第八章 第三話 共に歩むということ
メルガルの大陸の空、都市からそれほど離れていない場所。空に浮かぶのは約六十体の竜機人。その巨人達こそが、テロ組織の本隊。その最も後方に居るのは、棍棒ではなく一体だけ大剣を手にするゲイルリング。色は鉛色でもなくマゼンタカラーでもない、ただ濃い紫。だが、他の機体に比べて明らかに異質な雰囲気を醸し出していた。
紫のゲイルリングの操縦席の男の年齢は四十。名前は、ハガマ。太い眉がたくましい浅黒い肌、口元の無精ひげ。このクーデターの事実上のリーダーである。
通信機から仲間の声。
『ハガマさん! ブルドガングがこっちに向かってるみたいです!』
逼迫した声だ。どうやら、レオンも本気で俺達を潰しに来るようだ。
「分かった。すぐに迎撃準備。奴を仕留めるために確実に部位を狙え。頭に十、腕に二十、足に二十、残った人間は各々のカバーに。攻撃をする際は、最低でも十機での同時攻撃を行え」
『は、はい!』
仲間からの通信が途切れる。僅かばかりの静かな時間が流れる。
俺がこの戦争を起こした理由は簡単だ。
それは不愉快、実に不愉快なのだ。過去には自分も何度か他大陸との戦争に参加したことがある。つい最近の大きなものではなく、非常に小規模な戦いだった。それでも、そこには戦う人間と人間の誇りを懸けた戦いがあった。それはお互いの大陸を蹂躙されないための守るための戦争。
俺はその戦争に誇りを持っていた。お互いの死力を尽くして戦うのが終わりだと思っていた。正直、イナンナから宣戦布告を受けたと聞いた時の喜びは言葉にならない。これでやっと、勝ち負けを決めることのできる大舞台に立てるのだと興奮もした。だが、それが今はどうだ。
一度の竜機神同士の戦いで戦争終了。さらには、勝敗を決めるどころか同盟を組んで敵大陸の方針に従う同盟だと。それでメルガルはいつも通り、だが、イナンナが困れば全力で力を貸す。……俺たちの戦争はこんな仲良しごっこを行うために始めたわけではない。絶対に間違っている。これは私達の行ってきた戦争への冒涜なのだ。
「これは聖戦。我が故郷を清めるための戦い」
俺は怒りから拳を強く握る。
俺達の戦いを無意味にしないための戦争が始まる。そのためにも、俺達は脱出装置という恥を捨てた。見せてやろう、我が覚悟とメルガルの真の牙を。
本隊の先頭で火花が上がり、竜機人の破片が吹き飛ぶ。レオンが来たのだ。それをきかけに機体を傾ける。まずは、あの男だ。メルガルの気高さを底辺まで落とすことになったきっかけの男。行こう、あの男を先に滅ぼそう。
紫のゲイルリングの目に光が灯る。戦争の遺産が今動き出す。
※
レオンはただ突き進む。弓から放たれたのは炎の矢の如くのブルドガング。先遣隊は傷つきながらも何とか全て撃墜した。だが、それでも今立ち向かおうとしている本隊を倒さないことにはどうにもならない。近衛隊は既に避難させている。あのまま彼らを守りながら戦うのは正直不利だ。それでも、彼らの感謝と応援の言葉は俺の胸に残っている。守りたい人がいるからこそ、今なら誰にも負けないという自信すら湧く。
目の前のゲイルリング達は言ってみれば蠢く巨大な壁。これだけ多くの仲間がいるのならば、都市の竜機人の乗り手を抑えたり情報を操作することも可能だろう。それでもただの時間稼ぎだ。時間がかかりすぎると、都市の方でも不思議に思う奴が出てくるはずだ。……それならば勝機も見える。俺の最も最善な対策は、今ここで戦い続けること。
突貫。
「妹を守るのは兄の役目だ。レヴィは絶対に俺が守る……!」
草木を薙ぎ倒すように右腕のファルクスを大きく振る。三機、首と胴体がひしゃげると空を舞う。そのまま突き進む。敵を弾き飛ばすも周囲の敵機が一斉に体に飛びつく。数十機を力の限り振り落とすも次から次にやってくる敵機が体を押さえ込む。その些細な隙に入り込むように頭部を一機の棍棒が襲う。
「くっそ……!」
機体が衝撃に揺れる。次は腹部、胸部を別のゲイルリングが力のままに叩きつける。四度、五度、とブルドガングの姿を変形させていく。操縦するレオンにもその衝撃が伝わり、骨が軋むように痛む。
敵機の猛撃を受けながらも機体が自由に動かないことが悔しい。このままではただ壊されるのを待つだけだ。そんなの我慢できない。
「ブルドガング、多少の無茶なら付き合ってくれるよな」
ゲイルリングの影に押しつぶされそうな操縦席で呟く。
まだ喋れる元気があるなら、俺はまだまだ戦える。ならば、ブルドガング。戦友として生きてきたお前なら俺のワガママも聞いてくれるよな。
レオンは力の限り叫んだ。この暗闇を吹き飛ばしてくれと。
「――アンドラスモード! この鬱陶しい雑魚共を掻き消せ!」
瞬間、ブルドガングを囲んでいたゲイルリングは様々な方向に吹き飛ばされる。未だにしつこく押さえ込もうとする敵機を回転切りで切り刻む。
視界の晴れたその場所に立つのは、赤く抜き身の刃のような巨獣。ブルドガングアンドラスモードの姿をしていた。
制限時間は十分間。もし、これ以上時間がかかるようならば自然に現在の形態は解ける。実王との戦いの影響で、アンドラスモードの使用は俺やブルドガングに必要以上に負荷をかける恐れがある。この状態でもかなりの負荷がかかっているのだが、十分以上戦い続けるのならば機体は粉々になってしまうだろう。それは、俺も同じく砕かれる瞬間だろうが。
「それも覚悟の上だ。時間がない、一気に攻め落とす……!」
ブルドガングが先ほどの数倍以上のスピードで敵陣へと向かう。再び、先ほど同じように敵機が体を取り押さえようとするも、既に触れる時点で自殺行為のような速度を出している。
迂闊に手を出せば腕から胴体まで一気にむしり取り、棍棒を振り下ろせば腕は引きちぎれ、その腕と共に舞い上がる棍棒は他の仲間の機体を襲う。今のゲイルリングの姿は、思考し考える赤き弾丸なのだ。
レオンはひたすらに敵機に穴を空け、迫る敵を切りつける。
既に五分が経過した。どこにいる、敵の親玉は。その時、視界の外れに他のゲイルリングとは色の違う機体を見つける。紫のゲイルリング。一色だけの一機だけ独立した混ざることもしないその機体は、この大陸の癌のようにも見える。
「アイツが……俺の殺さなければいけない敵……!」
ゲイルリングは方向を変えれば、真っ直ぐに紫のゲイルリングへ向かう。その間も周囲の敵を喰らい散らかしながら。そして、すぐに接近。勢いを殺すこともせずに、手に持つファルクスで紫の機体に刃を振るう。
『騒がしいぞ、小僧!』
しかしその刃は敵機の持つ大剣に受け止められる。両手で支えるその剣でしっかりとゲイルリングと力と力の押し合いが始まる。
「大陸を騒がせているお前に! 今すぐ部隊を撤退させろ。命のある内になっ」
剣と剣で押し合うといっても、機体の性能に既に大きな差があった。それを知っているレオンは敵機を吹き飛ばすために大きく腕を振るう。敵機は他の機体を巻き込みながら、遥か後方へと空中を転がる。
後三分。命をなくしても、レヴィの……妹は絶対に守る。
逃がすわけにはいかない、とレオンは敵機を追う。しかし、敵も戦闘に慣れているようだ。すぐに体勢を取り直すと再び体剣を両手に握るとブルドガングへ向ける。
「愚かだな、何度も続ける気か!」
再び敵機に近づけば、手に持つファルクスが紫のゲイルリングへと向かう。
『……疲れてるお前には、俺からのプレゼントだ』
レオンはそこで我に返る。奴は、俺のブルドガングがギリギリの状態で戦ってい
ることに気づいている。そこで刃を引く余裕もなく掲げていた腕を下ろすところだった。
紫のゲイルリングの腹部に突然空洞が出現。機体が先ほどの攻撃で損傷したかとも思ったが、違う。そこから出て来るのは一つの砲台。出現と同時にそこからは黒い玉が発射される。
爆弾か、それも違う。
ブルドガングの操縦席の視界が突然に黒に染まる。紫のゲイルリングはブルドガングの全身を覆うほどの目くらましを行ったのだ。黒い玉は衝撃を受けると破裂し、玉の内部から餅のように粘ついた物体が出現。物体はブルドガングの姿を包み込むように覆う。そのまま機体の動きを止めると同時に、視界を奪う。単純な作戦だが、焦りを感じているレオンにはその作戦するも有効だった。
ブルドガングはファルクスを大きく振り回せば、体にまとわりつく邪魔な物体を弾き飛ばす。ゲイルリングの姿を探せば、随分と先に敵の様子が見えた。攻撃よりも先に、奴は時間を稼ぐことを選んでいる。その現実にレオンは焦燥感を募らせる。
後二分。
ブルドガングを加速させ敵機を追う。突然、目の前に他のゲイルリングが出現。視界を埋め尽くす。
レオンは苛立ちのままに敵機を薙ぎ払う。
「どけぇ! 止められる道じゃない!」
全開まで力を解放させたブルドガングはその一振りで十機近くの機体を粉砕。しかし、すぐに他の敵機が周囲を囲む。その間も紫のゲイルリングとの間隔が広がっていく。
薙ぎ、壊し、掴み、振り下ろし、回転し、砕く。何機、何十機を壊したの数え切れない。
残り一分。敵機の間に隙間を見つける。そのまま隙間へ突貫。数機を跳ね返しながらゲイルリングを追いかける。
後三十秒。もうすぐ追いつく。
後二十秒。赤き弾丸は紫の指導者を穿つために速度をさらに上げる。流星のように赤き獣は空を翔る。
後十秒。もう目の前だ。速度を殺すこともせずに、すれ違う瞬間の一撃を狙う。ただ切り裂くために。
『屍の上で笑うか! 小僧!?』
標的の声。声が荒れている。奴にも焦りがあるのだろう。ならば、ここに全てのチャンスがある。
「それは、お前の作り出した屍だ!」
後五秒。奴の腹部を切り裂くための手が伸びる。――勝った。
完全に勝利を確信していた。だが、目の前に再び守るように現れた一機のゲイルリング。だからなんだというのだ、このまま二機まとめて切り裂く。力を入れ、そのまま切り裂くために腕を動かす。
『俺達の覚悟を知れ』
重くのしかかるような声が耳に届いた。直後、左肩に衝撃。体が大きく揺れる。守るために出現したゲイルリングの胸元から現れたのは紫の機体の大剣。奴は仲間ごとその大剣で刺し貫いた。俺は、その命を捨てた一撃をまんまと受けたのだ。
そのまま体制が崩れるも、崩れた体勢でファルクスを切り上げる。すぐに裂かれる機体、だがそれは一機。紫の機体は悠然とそこに立つ。
「すまない、レヴィ……」
ゼロ。もう時間はない、ここまでだ。ブルドガングの目から光が消え、ゆっくりと地面へ落ちていく。
俺が冷静さを失ったのが原因か。それとも、奴らと俺との覚悟の差なのか。胸の中にあるのは悔しさ。
落ちていくブルドガングへ向かって紫のゲイルリングが大剣を構えて接近する。
『新たなメルガルの礎となってもらうぞ』
俺へ死を運ぶためにゲイルリング接近する。アンドラスモードを限界を超えて使っている時点で、脱出装置も無事に使えるか分からない。無事に脱出装置を使えたとしても大人しく出て行こう。レヴィの居なくなる世界でこのまま生きていても仕方ない。ただの一人の妹も守れない兄には生きる資格もない。……人を傷つけ続けた俺には相応しい最後だ。
『――レオンッ!』
そういえば、こんな時に突っ込んで来そうなバカを知っているな。
真っ直ぐに二機の間に滑り込むのはバルムンク。今まさにブルドガングの命を奪おうとしたゲイルリングの刃を真っ向から受け止める。
「お前……なんで……」
バラバラと崩れて行く機体の中で、俺はそれでも驚きの声を漏らす。バルムンクは受け止めた刃を押し返すところだった。
『助けに来た、それだけだ!』
実に実王らしい理由で、そう宣言した。
どうやら脱出装置は機能したようで、俺はカプセルの中でその光景を見た。しっかりと宙空で刃を構える。その姿はしっかりとこの世界に足を自己を主張しているようにも見える。
あの背中になら俺はこの言葉をかけれるのかもしれない、そう思いながら声を漏らす。
「……頼むぞ、雛型実王」
その後、バルムンクの背中を守るようにもう一機別に竜機人が出現するのを見ながら俺は見上げ続けた。