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第六章 第三話 進む足は軽やかに

 その日の夜、俺は自宅の居間で正座をさせられていた。目の前に立つのは腕を組んだ空音。俺を氷のような眼差しで見つめている。中央のこたつで、もしゃりもしゃりとみかんを食べるのはヒヨカ。驚くことに、完全に第三者の立ち位置だ。


 「実王、何か弁解はあるかしら」


 言葉の全てが刺々しい。


 「ちょっと待ってくれよ、これは別に俺が悪いわけじゃ」


 じろりと蔑むような目を向けられる。


 「――悪いわけじゃない、なんて言わないわよね。実王がはっきりしないからこうなったのも事実よ。イナンナの英雄が聞いて呆れるわ」


 「……ごもっともです。確かに返す言葉もございません」


 空音は盛大に大きなため息をつく。


 「一週間前にイナンナに戻ってきたときのこと覚えているでしょ。あの時、実王はどう思ったの?」


 「驚いた。あまりの驚きに現実感が今でも湧かないのが実際のところ」


 一週間前、俺が戦いを終えてイナンナに戻ってきた時は確かに俺は驚くことしかできなかった。

 イナンナに到着してみれば、飛行艇の着艦する広場には大勢の人間がひしめき合い、俺という個人に向けて大きな歓声を送っていた。あまりの混乱の為に、着陸場所を変えてみたものの、飛行艇を追いかけてくる者も大勢いたため、シグルズで交通整備を行うほどの大きな騒ぎになった。帰りは車を出してもらえたが、交通整備のかいもなく自宅へ帰る道中も日本シリーズを制覇したプロ野球選手の凱旋パレードのような騒ぎ。

 やっと自宅へ帰り着くもそこには大勢の人間たち。みんな笑顔で溢れ、老若男女関係なくキラキラとした眼差しを俺へ向けていた。応援してくれてありがとう、と一人一人に手でも握りたい気持ちはあったが、魔法で肉体は治療してもらったとはいえ、精神的な疲労はどうしようもない俺は苦笑いを浮かべ続けるばかり。ヒヨカの都市全域へと発せられた解散の言葉により、俺はやっと自宅へ帰ることができたのだった。

 最初の興味と好意と畏怖と訝しげな視線は、俺のメルガルの竜機神の勝利という形で、尊敬の眼差しへ変わったのは間違いないだろう。空音もそう言っていたので、たぶんその通りだ。

 正直に答えた俺の顔を見つめる空音。真っ直ぐなその視線からは気持ちを知ることはできない。


 「正直に答えてくれてどうもありがとう。私が言いたいのはね、実王の行動がそれだけイナンナに影響力を与えるの。今は、魔法の力で結界を張っているから、ここの声も外には聞こえないようにしている。実王のファンが、家の庭に入っていることも二、三日前にあったでしょ」


 「そういえば、そんなこともあったな」


 少し前に、どうしても俺からサインを欲しがっていた青年が侵入していたが、その青年を覗きだと勘違いした空音が魔法の力で雷を落としたのだ。幸い、怪我もすることなく魔法の記憶もないため問題はなかったのだが、それ以来、空音はこちらの音が聞こえないように結界を張り、さらにその上から俺と空音とヒヨカ以外に自宅を認識できないように二重の結界を張っているのだ。

 家の住所がわかっても、その前をただ通り過ぎることを強要される結界。たまに外を見てみれば、挙動不審な動きを見せる人間もチラホラ見てとれる。


 「これだけイナンナ全土が熱狂することなんて滅多にないことなのよ。今この大陸のほとんどの人間が実王のことを気にしているの。好きな食べ物はなにか、好きなスポーツはなにか、異性の好みはなにか……。そうした些細なことでも、みんなが知りたがっているような存在なのよ、実王は」


 今まで黙っていたヒヨカが手を高く上げる。


 「はいはいはーい! 実王さんの好きな食べ物はなんですかー?」


 そんなヒヨカに空音は目を丸くする。ヒ、ヒヨカ様。と慌てた口調の空音の声も聞こえるがる。俺はその質問に答える。


 「んーと、ガキっぽいと思うかもしれないけど、唐揚げとかカレーライスが好きかな。……て、なんで空音、メモを取っているんだ」


 何故かどこからともなく出した手帳にメモをとっている空音。はっとして顔を上げる空音。


 「しまった、つい。……ついってなによ、ついって。……こっち見るな、実王」


 顔をかすかに赤くして、空音は手帳を背中に隠した。

 何故だか、その空音の顔を、中年のおじさんのような顔でニヤニヤと見つめるヒヨカ。

 その顔やめろ、イナンナのファンが見たら泣くぞ……。


 「は、話を戻すわ。……でも、言いたいことは言ったから、後は分かるわね」


 空音の言いたいことも怒る理由も最初から分かっていた。

 俺の軽率な行動でイナンナの住人を失望させ、危険に晒すんじゃないかと心配しているのだろう。俺があの場の状況に流されて、こういう結果になっているのも事実だ。だが、俺なりにちゃんとした理由ができた。


 「ああ、空音の言うことは分かるよ。でも、俺も俺でただ流されるだけじゃなくて、これもこれでイナンナとメルガルを関係をより良くできるんじゃないかと思ったんだ。心配な気持ちも分かるが、もう少し俺を信用してくれ。イナンナに悪いことにはならないように、俺なりに頑張るつもりだ」


 何か言いたそうで何も言えない、そんな複雑な表情を浮かべる空音は小さく息を吐く。


 「……そこで頑張られると余計に不安なのよ。はあ……もう正座はいいから、ご飯にしましょう」


 「やったー! なんかよく分からないけど、ありがとう!」


 正座したままでガッツポーズをした俺は食卓に着こうと腰を上げる。


 「その前に手を洗ってきなさい。ヒヨカ様も食べるなら、手を洗ってきてくださいね」


 そういえば、帰ってきてからすぐに居間に連れて来られたので、手も洗っていない。当たり前のこうした生活が俺を現実に戻す、と空音は口酸っぱく言っているので、俺もそれにならって水道へ向けて、そのまま歩き出す。

 居間からいなくなった実王を見ていたヒヨカも腰を上げる。


 「相変わらず真っ直ぐな実王さんですね。空音も正直に言えばよかったのに、これ以上メルガルの巫女を本気にさせるな。私が困る、と。……空音、これからもっと苦労しそうですね。もちろん、レヴィも」


 その言葉に顔を赤くして、空音は食卓の用意を必要以上に急いだ。


 「……ヒヨカ様も実王も、もう知りません」


 口元僅かにへの字にして、小さく照れたように空音は言った。

 



              ※



 それからしばらく、空音と乗り手としての訓練を行いながらも多忙な時間が過ぎていく。肌寒さを感じ、そう言えばと前に疑問に思っていた四季を聞いたことがある。四季はちゃんとあるようで、春夏秋冬を大陸ごとに交互に交代しながら一年を通す。ということは、異世界といってもやはりこの星は地球の形をしているということなのだろうか。太陽もあるし、その周りを地球のようにぐるぐると回っているのだろう。

 ……しかし、元の世界でも地域によっては、ほとんど気温差がない地域もあったし、この世界の大陸すべてにまんべんなくはっきりと区別された四季があるのは、一体何故だろう。それに、大陸によって時間のズレがないらしい。ここはもしかして星の形をしていない? それにしては、夜には月まで出てくるし、なによりこの世界には何故、宇宙という概念がないのだろう。前に聞いた学者のように何度実験を繰り返しても、結局のところどこまで行っても空ばかり広がっているからなのか……。異世界、という言葉だけでは、どうしようも説明できないことが多い。元の世界に近いほど、なにか異質に感じる。それほどまでに、この世界はよく似ているのだ。

 ……考えるのはやめよう。この世界を当たり前に感じているヒヨカ達に聞いても首を傾げるだけだし、俺が考えてもどうしようもないな。今は、レヴィのことを考えよう。なんにしても、レヴィの気持ちは本物だ。俺が実感できるぐらいだ。それは間違いないだろう。デートなんて生まれて初めての経験だから、どうなるかは分からない。

 ヒヨカからも難しく考える必要はない、ありのままで。と言われたので、その言葉を信じることにする。レヴィは、ありのままのの俺を気に入って声をかけてきてくれたのだ、だったらその自分を信じることにしよう。難しく考えず、素直に楽しもう。……楽しめる、のか?

 ランニングしながら、俺のファンとやらに追いかけられたり、ヒヨカに見つからないようにこっそりと買い食いし、それを週刊誌に写真に撮られたり。

 ――空音さんから聞きましたけど、メルガルの巫女様とのデートを楽しんできてくださいねっ。とルカから引きつった笑顔で言われ、しばらく無視されたり。

 その後、救世主買い食い! という見出しを見た空音から、目立つことはすんなと怒られたり。……目立つようなことはしたつもりはないんだが。

 竜機神の乗り手の意思を無視しての、写真撮影を禁止にする。という謎の法律を作るまで、フラッシュを浴び続ける日々だった。そうして、本当にあっという間に一週間後のデートの日を迎えた。



               ※


 当日。晴天の午前中。無数に止まる飛行艇の飛行場の一角。


 「じゃあ、行って来るよ」


 俺は飛行艇の前で空音に向けて手を上げる。この間の戦闘の時と同じように飛行艇に乗り込むが、あの時ほどの緊張感はない。そう、俺はちょっと女の子と遊びに行くのだ。そうポジティブに考えることにしよう。

 今、目の前にある飛行艇はメルガルのものだが、緑をベースカラーにしたイナンナの飛行艇とは色違いのような姿。赤く、唯一違うことといえば、一本の角が頭部に生えていた。もしかして、ブルドガングのアンドラスモードはこれをイメージしたのだろうか。


 「ええ、行ってらっしゃい」


 どこか不安そうに空音は言う。俺は安心させるように、空音へ向けて親指を立てて見せれば歩き出す。

 メルガルの迎えの飛行艇に乗り込みながら、胸の奥がドキドキとしているのを感じる。動機が早い、これは多分だが、デートすることに対してものではないだろう。俺はこの世界に来て、初めて空音と離れる。夕方には帰って来る予定だが。ずっと一緒にいた人間と離れるのは、ここまで不安になるものなのか。

 この世界、シクスピースに来る前に両親と離れた時とは、また違った不安と寂しさを感じながら、メルガル到着までの時間を外を眺めて過ごした。

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