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第二十八章 第二話 彼の守る未来と男の壊す創造

 シクスピースの空。いくつかの黒と一つだけの白。

 黒の中をかいくぐるバルムンクは、ブルドガングの攻撃を刀で防御する。

 ありとあらゆる神経を戦闘への集中へと向けている実王のことなど、気にもしないようにハジマリは実王に語りかける。


 『世界を守って、何になるというのだ。私がお前の世界を手に入れれば、お前の世界の住人は全て病や死の恐怖から解放される。それの何がいけない』


 ブルドガングの逆刃を受け流しつつ、迫り来るザイフリートの大剣を接触するギリギリで機体を捻らせて回避を行う。


 『そんなの、前のお前と一緒だろ!?』


 実王の言葉への明確な返答はなく、ハジマリの問いかけは続く。


 『いいや、今度は失敗はしないさ。あれから、改良も行った。次こそは大丈夫だ。過去の失敗よりも何倍も何十倍も人をより良く導こう。雛型実王、君もそういう世界を見たいと思わないか』


 ザイフリートの攻撃を避けるために上昇した直後、グングニルがさらに高度から襲い掛かる。鉤爪の一撃をまともに受け、バルムンクはその機体をくの字に曲げる。

 実王の脳裏に浮かぶのは、いくつもの悲しい記憶。


 『誰にも傷つけられない、誰も傷つける必要のない、幸福な世界』


 再び下降したはずの、グングニルが接近してくる。くの字になったバルムンクの目はしっかりとその姿を視界に入れた。

 誰かを傷つけたくないのに、世界がそう仕向け、苦しみ、悩み、もがいてた人達。ハジマリの言葉に反応して、頭の中を通り過ぎるいくつもの光景を拒絶するように首を振る。


 『人々が手に手を取り合って、ただただ穏やかな世界』


 あっという間に距離を縮めたグングニルは再びバルムンクを傷つける。先程受けたのは胸元の傷、それだけでは浅いものだったが、次の一撃は胸部を抉り取るほどの攻撃。胸部の破片が宙を舞う。

 ハジマリの言っていることに惹かれている自分がいる。それだけ、目の前の男が力を持っているかを知っている。


 『差別も偏見もない。ただ、人が人らしくあるべき世界だ。なあ、雛型実王。お前もそういう世界で呼吸をしていたいだろう。そういう世界でこそ、愛すべきものと生きていきたいものだろう』


 現実の痛みと繰り返される妄想に、ハジマリの言葉が麻薬のように沁み込んいく。

 深く息を吐き、大きく力いっぱいに首を横に振る。


 『お前の言う、世界なんて……!』


 否定する。絶対に、ハジマリの言う世界を否定する。


 『私の世界を否定してどうする。お前も苦しんできたはずだ、偏見や差別に』


 『ぐっ……!?』


  実王は突然の振動に声を上げた。その衝撃の正体とは、バルムンクの背後に回りこんだグングニルがバルムンクの両脇から手を出して羽交い絞めにしていた。

 油断したわけではなかったが、戦闘に支障が出るほどにハジマリの言葉に対して実王の心は飲み込まれすぎていた。


 『私は君のことを高く評価している。雛型実王、お前の力を私に貸せ。君はここで死ぬには、惜しい存在なのだ。……お前を私と共に歩むべき人間として認めよう。理想としていた世界が、目の前にあるのだ。それを、素直に欲せば良い簡単な話だ。さあ、雛型実王』


 結論は決まっていた。ここまで来て、ハジマリの提案に首を縦に振るのは死んでも嫌だった。


 『聞くまでもないだろう。絶対に嫌だ』


 喉の奥から絞り出した声に、ハジマリは困ったように息を吐いた。


 『仕方ない、君のことは嫌いじゃなかったよ』


 グングニルとバルムンクの前方から、大剣を前に突き出したザイフリートが接近してくるのが見えた。刃の先が目指す位置は、バルムンクの操縦席の場所。ザイフリートは、二機ごとその大剣で貫くつもりだ。

 前の刃が近づくごとに、視界が黒い剣で埋め尽くされていく。

 押しつぶされる自分の姿を想像する前に体が動く。


 『お前の世界なんていらない! 俺は、俺達の世界が欲しいんだ!』


 バルムンクが純白の輝きを上げれば、強引に広げた翼でグングニルを弾き飛ばす。体の拘束が解かれたバルムンクは、ふわりと体を浮かせたグングニルの腕を掴んで、ザイフリートへと投げつけた。

 すぐに判断のできなかったザイフリートは投げつけられたグングニルを己の大剣で貫通。緊急事態に混乱したのかザイフリートはその場で急停止をする。そして、二機よりも頭一つ高い位置にバルムンクは立つ。


 『まとめて、吹っ飛べ――!』


 振り上げた刀を振り落とせば、魔法を帯びた光の刃が波動となり二機の竜機神を飲み込んだ。まともに防御をすることもできなければ、受身をとることすらできないままに、光の中に飲み込まれていく。

 近距離でバルムンクの放つ魔法の光刃を受けたグングニルとザイフリートは、その空間からあとかたもなく消し飛んだ。


 『これで、三機目だ……』


 精神的にも肉体的にも消耗している実王は肩で息をしながら、ニーベルハイムを睨みつける。


 『まだ、三機だ』


 ニーベルハイムを守るように、エツェルとブルドガングの二機がバルムンクを見下ろしていた。

 




                  ※



 「実王さん……」

 

 飛行船の中、ヒヨカは遠くの方で何度も輝き、世界中に届くほどの轟音を轟かせる空を見つめていた。

 先程から、戦闘をしていたはずのエヌルタの竜機神、飛行船は全て動きを止めている。ついさっきまで戦っていたことが嘘のように、敵だけ時間が止まったように突然ピクリとも動かなくなった。

 実王が勝利したことを喜ぼうとしたが、直後に彼方の空から激しい魔法の波動と輝きが世界を照らし始めた。何か、強大な二つの存在が戦っている。イナンナの竜機神も飛行船も撤退するわけにもいかず、ただ輝きを見つめ続けることしかできないでいた。

 その隣には、空音とバイルも立っていた。各々は口にはしなくても、あの空で行われている戦いがシクスピースのこれからの命運を握っているのだということを感じ取っていた。

 光が弾けるごとに、強風が飛行船を襲い、気を抜けば転がってしまいそうなほどに不安定な飛行船の中でヒヨカは、再び己の内なる弱さが強くなっていくのを感じていた。

 ヒヨカは悔しげに視線を落とした。

 また、自分はここで見ているだけなのだろうか。また、彼に全てを押し付けることになってしまうのだろうか。いつでもそうだ、私はただ戦う彼の姿を見ていただけ。傷つく彼を何一つ助けられていない。

 責任の重圧の中、口にしてはいけない言葉を発する。


 「私は、役立たずでしょうか」


 気が付けばヒヨカは弱音を漏らしていた。

 空音はヒヨカの言葉に気づき、慌てて返事をしようとする。しかし、喋りかけていた空音の前にバイルが立つ。


 「ええ、今の貴女では役立たずでしょう」


 上から目線で話をしようとするバイルを止めようとしたが、空音は開きかけた口を閉じる。バイルの雰囲気からは、単純にヒヨカを貶そうという気持ちが感じられなかった。何か言いたそうに口を開こうとするが、グッとその気持ちを堪えて空音は視線を逸らす。


 「バイルさん……」


 悲しげに瞳が揺れる。

 バイルは揺れるヒヨカの瞳に冷めた視線を返す。


 「目を逸らすな、前を見ろ。君は、この世界の命運を握る巫女の一人だろう。君を守ろうと一人の男が戦っている。守るべき君という存在が、君を貶めてどうする。強くあれ、誇り高くあれ。雛型実王の戦いを、君の手で汚すな。……そうやって、巫女として気を強く持てば、必ず私達が必要になる瞬間が来るはずだ。信じろ、雛型実王を。自分を信じろ」


 そこまで言い、バイルは、慣れないことをした。と口にすれば、青臭いことを言ってしまった気恥ずかしさから目を逸らした。

 ヒヨカは大きな目を、さらに大きく見開き、言葉を飲み込むように深く頷いた。


 「はい……はい! ありがとうございます! ……すいません、弱気になっていました! 私、自分を信じて実王さんを信じます。巫女として、みんなの信じてくれるイナンナの巫女として!」


 はっきりとした声で告げるヒヨカを横目で見たバイルは、ふん、とふてくされたように鼻を鳴らした。


 『みなさん!』


 その場の全員の視線が、小刻みに揺れるカプセルへと集中する。慌てたクリスカの声だ。


 『ヒヨカ様の想いが希望を繋いだかもしれません。その瞬間、というものがやってきたようですよ』


 クリスカへ視線を向けた次は、外へと目を向けた。エヌルタの飛行船がこちらへ向かい、飛んでくるのが見えた。

 飛行船といっても、飛行船と飛行船の間の貨物に使うような戦闘能力を持たない小さな飛行船。だから、ここまで攻撃も受けずに無事に飛んでこれたのだろう。

 小さな飛行船は、強風の中でよろよろと墜落しそうになりながらも、真っ直ぐにこちらへ向けて飛んでくる。


 「あの飛行船の受け入れ準備をお願いします!」

 

 大きな声を出して指示を与えれば、ヒヨカは不安と期待の入り混じる表情で、近づいてくる飛行船を見つめた。


 「実王さん、私もやりますよ。もう一人では戦わせません」


 自分に言い聞かせるように言うヒヨカの目は、遠方で行われる戦いを挑むように見ていた。

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