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第五章 第三話 竜殺しの刀と殺すための逆刃

 アンドラスモードと呼ばれたその姿。それはレオンの持つ研ぎ澄まされた狂気そのものに思えた。先ほどまでの戦士の姿をした鎧ではなく、禍々しい刃を剥き出しにする赤き獣の巨人。

 巨人が地面を蹴った。次の一歩で空中を蹴る。頭よりも高い速さでハンマーを振り落とすように刀を振るう。

 早い、だが今の俺なら止められる。咄嗟に鞘で刀を受け止める。


 「うあぁ……!?」


 重い一撃。先ほどまでの受け止められたものとは何十倍も一撃が違う。頭上に掲げた鞘が足元へと下がる。それは油断の許されない状況で生まれた大きな隙。そうした瞬間をレオンは見逃すことはない。

 ブルドガングの降りた腕が胴を抉る一撃を与えるために、再び力が入る。一歩、バルムンクの間合いに飛び込んでくる。そのままの勢いで腕を振り上げた。


 『腹いっぱい喰らえよ!』


 ブルドガングの容赦のない一撃が胴を削り取る。バルムンクの体が大きく跳ねた。そのまま受身もとれないままで、うつ伏せの状態で倒れ込む。全身を操縦席に打ちつけながらも、全身に感じる殺気のままに、このままの状態のままでいてはいけないと手に持った鞘で地面を叩く。その衝撃のままに体を浮かせて、浮遊能力を生かして背後へすぐに飛びのく。

 自分がついさきほどまで寝ていた場所をブルドガングの一撃が襲う。振り下ろした衝撃の波を受け、さらに後退。落ち着く余裕もなく、ブルドガングは振り下ろした直後の低い体勢のままで、バルムンクへ向かって駆けて来る。

 竜機神に搭乗していても命を奪うような一撃がバルムンクへと再びやってくる。再び鞘で受け止める。今度は右手に持つ刀を鞘の後ろに回して、両手で支えるようにして受け止める。


 『何故立ち上がる雛型実王! お前がそこまでして守らないといけいないものがそこにはあるのか!』


 レオンの声が戦場に響く。

 確かに俺がここまでして守らないとけいない意味はないのかもしれない。昔から誰も俺のことを信じてくれなかった。今では俺が言っていたことは嘘じゃないと断言できる。信じられないことにも慣れていた。俺が真実を証明すればいいんだと開き直ったこともあった。しかし、ここの人はそんな俺を信じてくれた。俺じゃなくて竜機神の力を信じているのかもしれない。だけど、少なくとも俺の身近にいる人は俺を信じている。だから、俺は――。


 「――ある! 俺は俺を信じてくれたイナンナを守りたい! お前こそ何故そこまでして殺そうとするんだ。止めるなら止めるで他に方法があるだろ!?」


 『違う、ただ巫女を捕まえるだけでは意味がない! 争いの芽を摘むのだと言っただろう。それは汚れた俺だからこそできる最も気高い行為なんだ。汚れの中から生まれた俺にできる最も良い方法なのだ! それが俺にできる竜機神の乗り手としての役目!』


 レオンは自分のことを、汚れ、と言っているのか。生きている自分のことを貶しているからこそ、自分のことを嫌いだからこそ、世界に存在する汚れを嫌う。それは、殺しという方法でしかできないと自分を殻の中で身動きのできないようにしている。

 俺と近くて遠い。誰も信じてくれない世界で、信じてくれる人を存在を探すことにした俺。レオンは自分が汚れているという考えから、信じなければいけないものと信じたいものの区別もつかない。……レオンはそうしたものに気づかないぐらい、孤独の中で生きてきたのだ。

 レオンはここで止めなければいけない。ここで止めなければ、レオンはどこかで必ず道を間違える。引き返すこともできなくなる。俺がここで絶対に止める。


 「レオン! お前は間違っている。汚れの中でお前は生きているのかもしれない。だとしてもお前は汚れなんかじゃない、誰かに理想を押し付けたいだけの……ただの子供だ! お前のやろうとしていることは、面倒なことから逃げているだけだ!」


 強く大きく一歩を踏み出す。踏み込んだ足と両手に全力の力を入れる。レオンの刀をじわりじわりと押し返す。


 『――何ぃ! このアンドラスモードが力負けしてる……!』


 レオンの驚きの声が聞こえた。その声を聞きながら力を入れた。溜め込んだ力を噴出するように力を吐き出した。そうして刀と鞘を力いっぱいに振り切った。

 ブルドガングは後方へと吹き飛ばされた。足跡を残しながら、後方へと押し返される。それで諦めるわけもなく、ブルドガングは再びバルムンクへ接近。大きく体を反らして渾身の一撃を決めるための体制をとる。


 『俺の何を知って子供だと言うのだ、ふざけたことばかり言うお前を……ここで終わらせる! ここでな! そして証明する、お前の馬鹿にした俺の理想を! 汚れの中で生きるという覚悟を!』


 レオンの怒りの声。相手を試すような口調が多かった時とは違い、年齢相応の青年の腹を立たせた声。竜機神の乗り手ではなく、レオンという一個人の声。

 鞘で受け止めるか。いや、そしたらまた一緒だ。それなら、空音との特訓の中で学んだとっておきの一撃の出番だ。

 鞘に刀を納める。腰を低く屈めて、絶命の一撃を放つために腰を上げるブルドガングとは正反対に体勢を低くする。

 空音と一緒に弱い自分を生めるために考えた一手。居合いの体勢にて相手を倒すための抜刀術。訓練の時は、俺自身の力量不足で実践では不可能だという話をしていたが、鞘の力を受けたバルムンクなら奴を倒す術になるかもしれない。

 力を溜めたブルドガングの刃がバルムンクへ落ちる。


 「力があるなら誰も傷つけない道を選ぶこともできるはずだ。汚れしか知らず汚れが嫌なら、汚れない道を選べばいい話だろ。お前と同じ竜機神の乗り手として……そのくだらねえ覚悟ごと、俺が切り崩す!」


 レオンに告げる。はっきりとした口調でお前が間違っているのだと。

 この一手で決まることを知るレオンも叫ぶ。


 『それなら、見せてみろ!』


 バルムンクの抜刀。高速よりも早く、刀を鞘から抜く音が切り抜いた後から聞こえる。音の壁を越えるバルムンクの一振りを上回る超高速の一閃。

 ブルドガングの怒りの刀の形をした鉄槌。その一撃はどんなものよりも重く深く抉り取る。その一撃が大地を大きく揺らした。

 再び大きく高く舞い上がる土煙。一分にも満たない時間で、ゆっくりと土煙が晴れていく。そして、そこに立つの二つの影。一つの影が今ゆっくりと崩れ、地面に倒れ込むと炎を上げ始めた。直後、爆発と爆風。予期せぬ風で土煙がここで完全に晴れた。

 一体の影が腰をゆっくりと上げる。刀をすっと納める。そこに立つのは傷だらけの……バルムンク。左腕を無くしたバルムンクは、その後、肩膝をつき刀を杖にして腰を下ろした。

 レオンは上下に半分裂かれ、戦闘不能になったブルドガングの中で勝者の姿を見上げた。


 『……雛型実王、見せてもらったよ。俺の負けだ、この戦争はイナンナの勝ちだ』


 その声に耳を傾けながら、体が脱力感が襲う。ふう、と小さく息を吐きながら、そっと声を漏らす。


 「なあ、これから探していこう。お前の言う道以外にもきっと、お前にとっての最良の道があるはずなんだ。もう一度、この世界と戦っていこうぜ」


 レオンのくぐもった楽しげな笑い声が聞こえる。


 『ああ……。本当に能天気な野郎だよ、お前は』


 そういう返事はどこか清々しさを感じさせた。

 脱力感で忘れそうになりそうだったが、俺はこの戦いの終わりの際に、考えていたことを言う。


 「レオン、ここいらでちょっとお願いがあるんだが。たぶん、そろそろヒヨカも話を始めている頃だと思うんだがな……。実は――」


 その直後、俺は聞いたこともないレオンの驚きの声を聞く。



               ※



 呆然とその光景を見つめるレヴィの隣でヒヨカは腰を上げた。


 「私達の勝ちです。レヴィ」


 レヴィはその言葉を聞くと力が抜けたように、よろよろと床にしゃがみこむ。


 「……ありえない。私達が負けるなんて、そんなことあるわけない」


 「顔を上げなさい、レヴィ」


 ヒヨカの凛とした声。しかし、レヴィは呆けた顔で床を見る。


 「ありえない、ありえない。これは何かの夢、よくできた幻、それとも魔法。これが私の現実なわけない。こんなのどう考えてもおかしい……」


 ヒヨカは神妙な顔でその光景を見る。そして、小さく息を吸い、先ほどよりも大きな声を出した。


 「――しっかりなさいっ。貴女はメルガルの巫女でしょ。そんな貴方がそのような状態でどうするんですか。まずは、私の話をお聞きなさい!」


 目に涙を溜めたレヴィはヒヨカに食って掛かる。


 「聞いてどうするのよ! 私はメルガルの期待を全て裏切ることになるのよ! 勝利者であるアンタに何が分かるのよ。私は守りたかったのメルガルを……! メルガルに住む人たちの居場所を……!」


 「……落ち着いてください、レヴィ」


 レヴィの手にヒヨカの手が重なる。レヴィの片手をヒヨカの両手が包み、そっと胸に引き寄せる。


 「私はレヴィをイナンナに吸収しようと考えているわけではありません」


 「どういうこと……」


 縋るような表情のレヴィにヒヨカは優しく微笑む。


 「またイナンナと同盟を組んでください。今度は五分五分に。お互いに優劣などなくなく、良いところを分け合いましょう。私達は無理なくドラゴンコアをそちらに、そしてメルガルからは竜機神さえも改良させるほどの技術を。……また私と仲良くしてください、親愛なるレヴィ」


 その言葉に涙を流すレヴィ。しかし、すぐにはっとなり首を振る。


 「でも、大陸はどうするの。……いつか決着をつけないと私達の住む場所のどちらかが滅んでしまうのよ。一時の間に合わせに過ぎない同盟をまた復活させても、結局は同じじゃないの!」


 「確かに、状況は平行線かもしれません。ですが、実王さんは言いました。誰も傷つかず誰も傷つけずに世界を救いたい、と。そのために考え出した私達のやり方です。いつ崩れるかも分からない大陸なら、逆に崩れる前に救う方法を探そうと考えました」


 「――神託に逆らうっていうの!? 巫女のアンタならその意味わかってるんでしょ!」


 一瞬だが躊躇するような表情を浮かべるヒヨカ。意を決したように顔を上げる。


 「……私も同じことを実王さんに問いました。実王さんは、それでもと言いました。何年後に起きるか分からない崩壊にビクビクするな、いつ起きるか分からないもののために人間達で争うのはおかしいことだ、と。……私達は自分達の保身のために、本当に気づかなければいけないことを見失ってました。神からの啓示は巫女として大切です。それでも、この世界に生きるのは神じゃない。ましてや、巫女としての私のために存在しているわけでもない。この世界に生きる人達みんなが幸せにならないとけない。……私も強くそう思います」


 レヴィはその言葉を聞いて大粒の涙を流す。一粒、二粒、三粒、多くの涙の雫が地面に降り続く。

 レヴィは同じ巫女としてヒヨカの覚悟を実感できた。選ぼうとしている道は、とても甘くとても困難な道だ。この小さな体で世界を殺す以上に至難の道を進もうとしている。仕方がないと大陸中、世界中の人間達が諦めてきた道を歩もうとしている。……私は、ヒヨカに勝てない。

 零れ落ちる涙を拭いもせずにレヴィはヒヨカを見つめた。


 「……同盟を結びましょう。でも、ただの同盟なんかじゃない。メルガルはイナンナの下に降るわ。つまり、メルガルもイナンナと一緒にその理想を追い続けるわ」


 その言葉を聞いたヒヨカは大人びた笑顔から、弾むような笑顔を見せる。


 「レヴィ……!」


 ヒヨカはレヴィの体を強く抱きしめた。感謝と友愛を込めて。

 レヴィは友人のそのぬくもりの中で思った。失わずに済んだその絆を胸に。

 殺すことが正しいわけではない、それは逃げることなのだ。誰かの幸せを祈って始めたことで誰かを苦しめるのはきっと大きな勘違い。一緒に探そう、ヒヨカとメルガルの人々とレオンとで。全力を懸けて、全てを救おうとしているヒヨカ達の近くで。

 体を寄せ合う二人の姿を、優しげな眼差しで空音は見つめ続けた。そして、外を見る。そこには、上半身だけになったブルドガングを肩に担いだバルムンクがゆっくりと飛行をして近づいてくる。傷だらけの救世主に、空音は小さくそっと手を振った。

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