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第十一章 第四話 君の名を呼ぶ

 『本当にいいの?』

 

 内側から引きずり出されて飛びそうになる意識が、ルカの声で引き戻される。

 バルムンクの光が収縮していく、それはメルガルで発揮したような白に染まるバルムンクとは違ったものだった。光の色は白だったが、光はバルムンクにまとわりつくようにその周囲をぼかす。その姿は光り輝くというよりも、機体全身で光を背負っているようだった。

 

 「なにがだ」

 

 自分でも驚くような低い声が出た。

 

 『制限解除をするっていうことは、これは殺し合いになるってことよ。刃で貫かれれば、体をミンチに。炎で焼かれれば、黒炭と一緒。どちにしても、戦いが終わる頃には人としての原型を留めておけないわ』

 

 事実だけをはっきりと告げるルカ。

 

 「言われなくても覚悟の上だ。制限解除がどんなものかは、もう知っている。……嫌ってほどにな。でも、お前を止めるにはこれしかないんだ。命でも懸けないと、お前達を救えない」

 

 抑揚のない声が、ブリュンヒルダから響く。


 『いいわ、見せてみなさい。同時に、その選択が失敗だということを教えてあげる』

 

 「……失敗なんかじゃない。それは俺が教えてやる」


 ブリュンヒルダの関節部分が再び開放される。無数のナイフが再び宙に射出し、出現する。

 クロウ、ルカは呟く。魔法の力で自在に舞い、敵を細切れにするためのナイフの大群がバルムンクを狙う。

 僅かなブリュンヒルダの攻撃を行う際の小さな動きを見逃すことなくバルムンクは、刃の雨をかいくぐる。今度は逃げるでもなく、必要最低限の動きで刃をすり抜けた。

 

 「凄い……。これが、制限を解除した竜機神」


 乗り手である自分には、直感的にその制限を解除するということの意味が理解できた。バルムンクの能力が底上げされることで、乗り手である自身の身体能力も上がっているようだ。今までの自分の感覚では、制限を解除したバルムンクをここまで動かすことはできない。……バルムンクが乗り手である俺を補助でもしてくれているのだろうか。

 回避したナイフの雨が、方向を変えるとUターン。再び、接近する。

 さっきまでは見えなかった攻撃の瞬間も、一本一本のナイフもはっきりと視覚できる。最小かつ最大の方法で、この時を乗り切る。

 まずは最も近くまで接近する刃を刀でなぞる。すぐさま、バルムンクに触れるのが早い順番に刀をなぞっていく。投げられた何十ものナイフを弾くなんて芸当は普通なら不可能だ。だが、それを可能にするのは、今の制限解除のバルムンクの力だ。

 接近する高速のナイフを、さらに高速の刀捌きで切り落とす。


 『なにこれ、まともじゃない……』


 ルカの感情ある声を聞く。その声色は驚きを含むもの。

 

 「ははっ」


 知らず知らず俺の口から漏れる笑い声。

 それはルカを驚かせたことへの喜びでもあり、強力な力を持ち、それで優位に立っている感動。声に出るほどのものとなっていた。

 バルムンクが空を蹴る。途端、足元の炎が弾ける。

 突き出したままで刀を前方へ持っていく。たったの一歩で接近できるなんて考えていなかった。だが、俺の目の前にはブリュンヒルダがいる。この極めて短い時間で、俺は体を大きく回転させる。


 『この動き……!?』


 ルカは高めの声を上げた。声に反応するようにブリュンヒルダは、大きく体を後退させる。今までただ漂うための支えとして使っていた足が、初めて宙を蹴る。

 

 「ルカ――! これでやっとお前を追い詰めることができたな!」


 大きく振り切った刀。その一撃は、ブリュンヒルダを真っ二つするころはできなかった。しかし、それは決して無駄な一撃ではない。

 その一振りは、突風を呼び、周囲の炎を散らす。さらに、攻撃後の隙を窺っていたブリュンヒルダの射出するナイフを全て吹き飛ばした。強烈な風を受けるままに、ブリュンヒルダは背後へと大きく機体を後退させた。皮肉にも、ルカは自分は当初望んでいた敵機との間隔を手に入れる。

 すぐさま、ルカは牽制のために数十のナイフを発射。それはルカ自身の大きなミスとなる。

 炎の嵐の中を貫くようにバルムンクが現れた。ただ、現れただけではない。


 『いつの間にっ』


 ブリュンヒルデの背後にバルムンクが出現した。未だに体に張り付く炎を全身で背負い、バルムンクの両目が少しずつ反転しようとするブリュンヒルデを見つめる。

 

 「お前を止める! ここで絶対に!」


 相手を殴るように強い声で言えば、右手に持っていた刀を掲げる。

 その声に違和感を覚え、ルカは疑問の声を漏らす。


 『どうして……そこまでして、止めようとするの!?』


 ルカの頬を冷たい汗が流れた。

 バルムンクの掲げた刀が、真っ直ぐに振り落とされた。

 なんとか回避を試みようとしたブリュンヒルデは首を切り落とされる。その衝撃を受け、ルカはか細い悲鳴を上げた。舞い上がる頭部を見ながら、胸の中がざわつくのを感じた。

 何をしているんだ、俺は。助けたいという気持ちがおかしな方向に働き、それをこの力が手助けしているような気がする。もっとおかしな方向へ、おかしな方向へと。

 俺はさらに振り切ろうとした刀を静止した。


 「――もう決着はついた。ここまでにしよう、ルカ」


 はっきりとルカに告げる。これは勝利宣言でもなんでもなく、ただの願いだ。もうやめてほしい、もう傷つけたくない。ルカの悲鳴が俺をこの場に引き戻す。力を持ったことへの高揚感は、今はもう静かなものになっている。

 ブリュンヒルダは、首のつけ根をガリガリと音を立てながら、機体をバルムンクに向き合わせる。

 

 『私に情けをかける気なの。制限を解除したことで、随分な調子の乗りようね』


 言葉に棘を感じる。まともに話をしようとしても、難しいのかもしれない。それだけ、ルカの意思は固く、自分の存在すら危うく思っている。どれだけ大きな声を出しても、彼女の耳には何も届かないかもしれない。しかし、俺はそれでもと声を荒げる。


 「情けじゃねえ、これは頼みなんだ。俺は誰も失いたくないし、本当ならお前とも……もう戦いたくないんだ! なあ、もうやめよう。これ以上、お互いを傷つけ合うなんて無駄だろう!? 一緒に来いよ、ルカ! イナンナに戻って、お前と東堂ルカと一緒に過ごすこともできるはずだ。俺は、お前が新しい人生を歩みだすためなら、何でも協力する。だから、頼むよ! なあ!」

 

 心の底からの頼みだった。本当に、一緒に来てくれるなら、できることは何でも叶えるつもりだった。誰かが彼女を傷つけようとするなら、全力で守るつもりだった。

 

 『まるで子供ね。頼む、頼むって……。馬鹿みたいに。――雛型実王、その意見を肯定することはできないわ。――行け、クロウ』


 ブリュンヒルダは無数のナイフを射出。空に大きくばらけた無数の刃は、バルムンク一点へと向かう。

 舌打ちをして、刀でその刃を薙ぎ払う。キラキラと舞い上がるナイフの中で、ブリュンヒルダを睨む。


 「――もう効かない。……馬鹿でもなんでもいい! 俺はお前を憎みもしたし、ルカの偽者のルカだとも思っていた。だけど、話したり戦う内に気づいちまったんだよ。お前もただの人で、ただの女の子なんだって!」


 しばらくの沈黙、炎が何かを燃やしたのか火の粉が飛ぶ。そして、ルカは静かに言葉を発した。


 『それでも、私はやらなければいけない。そうしないといけないんだ、私が私であるために。それに、お前は私を救いたいんじゃない――東堂ルカを救いたいだけなんだ。だから、私はお前を超えなければいけない。大陸のため、巫女のため、私のため。雛型実王、お前は障害だ。絶対に、私とお前は相容れない。だからこそ、そんな願いなど打ち砕いてみせる……制限解除』


 その沈黙がルカが自分の命を天秤に懸けている時間だと知った時には遅かった。俺は繋ぎとめるように声を張る。 


 「やめろっ」


 首なしのブリュンヒルダはバルムンクの時のように発光する。

 その光が体にまとわりつくと、機体全身にその輝きを背負う。それは、今なら理解できる。制限解除後の竜機神の姿。


 『もう手加減なんてさせない。……だって、手加減なんてしてたら……死ぬわよ』


 ブリュンヒルダは、再び関節部の射出口を開く。そこからアリの巣ように、次から次に溢れ出すのは、おびただしい数のナイフの群れ。数十、いや数百はあるか。周囲全てを埋め尽くすほどのナイフの壁。

 右手だけで握っていた刀を両手で握りなおす。

 ちくしょう。どうして、こんな風になっちまうんだ。このまま戦い続けたら、本当にただの殺し合いになっちまう。

 

 「……もうこれしか方法はないのか」


 助けを求めるように漏らす声。


 『今さらよ。命の危険が極小というだけで、私達が殺し合いをしているということには変わらないの。メルガルの人間の心は綺麗ごとで動かせても、信念も葛藤もない私には無意味なこと。……クロウ』


 ナイフの壁が大津波のように迫る。密集するあまり、ナイフ達は互いをガチガチをぶつけ合わせながらバルムンクを埋め尽くそうとする。ルカの意思を告げる死を運ぶ刃の海。

 それははっきりとした殺意の形。そして、気づく。これは避けては通れないものなのだと。

 バルムンクは刀を頭の上に持ち上げた。祈りのように力を集中させる。機体を包む光よりもさらに大きな光が刀の刃を包む。


 「お前を……俺は……!」


 俺は迷いを口にする。

 涙が流れている。俺は泣いている。それは、救おうとした彼女と戦う以外の選択肢がないというこの状況に。


 『守ると救うと言って、愚かな希望に、いつまでもすがりつこうとするからこうなるのよ……! ――だから、もう……消えなさい、雛型実王』


 刀を包んだ光が空を切り裂き、クロウ達の刃が光のカーテンを空に作り出す。

 ブリュンヒルダは過去の遺恨を殺すために、腕を振るう。殺戮の刃の群れがバルムンクになだれかかる。

 バルムンクは刃の壁を粉砕するための刀を振るう。その一振りは光の軌跡を生み出し、クロウの群れとぶつかり合う。そして、イナンナを揺らすのでないかと思うほどの衝撃と閃光。



                 ※



 眩い光がブリュンヒルダを包んでいくことを全身で感じる。


 「雛型……実王……!」


 バルムンクから放たれる光の刃を受け、自機のあらゆるところが削れていく。両腕は既になく、両足が動かないところをみればもう足など飾り同然だ。

 この光が収縮する時、どちらがどれだけ最小限で立っていられるかが勝負だ。一本でも、このクロウがあれば……奴を……。

 そこで、私は目の前のソレを見た。

 私は確かにバルムンクに視線を集中させたつもりだった。そこにいるのはバルムンクであり、バルムンクではない。白きバルムンクの形をした竜機神。

 光の収縮と同時に白き竜機神が何かを告げる。


 『幾千、幾億もの日々を渡り歩く。――我、最果てからやってくる滅びの福音。汝の境界を今壊さん』


 その言葉の後、バルムンクは一瞬にして目の前に出現した。

 回避する余裕も意識を外に向ける時間もなかった。ただそこで二本の目が、こちらを見つめている。その姿は先程のバルムンクとは違うものだ。

 視界を横切る物体があった。先程までとバルムンクの腕の位置が変わっていた。その右手は下に伸ばされている。ようやく、私は気づく。――ブリュンヒルダが切り裂かれたのだ。

 操縦席が裂かれ、私はそこから外へと顔を出す状態になる。二本の目が私を見つけ、操縦席の私を引きずり出すためにその隙間から指を這わせる。

 肉を引きちぎるように、バルムンクはブリュンヒルダをその左の手で裂いていく。

 

 「なんなのこれ……! なんのなのよ……!?」


 私の心の中が恐怖に染まっていく。今戦っているのは大陸を守るための竜機神なんて到底思えない。こんな存在、ただの暴力だ。ただ思いついたままに私に暴力を吐き出す。本来の竜機神が守り神なら、この白いバルムンクは破壊神。

 皮を剥ぐようにブリュンヒルダの一部を引きちぎったバルムンクは、左の拳を掲げた。分かった。こいつはその拳で私の体を潰す気なのだと。

 私は死を覚悟した。悲しんでくれる人間なんていない私だが、それでも死は確かに悲しくて寂しいものだと思った。目を閉じる。どうせ、負けるなら制限解除なんてしないで、東堂ルカに私の人生をくれてやっても良かったかもしれない、などと他人事のように考えていた。


 『に……げろ……』


 私はその声に顔を向ける。それは先程までの破壊神とは違い、聞き覚えるのある喋り方。……奴だ、雛型実王が声を出している。


 「貴方の勝ちよ。今さら、ためらうの?」


 実のところ、私は彼の声が聞こえたことに僅かに喜びを感じていた。しかし、それでも私から出る言葉はそんなものだった。


 『気づいているだろ……。今の俺は……俺じゃない……。勝手に動くんだ……! 俺が止められる内に早く……逃げろ――!』


 呻き声のようだ。先程までに命の取り合いをしていたのに、今度は私の心配をしている。なんと忙しい男だろう。しかし、逃げるにしても、私に逃げる余裕なんてないし、この機体ではすぐに追いつかれてしまうだろう。それこそ、竜機神を捨てるしかないかもしれない。ふと、視線を外に向ければ、腰の辺りにクロウが一本引っかかっている。この一本では現状はどうしても変えられないかもしれない、それでも……。


 「そうね、逃げるのも悪くないかもしれない。けど、竜機神を失った私が生きていても意味がないの。そこで提案なんだけど……雛型実王、新しい人生を歩みだすために協力してくれるって言ったよね」


 『こんな時に、何を……』


 苛立つ声。それでも、私はさらに強い口調で返事をする。


 「こんなもの悪魔との契約だと知りながら、私も何を言っているのか不思議に思うよ。――私の新しい人生に協力してくれるのよね」


 雛型実王は慌てた声で返す。


 『あ、ああ……! なんだって協力してやるよ! だけどな……もうそんな話してないで……早く行け! ……イナンナのヒヨカなら、きっと……助けてくれるはずだ……!』


 やはり私は壊れているな。そう考えつつ、冷笑を浮かべる。


 「イヤ。私は、こんな状況で助けてくれようとしたお人好しな貴方の言葉を信じたいの。救ってあげるわ。……だから、私に貴方の命を預けなさい」


 『もう止められない……。くそったれ! 好きにしろ……!』


 投げやり気味な声。それを聞きながら、私は腰にくっついていた一本のクロウに魔力を込める。小刻みに震えてるバルムンクの腕を見る限り、どうやら雛型実王ももう限界のようだ。今すぐに動かないなら、それで十分。

 私はその一撃に精神を集中させる。何もしないなら、ここで死ぬんだ。外れても死ぬんだ。それでも、生きていけば何か起きるかもしれない、そう死の直前に思わせる出来事だと思う。

 死を覚悟した。そんな時に、この男は生きろと言う。そして、ここにあるのは生かす力の一つのように残った一本の武器。まるで、この世界が私に生きろと言っているようだ。しかし、生きたからといって、私にできることなど――。

 ――いいんだよ、ルカ。それでも。私も力を貸すから。

 東堂ルカの優しい声が聞こえた。今度は、抵抗なく頷くことができた。

 ルカの左目が東堂ルカの時と同じ黒い色の瞳に変わる。赤い目と黒い目。その両目が、狙いを定めた。

 

 「行って、クロウ。未来を示して」


 真っ直ぐ一直線で、バルムンクの胴をクロウが貫いた。



                ※



 それから数時間後。マルドックの侵攻部隊は撤退。

 バルムンクのとブリュンヒルダの戦闘の地へと戻ってきたシグルズ達。そこには、二機の竜機神の姿もなく、乗り手の姿もなかった。

 その日から、イナンナとマルドックの竜機神の乗り手は姿を消した。 

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