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第二十七章 第三話 ディストピア

 拳がハジマリの顔面を揺らす同時に、ハジマリの体から無数の光の粒子が溢れる。それは、この世界の欠片達。色のなかった空間は、再び色彩に溢れ、輝きと本来の姿を取り戻した世界は呼吸をするように音を風を取り戻す。

 ――そして、俺の目の前には力の抜けたように両手を広げて倒れるハジマリの姿。


 「――……なぜ、お前は消えない……」


 「偉そうなことを言っていた割には、何も知らないんだな」


 上から目線の言葉に対して、ハジマリの目がぎょろりと動けば俺を見つめる。

 先程までなら、この言いようのない恐怖感に腰が引けていたかもしれない。しかし、今の俺の目の前にいる男はただの人だ。


 「俺は今、魔法の力を持っている。巫女は巫女の力を吸収できる。考えてみたら、これは特別製のピースてことだろ? お前がピースで生きて、その力を利用して生きているなら、お前の力も同じように吸収できると思ったんだ。元は同じものだから、魔法ていう言い方をしているだけで原理は一緒のはずだろう。だから、俺はお前に触れることで、その力を奪ったんだ」


 虚ろな目でハジマリは口を開く。


 「だとしても……私の力はお前程度に吸収できるわけがない」


 「そうだな。だけど、俺の目的は果たしたさ」


 「ただ私とお前のピースを反応させただけだ。それだけだ」


 のそりと重たそうに体を起こすハジマリ。相変わらず、その目はどこを見ているか分からず、顔は伏せがちだ。


 「それだけでいいんだよ。てめえの腹から、俺の守りたいもの取り返せたんだ。お釣りがくるぜ」


 俺がやっとで立ったように、ハジマリはよろりと立ち上がる。


 「……消えないんだ。どうして、消えない」


 「どうやら、気づいてなかったみたいだな。俺は、この世界の人間じゃないから消されない。賭けだったけど、世界が消える前にお前に触れて正解だったみたいだな」


 ハジマリは言い放つ俺の言葉を鼻で笑う。


 「何を言っている。何度、私の体から世界を取り返そうとしても、何度も消す。――ただそれだけの話だ」


 ハジマリは再び世界を闇に返そうと、その手を上げて振り下ろした。直後、ハジマリは困惑した表情を浮かべた。

 ハジマリに返すように、鼻で笑う。


 「ハジマリ、お前の思っていることを当ててやろうか? どうして、消せない。そう疑問に思っているよな。……お前の中から、このシクスピースを取り返したんだ。俺の拳で、お前の腹にぶら下がっていたこの世界を叩き落させてもらった。――もうこの世界は、俺の物でもお前のものでもない。ただのシクスピースだ」

 

 ピースを使い、ハジマリが世界を生み出しているのなら、同じ能力を持ち、なおかつハジマリから消されることのない俺には、そのチャンスがあると考えた。

 一か八か、覚えたての魔法で強引に奴からシクスピースの権限を奪い取った。しかし、これも今の急ごしらえな状態では一時しのぎに過ぎない。それでも、今のシクスピースはハジマリの手から離れることができた。紛れもなく、ただ一つの世界になったのだ。

 ハジマリは信じられないものを見るような顔で俺を見ると、次に周囲を、そして俺の背後に立つカイムを。空を地面を太陽を、全てをせわしなくその目で見る。

 明らかに、今のハジマリは怯えていた。俺という存在にではない、この自立し始めた世界にだ。


 「そ……んな……。馬鹿な……」


 「俺をこの世界に入れたことは、お前の大きな失敗だったようだな。お前はお前の創った世界に裏切られたんだ。そして、ここはお前の世界じゃない。お前はもう、ただの人間と変わらないんだよ」


 ハジマリは頭を抱える。それから、十数秒。身動き一つしないまま時間が流れていく。ハジマリは濁った目を静かに向けた。


 「雛型実王……。お前、よくも……。この私の障害になるつもりか」


 ハジマリの周囲の風景が揺らぐ。見ている風景が歪み、墨を乱暴に塗ったような黒い霧が出現すると濃度を増していく。


 「障害にも壁にも、敵にもなってやる。――俺は、バルムンクの乗り手だからな」


 後悔するな、低い声でハジマリが言う。

 黒い霧だったものは、いくつもいくつも出現していく。ハジマリの頭の上に二つ、右に二つ、左に一つ。そして、真後ろに一つ。

 漠然としていたためか霧と呼んでいたそれは、今見てみれば曇天の空の雲のようだった。


 「私はお前を消すことができない。それならば、お前と同じ立場でお前を消す。この私が直接手を下す。人をも超越した存在が、お前の命を奪うのだ。光栄に思え。――出でよ、我が想像した竜機神達よ」


 召還の言葉を発するハジマリ。

 個別に浮かんでいたそれらは、次第に小さくなり、雲のようだった姿は丸みを帯び、角を作り、一部は小さく、一部分は太く長く。彼らは形を手に入れていった。大きく姿を変化させていく、それぞれの黒い雲を見ながら、俺は自嘲気味な笑みを浮かべた。


 「……やるしかねえよな」


 霧は消え、雲が姿を手に入れ、彼らの姿をそこに具現化するために天井は崩れ、瓦礫が降り注ぐ、淡い存在だったものが別の物体となり出現する。

 俺は目の前の光景に眩暈を感じた。ハジマリの呼び出した最悪の存在――。

 ――黒い竜機神が六体。ブルドガング、ブリュンヒルダ、グングニル、ザイフリート、エツェル。……そして、ハジマリの前で片膝をつくバルムンク。

 色が黒いこと以外は、どれも竜機神の姿をしていた。

 頭のてっぺんから足の先まで黒色で埋め尽くされた六体の竜機神達からは、魔法の力を感じさせた。魔法の力を使えばバルムンクの色が白に変わる。しかし、目の前の竜機神達からは同じ魔法を付加しながらも、酷い憎しみと敵意を感じさせた。

 俺が空音から受け取った希望の魔法。ハジマリが与えた絶望を与える魔法。白と黒の正反対の二色は、決して相容れることがないことを語っているようだった。

 

 「私はこれから、異世界の穴を空けて、お前の世界へと侵攻を行う。この六体の竜機神でどこまでやれるかは分からないが、これ以上待ってなどいられるか」


 ハジマリの体がふわりと宙に浮き上がる。見えない糸に引っ張れたように動けば、黒いバルムンクの肩に降り立つ。


 「ハジマリ……」


 呟きに反応し、ハジマリは眼下の俺を見る。


 「お前の世界への侵攻を防ぎたいなら、全身全霊全てをなげうってでも、この私を止めろ。倒すことができなれば、お前の世界は終わりを向かえ、新たな私の世界が生まれる。――世界を始めるぞ、ニーベルハイム」


 ニーベルハイムと呼んだ黒いバルムンクの操縦席にハジマリが飛び込めば、二つ目だった顔は変形し、一つ目の二本角の顔へと変化させる。一緒だった竜機神の顔は変わり、名前も別のものになった。生まれた時は一緒だったかもしれないが、ニーベルハイムはバルムンクであってバルムンクではないものだと宣言しているようだった。

 どちかといえば、鬼でありながら歴戦の戦士を感じさせた顔のバルムンク・リヒトとは違い、ハジマリを搭乗させることで奇形した顔のニーベルハイムが持つギラギラと輝かせる赤い目は、酷く醜悪でグロテスクな昆虫を思わせた。

 黒いエツェルが、弓矢を構えると淀んだ黒い矢を上部に放つ。屋根を真っ直ぐに貫通し、六体の竜機神がゆっくりと空へと昇って行く。


 『絶対的な私というものを揺るがすのは、君が最初で最後になるだろう。私は全ての原初だったためハジマリと名乗った。雛型実王、お前は何だ? 終わりか、創造か、変革か。……お前が何だろうと、世界は時間は運命はハジマリに帰るのだ。――さあ、はじまり、だ』


 首を僅かに傾けたニーベルハイムは、俺を見下ろしてそう告げた。そして、すぐさま残りの五体の竜機神を引き連れ、速度を上げて空へと翔けて行った。

 瞬く間にハジマリが姿を消し、その場を静寂が支配した。


 ――実王さん。


 ウルドの声に反応し、強引に作られた空への通路を見上げた。空はどこまで青く、ただ広く、シクスピースと自分の世界の命運が自分の肩にのしかかっているなんて夢のようにも思えた。


 「ウルド、空は綺麗だよな」


 ――……え。


 困惑した声を上げるウルド。


 「空て、俺の世界にもあって、この世界にもある。シクスピースの空がアイツの手によって作られた嘘っぱちだとしても、凄く綺麗で、ここがシクスピースだということも忘れてしまいそうだ」


 白い大きな雲が流れ、穏やかな陽の光が顔を照らし、頬を熱くさせた。


 「忘れてしまいそうなぐらい、このシクスピースていう世界が俺の中で生きているんだ。関係ねえよな、シクスピースも元いた世界も。この空が続いていく限り、俺はずっと目の前の守りたいものがある限り戦い続けるんだ。……なあ、ウルド」


 ――はい、なんでしょう。実王さん。


 穏やかな気持ちになる。それこそ今戦おうとしている存在なんて、どこにもいないような落ち着いた声。全てを受け入れてあげます。そう言ってくれているようだった。

 自然と照れ笑いが出てくる。


 「いろいろ、ありがとうな。……いろんな奴と戦ってきたけど、今度の敵は今まででも最強最悪だ。そんな敵が相手だとしても、俺のチカラになってくれるか。……一緒に、この世界と戦ってくれるか」


 ウルドはクスリと笑う。心の中をくすぐられるような、笑い声。


 ――はい、神だろうが、創造主だろうが、六体の竜機神が相手だとしても、私は貴方の剣となり魔法となります。――クソッタレな神様をぶっ飛ばしに行きましょう。


 ウルドの言葉に吹き出し、次に大きく笑うのは俺の番だった。


 「はははっ、なんだよそれ。ひでぇ言葉遣いだな!」


 少しふくれたようにウルドは答えた。


 ――もう! 実王さんの言葉遣いが私にも移っちゃったじゃないですか!


 「俺のせいかよ!?」


 ウルドと俺は互いに笑い合う。もっと、昔から、こういう風に笑え合えていた良かったのにな。

 ありもしない幻想を考えることをやめて、少しずつ現実へと頭の中を切り替えていく。


 「……行こう。ウルド」


 ――はい! 行きましょう!


 最後の戦い。右手を空へ向けて掲げる。

 カイムから受けた攻撃で体は痛い。

 こんな痛み、それがどうした。血まみれの腕を空へ向ける。

 熱い血が流れ、首筋まで流れてくる。流れ続ける血液は、この戦争で流した多くの人の涙のように感じられた。

 この涙は、絶対に止めてくるよ。

 心の中、誰に伝えるでもなく、強く思う。


 「――出て来い、バルムンク・リヒト!」


 中指の指輪が大きく輝き、神話に出てくる竜が舞い上がるように光の粒子が弾けた。

 

 

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