行ったことはあるがあの比ではない。ドーム八個、いや、十個は入るのかもしれない。建物の高さも六階建て、ところどころ造りが新しかったり色が違うのは、何度も修復しているのだろう。奥のほうからチラリと見えたが、竜機人よりも二周りも小さな人型のロボットが、木材や大量の土をはこんでいた。様子を見るに増築工事をしている様子もある。まだ大きくなるのかここは……。
学園の屋根を飛び越えれば、中央には開けた場所がある。芝の広場が広がっている。たぶん、ここがグラウンドなのだろうが、ここも果てしなく広い。視力はそんなに悪くないが目を凝らして、やっとグラウンドの先が見える。上空から周囲を窺えば学園の周辺には開けた場所がいくつか見えた。ここ以外にもグラウンドと呼べるような場所があるようだ。サッカーとかしてたらボール見つからないだろ、ここ……。
「こんなに広かったら移動も大変だろ」
俺が小さく呟けば、事もなげに空音は言う。
「学園内にミニサイズのバスや電車があるから大丈夫」
「……さいですか。でも、これからどうするんだ」
「まあ見といて、これからも何度か使うと思うから」
ゆっくりゆっくりと着地するために俺達を乗せたシグルズがグラウンドに近づく。
『学籍番号八〇六二、竜士科二年のサイマ・リトです。乗り手様をお連れしました。ゲートの開放をお願いします』
俺達を乗せた坊主頭の青年の声が頭上から聞こえた。
『了解です、着陸どうぞ』
グラウンドを囲んでいる壁に設置されたスピーカーから女性の声が響く。最初は地面が盛りがったのかと思えば、足元にあった芝の地面は少しずつ形を変えて、コンパクトに折り曲がり、地面の下に収納されていく。折りたたまれた芝の地面は地下内部へとたたまれた。
どうやら、この学園はグラウンドの地下に機体を置く格納庫を造っているようだ。
「おいおい、ここは秘密基地かなんかかよ!」
ぽっかりと空いた地面にできた空洞を指差しながら言えば、再び事もなげに。
「そうね、まんざら間違いでもないかもね」
なんてことを言う空音。
「実王の竜機神は自然に治癒能力を持っているのだけど、竜機人は定期的なメンテナンスが必要なの。この下はメンテナンスのための待機所みたいな場所よ。外出する時は指輪に入れて持ち歩くけど、基本的にはこの格納庫に竜機人は保管されているの。竜機人を手にした操縦者は指輪を持ち歩く自由もあるのだけど、大部分は何か任務のあるときにしか指輪を持ち歩くことはないわね」
鉄色のエレベーターシャフトのような穴にシグルズが地面の中に沈んでいく。
ヒヨカを乗せるもう一機のシグルズはその光景を見守るように見下ろす。こっちの機体とは反対に少しずつ高度を上げる。
「乗り手様! 先に自室に向かいますので、またそこでお会いしまえしょう!」
声を出すことに慣れてないのだろうヒヨカは顔を赤くしながら大きく叫ぶ。遠ざかるヒヨカに手を振り、さらに落ちていく地面を見つめる。
「来てしまったもんは仕方ないからな。腹をくくるさ」
頭上の地面が折りたたまれた時とは逆の動きを始め、天井から照らされる陽の光を隠していく。
「泣き言なんて言ってたら、尻の穴に手を突っ込んでガタガタ言わす」
陽の光の加減のせいか、空音がニンマリと笑うのがやけに怪しく見える。
「俺を激励するのはいいが、他に方法はねえのかよ……」
「じゃあ、力いっぱいビンタするから。オーケー?」
空音が右の指で丸を作ってそんなことを聞く。これが一番の譲歩なのだろう。……マジか。
「……オーケー」
頭を抱え、弱々しい声で右の手で丸を作った。
「なにその、女々しい声。ビンタしていい?」
「――気が早いよ!」
本当はコイツ、ただ俺をビンタしたいだけなんじゃないのか。
心の中の不安を投影するかのように完全に消える陽の光。ぼんやりと浮かぶのは非常灯のような淡い緑の電灯のみ。
「ビンタ」
「しつこいわ!」
この穴を降りる十分ほどの時間の間に、俺はビンタをしていいかを八回も聞かれる。時折、聞こえる素振りをするような音に恐怖しながらシャフトを降っていく。