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第七章 第二話  選択の代償 メルガルの影

 しばらくの間、レヴィと穏やかに花を眺めていた。三十分ほどの時間だったが、それでも心落ち着く空間となっていた。

 そろそろ小腹も空いてきたな、などと考えていると、その静かな空間に電子音が響く。恐らく何かしらの通信機の音。それはレヴィの制服のポケットの中から響く。


 「……あら」


 首を傾げ、手に取るのは手のひらサイズの通信機。一瞬、俺に申し訳なさそうに目配せすれば、耳に当てた。


 「どうしたの、レオン。なにか……え、ここから逃げろって? ……どういうことなの、レオン! ……切れちゃった」


表情を引き締めると、俺のほうに視線を向けた。


 「なにかあったのか、レヴィ」


 「分からない。……でも、何か良くないことが起きているかもしれないの。……この近くに緊急用のシェルターがあったはずだから、そこまで逃げるわ。急ぎましょう」


 俺はその言葉に頷くと、すぐさま急ぎ足で歩き出すレヴィの背中を追う。

 咲き誇る花々達の中に作られたクリーム色の道を歩き出す。もう少し落ち着いて見ることができたら、もっと気分も違うのだろうが、今は長々と続く花だらけの道が不安を掻きたてた。

 焦りの表情を浮かべれるレヴィは一人声を出す。


 「レオンはとても慌てていたの。レオンが説明することもなく、あそこまで動揺することなんて滅多にないの。……今日は本当にごめんなさい、実王をきっと何かトラブルに巻き込もうとしているみたい」


 実王からは表情を見ることはできないものの、その悲しげな声を聞けば、むしろそんな声を出させてしまった自分に負があるようにも感じてしまう。


 「気にするな、レヴィが悪いことをしたわけじゃない。事情はお互いに分からないみたいだし。とにかく、急ごう」


 バルムンクで一気に飛んでいくことも考えたが、イナンナ以外の大陸で無闇に竜機神に乗ることはよくないことだと聞いていたし、何よりも状況が見えないままでバルムンクを出現させるのはとても良くないことに思えた。

 五分ほど歩いていれば、小さな公園のような広場が見えてきた。底から押し出すように流れる水、白色の美しい噴水が中央にあるのが見える。その噴水の真ん中には、人一人が通れるぐらいのグレーの扉。どうやら、そこがシェルターになっているようだ。

 実王を案内し終えることに安心したのか、それともただ単に安心感からなのかが分からないが、レヴィは小さく歯を見せる笑顔を浮かべる。


 「もうすぐ着くから。シェルターに入ったら、すぐに――」


 上空より前方を黒い何かが通り過ぎる。それは真っ直ぐに噴水に向かう。

 ――ドンッ。爆音に近い鼓膜を震わせる音。


 「レヴィ……!」


 俺はすぐに飛び込めば、レヴィに覆いかぶされるように地面に倒れ込む。

 衝撃と破壊により粉砕された噴水が破片の雨を周囲に落とす。実際、水も落ちてきているが雨のように金属や鉄の破片が体に降りしきる。体に何度か衝撃を受けるものの、我慢できる痛みだ。破片の雨が止んだことを確認すると俺はゆっくりと顔を上げた。レヴィもゆっくりとその先の原型を留めることのできていない噴水を見つめる。


 「一体、どういうこと……」


 レヴィは僅かに怯えの混ざる声を漏らす。そして、その返事はすぐに返って来る。


 『――巫女様! お楽しみ中に申し訳ございません! これより、デートの予定を急に無理やりに変更させていただきますねえ!』


 太い男の声。その声の方向を見れば、降下してくる一体の竜機人。その巨人が、ゆっくりと僅かに形を残すばかりになった噴水に両足をピタリとつける。

 鼻と頭のところに二本の角。左右の腕は非常に太く、その腕の重さに耐えるように胴体より下は太い。そして、その脚部は揺らぐ足場をガッシリと三本の爪で掴む。手に取るのは、先ほど噴水を壊した金属の棒。そして、それに気づく。右手に持つ金属の棍棒。八角に削り、柄のほうが細く、棒の先端が太くなっている。金属の棒を大きく振り回せば、周囲を強風が走る。今、周囲に風を起こす棍棒。それで噴水を壊したのだとアピールしているようにも見える。

 驚きの声を漏らしていたレヴィの口調が怒りの混ざる声色へ変化する。


 「ゲイルリング……。そんなものまで持ち出して、何がお望みなの!? ここがどんな場所か分かっての行いなの!?」


 レヴィは、目の前のマゼンタカラー一色の竜機人をゲイルリングと呼んだ。恐らく、目の前の巨人がメルガルの竜機人になるのだろう。ゲイルリングは赤く光る細く鋭い目で、俺とレヴィを見続ける。

 怒りの言葉をゲイルリングに向ける。レヴィの声は言葉の端々が裏声っている。


 『そんなに怒らないでくださいよ……。私達は、今のメルガルに不満を持っているんですよ』


 「……不満ですって」


 じろりとゲイルリングを見るレヴィ。目の前のゲイルリングが、手に持つ棍棒を振り下ろせば、俺もレヴィも粉々だというのに退くどころか、さらに一歩踏み込んで巨人を睨む。


 『そう、私達は不満なんです。いや、怒りといっても過言ではないです。レヴィ様、どうしてイナンナに降るような真似をなされたのですか! 私はそれが……非常に……非常に……悲しいのです、辛いのですよ』


 男の声はどこか夢見がちに。それはどこか異質の感じ。いや、異質なんてものじゃない、どこか胸が痞えるような嫌な感覚。


 「それは私の意志よ。私の意志はメルガルの総意と考えていたけど、違うのかしら。事実、大陸内の八割の人間が賛成してくれたはずよ」


 『レヴィ様ぁ……! 私は反対している二割の人間なのですよぉ! 私はですね、レヴィ様のことがとても好きだったんですよ。事実、私は信者といってもいいぐらい支持していました。レヴィ様とレオン様が、この花畑の肥料となったゴミ達を葬ったあの日からずっと信仰していたのですよ。私は、裏切られた気分なんですが』


 男の声は立派に成人したもののそれだと分かったが、喋り方がどこか幼稚なのだ。幼い子供が大好きな玩具を親に取り上げられたように喚く。そんなイメージを与える。

 より一層に、レヴィの表情が険しくなる。


 「ゴミ? それに、肥料ですって。このスラム街に住んでいた人達をアナタはゴミだと肥料だと呼ぶのですか」


 「――すいません、失礼しました。まだそれだと綺麗過ぎますね。……昔、ここに住んでいたイキモノ達など、メルガルの吐き出す糞。いえ、公害と一緒ですねぇ」


 けたけたけた。男の笑い声が周囲を支配する。

 直後、レヴィの怒声が飛んだ。


 「公害!? ……彼らはそんなものじゃない。この大陸に生きていた人達よ!」


 『――でも、殺したんでしょう。……このように!』


 ゲイルリングは、手に持った棍棒を振り回すと、その懇望が噴水の近くにあった石碑を叩き壊す。

 破片から庇うようにレヴィの前に立ちはだかる。それでも、嫌でも聞こえてくる。男の卑しい笑い声。


 「いやぁ、慰霊碑が……」


 悲鳴のような声を上げる。直後、レヴィは崩れるように膝から地面についた。


 「レヴィ……!」


 咄嗟に、俺は顔や体にびっしりと汗を掻くレヴィの体を抱きかかえた。体が小刻みに震えている。小さな声で何かをブツブツと呟く。


 『ねねね、レヴィ様。どうしたんですか、もしかして破片が当たりましたか! それとも、どこか怪我しちゃってますか! あ、でもレヴィ様のとても崇高で可愛らしくも醜い心は怪我しちゃってるんですかね。ねえ、レヴィ様ぁ……返事してくださいよ、ねえ!』


 男の相手を舐めるような生理的嫌悪を感じる声を無視して、レヴィの声に耳を傾ける。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 レヴィは小さく謝り続けている。それは己の罪に対しての恐怖。少し背中を押せば、崩れてしまうほどにこのレヴィという少女は弱く脆い。そんな少女が、過去の罪と向き合い続ける場所で、罪の意識を感じる住人から、無理やりに罪を押し付けられている。己の抱える罪悪感と向かい合い、やっと歩き出そうとしていた……そんな少女をこの男は。


 『あの日、メルガルの汚物共を洗浄したレヴィ様とレオン様はとても輝いていました。それなのに、今の仲良しごっこを行う二人の姿は見てられません。どうしたのですが、お二人はもっと高貴な精神を持つ人間だったはずでしょ。それがこんな……。だから私は考えたのです。私の大切にする二人が、こんなことでゴミ共の一つになってしまうのならば、まだあまり穢れていない二人のままで永遠に壊してしまおうと! 新しく、私達の認めるレヴィ様が降臨するその日まで殺し続けようと決めたのです! ……て、こらこら他の大陸の人といちゃつかないでくださいよ。だからさっきも言っているでしょ! 私の話も聞いてください!』


 行き過ぎた信仰心がこの結果なのか。いや、違う。これは俺がメルガルに戦争を起こしたことで生まれた世界の悪。

 ゲイルリングが噴水からふわりと着地する。すると、そのままの状態で足も動かささずに、滑るように俺とレヴィの前に立つ。


 『ごめんね、早く殺さないと私も怒られちゃうんだ。イナンナのどこの誰か知らないけど……』


 ……こいつは、俺のことを知らないのか。どうやら、レヴィがイナンナの人間を連れてくることは知られていても、イナンナのどこの誰を連れてくるかは聞いてないようだ。俺の指輪をはめている手は幸いにもレヴィの体を支えるために使っているので、男のほうからは気づかれていないようだ。今この状況をどうにかする方法は一つだ。

 ブツブツと言葉を呟き続け、震えるレヴィの体を胸に強く抱き寄せる。既に、指輪は輝き光の粒子を漏らしていた。


 「お前は、一人でやろうとしているのか……」


 単純な時間稼ぎ。俺の最後の問いかけに、持ち上げていた棍棒の動きを止める。


 『君は、これで最後になるわけだしね。せっかくだから教えてあげるよ。私は一人じゃない、私はこのメルガルの二人への信仰心が理由だけど、このメルガルに不満を持つ奴を手当たり次第に仲間にいれた指導者がいるんだよ。私は、竜機人の乗り手だから先遣隊に選ばれたんだ。先遣隊の一部は今頃レオン様とその部下たちと戦っているんじゃないかな。……少し前の血も涙もないレオン様ならまだしも、今の生温いあの人はこの状況を打破できるかな。守りながら戦いなんて、得意な人じゃないしね』


 けたけたけたと実に愉快そうに笑う。男は、我に返ったように、おっと、と声に出す。それに反応するようにゲイルリングは棍棒を持つ腕を高く上げた。それを次に下ろした先は、俺とレヴィの死体があるようにと。


 『長話が過ぎちゃった。じゃあね、レヴィ様とイナンナの人』


 ブンッ。その言葉の最後に棍棒を振り落とす。しかし、その一撃が二人の体を砕くことはない。


 『え、なんで……。どうして、動かないの……』


 ゲイルリングの男は何度も手に力を入れる。強く押しつぶせと念じるものの、振り落としたはずの棍棒が頭の先から動かない。


 「レヴィ、ごめん。俺はもう我慢できない」


 指輪の粒子が棍棒を受け止め、それが少しずつ人型を形成していく。


 『ま、まさか、お前……。そうか、すぐに気づけばよかった……まさか、お前が……』


 俺は震えるレヴィをお姫様抱っこのようにして抱えると、その体を持ち上げた。思ったよりも軽いなと考えた。


 「――来い、バルムンク!」


 俺は怒りのままに叫ぶ。イナンナの誇る勇者の名前を。そして、瞬時に俺の体はバルムンクの操縦席に空間を越えて瞬間的に移動をする。前方に二本の真っ直ぐに伸びる操縦桿に手を伸ばす。意識がバルムンクに繋がる。流れる神経が全て俺の体内の神経と同一のものになる感じ。

 目の前に映されるのは、俺へと向けて棍棒で押し潰そうとするゲイルリングの姿。

 実に滑稽だ。これほどまでに自分のことを気高く、前へ傷だらけで進もうとしていた少女を傷つけた男の姿はこの程度なのか。


 「そこをどけ……!」


 完全に姿を実体化したバルムンクが刀を力いっぱいに振る。男は、直感的に敵機の強さを感じ取ってのか、背後の空へと舞い上がる。


 「おい、逃げるのか?」


 上空へ飛び上がる男から視線を逸らすと、膝の上で小さく震えるレヴィがいた。

 瞬間、頭の中が熱く沸騰する。高温の怒り。気がつけば、バルムンクをゲイルリングへ向けて突撃させていた。一瞬の内にバルムンクは、ゲイルリングを抜き去る。そして、体を反転させてゲイルリングと向かい合う。


 『ひぃ……!? 戦うしか……て、あれ?』


 男は悲鳴を上げて、武器を構えようとしている。しかし、その武器はない。それどころか、そこにあるはずの両腕はばっさりと切り落とされている。バルムンクは、ゲイルリングを抜き去るその僅かな時間で、両腕を切り裂いているのだ。男の捜すその両腕は、バルムンクが振り返る前に地面に墜落して火花を噴いていた。狙って切り落とした腕は、花畑から外れ、先ほど壊れた噴水の瓦礫の上に落ちていた。


 「戦う? 俺が今から見せるのは、お前の大好きな殺戮ショーだよ」


 空を蹴る。右足、左足を切り落とす。そして、頭を千切り離し、地面に叩きつける。無駄に出っ張った角のおかげで容易く握り、引きちぎることができた。

 胴体と肩だけになったゲイルリングは、空中でまともに姿勢をとることもできずに、ふらふらと花畑のある地面へと落ちていく。


 「――お前の汚い体で、そこを汚してるんじゃねえよ!」


 刹那の時間で、ゲイルリングを切り裂いた。両手で握った刀で、ゲイルリングの体を胴体から上と下に綺麗に半分に切り開く。


 『ママあああ――!』


 男の完全な悲鳴。操縦席で小便でもたれているのだろうか、その声が背中で聞こえたかと思えば、次の音は男の乗る竜機人の爆発。胸の奥がスッと晴れていくように感じる。


 「……急がないと」


 宙空で巻き起こる爆煙を一瞬だけ見て、すぐに意識を変える。周囲を見渡す。地上では分からなかったが、都市のすぐ近くで火花が確認できる。どうやら、レオン達はあの周囲で戦闘中のようだ。状況もよく分からず向かうのは、考えなし過ぎるのかとも思ったが、それでもそこへ向かうことにする。

 震えるレヴィを休ませたい。ただそれだけの気持ちで、その先へと走り出す。


 「すまない、レヴィ。もう少しだけ、待ってくれ……」


 俺はそうレヴィに強く謝れば、バルムンクをその方向へ向かう。なるべくレヴィの負担にならないように気をつけながら。

 竜機人には立派な脱出装置がついている。しかし、先ほどの男のあの怯え方は異常だった。何故、あそこまで怯える必要があったんだ。……いや、今は考えるのはやめておこう。あんな男のことなんかよりも……向かおう、レヴィとレオンを救うためにも。


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