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第十章 第四話  空虚な君 惑いの彼

 「……で、なんでここにいるんだよ」

 レヴィが落ち着くのを待って、俺はそう問いかけた。

 目の前にいるのは、来客用の椅子に座りふてくされた顔をするレヴィ。そして、隣に座るのは苦笑い気味のヒヨカ。そこに向かい合うように座る俺、空音。何の電話をかかってこないところをみれば、どうやら戦線も落ち着いたようだ。先程までとは違い、静かな時間が訪れる。

 空音に視線を向ければ、単純に怒っているレヴィとはまた違う不満そうな顔。


 「あ、えと、私がお答えしますね。ここまで来たら、隠すのもあれですし」


 おずおずと手を上げるヒヨカ。


 「ちょっと、ヒヨカ……!」


 慌てた声を上げるレヴィ。それを無視して俺は頷くと、その声に耳を傾ける。


 「覚悟を決めましょう、レヴィ。……もともと、実王とレヴィの進展しない関係に少しでも前進させようと私が協力したところから始まります。巫女の遺跡の力を借りれば、レヴィをイナンナに転移させることが可能ではないかと実験代わりと遊び心でレヴィを転移させました」


 「――遊び心と実験!?」


 驚愕に顔を歪ませるレヴィ。

 いい加減、お前もヒヨカの本質に気づく時が来たようだ。

 固まったままのレヴィをさらに無視し話は続く。


 「顔芸の得意なレヴィは放っておいて……。二人でこれからのことをいろいろと相談してたところ、マルドックの侵攻が始まり、それを近くでいち早く聞いていたレヴィはメルガルの部隊をイナンナに向かわせた。……そして、今のような状況になります」


 理由はどうあれ、結果としてレヴィはイナンナのことを救ってくれたようだ。

 改めて、レヴィの方を向く。


 「レヴィのおかげで助かったのか……。助けてくれて、ありがとう」


 下げていた頭を上げれば、顔をやんわりと赤くするレヴィ。もじもじと手を擦る。


 「い、いいわよ……。実王にはいろいろ感謝しているし、なによりも私の……夫になるわけだし……」


 その言葉に俺は苦笑いを浮かべた。その直後、隣に座っていた空音がわざとらしく咳払いをした。


 「多忙な中、イナンナに来ていただき満足なおもてなしもできませんでしたが……。レヴィ様は、そろそろ帰らないといけないんじゃないですか」


 少し棘のある口調。図星を突かれたようで、レヴィは言葉を詰まらせる。あれだけ強気で向かってくるレヴィが、何も言い返さないところを見ると、相当に無理をして来ているのだと分かった。それが、俺の為の無理だと分かっているので、レヴィに申し訳ない気持ちになる。


 「まあ待てよ、空音。せっかく無理して来てくれているんだから、そんな突き放すような言い方しなくてもいいじゃないか」


 俺の言葉に空音は、怒っているような悲しそうな何か言いたそう表現しがたい表情を浮かべた。何か言おうとする空音よりも早く、レヴィが口を開いた。


 「いいえ、空音の言う通りよ。今日はちょっと時間に余裕があったから来たのだけど、本当だったらそんな時間も巫女の仕事のための時間に使うのが正しい生き方なのよ。……じゃあ、行くわ。転移のためにヒヨカの力が必要だから、ちょっと借りるわね。行くわよ、ヒヨカ」


 悲しげに笑えばレヴィは席を立つ。俺の顔をしばらく見ていたレヴィは、もう一度悲しそうに笑うと学園長室の扉へ歩き出す。その背中を追いかけるようにヒヨカが続くが、何度も俺のほうに視線を送る。

 俺は気まずい気持ちになり、視線を逸らすとそこには空音がこっちを見ている。何故か、また真顔だ。


 「……レヴィ様を遺跡まで送ってきなさい」


 淡々としたその声。楽しさは感じられないが、何か堪えるような声。


 「俺が、か?」


 きょとんとした間の抜けた表情の俺を空音は睨む。


 「いいから、行ってくるのよ。今は戦争中だし、ヒヨカ様にも危害があるかもしれないわ。今ここでレヴィ様を送るのに実王が一番相応しい人物なの。分かった? 分かったなら、さっさと行け。バカ」


 空音はまるで俺の次の行動を待つように俺をじっと見た。ヒヨカもレヴィも既に部屋の外にいるので、今から急いで追いかけないと間に合わないかもしれない。

 空音は視線を逸らして、拗ねたような声で言う。


 「レヴィ様は、実王の為にここまで来たの。その意味、分かる?」


 空音の言葉を最後まで聞くとその真剣な表情に、しっかりと頷いて返す。席を立つと空音に背中を向けて歩き出した。追いかけるは、先に出た二人の巫女。俺は足早に部屋を飛び出した。




                 ※



 「なんで、こういうこと言っちゃうのかな……」


 ほら、少し教えてあげれば、追いかけるような奴なのよ。それでも、大切な一人のために追いかけて大陸を越えてやってきたレヴィを他人事のようには思えない自分がいた。

 小走りで去る彼の姿を見て、空音はため息をつく。

 モヤモヤとした気持ちを振り払うように、机の上に乱雑に散らばる書類に手を伸ばす。ヒヨカの仕事を手伝い、彼女の疲労を軽くしよう。そう思いつつ、書類をまとめていく。

 自分に書類の決定権はないが、それでも乱雑に散らばる物を一つにすることができる。ヒヨカはどちらかと言えば、巫女という立場も関係なく仕事のできるタイプだと思う。正確に言えば、要領が良いのだ。

 今現在先に片付けなければいけないことを済ませ、次の最優先の仕事に移る。そこで、次の仕事に向かうまでに余裕があると感じれば、自分を休ませる時間を作る。適度な無理と緊張感と休息。仕事をする人間にとって背負うべきことを上手に抱えていると言ってもいいだろう。


 「それでも、十四の女の子の背負うものじゃないけどね……」


 寂しげに呟いて、まとめた書類をヒヨカの机の上に持って行く。机に近づけば、ヒヨカには珍しくパソコンの電源が入っている。どうやら、久しぶりに起動したようで消し忘れたようだ。子供の出したままの玩具を片付ける母親の気分で、パソコンの電源ボタンに手を伸ばす。


 「なにこれ」


 電源ボタンに触れたままで手が止まる。

 ヒヨカの開いていた画像ファイル。そこに映し出されるのは、ぼやけた画像。目を凝らして見てみれば、それが見覚えるのある竜機神だと気づく。それは――白いバルムンク。目の痛くなるほどに白いバルムンクがそこには立っていた。


 「なんなの、この姿。……どこかで、見たことのある……」


 普段とは違うその色。しかし、見たことのあるはずがないそれを私は知っている。それはとても嫌な記憶で、体の中をミミズが走り回るようなおぞましさ。その蓋の中を開けて見れば、奇形の虫達がこちらを窺っているような気色の悪さ。

 私は探す、これは何。これは……。


 「あ、ああ、あああ……。そうだ、これは――あの時の!」


 そうだ、私は知っている。あの時の恐怖を。

 思い出す。振り上げた刃の感覚、そして切り裂かれたモノの悲鳴。肉の裂かれる音。炎と血の海の中で、私はコイツを見た。血の中に何かが映り込む。それは、一体の神になり損ねた竜機人。それは神を目指しながらも、悪魔という異形の存在になることしか許されなかった。

 涙をポロポロと流した空音は、髪を掻き毟るとふと意識が途絶えた。そのまま力が入らないままで、地面に倒れ込む。

 残されたのは、辛そうに歯を食いしばり目を閉じる空音が残された。



                ※



 レヴィを乗せたバルムンクは、夜空を真っ直ぐ飛ぶ。目指すのは、イナンナの遺跡。その速度はゆっくり。重ねるように置かれた手の上に乗るのはヒヨカ。ヒヨカは、レヴィに気を遣っての配慮だった。

 ヒヨカは二人が楽しげに会話をしているのだとう、ニコニコと夜の空中散歩を楽しんでいた。しかし、ヒヨカの意思に反して操縦席の中は沈黙に包まれていた。




                 ※



 辛い。正直な感想だ。

 到着するまで立ったままでもいい。そう思うような状況。レヴィは俺の膝の上に乗っかっていた。まだここで、レヴィがいつものように気の強い口調で話しかけてくるのなら、まだ気もまぎれるが……。自分から膝の上に乗って来たにもかかわらず、顔を赤くして外を眺めるのは本当に勘弁してほしい。こっちも恥ずかしくなる。

 後数分もすれば遺跡に到着するだろう。このまま黙ったままだと、最後まで喋らないかもしれない。それもイヤだな、そんな単純な理由で俺は声をかけた。


 「なあ、レヴィ。お前よくここまで来たよな」


 レヴィはこっちに首を傾ける。しばらく、きょとんとした顔を見せたかと思うと吹き出すように笑う。


 「おかしなことを聞かないでちょうだい。――好きな男に会いに来る女が、そんなに変かしら」


 色っぽく笑うとレヴィは俺の頬に手を置く。その仕草に、胸がドキリと跳ねる。こうやって見れば、レヴィは随分と魅力的な異性だろう。


 「……変じゃないと思う」


 変じゃない。好きな相手に会いに来るのは決して変ではない。


 「それなら良かったわ。実王、私にとっては、こういう時間でさえも本当に幸せなの。……見て、月が綺麗よ」


 レヴィが指を指す。

 月が綺麗だ。この光景は異世界でも一緒なんだな。……宇宙のない異質な月。それでも、今は素直に綺麗だと思おう。難しく考えても分からないんだ。だから、今は目の前に広がるこの世界の美しさに感謝しよう。

 ――チュ。何か温かい物が頬を濡らす。柔らかく、少し甘美な温もり。


 「え、レヴィ……!?」


 慌ててレヴィを見る。レヴィは小悪魔の笑顔を浮かべ、自分の指を唇に当てていた。


 「これぐらいは許しなさいよ。今、実王が誰を見ているのか分からないけど、お願いこれだけは許して」


 俺はその揺れる瞳を見れば、視線を逸らした。


 「……ああ」


 頷く。レヴィは安堵したように、俺の胸に頭を寄せる。


 「今度は私が守る番よ。実王が、命がけで私や私の大切なものを守ってくれたように、絶対に私が守る」


 レヴィの言葉に胸が苦しくなる。しかし、今の俺にはどうしてもレヴィの気持ちに応えることはできなかった。同時に、その気持ちを否定することもできない俺は、ただその優しい言葉に頷くことしかできなかった。

 二人とヒヨカを連れた竜の神は、夜空を走る。

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