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第八章 第五話 共に歩むということ

 片腕のバルムンクは、空から落とされる死の玉が作る道筋を辿る。打ちあがった球が複数に分散し、それが雨のように地に降り注ぐ。雨は時として潤いを与えるが、今落ちてくる雨玉達は破滅しか呼ばない。

 先ほどまで一定間隔で降り続いていたドレイクが止む、再び静寂の起こる空。これはチャンスだと俺は考え、さらに速度を上げる。みるみる内に輪郭が浮かび上がってくる。

 壁と門で囲まれた都市の前方に置かれているのは、竜の口のように高くそそり立つのは巨大な砲台。その砲台を支えるように巨大な二本の足が地面をがっしりと掴んでいた。真っ直ぐに伸びる砲台にその支える足という一風変わった姿は、まるで首長竜のようだ。

 ドレイク発射台を守るのは十数体のゲイルリング。全機鉛色のその姿は、テロリスト達のそれとは違うものだ。全てこの都市を守る人間が乗っている竜機人。全員がこの大陸に住む人達のために戦っている。


 「それでも俺は……!」


 俺は地面へ向けて方向を傾けると、さらに速度を上げる。

 接近するバルムンクに気づいたのだろう、一部のゲイルリング達がこっちの方に気づく。

 砲台の射出口に立ちふさがるように右手で刀を構える。近くで見れば見るほどに、その姿はかなり大きい。射出される穴はバルムンクの数倍も大きく、周囲の竜機人もそうだが、二十メートル前後はある竜機人や竜機神達がその脚部の爪先程度の大きさしかない。


 『お前、イナンナの竜機神か!? 何故、ここにいる!』


 ゲイルリングの一機が前に立ちふさがり、棍棒を俺に構えながらそう問いかける。


 「俺はレヴィに頼まれてメルガルにいる。理由は後でいくらでも話す! その前に聞いてほしいんだ。……テロリスト達はもう戦う意思はない! もうそれ以上、ドレイクを使う必要なんかないんだ! もうやめろ、すぐにその兵器の使用を止めるんだ!」


 左手を無くしている俺は、右手を振り回しなるべく大きな動きでその姿をアピールする。他のゲイルリング達も俺の姿に気づいたようで、次々に視線を送る。

 先ほど俺に声をかけたゲイルリングは明らかにうろたえていた。


 『な、何を言っている……!? 俺達はイナンナの乗り手がメルガルに来ることなど聞いていない。それはお前が勝手に言っている妄言なのではないのか! ……お前の言うことなど信用できない。それでも俺達の邪魔をするというなら、お前を反逆者として扱うぞ! いいや、お前の姿さえも俺達を動揺させるための偽者ではないのか!? イナンナの乗り手が俺達の戦いに干渉などするわけない!』


 最初はおどおどとしていたが、言葉の最後ははっきりとしていた。その言葉に答えの見つけられないゲイルリング達が棍棒を頭の上に持ち上げる。

 このままでは、マズイ。今、話をしている男も極端な人物だ。こういう人物が、少し道を外せば今日のテロリストのようになるんじゃないのか。この男以外が喋ろうとしないところを見れば、今ここにいる人間を仕切っているのは間違いないだろう。ドレイクという兵器を使った以上、今さら引く事もできなくなっているかもしれない。

 それでも、俺はバルムンクを男のゲイルリングに寄せながら主張を続ける。


 「俺は偽者じゃない……本物なんだ! 頼む、信用してくれ。もうテロリストは戦う気力なんてない、奴らはこの大陸に住む人間と変わらないんだ。このまま続けるようなら、それは人殺しと一緒だ」


 俺の、人殺し、という言葉にゲイルリングは棍棒をゆっくりと下げる。


 「……頼む、俺の言うことを信用してくれ」


 俺は相手を刺激しないように少しずつ距離を縮める。棍棒は下がったままだ。よし、このままゆっくりと……。

 下がっていた棍棒が再び持ち上がり、その手は頭の上に。


 『うるさい! 我がメルガルはテロリストの戯言には屈しない!』


 棍棒がバルムンクへ向けて振り落とされる。バルムンクの頭部を擦りながら、機体を後方へと下げる。

 男は俺へと棍棒を突き出し、力強く言葉を続けた。


 『黙れ、テロリスト風情が! 他の大陸の乗り手がここまで干渉することはないはずだ。俺達は囚われのレヴィ様を救うために、そしてメルガルのためにもお前らを始末しなければいけないのだ! ……各機、この憎たらしい反逆者を取り押さえろ! ……ドレイクは次の砲弾の準備を急がせろ!』


 仕切っている男の声に反応して、今までただ様子を見ていただけのゲイルリング達が俺へと一斉に機体を向かわせる。


 「……無茶は承知の上だったけど、やるしかないか」


 予想通りの展開になってしまった。それでも、やるしかない。生きるために、これ以上人を殺させないためにも。このままここにいる竜機人を退けて、ドレイクも破壊する。だけど、破壊目標はドレイクのみ。破壊後は、またその時に考えるさ。しかし、ドレイクのあまりの大きさにどこを攻撃していいのかの最善策が見つからない。

 足を攻撃して相手のバランスを崩すか。いや、のんびり攻撃などしていたら次弾が発射されて次の犠牲者が出る。今は、次の一撃の発射前にドレイクを落とす。……そういえば、男は砲弾の準備を急がせろと言っていた。準備に手間がかかるようだ。もしかしたら、思った以上にチャンスはあるかもしれない。

 思考をめぐらせていると両サイドから挟み込むように二機が接近。動きはマゼンタカラーのゲイルリング達よりも若干鈍い。しっかりと安全装置が働いているようだ。俺は内心、胸を撫で下ろしつつ機体を一回転させながらも刀を振るう。

 あっという間に囲んでいた二機の胴体が裂け、数秒間を置いての爆発。チラリと見えたカプセルの陰に安心して、砲台を目指すために機体を傾ける。

 気持ち悪い、正直今はそう思う。刀を振り、竜機人を切れば先ほどの感覚が蘇る。このまま逃げ出してしまいたい気持ちも未だに胸の中で生きている。それでも、俺にはこの力が必要だ。俺は逃げない、進み続ける。バルムンクの操縦桿を、さらに強く握る。

 外側から何度も攻撃していたらダメだ。確実かつ最も最短でダメージを与える方法、それは内部からの破壊。射出口から飛び込み、そこで内側から攻撃。今の俺にどこまで出来るのかは分からないが、やれるだけ行けるところまでは全力で行くしかない。

 射出口の暗闇に接近すれば、目の前に三機出現。速度を緩めるどころか、さらに加速をする。


 「――そこを、どいてくれぇ!」


  棍棒を構えて近づいた最初の一機を縦一直線に切り、そのまま足元から突っ走れば、二機目が体当たりをしてくる。捨て身の一撃だったのかもしれない、刀を真っ直ぐに構えれば瞬間的に人間の認識できる以上のスピードを出して刀を突き出したままで突撃。二機目を粉砕。

 三機目は先ほどの男だ。大振りで棍棒を野球のスイングのように走らせる。その攻撃を一度、刀で受け止める。


 『どうだ! 俺の一撃ぃ!』


 どうやら男は自分の一撃が、俺へとまともに直撃したと勘違いをしているようだった。


 「よく見ろ、頭でっかち!」


 刀で棍棒を受け流しつつ、反転。体を捻らせるままに、敵機の胴体に回し蹴りを行う。男は、げふぅ、といううめき声を残して、そのまま地表に落下していく。

 やりすぎたかな……。などと思いつつも、目の前の射出口の穴へ飛び込む。深くおぞましい洞窟のような暗闇が広がる。もう迷いも考えることもなく、そのまま暗闇に突っ込む。

 しばらく進めば、少しずつ目が慣れていく。無数の配線コードの並ぶ洞窟を進めば、底が見えてきた。

 準備はできていないのだろうか。光の粒子が球体の形を今まさに作り出そうとしているところだった。淡い光の粒が少しずつ死を運ぶ球体を形作ろうとしている。まだ実体化もしていないのなら、今が攻撃の良い機会になるのかもしれない。


 「……なっ!?」


 直後、バルムンクを大きな揺れが襲う。背中に一撃、体勢をとる余裕もばく二発目が胸を弾く。底に近づこうとしていた機体が、その衝撃のままに上へと押し返される。


 「……敵がここにいるもいるのか」


 まとわりつく炎を刀で切り飛ばし、反転していた機体を正しい位置に戻す。周囲を確認するも辺りに敵影はない。注意深く、底付近の壁側に意識を集中させる。……いや、確かに何かある。暗がりで見え辛いそれは、小さな砲台。今自分が飛び込んでいるドレイクのミニサイズのものだった。無数のそれが、バルムンクへ向けて照準を構えている。おそらく、先ほどバルムンクを攻撃したのはこのミニドレイクの一発だろう。

 そうだとしても。心の中で呪文のように唱える。ここで引き下がるわけにはいかない、既に俺の中でその選択肢は消えている。

 先ほどの攻撃で胸元と背中に亀裂が入るバルムンクに鞭を打ち、バルムンクの可能な限りの最高速度で底を目指す。刀を前に突き出し、そのまま底に突撃。ミニドレイク達が狙いを定めるよりも早く、底へ到達するんだ。次々と発射される砲弾を愚直なまでの、ただの速さで切り抜ける。半透明の球体も通り抜け、いよいよ底が見えて来る。

 底にはさらに小さな穴があった。もう怖がる暇はない、その速さのままで穴の中へと入り込む。すると、視界のすぐ先に竜機神の指輪の宝石によく似た結晶が見える。あれを壊せば、こんな戦いを終わらせることが出来る。

 バルムンクは刀を突き出した姿勢のままでその結晶を貫いた。少しずつ結晶にヒビが入ると、そのままあっという間に粉々に砕け散った。金属が地面に落ちて撥ねるような小さな音を残して。

 ほっと安堵の息を漏らす。額から頬にかけて、一筋の汗が流れた。未だに荒い呼吸で、その流れた先を見つめる。ポツリ、と汗が弾いた。その汗の先で光り輝くのは先ほど壊したはずの結晶。

 俺はゾッとする寒気を感じながら、周囲を見回す。さっきの一撃で終わりではなかった。そこら中にドラゴンコアの欠片が埋め込まれている。ここには確かにドラゴンコアの欠片が存在する。それは一つじゃなかった。何十、何百という数のドラゴンコアがここに埋め込まれている。

 胸の中に生まれたのは絶望感。こんなものを一個一個壊していたいつになるか分からない。


 「こんな数どうやって……」


 ふと力が抜け、右手に構えていた刀がそっと地面へと下がる。それが良くなかったのだろう。機体を襲うのは再びの衝撃。穴の上にいたミニドレイク達が、こっちまで降りてきてバルムンクへと砲弾を放つ。左手をなくした半身を攻撃されたのが良くなかったのか、砲弾の衝撃を体にまともに受ける。バルムンクは機体半分を炎の中に埋めながら、底へと落下。


 「うあぁ……! くそっ……」


 自分でも情けない声だと思った。

 今の砲弾の炎がバルムンクの内部まで流れ込もうとしている。装甲の脆くなっている部分で、刀でいくら弾こうとも意思を持つのように炎はバルムンクを内側から焼き怖そうと蛇のように侵入してくる。

 あまりの悔しさに視線を落とす。どれだけ、操縦桿に念じてもバルムンクの体は思うように動かない。足や腕を動かすための神経が焼き切れているのが理解できた。

 メルガルを救えるどころか、何一つ救えないままにバルムンクを失う。何が竜機神の乗り手だ、何が救世主だ。このままなら、俺は誰一人救えないただの人殺しだ。ただただ無性に悔しい。自分がこのまま、ここで終わってしまうのが情けない。脱出装置で命が助かっても、生き残った俺は永遠に消えない後悔を抱えていくのだろう。それとも、テロリスト達を殺した炎の中に沈むのが俺への罰だというのか。……なあ、バルムンク。

 悔しさを全て吐き出すように叫んだ。


 「――お前は、このままでいいのかよ!? バルムンク!」


 地獄の業火の中。俺は血が出るまで握り続けた操縦桿から手を離した。

 ――。

 その時、俺は今までに聞いたことのない竜の声を聞いた。

 

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