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第二章 第一話 その名はシクスピース

 闇の中をひたすら上に走る。上に走るというのもおかしな言い方だと我ながら思わなくもないが、真っ直ぐに天空へ向けて飛んでいるのだ。ただただ直感的に今自分の進んでいる空間は一本の筒のように感じられる。何も見えない暗闇だが、目指す先はこの一本の筒の先。


 「もう少し時間がかかるわ……」


 背後から空音の声が聞こえた。元いた世界からどれだけの時間が経過したかは分からないが少なくとも二人だけの沈黙が多少重くは感じるようにはなった。しかし、空音から声をかけられたのは意外だった。


 「そうか、具体的にはどれくらいなんだ」


 「後二十分ぐらいかしら」


 「どうして、時間なんて分かるんだ」


 俺は頭に浮かんだままにそんなことを聞けば、何を今更という感じの顔をする。


 「この空間を作っているのも私なら、雛型君が道に迷わないのも私が空間のコントロールをしているからなの。それに私もこの空間を通ってここに来たのよ」


 「お前は一体なんなんだ……。あっちの世界には魔法使いでもいるのか」


 父さん達にはそうした特殊能力を使っているのを見たことないが、あっちの世界ではみんな一般的なもので、俺の見えないところで使っていたとか……。

 俺の勝手な想像を遮るように空音が言葉を返す。


 「いいえ、私達の世界は雛型君の住んでいた世界とはよく似ているわ。魔法なんて一般的には存在しないことになっている。どっちの世界も見た私が言うのだもの。信じなさい。……こうした私の力は巫女様から頂いたものなの。私はもともと巫女様の世話係をしていたのだけど、私を適任に考えた巫女様がイナンナに竜機神を呼び寄せるために私に託した力。たぶん、あの都市でこうした力が使えるのは巫女様と私ぐらいね」


 どこか遠く、どこか思いに耽るように空音は言う。

 既に異世界に向かっている時点で、空音の凄さというものがイマイチ実感できずにぼんやりと言葉を返す。


 「そうか。お前は特別なんだな」


 何気ない言葉の後に言いようのない沈黙を感じ、空音を見れば。


 「そうね」


 俺を見つめたまま短くそう言った。その一言を聞き、それ以上の話をする話題も浮かばずに視線を前方へ向けた。


 「こんな力なんて関係なく、偶然に貴方に出会えた。それに……私だけが特別じゃない、貴方には感謝している。ありがとう、実王」


 背後から小さくともはっきりと聞こえた。勝手に名前を呼び捨てなんてしやがって、とも思ったが俺も他人のことを言える立場じゃないことに気づく。自分から何かを喋るのも野暮というものかもしれない、そう考えて操縦に集中する。

 空音と話したことで少しずつ落ち着き始めた。これからしないとけいないこと、両親のこと、今から向かう世界のこと。一つ一つを頭の中で考えていく、どれもぐちゃぐちゃだが、やるしかないのだ。これからすることは人を傷つけるかもしれない、自分が死ぬかもしれない。望んでいた変化にしては血生臭さを感じるが、それでもきっとこれは運命なのだろう。

 そうこう考えてる内に、たぶん二十分ぐらい経ったのだろう。


 「出るわ、準備して」


 「で、出るのか……! でも準備って」


 うろたえる俺に空音のビンタのような言葉が返ってくる。


 「知らないわよ! 乗り手なら自分で考えなさい!」


 そんな風に言われたら……俺は……。

 泣き言を飲み込み前方に集中。


 「……くそ、ああやってやるよ。俺は竜機神バルムンクの乗り手だからな!」


 自分自身わけの分からない大声を出す。そのまま、バルムンクの速度を上げた。眼前に穴が見える。自分が入った穴と同じようにわけのわからない文字で描かれた魔方陣が周囲を囲んでいた。

 あれだ、あれしかない……。

 勢いのままに俺は飛び込む。どんな世界が待っていても俺を待っていてくれた運命の為に。


 「ようこそ、シクスピースへ」


 そっと空音の声が聞こえた。




                 ※



 「来るのね……」


 少女の外見年齢は十三、十四歳ぐらいだろう。年齢にしては小柄なその体、水色の長い髪がふわりと舞う。その白と赤の着物は日本の巫女服そのものと言っても過言ではない。

 少女の立つ場所は、イナンナの学園都市の地下の巨大遺跡。少女はその中心の円盤型の石柱に腰を下ろしていた。少女の周りは巫女服に身を包んだ少女の石像達が周囲を囲み、中心にある円盤型の石柱を囲むように無数の石柱が立ち並ぶ。


 「異世界を渡り、この大陸をこの星を救うかもしれない人。幾千ものの夜を越えて、何を見てきたの。何をこの世界に落とすの。今はただ……」


 少女の頭上にぽっかりと穴が空く。それは異世界を繋ぐ扉。


 「私は迎え入れるわ、救世主を。これは希望を築く戦い、これは運命を断ち切る戦い、そして……これは理を壊す戦い」


 イナンナの巫女、ヒヨカは中空に向けて手を伸ばす。

 その手の先には少しずつ少しずつ姿を現す竜機神バルムンクの姿。ヒヨカの前にバラムンクはゆっくりと着地をする。

 ふわりと巻き上がる砂埃を受けたヒヨカの透き通るような水色の髪がふわりと風に流れた。






 「ここが異世界なのか……」


 降り立ったその場所はどこかの遺跡の中だろうか。周囲に並ぶのは巫女服の少女の石造に数多の石柱。その中心にバルムンクは居る。辺りを見回せば視界の下に人影。目を凝らそうとすれば自動的に眼前のモニターが拡大した映像を映す。そこには水色の髪の少女。


 「うそ、なんてタイミングなの」


 声を震わせる空音。


 「おい、何をそんなに驚いているんだ」


 「頭を低くしなさい。あの方がこのイナンナの巫女であるヒヨカ様よ。ほら、早く……!」


 空音は俺の頭をグッと押さえるとそれに呼応するようにバルムンクも体制を低くする。バルムンクの頭が自分の足よりも低くなる。


 (そんなに頭を低くするのか、バルムンク!?)


 最初はその様子をぼんやりと眺めていたヒヨカは吹き出すようにクスリを笑い声を上げた。


 「いいですよ、そんなにかしこまらないでください。竜機神の操縦者である貴方は巫女の私と同位の存在とも言えます。顔を上げて、中にいる貴方の顔を見せてもらってもよろしいでしょうか」


 そう微笑むヒヨカという少女は外見の年齢よりも随分大人に思えた。


 「行くわよ」


 ぼんやりと画面を見つめる俺に痺れを切らしたのか空音は首根っこを掴むと持ち上げる。再び、その一連の動作に反応するようにバルムンクは操縦席の扉を開く。


 「実はコイツ、俺の竜機神じゃなくてお前の竜機神なんじゃないか」


 「ごちゃごちゃ言わないの。ヒヨカ様はああ言っているけど、無礼な態度をしたら、社会的に殺すから」


 冷たく銃弾のように言い放つ空音。

 父さん、母さん、異世界に来て五分もしない内に女の子から殺すと言われました。早速、心が折れそうです。

 空音の一撃に俺は操縦席に小さく体を丸める。


 「うふふ、うふ……都会の風は僕に冷たいです……」


 へこむ俺をへこませた本人が操縦席から引きずるように引っ張り出す。


 「何が都会なのよっ。て、ちょ、ちょっと、実王、重すぎて……! て、きゃ――」


 中途半端に浮かせた体の俺はバランスを崩してゴロゴロとバルムンクの体を滑り台のように滑り落ちる。


 「うわ――!」


 「……きゃっ」


 強く体を打ち付ける。バルムンクのデコボコとした体と体制を低くしたおかげで随分とスピードは落ちたみたいだ。痛いといえば痛いが、運良く減速できたみたいで、さほど痛くもない。都合よくクッションもあるし……て、あれ。今、なんか女の子の悲鳴みたいなのが聞こえたような……。


 「……あ、あの、私としても恥ずかしいので、どいてもらえたら助かるのですが……」


 花の蜜のような香りがした。よくよく見れば、俺は抱き枕のようにクッション……もといヒヨカを抱きしめるようにして寝転がっている。どうやら俺は落ちてくる途中、ぶつかりそうになったヒヨカを抱きしめて着地することで庇ったようだ。ぐっと手に力を入れれば小さく壊れそうな体。


 「ひゃあん! す、すいません! 男性にこのようにされることは、あまり経験のないことなので、あの、なんというか……とても恥ずかしいものですね」


 先ほどまでの大人な雰囲気はなんだったのかと思うようなおどおどとした可愛らしい口調。正直、胸の中でモゴモゴと喋るその姿を間近で見ていると鼻血が出そうになる。ふつふつと湧き上がるわけの分からない感情に支配され、もう少しこのままもう少しこのままと黒い自分が出てくる。


 「何をやっていらっしゃるんですか、実王」


 酷く感情のない丁寧な言葉に冷や汗を感じ、首を少しずつ声の方向へ向ける。


 「コ、コンニチハ。ホンジツハオヒガラモヨク、ソラネサンハ、イカガオスゴシデショウカ」


 「今、目の前にいるクソ虫を踏み潰したくてうずうずしているわ」


 「空音さんの言うクソ虫にも命や感情というのがありますので、そうした軽率な発言はいかがと……」


 あまりの恐怖に身近にあった抱き枕をぎゅっと抱きしめる。


 「――ひゃん……。あの、本当に恥ずかし過ぎます……」


 顔を真っ赤にして身を小さくするヒヨカを見て、ああ、かわいいなと思いながらそっと体を離す。離れたところでヒヨカの赤く染まる顔を見る。

 こりゃ罰を受けないと怒られちまうな……。そして、ごろりと仰向けで再び地面に寝転がる。


 「さあ、好きにしろ! 俺は逃げも隠れもしねえ! 罪を償う覚悟はできた!」


 「――ええ、喜んで。変態セクハラ救世主」


 隣に来た空音は俺の俺を踏んづけた。強く陰湿に。


 「ひゃううううううううううん!! 何か出ちゃいますうううううう!!」


 ――俺の邪な断末魔は神聖な遺跡に響き渡った。


 「ご臨終、ですか……?」


 よく意味も分からずに、首を傾げながらヒヨカが手を合わせた。

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