第四章 第三話 生かす王と殺す王
空中を舞うは三機の巨人。バルムンクの周囲を飛ぶのは二機のシグルズ。少しばかりの間を置いて、一機のシグルズが盾を構えると、一つ高い位置に立つバルムンクへ突進する。バルムンクはすかさず突進する盾に刀を当て、力を逃がしつつその攻撃を受け流す。一機がバルムンクの脇を飛び去った直後、その背後に立つのはもう一機のシグルズ。
「囮!? だけどな!」
感覚より先に機体が動く。
バルムンクの刀を逆手に持ち構えれば、シグルズを背中にしたままで後方へ突き立てる。その一撃が、トドメを刺したと僅かな心の余裕を見せたシグルズの胸を貫いた。
『そ、そんな……』
背中で起きる爆風。空を震わせる爆発が起きるものの気を抜く暇はない。
頭の上にいたシグルズが真っ直ぐに突っ込んでくる。爆風に紛れたつもりなのだろうが、バルムンクにより研ぎ澄まされた神経で直感で察知する。揺れる爆風、機体の僅かな間接音、相手の持つ殺気。全ての事象が次の行動を起こすための選択を選び取らせる。
「突っ込んでばかりじゃ……なあ!」
頭の上に真っ直ぐと刀を突き上げた。分かりやすく単純な攻撃に単純な一撃。しかし、これ以上に効果的なカウンターを俺は考えることはできなかった。そして、その選択は結果を出す。
最初に聞こえたのはバリバリとシグルズの盾を貫通する音。同じ竜機人なら盾を破ることなどできないだろう。しかし、今シグルズが対面しているのは竜機神なのだ。
そのままバルムンクの腕に力を入れれば、シグルズの頭部を抉る。そのまま容赦なく、刀を上から下に振り切る。
『ちっくしょ!』
悔しげな声がシグルズを通して聞こえた。
その瞬間、一刀両断されたシグルズは火花を散らしながら半分に分かれた機体が爆風を上げた。炎を上げながら、シグルズの破片が地表へ落ちていく。それをぼんやりと眺めていたが。はっと我に返る。
「あ、しまった!? やりすぎた! おい、二人とも大丈夫か! 特にぶった切った方の奴!」
俺は慌てて機体の破片が炎を上げる地上へと叫ぶ。
『だ、大丈夫です』
『さすが、バルムンクですね……』
二人の声に俺は安堵の声を漏らす。さすがに、ついうっかり機体を縦に真っ二つにした時は、こっちが肝を冷やしたものだ。
黒い煙が晴れるのを見れば、透明な繭状のカプセルに入った二人が見えた。両方とも生存を知らせるように手を上げていた。
このカプセルこそ、俺が遠慮なく人の乗ったシグルズを破壊できた理由だ。竜機人には大変高性能な脱出装置が付いている。それがこのカプセルである。ドラゴンコアが破壊される直前にコアそのものの完全消滅と引き替えに、操縦者をこの繭に閉じ込めて、すぐに機体から脱出させるのだ。例え、マグマの中に沈んでも数時間は耐えることができ、地上から八千メートル以上の高高度から落とされたとしても傷一つつかない仕様である。竜機人に憧れる人間が多いのは、こういう安全な面もそれに一役買っているのだと俺は考える。
俺は小さく息を吐けば、空音の待つ地上へとバルムンクを降下させる。
ここは都市の外れにある野原。野原といっても、視界の隅には常に都市の姿が見えるし、それよりも手前には豚やら牛やらを養っている牧場も見える。都市の目と鼻の先にある開けた土地なのだ。
俺はそこでレオンに会ってから一ヵ月後、いや、三日後に迫るレオンとの決戦に控えた実践訓練を行っていた。もう時間はなく、経験の浅い俺のために貴重なドラゴンコアを消費してまで少しでも多く実戦経験を積ませようとしている。それだけ急ごしらえで俺を鍛えないといけないのだ。一ヶ月という時間もヒヨカが必死に稼いでくれた時間だ。俺はその時間を何一つ無駄にできない。
俺とレオンのタイマンが決まってからの反響はなかなかのものだった。明確なルールもなく始めた戦争で、巫女を捕まえるということ以外で終わらせる方法を知らなかった。そんな状態で出来上がった代表が一対一で戦うというのは、互いに犠牲を最小限で抑えたいイナンナとメルガルにはありがたい話になった。
それと同時に両大陸の緊張状態が高まっているのが俺にだって分かるようになった。
俺かレオン、どちらかが負ければどちらかの大陸が失われる。どのように失われるのか分からないのだ。いきなり今、触れている地面がなくなるかもしれない。それが三日後に迫っているのだ。自分の生活が奪われる。いきなり、理不尽に。ヒヨカも大急ぎで脱出艇の準備やシェルターの用意。戦いが始まる時間には、大陸の人間全てをそこに収容するらしいが、最後まで大陸の上で過ごしたい老人達もいるらしく、収容は難航している。
……でも、それはあっちの大陸でも一緒なんだよな。
※
木陰に腰を下ろして、空音の持って来てくれた昼食を頬張る。俺の注文通り、よく塩の聞いたおにぎりが空腹を満たしていく。最近、訓練の時はもう一人増えた。
「あ、あの、実王さん……」
小さく袖を引くのは一人の少女。それはこの間、メルガルの人間に人質にされた大型犬を連れた少女である。名前は、東堂ルカ。おかっぱの茶色の髪に大きな目、分厚いメガネがその可愛らしい顔を隠しているようにも思えるが、この見え隠れする美少女オーラがこの少女の魅了を引き立てるエッセンスだと確信している。
俺が実戦形式の訓練を始めてから、学校が休みの日に何かと差し入れを持って来てくれるようになった。最初は、責任感からそこまでしてくれるのかと思い、申し訳ないからと何度も断りはしていたが、どうしてもというので定期的に差し入れをいただいている。
ごくりとおにぎりを飲み込めば、その方向へ顔を向ける。
「なんだ、ルカ」
照れ笑いの見本のような笑顔を見せるとルカは小さな花柄のランチボックスを背中から取り出した。その箱を開けて見せれば、甘い香りが鼻をつく。そこに綺麗に並んでいるのは、まぶした砂糖が眩しいドーナツ。市販のものでなく、手作りなのだろう。一つ人が微妙に形が違うものの、大きな違いがなく逆にその微妙な違いが市販品にはない期待を持たせる。
「これ食べていいのか」
俺が指を指して聞けば、コクリと頷くルカ。
俺は、ありがとう、と一言。そして、そのドーナツを手に持てばすぐに口にした。カリカリとした食感、その後にはふんわりと柔らかい感覚が舌を支配する。
正直、ルカの作るお菓子はかなりおいしい。趣味で作っているらしいが、お金出してもいいぐらいだと俺は思う。空音には家庭的な料理をよく作ってもらっているが、たまにはこういう物も食べたくなる。最近は、食事が一番楽しみな時間かもしれない。
気づけば、二個、三個と手を伸ばす。
「食べすぎじゃない……」
少しふてくされた空音の声。俺は首を傾げ、空音の方を向けばぷいと顔を逸らす。
なんだ、何か怒っているのか。まだ食事中だし、別にごちそうさまは言わなくていいし……ああ、そうか。
俺は自分が手にしたドーナツを空音の口元へ向ける。
「お前も食べたいんだろ。やせ我慢するなよ。ほら、あーん」
その瞬間、空音の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
そんな反応に気づかない実王は、空音の口元へとドーナツを運ぶ。
「なにしてんのよっ。別に食べたいわけじゃ……」
一緒に暮らして一ヶ月は経つのだ。さすがに怒っていることには気づく。
「じゃあ、何でそんな顔してたんだよ」
一瞬、驚いたように目を開く空音。
「なんでって……。分からないの?」
実王は窺うような視線を送る空音の言葉に首を傾げる。
正直、全然分からない。何をそんなにふてくされる必要があるのだ。
空音はチラリとルカの方を見る。ルカ、どうぞ食べてください、とばかりに満面の笑みを返す。うー、と小さくうなった後に、ぽつりと喋りだした。
「……そのドーナツが食べたかったの。後、自分で食べるから」
空音は俺の手からドーナツをぶん取れば、何か慌てるように口に放り込むように食べる。
「随分と腹減ってたんだな。どうだ、うまいだろ」
ニコニコと笑いかける実王。
「……おいしい、すごく。カリカリふわふわで」
何故か悔しげに言葉を吐き出す空音。
「おう、よかったな。ルカ」
ルカにそう声をかければ、ルカもニッコリと頷く。
「はい! 嬉しいです。空音さんは凄く料理がお上手だから、そういう人にそう言ってもらえて嬉しいです……」
もじもじと自分のスカートの裾を触るルカ。嬉しそうに顔をほころばせる。
実王はそんなルカを見ていると嬉しくなり、まるで兄のようによしよしと頭を撫でる。ルカは嬉しそうに目を細めた。
「なるほどね。憧れの王子様が、本当に王子様になったわけね」
二人には聞こえないような小さな小さな声で空音は呟く。嫉妬にも似た気持ちを感じている自分に気づき、再び恥ずかしさと情けなさにこっそりと顔を赤くした。




