第五章 第一話 竜殺しの刀と殺すための逆刃
あれよあれよという間に決戦はついにその日を迎えた。
人のいなくなった学園都市から飛行艇で目的地に向かう。飛行艇というのでプロペラ機のようなイメージをしていたが、実際に見てみたら予想以上のものだった。その姿は一般に考える飛行機のイメージではなく、大空を羽ばたく鳥のような姿をしていた。プロペラなどはなく、舳先はまるで鳥の顔をイメージするような鋭いシルエット。さらには、両翼は大きく湾曲し竜機神以上に機械仕掛けの神という言葉が合っている。
百人以上が入る飛行艇に十数人の整備クルーや医療スタッフ、操縦するパイロットが乗り込んだことを確認して、最後に俺と空音とヒヨカが乗り込む。
ヒヨカ、空音が乗り込んでいく。俺もさあ行こうかと足を進めれば、背後から足音。
「ま、待ってくださいっ。……実王さん!」
振り返れば、そこにいるのは東堂ルカだ。肩で息をしながら走ってくる、ルカに驚きの声をかける。
「どうしたんだよ、ルカ。何が起きるか分かんないから、早くシェルターに戻れ」
はぁはぁ、と呼吸を荒くするルカ。胸に手を当てて、呼吸を整える。
「ごめんなさい。戦いに行く前に渡したい物があったんです。これ、どうぞ」
そういえば手に紙袋を持っている。その紙袋を差し出す。額に流れる汗を見ながら、俺はその紙袋を手に取る。なにやら、ずしりと重い。
「これなんだ?」
恥ずかしそうにもじもじとすれば、たどたどしく喋りだす。
「これ、この間、おいしいって言ってくれたドーナツです。お店、どこも閉まっちゃってたから、うちにある材料でなるべくたくさん作りました。みなさんで食べてください」
俺はルカのその心遣いに胸が熱くなる。
「ありがとう、ルカ。みんなで食べるよ。……これがあればきっと勝てる」
ルカの想いに答えようと笑顔で言葉を返す。
そんな俺の顔をじっと見つめるルカ。
「辛そうですね、実王さん。大丈夫ですか……」
ルカの言葉に今度は胸が締め付けられるような気分になる。
正直なところ、見抜かれるとは思わなかった。ヒヨカや空音は、俺の気持ちがここ数日不安定になっていることに気づいているようだった。どことなく気を使っているのは俺から見ても明らかだった。
無理して作った笑いを崩す。
「大丈夫じゃねえけど、これは俺がやりたくてやることだ。背負いたくて背負っているものだしな」
「……実王さん。私、実王さんなら絶対に勝てるって思ってます。どんな結果になっても、自分を恨まないでください。困難な状況で、自分のことを顧みずに実王さんは私を救ってくれました。そんな実王さんを私は信じてます。自分を信じてください、実王さんはイナンナの竜機神の乗り手に相応しい人なんです」
強く祈るようにルカがそう告げる。その目は潤み、心の底から俺のことを心配しているのだと強く理解できた。
妹でもいたら、こんな感じなのかな。などと思いながら頭を撫でる。
「ルカ、ありがとう。……雛型実王、行って来ます」
ルカは強く頷いた。
背負うことの重さには慣れたつもりだった。だけど、その心にスッと入り込むようにできた温もり。これが守るべきもので、俺のよろめく足を支える力。さあ、行こう。決戦の地へ。
※
三時間ほど飛行艇で揺れる時間を過ごす。そこで見えて来たのは、イナンナとメルガルの国境。それはありえない光景。イナンナの大地が途中で途切れていた。途切れたところは海に続く海岸などではなく、ぱっかりと宙空が広がる。地面の下はただ広がるばかりの大気。それは空に浮かんでいる大陸という証明になった。
大陸と大陸の境目、国境と呼ばれる何もない大空で俺とレオンは戦う。唯一、この世界でどの大陸にも属さない空間が戦場となる。
既に到着していたメルガルの飛行艇が見えて来る。バルムンクと赴くであろう上空にキラリと輝くものが一瞬見えた。どうやら、レオンは既に竜機神に乗って準備は済んでいるということだろう。
「ちょっとは落ち着くことを知らないのかね……」
俺は飛行艇で椅子の体を固定させるためのベルトを緩めて立ちあがる。
「行くのね」
空音はこっちを向かずにそう言う。表情は分からないが、心配してくれているのだろう。
「ああ、行ってくる」
「……帰って来なかったら、社会的に抹殺するから」
久しぶりに毒舌を聞いた気がした。
「じゃあ、絶対に帰って来ないとな」
俺は苦笑を浮かべて、飛行艇の扉へ向かう。
扉の前で待っていたのはヒヨカ。
「お気をつけて」
ニッコリと笑いかけるヒヨカ。
「お互いにな」
それに笑顔で返事をすれば、ヒヨカが離れていくのを確認。飛行艇の扉に手をかける。ゆっくりと扉が開く。激しい風が襲い、呼吸が若干苦しくもなる。俺は躊躇なく、その扉から空へと走り出した。
「――来い、バルムンク!」
既に光の粒子を溢れ出していた指輪が光り輝く。その直後、俺はバルムンクの操縦席にいた。そのまま空中を蹴る。速度を上げ、さらに空の地面を蹴り上げて、レオンの竜機神へ接近する。
接近するごとにレオンの竜機神の猛々しさを感じる。
炎のような赤色をベースに、顔は恐竜のトリケラトプスのように三本の鋭い角が凶暴性を表していた。特別違和感を感じたのは、右腕がバルムンクの腕よりも二周りほど大きいのに対して、左腕はバルムンクと大差ない。なによりも、その右手に持っている剣は機体の胴体以上に長く、鎌のように大きく湾曲し刀身の内側に刃があり、柄までもが金属でできている攻撃に特化した剣。パッと見ただけでは、日本刀とさほど違いは感じないが、逆側に刃が付いている変わった刀だ。だから、誰かを傷つけられないとは違う、言うなれば日本刀の形をした鎌のようだ。
接近、身動き一つしないレオンの竜機神。
『よお、久しぶりだな。お前の竜機神はなんて名前なんだ」
声が高い。楽しそうなレオンの声。
「バルムンク。お前の竜機神の名前は?」
『……ブルドガング。よく覚えとけ、お前の全てを奪う神の名前だ』
ブルドガング、俺はその言葉を胸に刻む。それは奴の言う通り、自分が負けることを予感してではない。それは、俺が初めて壊す希望の名前だと思ったからだ。俺にはそれを知っておかなければいけない義務がある。
少々大げさな言い方をするレオンに言葉を返す。
「その台詞、お前にそのまま返すぜ。首は綺麗に洗ったか。戦闘狂」
バルムンクの刀を抜けば、真っ直ぐとブルドガングへ刃を向けた。
「はっ、減らず口は得意な奴だな。まあ喋れるだけ喋っとけよ、お喋り野郎」
ブルドガングが体制を低くする。二機の間には、お互いを敵として認めた二人が持つ独特の雰囲気が漂う。
怖い、手が震える。これは武者震いというやつなのだろうか。震える右手を左手で押さえる。落ち着け、俺。落ち着けよ……。
――自分を信じてください、
一人の少女の言葉が頭をよぎる。俺がこの世界で救った初めての少女、東堂ルカ。あの子が信じろというのだ、信じないでどうする。気が付けば、震えが止まっていた。一人じゃない、俺に戦い方を教えてくれた空音がいる。一人じゃない、俺のことを気遣うヒヨカがいる。そして、イナンナの学園都市に住む人たちは、たくさん俺を応援してくれていた。大丈夫、俺は大丈夫だ。
モニターの中に映し出されるのは、メルガルの飛行艇に乗り込むヒヨカとレヴィ。二人の合図が出れば、俺とレオンの戦いが始まる。この戦闘はお互いの大陸中の人が見ることになる。
一秒一秒が長く感じる。熱くもないのに汗がじんわりとシャツを濡らす。今はもう、早く始まれと祈ることしかしない。
突然、通信が入る。
『実王さん、もうすぐ決闘の合図を行います。準備はいいですか』
事務的な巫女としてのヒヨカの声。
俺は力強く返事をする。
「おう、いつでも来い!」
元気な声が虚勢だとしても、俺はもう背負うことから逃げない。
『実王さん……。では、始めます』
通信が途切れた。その数秒後、飛行艇から花火が上がった。二度の爆発と閃光。
我に返り、ブルドガングを見れば、そこには奴の姿はない。
「なっ……!」
右か、左か! 違う、頭上だ。
太陽光を背中に受けながら、ブルドガングが猛スピードせ上空から接近する。
『雛型実王!』
「……レオン!」
上空から迫るブルドガングの刃を刀で受け止める。重さとスピードを武器に鋭利な鎌の斬撃が繰り出される。刀で受けたにも関わらず、強烈な衝撃を受ける。刃の勢いを不安定な体制で受けたバルムンクは勢いも殺せず、空を落ちていく。揺れる操縦席の中で、全身を圧迫される衝撃を受ける。
「くそったれぇ……! こんなところで!」
歯を食いしばり、バルムンクの姿勢を整える。バルムンクが空中で反転をすれば、今度はしっかりと刀を構えた。追撃に備えて、刀をすぐさま構えた。今度は目をそらさない、次は受け止める。
今度は前方から迫るブルドガングを捉えることができた。追撃を行おうと接近したブルドガングの刃を今度は刀でガッシリと受け止めた。
『やるじゃねえか!』
いつの間にか剣を逆手に持ち替えていたブルドガングはさらに速度を上げる。
「当たり前だろうが!」
このまま力を比べても体制的にも不利だと判断した俺は、とっさにブルドガングに蹴りを入れる。見事に蹴りを入れることに成功し、ブルドガングとの距離を開けた。この蹴りはダメージを与える為のものではない、劣勢なポジションを取らなければいけない俺とレオンの立ち居地をふりだしに戻すための一手。
再び間隔を開け、俺はブルドガングに意識を集中する。大きく深呼吸をする。
……まだまだ、これからだ。