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第九章 第二話 救世主のスクールライフ

 校門のすぐ近くの木々の隙間、ヒヨカは影でクスクスと笑い声を上げた。

 実王の編入初日でどうなるか心配して見に来たが、どうやらうまく行きそうだ。正直、空音もクラスメイトと一緒についていくのは意外だったけど。

 彼らの後姿を見ながら、もう一度ニッコリと笑顔を向けた。年齢相応に笑う実王さん、どこか緊張気味の空音、その二人を囲むように歩く友人達。私が考えている以上に学園生活はうまくいっているようだ。……こういう小さな日常の幸せの連続で、少しでも彼の傷ついた心が癒えればと切に願う。

 さてと、私も彼らの幸せな時間を守るために仕事をしよう。軽い音を立てて、指を鳴らした。

 その直後、魔法の粒がヒヨカの側で弾けた。校舎の外に居たはずのヒヨカは、人が一つの文字を読むよりも早く、学園長室にその姿を出現させた。

 あまり些細なことで魔法は使いたくないが、今回は特別だ。定期連絡の時間が迫っているのだ。

 ヒヨカは自分の机に歩み寄れば、机の角に並んだボタンの一つを押した。部屋の中央の天井が開いたかと思えば、その影の中から巨大なモニターが出現する。それはこの間、レヴィと会話をしたお互いの映像を見ながら会話できる通信機だった。

 ヒヨカは自分の机に腰掛ける。それからもう間もなくすると、黒一色だった画面にレヴィの顔が映し出される。今日は、同盟を決めた時から約束していた相互連絡の日。お互いに頑張る友人に画面へ向けて笑顔を浮かべた。


 「こんにちは、レヴィ。調子はどう?」


 レヴィは視線を一度泳がせれば、ヒヨカの視線を受け止める。


 「どうも。……まあお世辞にも良いとは言えないけど、凄く小さい前進を毎日している感じね」


 レヴィの顔には若干の疲れが見えた。それでも、そこで休めとは言えない。ヒヨカも同じ立場だとしたら、どれだけ休めと言われても休むという選択は頭の中にはないし、そういう道はどこにもないのだ。それが大陸の象徴としての巫女としての立場が負わないといけない義務だ。


 「進んでいるなら、私はそれでいいと思うのレヴィ。私は順調だと受け取るわ」


 堂々としたヒヨカの言い方に、レヴィは小さく笑みを浮かべた。


 「まったく、こっちの苦労もしらないで。……まあいいわ、それじゃ本題に入るわ。――例の件だけど、そっちに映像と画像を送るから、ちょっと見てみて」


 ヒヨカは机の上に置かれた液晶の画面を見つめる。こういう機械をあまり使い慣れないこともあり、ゆっくりと少しずつ、送られてくる画像と動画を確認する。そこに映像として写真として送られてくるのは、ある一体の竜機神の姿。バルムンクである。しかし、その色はドレイクを壊した時の雪のように真っ白なバルムンクの姿。それは時として舞うように、または災害のように刃を振るっていた。


 「これが話に聞いていたバルムンクですね。どうして、こんな姿になったのか……。私には検討もつきませんね。ですが、これはきっと実王さんに必要になる力。この力を心のままに使うためにも調査が必要ですね」


 ヒヨカは強い口調で言う。

 最初にレヴィから話を聞いた時はとにかく驚いた。バルムンクの持つ刀のグラムには隠された力があることは知っていたが、こんな力は隠された力という曖昧な言葉でどうこうできるものではない。これは確かにバルムンクの力なのだろうが、明らかに動きが違う。まるで別の竜機神を見ているようだ。力もその動きも、少なくとも今の実王が使えるようなものではない。

 ドレイクの情報を前々から知っていたからこそ言える。傷ついたバルムンクが僅かな時間で壊せるものではない。……それでも、バルムンクはそれをやってみせた。


 「レヴィ、この刀から出ているものに見覚えありませんか」


 「見覚え……。あ、これって……」


 ジッと同じように写真でも見ていたレヴィが、驚いたように口に手を当てた。


 「はい、たぶん刀の先から出ている光の刃は魔法の力ですね」


 「……うん、確実に魔法ね。よく見れば見るほどに、これは魔法の光だわ。こうした魔法はあまり見ないから気づかなかったけど、巫女達しか使えないはずの魔法を使える竜機神がいるなんて……」


 レヴィの頭部が見える。手元の資料に目を通しているのだろう。会話をすることも忘れ、お互い手元の資料を何度も目を通す。……自分たちしか使えない万能の力、魔法。それを武器として操るものがいる。それは巫女である二人にとっては考えもしてこなかったことだった。


 「白いバルムンクに魔法の力。……バルムンクは私達の考えもしない形で何か変化しようとしている気がします。まるで、この世界が彼を導こうとしているようにも見える……」


 「――ヒヨカ?」


 レヴィの心配そうな声。考え込んでいたヒヨカは顔を上げる。


 「あ、すいません。どれだけ考えても、ちゃんとした答えは出せそうもないですね。まだまだ、調べないといけないことだらけです」


 苦笑いを浮かべ、ヒヨカは小さく舌を出す。


 「確かに現状では、どうしようもないわ。ドレイクのドラゴンコアの破片から断片的な映像や写真は回収できたけど、これだけでは……厳しいところね。――そういえば、実王の様子はどう」


 実王のことを聞く時のレヴィの顔は、年相応の少女のようだ。少し大きくなる目は、ヒヨカの次の言葉を楽しげに待つように。


 「元気ですよ。今日から、実王さんは学園に通うようになりましたし」


 その言葉を聞いたレヴィは、大きく開いていた目をさらに大きくさせる。


 「通ってるの!? ……ね、ねえ、ヒヨカ。一応、念のために聞いておくけど……」


 レヴィは腕を組み、顔を逸らしつつもヒヨカをチラチラと見る。


 「はい、なんでしょうか。レヴィ」


 ニッコリと笑顔を向けるヒヨカ。そのよく出来すぎた笑顔の中には、次の展開を面白くしたいと考える黒いヒヨカが見え隠れする。付き合いの長い空音はすぐに気づくだろうが、恋に盲目のレヴィには今のヒヨカの薄皮一枚の心の中など見えるはずはなかった。


 「い、一応念のためよ。まさか、実王と私の恋路を妨害するお邪魔虫はいないわよね。……いえいえ、これは本当に一応なの。私の持つ美貌に一瞬で触れた実王なら、この私以外は考えられないはず。そりゃ、私の認めた未来の夫ですから多少女性との浮いた話が多くても仕方のないことかもしれないわ。英雄色を好むとも言いますもの。それでも、私という一番の本命がいるから、他になびくような愚かな真似はしないと思うわ。で、でもね、やはり遠距離ともなれば、ちょっとは心配なるものよ。それもちょっとなんだけどね、ちょっとだけ。……本当に、ちょっとだけ心配なの」


 自分の顔が赤くなっているのに気づいてるからだろうか、レヴィは空音に背中を向けた。ヒヨカはそんなレヴィのもじもじとする背中から容易く表情も頭の中に浮かんだ。

 ヒヨカは一瞬考えるように、うーん、とわざとらしく声を上げる。


 「――だ、誰かいるの!?」


 レヴィは目の前のモニターを壊すような勢いで画面に顔を近づける。その大きくなる慌てたレヴィの顔で、ヒヨカは内心ほくそ笑む。


 「そうですねえ、実王さんは人気者ですから、言い寄って来る異性の方も多いでしょうね。それでも、レヴィの言うような女性はそのような関係の女性はいませんよ、ご安心ください。……今のところ」


 レヴィは最後まで黙って聞けば、ほっと安堵の息を漏らす。しかし、その直後、表情は再び怒ったような笑ったような半笑いをヒヨカへ向ける。


 「……今のところ?」


 実に困った、という風にヒヨカは手を頬に当てた。


 「あれ、聞こえてしまいましたか。……そうですね、他ならぬレヴィの恋路の為ですもの。私の考えも全てお伝えしましょう。……実王さんの周囲には特別近い関係の女性が二人います」


 「き、聞かせてもらおうじゃないの……」


 「一人は実王さんよりも年下、私と同い年ぐらいの可愛らしい女の子ですね。健気で純粋、真っ直ぐなその気持ちに実王さんはいつも昇天寸前です。さらに、その中で見え隠れする妹属性的な部分も武器でもあり、鈍感な実王さんをさらに鈍くさせる諸刃の剣でもあるのです」


 「い、妹属性……。ていうか、ヒヨカ。やたらとウキウキしているように見えるのは私だけかしら。まあでも、妹というのなら、義理の妹である私もそういう属性はあるわね」


 「――いえ、レヴィの似非妹とは一緒にしないでください、同じ妹属性として不愉快です。……話を続けます。もう一人はレヴィも知っている人です。同じ屋根の下で生活を共にすることで今最もレヴィの強敵と言っても良い人物、空音です。料理の腕、外見、周囲の人望、実王さんとの師弟関係。レヴィは何一つ勝てません。全ての点で実王さんに近い存在と言えます。……先代の巫女も言っていました。胃袋掴んで心も掴む、と」


 「私、そんなこと聞いた覚えないんだけど。記憶が確かなら、ヒヨカて先代に会ったことないはずよね。……ていうか、今凄いサラリと失礼なことが混ざっていたわよね。不愉快とか勝てない、とか」


 あれ、ヒヨカってこんな子だったのかな。なんてレヴィは思いながら、確かめるようにゆっくりと問いかけた。しかし、その返事はすぐさま返ってくる。


 「――気のせいです」


 きっぱりと断言するヒヨカ。その目は恐ろしく真っ直ぐだ。


 「でも、確かさっき」


 「――気のせいです。レヴィ、疲れているんじゃないんですか」


 なおも問いかけるレヴィの言葉を自分の言葉で重ねるヒヨカ。レヴィはヒヨカが少し怖くなってくる。

 混乱しながらもレヴィはゆっくり頷く。


 「あ、あれ。気のせいだったのかしら……」


 「ええ、気のせいなのです。――今の話を聞いてレヴィはどうするのですか。このまま指を咥えて待っていたら、実王さんは他の誰かに奪われてしまうんですよ!」


 実王が奪われる……。レヴィはすぐさま我に返る。


 「――そうよ! そんなの許されない、私は初めて好きになった人と一緒になるって決めてのよ。ねえ、どうしたらいいの!? ヒヨカ!」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなる宣言を聞きながらヒヨカの心はニタリと笑顔を見せた。そうした心の中の笑顔はどこへやら、ヒヨカは優しげな笑みをレヴィに向ける。


 「レヴィの真剣な気持ち、私の胸に届きました。ええ、お力添えします。……実はですね――」


 レヴィはヒヨカの言葉に耳を傾けた。



                 ※



 カーテンも閉め切られた暗い部屋の一室。その部屋には何もないが、一人の小柄な人物が肩膝を曲げ座っている。黒いパーカー、深く被ったフードの隙間からは真っ赤な目が光る。

 暗闇の中、何かが動く。犬が足元に駆け寄ってくる。大きな犬の頭を撫でた。

 ワン、嬉しそうに犬が鳴いた。大きな犬が舌を揺らす。餌が欲しいのか、遊んでほしいのか、散歩がしたいのか。

 よく分からないが、歩きたい気分だった。

 ワン、犬がじゃれる。黒いフードの人物は、そこから腰を上げた。

 外の音に耳を傾ける。人、機械、動物、風、乗り物。その全てが外の世界。それは、その人物にとっては、全てが気持ちの悪い異物感。体内に目と耳という穴から毒素を送り込まれるようだ。

 ザーザーザー……。周りを見回す。雑音が聞こえてきた。

 これは何の音だ。砂嵐の中に放り込まれたような、大嵐の中を泳ぐような。自分という存在が千切れるような嫌悪感。それでも、これは必要な嫌悪。これがあるのが私という存在。私が……。

 ワン。また犬が鳴いた。口には早く付けろとリードを咥えていた。


 「私もお前と変わらないさ」


 わん。今度は人物が鳴いた。

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