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第十二章 第一話 俺と君と彼女と

 あれから半年はだっただろう。俺は今、メルガルの荒野の中にいる。

 ルカと俺は、ムカデのように連なる車の一台に揺られている。一台一台はキャンピングカーのように個別の生活スペース。人が二人で生活するには、十分なぐらいの学生アパート程度の広さはあった。

 この連なる車にも運転できるほどのドラゴンコアは付いているが、これを運転することなど滅多にない。それは、このムカデ車を引っ張る大型トラックほどの大きさの車のおかげなのだ。

 普通の車とは違い、その一台にはドラゴンコアが三つも付いているので、この数十台の車をチェーンで繋いで引っ張ることも可能としている。正確には、この車の並びは連結した電車といったほうが分かりやすいかもしれない。そして、今俺はその車の一つにいる。


 「ここに来て、しばらく経つよな」


 俺は目の前のルカに語りかける。

 車内は中央にテーブル、隅にはラジオ。本などを並べられる棚が一つと、奥には炊事場、そこにも小さな棚があり調理器具が並ぶ。壁の隅には、敷かれたままの俺の布団と綺麗に畳まれた布団が反対の壁に置かれている。

 テーブルや棚などは普段から揺れの中で生活しているようなものなので、テープで固定されている。急に棚が倒れてくるんじゃないかと最初の内は気になったが、今はもう慣れたものだ。


 「そうね、もう半年ぐらいね」


 黒と赤のオッドアイのルカはそう言い、手に持ってたA4サイズの本をめくった。

 悪い巫女と良い巫女。その本にはそう書かれていた。

 それは全大陸に昔から伝わるおとぎ話。夢と希望に溢れた良い巫女はとても力に恵まれ、多くの人を幸せにするために奮闘する。しかし、その良い巫女には双子の姉がおり、妹の活躍を妬ましく思っていた。そこで、悪い巫女は良い巫女の誕生会に合わせて毒を盛った料理を振舞うことで、良い巫女を殺してしまう。

 良い巫女の姿に外見を変えた悪い巫女は、あることを耳にする。それは最近、関係のうまくいってなかった悪い巫女が自分に誕生会を催してくれることを嬉しく思っていたという話。良い巫女として生活をしてけばいくほどに、本当の良い巫女がどれだけ自分を想っていたかに気づく。そのことを知った悪い巫女は嘆き悲しみ、自分の命を犠牲にすることで良い巫女を蘇らせて終わるのだった。

 昔から語り継がれているものらしいが、俺もここ最近この物語を知った。

 内容は素直に暗いと思ってしまうが、昔からこういう物語はどこか悲しいものだという認識もあった。そういうさっぱりとした俺とは違い、ルカの心を掴んで離さないものがあったようで、その物語の台本をルカは何度も読んでいた。


 「よく読んでいるよな、暇さえあれば読んでるんじゃないか」


 そう台本だ。今、ルカが手にしているのは人を役者に変化させる魔法の本。


 「……仕事よ」


 そう小さく呟けば、台本に何かを書き込んでいた。

 

 「悲しいこと言うなよ」


 苦笑を浮かべてそう言えば、俺は車の窓から外を見上げた。空は相変わらずの陽気で小刻みな振動も心地良い。そして、俺はあの戦いの後の出来事を考える。




                ※



 あの絶望的な状況で暴走状態のバルムンクの操縦席を抉り、そこからルカが俺を救ってくれた。

 ブリュンヒルダでふらふらと浮きながら、辿り着いたのはメルガル。イナンナにいたら巫女に近い俺が感知され、マルドックに向かったら巫女に近いルカが感知される。そんな俺達が辿りつける場所といえば、メルガルしかなくなっていた。

 メルガルに到着したところでブリュンヒルダを降りた俺達は、ただあてもなく荒野を歩き続けた。ゲイルリングが飛んでいくのを見たら、物陰に隠れてやり過ごした。しかし、手負いの人間が二人でさまようのだ。その状況はとても酷く肉体以上に精神も狂ってしまう手前だった。

 最初は定期的に言葉をかけあってたのだが、お互いに会話もなく小さく息をするだけ。三日ほど歩けば、森が見えてきた。幸いにもそこは川が流れ、飲み水にありつくことができた。果物もあったので、三日ぶりの満腹を堪能した。一日ぐっすと睡眠をとり、しばらくはここで生活するのを悪くないんじゃないかと話をしていたところ、その発想はすぐに間違いだと気づかされる。果物は生い茂る、自然はとても豊か。しかし、果物をや草を食べるような動物が見当たらない。その時は、まだ不自然に思うほどの余裕はなかった。

 その日の夜、ルカに叩き起こされた。寝ぼけた頭で、ルカの後についていけば、数十頭もの野生の虎が集まっていた。どうやら、俺達という来訪者の匂いで眠っていた獣を起こしたようだ。悲鳴を上げそうになるを我慢しながら、最小限の透明にする魔法を使いながらその森から抜け出した。

 それからまた三日ほど歩いただろうか。もう歩くような力がなくなった俺達は、そのまま倒れ込んだ。

 バルムンクとブリュンヒルダは、たぶん動くぐらいには回復しているだろう。しかし、ここで使ってしまえばレヴィに気づかれるだろう。隣で目を閉じ、ただ呼吸をするだけのルカを見る。少し痩せただろうか、頬がこけている。

 ぼんやりとその顔を見ていた。仰向けになったままで、ルカは首だけをこっちに傾けた。その顔には面影があった。


 「実王さん……」


 「え……」


 東堂ルカだった。赤い目はなく、それは黒い目に変わっていた。


 「短い間でしたが、私のために……頑張ってくれて……一緒にいてくれて……ありがとうございます……。もういいんです……魔法で……私の心臓を止めます……」


 「……何を言ってるんだ」


 ルカは苦しくも嬉しそうに笑う。自分から死のうとしている人間のできる顔には見えなかった。


 「死んだら……バルムンクに乗って……イナンナに帰ってください……」


 嫌だ! やめろ! そう叫びたかった。喉の痛みで声が出ないことに気づく。


 「……口の動きで分かりますよ。実王さんを……引っ張りまわしたの……私なんですから……」


 そんなルカの言葉を無視して、俺はバルムンクを呼び出そうと念じる。

 関係ない。ルカがなんと言おうと、俺は竜機神でここから救い出す。死んでよかったなんて終わり方は絶対に間違っている。これ以上、死んでほしくないんだ。

 どれだけ強く願ってもバルムンクが出てこない。俺は視線を右手の指先に向ける。そこに指輪は無かった。どうやら、ここ数日の疲労で指の感覚が鈍くなっていたせいで、指輪がなくなっていたことに気づかなかった。


 「ごめんなさい……指輪、私持ってます……。背負わせてごめんなさい……生きて、生きてください……どうか……」


 俺の指をルカの指が触れた。小さく震える指を俺は自分の指で握り返す。それが今俺に出来る限界だった。気づく、動かないなんてものじゃない。拘束されるように体の数ヶ所は動かない。きっと、ルカは魔法をかけているのだ。……そして、その魔法はルカの死で解ける。

 ルカの指の震えが少しずつ弱くなっていく、勝手に体力が落ちていっているのか、それともルカ自身が命を削っていっているのか分からない。その振動は、ルカの命の灯火。

 救うと助けると言っておきながら……。俺は、ここでただ死んでいくのを見ていくしかないのか。視界が潤んでいく。目の前が涙で滲む。やめてくれ、ルカの顔が見えなくなる。見えなくなったら、きっとルカは……。

 そこで、俺は意識を失った。



                  ※

 


 俺達はかなり運が良かった。行き倒れていた俺達を救ってくれたのは、世界の大陸中を飛び回る旅の一団。演劇や踊り、大道芸やサーカスなどの多くの芸能に携わる家系の人間達の集団だった。最初に目が覚めた時の和気藹々とした雰囲気は、まるで団地の寄り合いのようだった。集合団地の人間で旅をしたらこういう感じなのだろうか。

 血の繋がらない人間も多くいるようで、そうした行き場所のなくなった人達もたくさんいるようで、俺達のことも深くは追求することはなかった。それも納得だった。百人近い人間達の集まりのようで、よほどの子沢山でもない限りはここまで人間が増えることはないだろう。ざっと見ても、芸能の根っからの家系は片手で数えられるぐらいに思える。

 俺とルカの体調も回復してきた頃、この集団を仕切るガルバという男がいた。演劇の家系のトップにいるのだが、俺とルカに行くあてがないのもすぐに気づいたようで、自分のところで演劇の手伝いをないかと誘われた。俺とルカは、ガルバの強引な性格もあり流されるままにガルバの元で働きつつの芸能の一団での生活が始まった。

 いろいろ気を回してもらったおかげで二人で生活できる車も一つ貸してくれた。みんなで旅をしながら、公演を繰り返す。俺とルカは裏方で照明や小道具の準備、ルカは手先が器用なようで衣装作りも得意で重宝していた。

 仕事をし、二人で食事、あるときは大勢で食事をして、休日は茶を飲みながらぼんやりと二人でラジオを聴いた。特別深い会話などはなく、たまにかいま見える東堂ルカ、そして元マルドックの乗り手ルカとの生活が続く。

 俺と彼女達の日々は、そろそろ半年になろうとしていた。

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