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第十一章 第二話 君の名を呼ぶ

 バルムンク、無数のシグルズが空を翔る。目指す先は、第二防衛ラインに点在する町。

 俺は焦る気持ちのままに目指す。背後からは五十機にも及ぶイナンナの竜機人達が続く。第二防衛ラインを突破したマルドックの部隊は投降を拒否した一つの村を攻撃したのだ。そして、それを指揮しているのはルカの乗る竜機神というのだ。

 何度もヒヨカには確認した。それでも、ヒヨカは俺に言う。指揮をしていたのはルカだと。あの優しいルカが、そんなことをするわけがない。――そんな淡い期待は打ち砕かれることになる。




                ※



 野を越え、田んぼの中を突っ切れば小さな村に出た。最初は降伏勧告をした。百人にも満たない村人達が集まり相談を始めた。集まったところで五分の時間を与えた。予想に反して、そこにいた住人はよほど大陸に対しての愛が強いのか。騒ぐ住民達の中から現れた町長は周囲の人間達と何か一言、二言、話をすると、私達へ向けて石を投げたのだ。この竜機神に対して、あろうことか単なる石ころをぶつけた。

 そうして、私は部下に指示を与えた。――手始めに田畑を燃やせ、頭を垂れない者には容赦をするな、と。

 私はそれから炎を眺め続けた。村一つを襲うには侵攻部隊は多すぎたので、いくつか小隊として隊を分散させた。分散させた隊は、今頃は他の村や町を攻撃しているだろう。戦争の中にいながら戦争を忘れていた人間達の住む土地だ。侵略など容易いものだろう。その時、頭の中を直感が刺激する。……知っている人間の気配。


 「……来ましたね」


 炎の海の中、ルカはその方向を見た。その首の動きを真似するように、ブリュンヒルダの頭部もその方向へと顔を向けた。

 シグルズが無数に飛ぶ。その点の中央に、よく目立つ機体がいる。


 「さあ、どう足掻いてくれるのかしら。――雛型実王」


 ルカは口元に笑みを浮かべ、地に足をついていたブリュンヒルダを空に浮かせた。




                ※



 炎の海の中、ソイツがいた。濃い紫、外見も含めてまるで女王蜂のような佇まい。だけど、今の俺は敵の姿などどうでも良かった。

 地面を見回せば、ところどころ建物の屋根らしきものが見える。しかし、炎のおかげでそれも僅かに分かる程度。家だったはずの黒ずんだ塊がまた炎の中に崩れ落ちた。

 背後に一体のシグルズが立つ。


 『乗り手様! ……この近くの町や村も襲われているようです。て、乗り手様……コイツがマルドックの竜機神……』


 背後のシグルズの乗り手の声が怒りで震えている。ルカは、この村どころか他の人が住む場所も襲っている。その現実が重くのしかかる。

 俺は自分の感情を精一杯押し殺し声を発した。


 「シグルズの人達は、他の町や村の救援に向かってくれ。……こいつは多分、俺じゃないと止めらない」


 『し、しかし……』


 気持ちが溢れ出すの感じながら、重い声を出す。


 「頼む」


 少し間を置き、返事。


 『……よろしく頼みます』


 あっちもあっちでいろんな感情を押し殺しているのだろう。搾り出すような声が俺をそう思わせた。

 ああ、と俺が返事をすれば、俺に声をかけた彼が小隊単位で指示を出していく。背後のシグルズ達がいなくなった後、目の前の紫の竜機神に意識を集中させる。


 「ルカ、これ全部お前がやったのか」


 俺は最も聞かなければいけないことを口にする。

 ルカが小さく笑う声が聞こえた。


 『……ええ、そうよ。み、お、さん』


 その声で気づく。こいつはルカであって、東堂ルカではない。

 反吐を吐くように声を上げた。


 「その汚い心で、俺の名前を呼ぶな」


 『酷いな、実王さんも空音さんも。私がちょっとイメチェンしたからって、そんな酷いことばかり言うなんて』


 その喋り方が、ルカを意識しているのものだと俺は理解した。そうした行動が俺の心を怒りで熱くさせる。


 「お前は、ルカを馬鹿にしてそういうことばかりするのか。……もしそうなら、やめろ。ルカの顔で声で、そういうことはするな」


 その時、ふと紫の竜機神から生気が消えたような気がした。人がそこにいることが鼓動をしているのなら、そうした人間に必要なものが途端に消えたような感じ。そして、目の前で感じるのは、まるで竜機神そのもの。そこに何かいるとしたら、竜機神を動かすための部品。


 『改めて自己紹介しとくわ。この子は、マルドックの竜機神ブリュンヒルダ。……後、私は東堂ルカを馬鹿にしていた。だから、やめることにする』


 淡々と告げた。その言葉を聞いた途端、ギリギリまで保っていた俺の心のラインが決壊した。

 空という地面を蹴る。炎の海がバルムンクが宙空で蹴ったことで、大きな波を作る。波が大きく揺らぎ終わる頃、俺はブリュンヒルダまで手の届く距離まで接近する。


 「――黙れよ!」


 刀に手を置き、そのまま勢いよく体を捻る。相手を一撃で切り裂くために。


 『クロウ』


 ルカは呟いた。その刹那、何かが腕を掠めた。理解不能の衝撃が刀を抜こうとした腕を大きく震わせた。


 「なんだ、これは……」


 刀は抜けなかった。バルムンクの右腕には、刃先のみのナイフが深く刺さっていた。強く力を入れて刀を抜こうとするなら、そのナイフが腕を切り落とすことになるだろう。

 気づかなかった。いつナイフを投げたんだ。いや、手は動いたのか。そんな様子は全くなかった。少なくとも俺が懐に飛び込んだ時は、奴は阿呆のように手を広げていた。それこそ勝負を諦めたように。違う、奴は諦めたわけじゃなかったんだ。それは余裕の表れでもあった。

 俺は咄嗟にバルムンクの腕に刺さるナイフを抜こうと左手を伸ばした。そして、それは完全に選択ミスだと知る。


 『踊る阿呆ね、実王』


 バルムンクを無数の衝撃が襲う。小刻みに操縦席を揺らす。ガクガクと座席が揺れる。

 いくつもの竜機神の指先サイズのナイフがバルムンクを切り裂く。一つ一つは先程のように致命傷を受けなければ大した攻撃じゃないだろう。だが、今自分の体を傷つけていくのは何十ものナイフの雨。上からナイフが顔、胴を傷つけたかと思えば、下からは蒸気が吹き上がるように無数のナイフが腕、足と切り裂く。不恰好な体勢でこれだけ多くの攻撃を受け、そのまま炎が茂る地面へと落下していく。


 「ぐっ……! あの野郎っ……」


 幸い、バルムンクが墜落したの炎の中ではなく、まだ火の回らない土の上。うつ伏せで周りに目を向ければ、そこは開けた土地だと気づく。どうやら村の中央に位置する広場のようだ。

 視界の隅に何か見える。それは炎のおかげで、醜く溶解した球形の遊具。ここでは、子供が遊び、家族で過ごす憩いの場所だったに違いない。初めて来た場所なのに、俺は勝手にそうした想像を膨らませた。……初めて来た俺でも、それだけの想像ができてしまうほど、人が穏やかに過ごしていた場所だったんだ。


 「まだまだ、だよな。バルムンク」


 操縦桿を握る手に力を込める。右手に未だに突き刺さるナイフを、ここで初めて抜き取る。内部の人工筋肉を貫通したその刃は、ナイフの刺さったその空洞から体液を流す。

 竜機神はこの程度では、負けない。ここでブリュンヒルダを止めることで、きっと他の町や村で破壊活動を行うマルドックの竜機人を止めることができるはずだ。俺はそう信じる。

 バルムンクが悲鳴を上げるように、ナイフで切り裂かれたところが軋み上げた。泣き出すように体液を垂れるバルムンク。乗り手として今の姿に胸を痛めるが、それでも立ち上がろう。


 『まだやるっていうの……。逃げる時間をあげたつもりだけど』


 頭上から響くの相変わらずの淡々としたルカの声。奴は、炎の隙間からこちらを見ていた。

 バルムンクは決してスムーズじゃない動きで体を起こした。

 ごめん、空音。俺は嘘をつくよ。心の中で謝罪を口にする。


 「俺は絶対に逃げない。ここで逃げたら、今よりもっと多くの人が傷つく、そこでも負けたら、さらに多くの人が傷つく。……そんなの、俺は放ってはおけない。なにがなんでも、お前をここで止める」


 俺は刀を抜き、地面からブリュンヒルダに刃の先を向ける。


 『抗おうていうの? 愚かな人』


 知らず知らずに俺は笑みを浮かべていた。

 その理由は明確には出てこない。しかし、一つだけ考えられるとすれば。


 「――ルカ、お前もここで助ける」


 助け出そうとしたルカが、自分から目の前に現れた。俺が笑う理由があるとするならば、それぐらいだ。




                 ※




 ルカは操縦席で大きく目を見開いた。

 この男は何を言っている。助ける、だと。理解ができない。今これほどまでの力の差を見せ付けられ、それでも倒して助けるというのか。

 愚かな、実に愚かな。


 ――……愚かなんかじゃないよ、ルカ。気づいて、実王さんの優しさに。


 うるさい声だ。お前は黙っていろ。


 ――……。

 もう聞こえない。これでいい。私はもう一度強く操縦桿を握ると、目の前のバルムンクを睨みつける。

 雛型実王。この男は実に不愉快だ。私が、この男を壊す。ここで止めなければ、私は何か良くないこと起きそうだ。

 この不愉快を打ち消そう。念じ、力をこめる。

 ブリュンヒルダの最大の武器、クロウ。機体の関節部分から無数のナイフを射出し、それが常人には反応できない速度で敵を切り裂く。何十もの空を飛び回る高速の刃の止められるものがいるわけがない。目の前のバルムンクもそうに違いない。

 刃を構えるバルムンクを見据えると、ブリュンヒルダは僅かに関節を開いた。

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