第五章 第二話 竜殺しの刀と殺すための逆刃
飛行艇内部。実王とレオの戦いを見つめる四人がいる。ヒヨカ、レヴィ、空音、そしてレヴィの執事。飛行艇先端の展望部屋に用意されたのは二つのソファ。一つのソファにイナンナの二人、もう一つのソファにはメルガルの二人が座っている。四人は戦闘が始まってから、言葉を交わさずにその光景を見つめていた。
バルムンクは何度も体勢を立て直そうとするも、迫り来るブルドガングの猛攻を受け、ピンボールのように空中を跳ね回る。空中で足を止めるも、弾かれて、バルムンクは空中で何度も回転をする。ブルドガングの刃を刀で受けることで精一杯という感じだ。
その光景を見ながら、レヴィは口を開く。
「一体、いつまで耐えられるのかしら。そちらの竜機神も乗り手もボロボロじゃないの」
言葉を聞いた空音が苛立たしそうに、レヴィを睨む。
怒りを露骨に見せる空音とは反対に、ヒヨカはいつも通りのどこか気の抜けた笑顔を見せる。
「ええ、きっと操縦している実王さんも疲弊しきっているはず。……確かにこのままだといつまで持つのか分かりませんね」
レヴィがヒヨカの言葉に眉を吊り上げる。
「このままだと、ですって。変化が起きるわけなんてない、ずっとこのままよ。メルガルが貴方達の希望を殺す瞬間を黙って見てなさい」
言葉が予言のように、一瞬の隙を見てバルムンクがブルドガングに飛び込む。決して悪いタイミングではなかった。しかし、戦闘経験もセンスもレオンの方が遥かに上であった。接近して、刀を振るうバルムンクの刃を最小かつ最速の動きで脇をすり抜ける。バルムンクの背後に回るブルドガングは、背中に刀を振るう。
バルムンクの機械仕掛けの筋肉から緑色の血液が吹き上がる。悲鳴を上げる金属がバルムンクの鳴き声にも聞こえた。バランスを崩すその体にブルドガングは蹴りを叩き込む。蹴るよりも早い速度で地表にバルムンクは叩きつけられた。
舞う土煙。笑みを浮かべるレヴィ。
「ごらんの通りよ。これをどう覆すというの。ヒヨカさん」
「――実王さんなら必ず勝ちます」
落ち着いたヒヨカの声。
「どうして、そう言えるのよ」
イライラと強い口調のレヴィ。
「実王さんは、分からない分からないと言いながらも、みんなが目を逸らしてしまうような状況でも突き進んできました。私達が選ぶことのできなかった選択肢を選び取ることができる人なんです。……この状況も同じ。普通なら、九割の人がここで諦めます。竜機神は傷だらけ、それ以上に心も大きなダメージを負っています。立っても次の苦しみしか待っていない。それでも、あの人は……雛型実王は少数の意見を選びます。それが彼の選択だから。彼は他人が損をする選択肢は絶対に選びません」
しっかりと言い切るヒヨカ。巫女というよりも、まるで王のように。仙人のように。これから起こる全ての出来事を知っているかのように。逞しく、英雄のように語る。
レヴィは怒りのままに椅子から立ち上がる。その理由は焦り、レヴィは何で自分が焦っているのかも理解できずにヒヨカを見る。
「いいわ、選択肢、ね!? この状況で選択肢なんてないの。もうこのゲームは詰んでいるの! 立ち上がることなんてできない。見なさい、ブルドガングが地表に向かっているわ。これは確認するために近づいているわけじゃない、トドメを刺すための一撃なの! どういう選択をしたのか知らないけど……これで終わりなの!」
ブルドガングが真っ直ぐに上空から土煙に向かう。未だに巻き上がる土煙がブルドガングの突入により、さらに何十倍も大きく盛り上がる。
強烈な爆風に飛行艇が揺れた。展望部屋の窓も土煙に覆われる。飛行艇の揺れに耐えられずに、気が付けばレヴィは背後のソファに腰を落としていた。
揺れる飛行艇の中、ヒヨカのよく通る声が聞こえた。
「よく見てますよ。よく見ているからこそ断言できます。まだ実王さんは、選択すらしていないのですよ」
ヒヨカの言葉に反応するように、ゆっくりと土煙が晴れていく。
レヴィは期待した。その光景の先がバルムンクの首を撥ねるブルドガングの姿があるのだと。
レヴィは声を漏らす。
「どうなってんのよ……」
驚きの声。
バルムンクは片足を地面に付けたままで刀の鞘と手に持っていた刀を交錯し、ブルドガングの刃を受け止めていた。
※
同時刻、レオンも驚きの声を上げる。
『どうやって、俺の攻撃を防いだ……』
「初めてお前を驚かせることぐらいはできたみたいだな……」
唇をペロリと舐める。鉄の味。唇を切ったのだろうか。いや、どうやら、何度も吹き飛ばされている内に額を切ったみたいだ。やけに頭がヒリヒリとすると思った。
『答えろ! 刀で受け止められなかった一撃を何故、その鞘程度で受け止められる!?』
ずっしりとブルドガングが力を入れるのが分かる。その攻撃に機体が地面にめり込み、地表にヒビを広げる。
レオンが感情を表にしてきた。それだけ今の一撃が確実なものだと思っていたのだろうか。
俺はレオンの言葉におどけた声で返す。
「自分で考えろ……よ!」
交差した腕をブルドガングへ振り払う。解き放たれた腕の勢いのままにブルドガングは空へバルムンクはそのままの位置に立つ。今初めて、バルムンクはブルドガングを跳ね除けることに成功した。
ブルドガングは相手の様子を窺うように、バルムンクの周囲をゆっくりと旋回する。バルムンクは軋む体でゆっくりと立ち上がった。
やっぱり、レオンも馬鹿じゃない。気づいたのだ、状況の変化に。今まで攻撃を受けても吹き飛ばされていた敵が、たった一本の鞘を持ったことでそれを跳ね返した。盾でも魔法でも剣でもない。一本の鞘を警戒しての動きを始めたのだ。まだ、俺が何か隠し玉を持っているのだと。
グラム、日本刀の形をしながらも北欧の伝説の剣と同じ名前を持つ異端の刀。それがバルムンクの武器である。竜の名前を持つ者が使う武器でありながら、同族を完全に消滅させることができる対竜機神の為の刃。使いきれるのならば世界中の竜機神が束になっても敵うことはない。と言われるぐらい恐れられている。しかし、俺はその刀を二割も使いこなせていない。
最強とは言っても、どれだけ振り回してもビームが飛び出すわけでも、真空の刃を放てるわけではない。何か方法があるのだろうが、今の俺にとってはただの刀の役目しかない。しかし、世界最強といっても過言ではないこの刀を納めていた鞘なら、もしかしたら奴の攻撃を受け止めることに何らかの効果があるのではないか。藁にもですがる思いで鞘を抜き、二刀流のように扱ったのだが、どうやら思った以上に効果はあったようだ。
正直、力が湧いてくる。鞘が刀の力を受け止めていたせいか、ブルドガングの刃を受け止めてから、鞘の力が流れて込んでくるのを感じる。無理やり起こされ、流されることになった鞘のエネルギー。鞘一つでここまで変わってくるのだ。おそらくだが、今の状態は鞘に残された力を使っているに過ぎない。きっとその場凌ぎ程度の効果時間しかないはずだ。……つまり、早期決着しか俺には勝つ方法がないということだ。
バルムンクが急速に傷を癒していく。これも鞘から溢れ出した力のおかげだろう。今ならやれる、いや、今しかない。
周囲を飛び回るブルドガングへ狙いをつけると地面を蹴り上げた。
早い、さっきまでの戦いがまるでお遊戯のようだ。
接近。刀を振るだけで横半分にできる距離。だが、ブルドガングの乗り手はレオンだ。レオンは突然の攻撃にすぐに反応をする。俺へ向けてブルドガングは逆手で刀を振り落とす。
ブルドガングの逆刃の刀は、腕で振り回し、速度と重さで敵を叩き斬るというもの。空中で速度を持ってこの攻撃の相手をするなら、受け止めるだけでも機体を保つことは難しい。だがしかし、ここは地面だ。速度に重さを乗せた一撃を行うには距離も間隔も必要だ。そのどちらも欠けたブルドガングの一撃など、今までと比べれば大したことなどない。しかも今の俺には強大な力を受け止めることに特化した鞘も手にある。
実王は叫ぶ。
「歯を食いしばれ!」
ブルドガングが刀を振り落とす前に鞘で腕を振り払った。ブルドガングの腕が大きく頭上へと上がった。体制を立て直す前に、刀を斜め上へと切り上げた。
バルムンクの一撃がブルドガングの腹部から肩を切り裂く。
『ぐっ……!?』
レオンの短い声が響く。
ブルドガングはその一撃を受け、三歩後退。胴体を切り上げられ、機械の筋肉が血飛沫を上げた。そのまま、片膝をつく。
しばらくの沈黙がその場を襲う。それでもほんの十秒ばかりの時間。しかし、常に切り合っていた二人からしてみれば、常人とは到底理解できない体感時間。
俺は肩で息をして、追撃することも忘れてその敵機の姿を見つめる。
『くっそが――!』
ブルドガングから地を割るような大きな声。鮮血で体を濡らすブルドガングが再び立ち上がる。
次に聞こえるは笑い声。
「いいぜえ、いいなあ! それがお前の本気か、雛型実王! 俺も一緒に付き合ってやるよ、その本気になあ! そして、もっと熱くなろうや! お互いぶち殺し合おうぜ!」
その狂喜の声に俺は追撃をしなかったことを気づき悔やんだ。
ブルドガングの機体が赤く輝く、赤色の光の粒子が目の前の敵機から溢れ出す。ゆらゆらと揺らめく粒子がまるで炎のように踊る。
何かが始まる、何かが来る。
ブルドガングの頭部の三本の角が一つになり、まるで神話のユニコーンのように鋭く伸びたものになる。右の大きな腕は小さくたたみ込まれ、さきほどまでの三本角の大型恐竜のような姿とは大きく変化してたものとなり、シャープな外見からは変形前の姿以上に殺すためだけに特化したようにも見えた。
『ブルドガング……アンドラスモードッ! さあさあさあ! 切り合おう! 千切り合おう! 砕き合おう! 喰らい合おう! 見せ付けてやろう、世界に殺しという愛の名前を!』
狂喜の王が楽しげな声を上げる。その言葉が終われば、ブルドガングが刀を持ち上げた。逆手に握ってはいるものの、特別構えるような動きない。それは構えをせずとも、攻撃を行える証拠。
俺は生唾を飲み込む。相手の雰囲気に圧倒されないように、しっかりと狂った炎を燃やす敵を見据えた。