第二十六章 第三話 救世主
カイムの待つ城の中に飛び込む。竜機神が通ることができることを想定されたであろう大きな通路に出る。通路の在り方を無視して、カイムの気配を感じるままに通路を突き破り頭の上にいるカイムの元へと急ぐ。
刀で抉り、瓦礫を手で除けて上を目指す。ただそこで気になったことがあった。
人がいない。何重ものの部屋を下の階から穴を空けながら進むが、一切の人が見当たらないのだ。
疑問はあるものの、その不思議を答えられるものなどいない。たくさんの疑問を解決するためにも、すぐそこまで近づくカイムへと意識を向けた。――そうして、奴の待つ空間へ辿りついた。
いくつかの頭の上に出現する壁を壊した先、広い部屋へ躍り出る。
「ここは……」
まるで玉座の間。足元には赤いカーペットが真っ直ぐと道を作り、淡い茶色の壁が周囲を囲み、その壁を支えるためにいくつもの太い柱が一定間隔で並ぶ。そして、目立つ赤いカーペットの先にあるのは豪華な椅子。金の肘掛と脚部に、真紅の背もたれ。
そう遠くない距離にある玉座に近づく。部屋にバルムンクの足音のみが響き渡る。
玉座に誰かが座っていることは分かっていた。そこに誰が座っているのかも、近づかなくても分かっている。
「久しぶり、雛型実王。……そして、ウルドも」
上質な椅子の上、組んだ足を組み替え、肘掛にもたれたままで顔を傾けた。――見間違えるはずはない、カイムだ。
接近し、刀を振れば、一秒以内には体を粉々にすることができる位置まで近づく。逃げることもなく、カイムは微笑を浮かべてバルムンクの姿を見ていた。
――ウルド、どうする?
しばらくの間をおき、ウルドは慎重に言葉を返す。
――……どちらにしても、今の私ではカイムと話をすることができません。……実王さん、お任せしてもよろしいですか。
――ああ、構わない。竜機神の姿を解くぞ。
はい、と短く返事が聞こえ、バルムンクは光の粒子に変わり、その姿を崩していく。
粒子が消えた。俺は自分の足でカーペットの上を歩き出す。
「カイム、俺はお前を止めるために来た」
「止める? 笑ってしまうな、本気で私を止める気でいるのか」
「……ああ」
視線が交錯する。その時、カイムの表情が何かに気づいたように目を細めた。
「その顔……。雛型実王、お前は私のことをどこまで知っている」
「ウルドと戦ったことを知っている」
カイムはふんと鼻を鳴らせば、組んだ足を組みなおした。
「……そうか。そこまで、知っているのか。君はウルドと話ができるのか?」
「できるよ、俺は乗り手だからな。……ウルドと話をしたいのか」
カイムの中の善意に期待して、僅かばかりの可能性に声をかける。
「……いいや。この世界での彼女の存在が、どんなものか気になっただけだ。私も初めて見る事例なんでな」
目の前のカイムの素っ気のない反応に言葉を返す前に、カイムの口にした言葉の中の違和感に気づく。
「事例……?」
「やはり、聞き逃すことはないか。そう、事例だ。なんせ、私にとっては――これが五度目の大陸間戦争なんだ」
「五度目の……五戦目て意味か」
「違うよ、さすがにそこまは知らないか。ここまできたなら、教えてあげるよ。ウルドも君も知らない、この私のみが知っている世界の真理」
俺は自分の口で追及することをやめて、カイムの言葉が続くのを待つ。カイムは俺の反応が喋りをうながしていることを察すれば、再び口を開いた。
「素直に聞いてくれるか、よろしい。さてどこから話をしようか……まず最初に私の戦いの始まりを語ろう。私はある辺境の村で生まれ、六歳になった頃に巫女として覚醒をした。巫女となった私は、学園長の座についた。あの頃の私は、人と人が手を取り合えば、どんな問題も溝の深い争いも解決するのではないか、そう信じて行動をしていた」
カイムの目は遠くを見ていた。そして、小さく息を吐いた。
「あの頃は努力もしたさ、どれだけ言葉で相手と説得を試みても、私の言葉は届かずに嫌でも戦争に巻き込まれていく。私にも守りたい家族があった、必死に策を考えて必死に罪の重さに耐えながら勝利を目指した。そうして、私は全ての大陸の巫女を吸収することに成功した。……しかし、それで終わることはなかった。いや、終わりはないのかもしれない」
「終わりが、ない……?」
「……最後の巫女を吸収した直後、目が覚めた。私は三歳の子供に生まれ変わっていた。困惑した私をよそに、その数分後には巫女となった私を迎えに学園都市の使いがやってきた。おかしい、何が起きた、これはどういうことなのだ。どれだけ人に話をしても、幼い子供が突然に巫女になったことに混乱しているだけだと、話を聞いてもらえなかった。……それからしばらくして落ち着いた私は、ある実験を試してみることにした。……もう一度、戦争で勝ち抜いたら、どうなるだろうか。今度こそ完璧に勝利すれば、私の戦争は終わるはずだ。神は完璧な勝利を望んでいるのだ、そう考えた」
カイムの瞳は虚ろに、会話をしているのは俺のはずなのに、その目は彼女にしか見えない何かを見ていることは明白だった。
「生まれ変わった私は幼い子供だったが、迅速に他の大陸の巫女を吸収した。犠牲者を最小に、戦闘をせずに終わらせることもあった。二度の大陸制覇、そして完璧な勝利。私は満足しながら終わりを迎えた。……それでも、終わらず三度目。そこで、ウルドと出会う」
「カイム……アンタ……。この戦争を何度も繰り返しているのか」
「ああ、そうだよ。ウルドと相打ちになり、目が覚めれば四度目、私は疲れていた。……ありとあらゆる障害を滅ぼした。今回の比じゃないさ、目の前に壁となるものが出現すれば、敵だろうが味方だったものだろうが、粉砕し蹂躙をした。三回も戦っていれば敵がどんな動きをするか、どうすればうまく勝利を得ることができるのかが手に取るように分かった。私からしてみれば一瞬の出来事だったよ、最後に自分の大陸の住民を滅ぼした後に四度目の戦争が終わった。――目を開けば、五度目が始まる」
遠くを彷徨う視線は、俺をしっかりと捉えた。
「今が、その五度目か」
目と目が交錯する。彼女にとって、俺がどんな目をしていたのかは分からないが、不満そうに顎をしゃくる。
「ええ、五度目。貴方と戦うことになり、ウルドと再会した。そして、この世界でウルドを感じ、世界の穴を通り召還された雛型実王。君達二人の存在が、この世界の迷路を抜け出せるかもしれないと思ったんだよ。最後に残った巫女二人が殺しあったという異常事態に、この世界が異変を起こしたんだ。この世界には確実に穴があり、私はこの世界を脱出できると考えた」
カイムはこのシクスピースの戦争を何度も何度も繰り返しているのだ。どれだけ勝利しても終わらないループの中で抗い続けている。そして、カイムは俺の考えている以上に、多くの罪を抱えている。
どうして、この世界がそんなのものなのか。どうして、ループする世界なのか。そもそも、俺達はどうして戦うことになってしまったのか。たくさんの疑問がありながらも、カイムは全てを答えることができず、同時に俺もカイムへの回答を告げることができないでいた。
その罪が、カイムをこんな存在にさせた。抗おうするばかりに背負い続けた業が、今の彼女を生んだんだ。
「カイム……。俺が他の世界から来たことを知っていたのか。だが、ここで俺達が勝っても、お前が買っても結果は変わらないかもしれない。……お前は、どうするつもりだ」
カイムは椅子から立ち上がると、静かな空間で足音を立てる。その足の向かう先は、俺の前。二段の小さな段差を降りてたカイムは、探るような目で俺を見る。
「こう見えても、四度も大陸を制覇した巫女だからね、この世界の異常には敏感だよ。……さて、君の質問だが、私は異常事態に可能性を感じている。ただ、世界を制覇するだけでは、また同じことの繰り返しだ。それならば、私とウルドのような異常を作り出そうと考えたのさ。この最低な世界に風穴を空けるための異常をね。……それとも、私が異常者に見えるかい」
小さく自嘲気味に笑うカイム。
俺は、いいや、と首を横に振る。
「少なくとも、ここでこんな冗談は言わないだろう。それに、俺は……ウルドの過去の記憶も見ている」
「その反応、驚きが少ないことも納得だ。説明の手間を短縮できて良かったよ。……二人の巫女が殺し合いをして生まれた異常だ。異常が起きるということは、それを正常に戻そうとする動きも起こるはずだ。同時に、世界に異常が起きるということは、正常を続けるために仕組まれていたことになる。どういうことか、分かるか雛型実王」
仕組まれた世界。
確かにこのシクスピースには違和感があった。何もかも揃い過ぎている気がしている。だからといって、世界の在り方を決める存在なんて。……一つしか考えられない。
「つまり、お前は……この世界は神様が操っていると言うつもりか」
「はっきりとはしていないが、そういう存在がいると私は考えている。抽象的なものではなく、確固としたものとしてだ」
「……そのいるかどうかも分からない神様のために、お前はたくさんの人を傷つけたっ」
自身の感情の中に、沸き立つものを感じる。
今、手の平をカイムに向けるなら、殺意のままに魔法の光を放つことができるはずだ。右手は拳を作り、その内なる殺意を魔法ごと封じ込める。
カイムにとっては、今度の世界は大きなチャンスに感じたのだろう。
異世界への道を開いてしまうというイレギュラー、ウルドの竜機神化というイレギュラー、そして雛型実王というイレギュラー。世界の異変を望む彼女にとっては、これ以上に好都合なことなどないのだ。
俺の殺意に気づいているはずのカイムは、涼しい表情で言葉を続けた。
「私が行おうとしているのは救済だ。この世界へ異常を起こさせるために、私は君の手からウルドを奪い、その力を解放し異世界への扉を開け、その上でヒヨカと私は共に死を迎える」
自分が死ぬという言葉にも動揺をしたが、ヒヨカの命を奪うという一言に、それ以上に反応をする。
「なっ……!? なんで、ヒヨカも死なないといけないんだよ!?」
「この世界への反逆に必要なのだ。この世界は、戦争に勝ち抜いた勝利者を出すことを目的にしているように思える。……そのような神の思惑を止めるために、誰も勝利者などいない状況を作り出すのさ。ウルドを操縦し、そのチカラで全てを焼き尽くし、この世界に大きな穴を空けた上で、共に残りの巫女ヒヨカと共に滅びを迎える。異常に続く異常さ、きっと次は変わる。私達の生存を望むこの世界にとって、これ以上の反逆があると思うか! 誰も勝利者などいない、この世界で生き残ることなどなく、全てが破滅へと向かうのだ!」
途中から声に熱が入り、カイムは胸の前で拳を作り、僅かに手を震わせている。
最後までカイムの言葉を黙って聞き、俺はカイムをしっかりと見据えた。
「……俺はお前が憎い。憎くて憎くて堪らないよ」
カイムは一歩大きく足を踏み込んだ。
「それならば、戦え! 戦って、破滅から救ってみせろ!」
俺は大きく首を横に振る。
「お前の言う通りにするのも嫌なんだ! 結局、どれだけ戦って、どれだけ傷つけても、きっと同じだ。今のままじゃ、同じことを繰り返すだけだ。お前の選択は絶対に間違っているんだよ! どれだけ戦っても、誰も救われない! 死ぬことが、救いにつながるわけないだろ!?」
カイムは顔つきに苛立ちを見せて、俺の視線を睨みで返す。
「じゃあ、どうするというのだ。甘い言葉ばかり並べても、何も変わらないだろう!? 甘さじゃ誰も救えないて気づいたからこそ、私達はこれまで戦ってきたんだ。それを、今さら……!」
カイムは俺に右の手の平を見せた。その手の中に、魔法の光が宿る。その光が俺を傷つけるためのものだと、すぐに気づく。
酷く冷たいカイムの視線を受けながらも俺は、いいや、とさらに大きく首を振る。
確かに、俺達は優しい言葉だけでは救えないことを知り、争い憎み傷つけあってきた。ウルドを見て、カイムを知り、たくさんの人と関わってきた。それでも、一度争いを始めたら結果は同じに見えた。
「まだ気づかねえのかよ! 戦いは憎しみしか生まないだろ!? 辛くても、苦しくても、甘い言葉を吐き続けないとダメだ。……カイム、もう憎しみだけを追いかける戦いは終わったんだ。本当に、この世界に反逆したいのなら、戦いなんてやめることが一番だろ!?」
頬を魔法でできた光の玉が通り過ぎた。
肩と首の辺りに、じんわりと焼けるような痛み。それでも、俺は大きく足を広げてカイムの威圧的な目を受ける。
言葉を真っ向から受ける。そんな心構えでカイムを見た。
「――うるさい口だ。当たり前のように、甘く温く綺麗なだけの言葉を並べるな。それでは、終わらない。人は誰かの意思など関係なく、身勝手に争いを続ける愚か者だ。お前にはその力があるのか、ないだろ!? 甘さを口にし続ける力もないものが、易々と綺麗ごとを並べるな!」
カイムは再び手の平から魔法の光を放つ。
次はわき腹を掠めた。硬球ボールでも腹に当てられた鈍い痛み。まともに直撃していたらと考えると冷たい汗が出てくる。
足を広げたままで、カイムを見つめ続ける。
「一人じゃ無理だ。きっと、抗おうとするあまりに、お前と同じ道を辿る。……だけど、お前やヒヨカや乗り手のみんなが協力してくれたら、きっとその甘い言葉も綺麗なだけの世界に近づけることができるさ」
カイムは俺の言葉を耳にして、顔を歪めた。
「何ぃ……。まさか、お前は私まで……」
そうだ。いつもこうやって、必死に手を伸ばして手を取り合ってきたんだ。
俺は一歩を踏み出し、慎重にカイムへと歩みを進めた。そして、ずっと迷い考えてきた、ある意味では最低な言葉を口にする。
「――救う。例え、お前でも救う。世界の真理なんてわかんねえけどよ、お前すらも救えないと、この世界なんて救えないんだよ!」
耳にしてから遅れて、嘲笑を浮かべるカイム。しかし、その額には汗が見えた。
「救世主にでもなるつもりか……。私はこの世界の人間からしてみれば、悪と呼べる存在だぞ」
「救世主なんて大げさなものに、なるつもりはねえよ。今はもう悪だろうが関係ねえ、この世界の思い通りになるのは嫌だ。――なあ、カイム。俺と賭けをしないか」
カイムの攻撃を放つために伸ばしていた手が揺れた。
「賭け……。命を奪い合った相手と賭け事なんて通用するものか」
「通用させてみせるさ。カイム、俺達と一緒にこの世界の崩壊を止める方法を探そう。もしも、どれだけ探しても方法が見つからず、崩壊が始まるようなら、ヒヨカを吸収しろ。その時は俺も協力する」
揺れていた手が止まり、魔法の光がカイムの手から放たれる。
「がはっ……!」
その一撃は、俺の胸に飛び込んでくると肺が潰れるような痛みに襲われる。
骨が折れたかもしれない、あまりの痛みにしばらく呼吸が止まる。やっと、再び呼吸ができることに感謝しながら、膝をついていた足に力を入れる。
「まだ立つか。次の攻撃は、お前を粉々に吹き飛ばすぞ。私にお前の言葉を信用しろというのか、それは難しい相談ではないか。お前達も私を受け入れることはできないし、私もお前達と共に歩む道など考えられない」
ふらつく足を手で叩き、精一杯の力で立ち上がる。
「それなら、俺を担保にしろ。俺の体に約束を破ったら、命を落とす魔法をかけてくれても構わない。あぁ……俺も今は魔法が使えるから、それだけでは心配だよな。……それなら、最初から俺の思考でも奪って、お前の操り人形にでも変えてくれ。それでもダメか、俺の命だけじゃ足りないのか!?」
その時、初めてカイムの顔に畏怖の表情が浮かぶ。
それは初めて見る恐れる対象、行動の予測できないものの出現によって、カイムの心は平静を保つことができずにいた。
「気でもおかしいのか。お前の口から出る嘘全てに反応して、頭が吹き飛ぶ魔法をかけると言ってもか!?」
「ああ! 約束する! 俺はお前の前で嘘はつかねえ! 本気で俺は、この世界の真理と抗うつもりだ! ……諦めるなよ、諦めないで、もっと苦しくて辛くても、ちゃんとした道を歩けよ!」
声を出せば出すほど、痛みが体に響く。
「――喋るな!」
カイムは俺の言葉なんて聞きたくないとばかりに、大きく首を振れば、魔法を放つ。
光の玉は俺の左足を掠めると、地面にボーリング玉程度の穴を空けた。
足までか……。足を引きずり、前に進む。
「カイ……ム……。探すんだよ、手を汚さなくても一緒に歩める道を。……お前の罪は消えない……だけど……償うことができる。他の世界でなんて償うな! 一緒に、この世界で罪を償え!」
カイムが目前まで近づいていた。
手は前に向けたままだが、顔は俯いたままだった。
俺はカイムに手を差し出そうと、痛む右手に力を入れて手を伸ばそうとする。
「近づくなっ」
一瞬、カイムの目が俺を見た。その目は酷く悲しそうだった。
そう思った瞬間、俺の右腕から血を噴出し、赤く黒ずんだ血液を指先から流していた。再び、魔法の光によって、攻撃された。
血まみれの手に力を入れ、再び安定しない腕がカイムへと伸ばされる。
「どうして、そこまでしようとする……。お前のしていることは、私への罰ではない……お前のしていることは……」
カイムの攻撃するために伸びていた手が、だらりと力なく垂れた。
カイムの目は俺の血まみれの手を見つめていた。
「一人だから、こうなっちまったんだよな。……今度は、みんなで道を探そう」
カイムの歯がカチカチと鳴る。目の前の状況に頭が追いつかないあまり、顎の力が弱くなっているのだ。
もう少し、もう少し。カイムの目は揺れる手から離れず、ゆっくりとカイムの手に力が入る。
「私は……」
差し出された手を初めて見るかのように、凝視すると、おそるおそる自分の手を重ねようと腰の位置まで持ち上げた。
「私は――」
カイムは厳しくも正しい道を選ぼうとしていた。
「――それは困るよ」
余裕を感じさせる男の声。
今からやっと、新しい生き方を見つけることができた。そんなカイムの歩みを止める言葉が響き渡った。
「誰だ……」
声のした方向を見れば、そこには人とは思えないほど冷ややかな笑みを浮かべたセトの姿があった。