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第四章 第二話 生かす王と殺す王

 周りの男に押さえつけられた俺は、ただただレオンの顔を見上げることしかできない。悔しさが込み上げる。このイナンナを背負うと決めたばかりなのに、早速つまづいている。目の前の男一人を殴り飛ばすことすらできない。ただの一発でさえも拳が届かない。吐き気にも似た気持ちが溢れる。

 レオンは冷たい言葉を発する。しかし、その言葉は予想外の方向へ向かう。


 「イナンナの乗り手を離せ」


 一瞬、訳が分からないという顔を浮かべる俺の体を押さえる男二人。一人の男がレオンへ言葉をかける。


 「レ、レオン様。お言葉ですが、このまま乗り手を封じてしまえば、私達の勝利は確実です。このまま、この男をメルガルへ」


 しかし、レオンの言葉に遮られる。


 「――ゴチャゴチャとうるさい。そもそも、誰が人質を使えと頼んだのだ。俺はただこの男の顔を見に来ただけだ。さっさと、無粋なその手をどけろ。そして、雑魚は雑魚らしく振舞え。……でないと、次に地面に口付けするのはお前らだ」


 ゾッとする。背中を冷たいものが流れていくような低い声。その声は、人間に話しかけるというよりも、小汚いゴミに吐きかける唾。人を人だと見ていない、そんな氷よりも冷たい目が二人を射抜く。

 小さく悲鳴を上げる二人の男は。電気ショックでも受けたように体が飛び退く。

 自由に動けると分かった途端に、俺はゆっくりと腰を上げた。俺の中に先ほどの怒りはない。この様子を見れば、この男達の独断なのだろう。

 俺は服の埃を払い落とし、レオンを見据える。


 「礼は言わないぞ」


 レオンはくぐもった笑い声を上げる。


 「礼を言われたくてしたわけじゃない。俺もこういうやり方が気にくわないだけだ。コイツらは、メルガルでも過激派のグループに入ってたからな。俺と一緒にこのイナンナに潜入する時から怪しかったんだ。……逃げるなよ、お前ら」


 レオンは男三人に視線を飛ばす。背中を向けて立ち去ろうとしていた三人の動きがピタリと止まる。三人とも、そこで足を止めれば、泣き笑い顔で苦笑を浮かべた。額には汗の玉が大量に流れている。

 これだけでこのレオンという男の凄さが分かる。視線と言葉だけで男三人が静かになる。メルガルの竜機神の乗り手は伊達じゃないってことか……。

 背後から声が飛ぶ。


 「下がって、実王! コイツはここで仕留める!」 


 空音がそこでは手を掲げていた。手の伸ばした先には魔方陣が空中に浮かび、その形は完成しようとしていた。

 俺は空音の射線に立つようにレオンの前に立ちはだかる。


 「なにしてんのっ。例え魔法がバレても、ここでコイツを倒せばお釣りも来るの。だから、離れなさい。実王っ」


 必死な空音の声。俺はその声を受けながらも首を横に振る。もう一度、空音の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 「……できねえ。それはできない。コイツは俺をいつでも倒せる立場にいながら倒すようなマネはしなかった。それどころか、俺達を助けてくれたんだ。例え敵だとしても、俺はこの男……レオンには借りがある。そんな男を不意打ちで倒すようなことはしたくない」


 実王の真っ直ぐな視線を受けるレオン。レオンは満足そうに笑みを浮かべる。レオンはいつ魔法を放つか分からない状況でいながら、涼しい顔をしていた。


 「いいな、お前……実王か。お前みたいな真っ直ぐな奴は俺好みだよ」


 「お前好みって言われても、悪いがそんな趣味ないからな」


 俺の強い口調の言葉に、レオンは僅かな時間面食らったような顔をする。すると、次の瞬間には楽しそうに笑い声を上げた。


 「本当にいいな、お前! 俺へ向けて冗談を言った奴なんて久しぶりだよ! ……おい、俺の考えていること分かるか!」


 声を荒げ、俺に顔を近づけるレオン。ギラギラとしたその目は異常性を感じさせた。


 「知らないね。少なくとも、俺のケツを掘ることを考えてないなら助かるよ」


 再び大声で笑い声を上げ、体を仰け反らせるレオン。


 「ほんっと、愉快な奴だな! ……俺はなぁ、今お前のことを殺したいと思ってるんだよ!」


 大きなアクション。両手を広げたその姿で宣言するレオンは、嘘や冗談ではなく、本当にそうできるからこそ、ここまで自分を大きく見せることができるのだろう。

 俺は熱くなるレオンと正反対に気持ちが冷たくなっていくのを感じる。


 「異常者……!」


 空音の声。殺気を帯びた声を受けたレオンは楽しそうだ。そうした言葉に慣れている部分もあるかもしれないが、それ以上にそんな言葉すら褒め言葉に感じるているような狂った笑み。


 「俺はてっきり、もう少し話せる奴かと思ったよ」


 「おいおい、何冷静になってんだよ。俺は今楽しくなってるんだ。お前も俺を異常な奴だと思うか、なあ」


 俺に近づくレオン。俺の身長は百七十四前後。しかし、レオンの体は百八十……いや、百八十五ぐらいはあるだろうか。俺が少し首を上に向けないと顔を見えない。酷く、威圧感を感じるが、恐怖よりも胸の中の冷たい自分がそれを気にもしない。


 「いや、俺は異常とは思えないよ。レオン、アンタはむやみに人を傷つけたり殺したりするような奴じゃない。さっきの会話での怒り方は本物だ。それぐらい分かるさ」


 満足そうに大きく頷くレオン。その時の笑顔といえば、人が羨ましがるようなほとばしるような笑顔。豪快に大胆な笑い声。


 「……大正解だ、実王。俺はメルガルを愛している。あの大陸が好きだ。その為なら、俺はたくさん殺す。愛したものを守り続けるのは大変だ。俺はそんな器用な真似はできない。だから、殺す。完璧に完膚なきまでに殺せば仕返しをしようとも思えない考えられない。そこまでしての勝利だ」


 一通り笑うことに満足したのだろう。レオンはゆっくりと語りだす。


 「じゃあ、何でさっきは殺さなかった。お前の守りたいメルガルの敵は俺だ。殺すことが守るための近道だ。どれだけ手を汚しても構わないんだろ。それなら、なんで俺を完膚なきまでに痛みつけて殺すことをやめた?」


 相手の様子を窺うように話をする。それとは正反対に、レオンはすぐさま即答をする。


 「理由の一つはやり方が気にくわないってのがあるな。だが、それ以上に俺はメルガルを愛しているからこそ、竜機神の乗り手の気持ちが分かるんだ。乗り手になる奴はいずれも負けられない理由がある奴ばかりなんだよ。だから、俺は乗り手には精一杯の敬意を払いたい。払うからこそ、半端は嫌だ。中途半端な気持ちで戦うのは失礼だろ」


 レオンの目が怪しく光る。その目の輝きを受けた俺は、その時初めて口の中が乾くような緊張感が全身を這う。


 「相手の為に殺す、のか」


 「ああ、殺すね。この大陸を愛する人間を殺す。それが、俺の敬意」


 中途半端は嫌だ、そして大陸を愛する人間を殺す。それはつまり、竜機神など関係なく、このイナンナに住む全ての人間が対象ということなのか。


 「それは敬意じゃない、ただの虐殺だ」


 「虐殺かもしれないな。だが、争いの芽を摘むのは当たり前だろ」


 それがどうしたとばかりにレオンは言葉を返す。


 「レオン、お前は本当にそれを望むのか」


 「ああ、望むよ。それが俺なりのこの大陸の愛し方だ」


 「愛なものか……。お前の狂気に俺達を巻き込むな」


 レオンの楽しげな笑みを憎悪に視線で返す。

 この男はどうしたら止められる。このまま戦えば、きっとイナンナもメルガルも後戻りができなくなる。戦争になる以上は、もう後戻りはできないかもしれない。だけど、それでも俺は他に方法はないのかと探していた。どうすればいい、ここでコイツを倒すか。それはできない。これも俺の義理だ。義理を果たし、この大陸を最小限の戦禍に抑え、両大陸の遺恨も最小でレオンを満足させる。そんな方法なんて……。


 「だが、それは竜機神の乗り手の役目だ。大陸を愛し大陸を殺す。違うか」


 それが俺達の役目なんかじゃない。少なくとも、ヒヨカや空音はそんなことは望んでいない。ただ平和を望んだからこそ剣を取ったに過ぎない。ただの殺しが俺達の役目なわけがない。

 レオンの襟を掴んで自分に引き寄せる。怒りのままに。


 「違う。確かに竜機神は破壊を行うかもしれない。だけど、俺はその力は守るために使う。お前とは違う」


 ……いや、方法がある。俺達の役目、俺達にしかできない戦争がある。


 「違わないさ、それもいつかは破壊になる」


 レオンも俺の襟を掴めばグッと引き寄せる。レオンの力は俺よりも強い。そして、俺と違い、レオンは加減をしてまるでこの会話を楽しんでいるようだ。まるでピエロを見るサーカスの客のように。

 それでもいい。ピエロならピエロなりに芸を見せてやる。俺というピエロにしかできないもの。ライオンの代わりに火の輪だってくぐってやる。

 俺は口元に笑みを浮かべ、新たに問答を返すレオンへ向けて頭突きをする。しかし、体を反らすどころかピクリとも動かないレオン。それでもいい、奴の口と俺の気持ちをぶつけられるなら問題なんてあるものか。


 「おい、レオン。俺からの提案を聞いてくれるか」


 「……いいぜ。好きに話せよ」


 俺の頭突きを受けたままのレオンを笑みを浮かべた。


 「ちまちま戦争してたら、俺達はいつ戦うか分からないよな。……だったら、手っ取り早く戦って、決着をつけないか」


 レオンは俺の言葉に不思議そう眉を顰める。その表情を見れば、俺はすぐに体を離した。視界が大きく揺れる。先ほどの頭突きで、思った以上に強くぶつかりあったようだ。俺は頭を振れば、微動だにせずに俺の言葉を待つレオンを見る。


 「――タイマンだ。俺とお前の一対一で決着をつける。今すぐじゃないが、日付を改めて、しかるべき時に戦おう。お互いの守りたい大陸の為に全て背負って戦うぞ」


 その言葉に初めてレオンは驚いたように目を大きく開く。ほんの数秒だけ、なにか考えるように俺の顔をジッと見る。俺の本気を見ているのだろうか。

 レオンはそして大きく頷いた。


 「ああ、いいぜ。お前の提案を受ける。巫女様の許可もいるかもしれねえが、少なくとも俺は構わない。……待ち遠しいな、なあおい! 雛型実王!」


 人一倍大きな声。俺はレオンへ向けて吐き捨てる。


 「さっきの言葉は訂正するよ。……レオン、お前は十分に異常だ」


 レオンは口を歪ませた。


 「……それも正解だ」

 

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