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第二十八章 第四話 彼の守る未来と男の壊す創造

 鮮烈な光。チカチカと強い光の名残が、瞼の裏が小さな宇宙を作り出す。

 肩で小刻みに息をしながら、俺はその光が消えていくのを待つ。

 一生忘れないであろう光の中、視界が晴れていく。


 「……これで」


 最初に飛び込んできたのは、透き通る青。どこまでも広く、どこまでも穏やかに空を描く青の色。

 戦いの影響だろうか、空には雲一つなく。果てのない青が、どこまでも広がっている。この空の中、ここに立つのは――。


 「終わったのか……」


 ――バルムンクのみ。

 ハジマリの気配も感じなければ、周囲には竜機神の影一つない。


 ――本当に……終わったんですね……。


 泣いているのは、ウルドの声。

 バルムンクの姿でなければ、顔中を涙で濡らしているだろう。


 「ああ、これでようやく終わった……はずだ……」


 拭いきれない違和感。それは一体なんだ、と微かな違和感の気配を探る。

 気づく。頭の上にはポッカリと穴が開いていた。それは、元の世界とシクスピースを繋ぐ穴。

 不自然に浮かんだその穴を見ていれば、不安な気持ちが腹の底から込み上げてくる。なんだ、この気持ちの悪い感覚は。

 せっかく、この世界の争いの原因を倒したというのに、 気持ちはスッキリするどころか、時間が進むごとに不安が募る。

 ぼんやりそれを眺めていたら、おずおずとウルドが問いかける。


 ――……実王さん。よく聞いてください。あの世界を繋ぐ穴は、おそらく僅かな時間だけ開いているもの。今のシクスピースで利用されている魔法は非情に不安定なもの。魔法を使うことのできる今の実王さんなら、分かりますよね? ここからが大事なところです。……実王さんの頑張りで、やっと魔法の力を取り戻したシクスピースは、非情に不安定な世界です。前に行ったように、再び実王さんの世界を開くことができるか分かりません。


 ウルドの言葉に、眩暈を感じた。身体的な疲労からではない、大切な何かを失うかもしれないという選択をするかもしれないとう可能性に。

 か細い声でウルドは話を続けた。


 ――お考えください。今この瞬間を失えば、元の世界へ戻ることができない可能性があります。例え、今まで通りに魔法が使えるとしても、実王さんの世界への通路を開くためには、多くの時間を必要とします。空音が実王さんの世界に行けたのは、たくさんの奇跡の上で成り立ったものです。不安定な魔法、二度あるかも分からないきっかけ……。この時を逃せば、実王さんは帰れなくなるかもしれません。


 ウルドの声を聞きながら、俺は言葉を失う。

 これから、だと思っていた。今から、いろんなことが始まるのだと。

 こんな幕切れは嫌だと思う反面、ひたすらに優しかった両親の温もりを懐かしく思う。

 ぽっかりと空いたもう一つの世界の穴。暗闇の空間は、穴の先への未来へ感じる俺の不安を象徴しているようだ。


 「もう少し、待ってはもらえないよな……?」


 きっぱりとウルドは言う。


 ――時間はありません。あの通路は、今すぐに消えてもおかしくないんですから。……実王さん、決めてください。これから、貴方がどうしたいのかを。


 「……ウルドは、どうしたらいいと思うんだ」


 ――実王さん、それを私に決めさせるのは卑怯です……!


 言ってしまってから後悔した。

 ウルドは泣いていた。先程までの嬉し涙とは違う、悲しくて葛藤して出てくる人を想う涙。


 「ごめん……。イジワルだったな俺」


 ――本当ですよっ! ……私の本心が分かるなら、これ以上は聞かないでください。実王さんの心に問いかけるべき内容のはずですよっ。


 それっきりウルドからの返事はなく、俺は海に突然出現した渦潮のような穴の中を見つめる。

 確かに、俺の目的は果たした。

 空音達を、両親の呪縛を解放できた。この目的以外にも、俺には残るべき理由がある。何より、俺には……ここには、大切な存在ができたじゃないか。


 「空音……」


 俺は力をなくした心で、大切な人の名前を声にした。


 『――実王!』


 「え……!?」


 反射的に名前を呼ばれた方向を見る。

 傷ついたノートゥングが、そこにはいた。やっとで動いている。ノートゥングの全身は悲鳴を上げながらもバルムンクの方に近づく。


 『どうしたの、実王。……ぁ』


 空音は、向き直ったバルムンクの背後の穴に気づく。

 その穴はなおも縮んでいき、世界と世界の道を閉ざそうとしていた。

 感の鋭い空音は、その僅かなヒントでこの状況を察する。


 『……実王、帰らないと』


 まるで、子供が子供に帰宅することを勧めるような幼さと寂しさを混ぜたような声。

 俺はその声に息が詰まりそうになる。


 「俺、帰っていいのかな……。ここから、帰っていいのか分からないんだ」


 ウルドの時もそうだが、俺は卑怯な男だと思った。

 こういう聞き方ではなく、もっと素直に聞けばいいのに。

 空音と離れ離れになってもいいのか、と。恥じも忘れて、問いかければいい。

 がむしゃらになって聞くことができない。だって、俺には――。


 『当たり前じゃん。実王のお父さんとお母さんに約束……したんだから』


 言葉に詰まりながら、空音は言う。

 そう、俺と空音には約束がある。

 必ず帰る、そう誓った。

 必ず連れ帰る、そう約束した。

 立場は違っても、俺と空音には果たさなければいけないことがある。


 「……だよな。俺、帰らないといけないよな。空音は……! ……こっちで、やることがあるよな」


 彼女の名前を呼ぶ時、声を大きくした。

 まるで名案だとばかりに言おうとした自分が情けない。空音は、これからこの世界でたくさんやるべきことがあるはずだ。俺一人の身勝手で彼女の信念を曲げるような真似をしてはいけない。

 

 『うん、たくさんあるよ。ヒヨカ達と、みんなでシクスピースを新しく作り直さないと。……実王』


 ノートゥングは両手を真っ直ぐに伸ばした。

 ダメだ、ダメだ。そう思いながらも、ノートゥングの伸ばした手は、空音が温もりを求めるように思えた。

 そうだ、俺には愛した人がいる。父さん達が、異世界で俺を産んだなら、その逆があってもいいんだ。

 近づいて、操縦席から飛び出して、彼女を抱きしめよう。そうやって、二人でこの世界の為に頑張ろう。君の隣でずっと、いつまでも。

 ノートゥングの両手がバルムンクの胸元に触れた。


 『――実王、さようなら。心の底から、貴方を愛しています』


 切なげな声に俺は気づくことができなかった。ただ、目の前の温もりを俺は求めようとしていた。間抜けな俺の乗るバルムンクの胸部をノートゥングが押し上げた。


 「――なっ!?」


 不意打ち。油断していた俺は、そのまま異世界の穴へと吸い込まれていく。

 急いでシクスピースに戻らないと、と思い。前に進もうとするが、全く前に進もうとはしない。前進しようとする力よりも、異世界を繋ぐ穴が引っ張る力の方が強い。

 バルムンクは情けなく、その体をジタバタとさせるばかりで、海から陸に上がった魚のように滑稽だった。

 恥じの上塗りをするように、彼女の名前を叫ぶ。


 「空音! ……なんでだよっ!?」


 『ダメだよ。実王の帰りを待つ人がいるでしょう。その人達のところへ帰るまでが、実王の竜機神の乗り手としての最後の仕事だよ』


 「ふざけんな! 俺は、俺は……! ただ、空音の側にいたいだけなんだよ! なんで、なんで、離れないといけないんだよ!? 一緒にいてえよ、二人で一緒にいたいんだ!」


 少しずつ小さくなるノートゥングに伸ばす。この手は、彼女が近づいて握ろうとしなければ触れることはできない。

 そんな彼女も、そこから動くことはせず、穴に吸い込まれていく俺を見ていた。


 『私だって、一緒にいたいよ。どこにもいってほしくない、大好きな実王には近くにいてほしいよ! でも、そういうわけにはいけないでしょ。それが、実王を連れて行く時に、私が決めた誓いなの』


 俺は間抜けに開いていた口を閉じた。

 空音は、ただ約束を守ろうとしている。俺の乗り手としての役目が帰還することで終わるというなら、空音の乗り手の世話係としての役目は、俺を無事に帰すことで終わるのだ。

 終わらせる必要があるのだ。この出会いを。二人の出会いを一度、ここで終わらせなければいけない。


 「……だったら、きっとまた会おう。どれだけ距離が離れても、どれだけ時間が流れても、世界の壁があったとしても……。絶対に、空音を見つけてみせる」


 気が付けば、目元からはたくさんの涙が溢れていた。

 止めどなく流れ続ける涙。視界は海の中にでも沈んだように滲んでいく。

 くっそ、なにやってんだよ、俺。これじゃあ、何も見えないじゃないか。

 目の前に光景を見ようとしても、自分の涙が邪魔をする。

 消えないでくれ、見えなくならないでくれ。どうか、俺の目が捉えられる場所にいてくれ。どれだけ祈ろうとも、願おうとも、世界は滲み声は小さくなっていく。


 「空音ぇ――!」


 願うように祈るように手を伸ばした。

 もうノートゥングの姿は指の先程度の大きさしかない。


 『私も、絶対に探しだしてみせる。貴方が戦ってくれたように、例え世界を敵に回しても……きっと実王に会いに行く』


 そして、異世界を結ぶ穴がシクスピースの光景を閉ざした。

 最後に聞いた声は、強い意思を感じさせるものだった。いつか空音の口から聞いたような、嘘を真実に変えるほどの真っ直ぐな想いを。

 元の世界への空間が背後から広がっていく中、俺は帰ってきた安心感を覚えた。しかし、大切なものを失った俺には素直に喜べるわけもなく、顔を覆う。

 

 「ごめん……空音……。今は……泣かせてくれ……」


 そこには、世界を救った救世主の姿はなく、大切な人を失った悲しみに嗚咽を漏らす存在が残るのみ。

 俺は、ただただバルムンクの中で呻くように泣き続けた。

 

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