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第一章  第一話  変わる世界がノックをする

 その日、星が流れた。無数に流れる星達の中に一番明るく大きな光が混ざっていた。大きな光は流れ去っていく星から逸れ、とある町の山の中に消えていく。

 大きさ自体は大したものではなかったが、周囲一帯を揺るがすほどの大きな揺れになった。幸いにもその周辺に住むのは、一組の老夫婦だけだった。

 夫は妻に止められはしたものの若い時から変わらずに持つ好奇心のままに家を飛び出した。宇宙人か、それとも某国の秘密兵器か。恐怖に足がすくむというよりも興奮が圧倒的に夫を支配していた。そして、彼は見つけるのだ。機械仕掛けの巨人を。

 いくつもの木々を薙ぎ倒して横たわるのは二十メートルほどの巨人。顔は繊細そうな小顔であったが鬼のような二本の角と鋭い目、右腕には胴体ほどの長さの日本刀。さらに、足の膝の部分は鋭利な形で空中を自在に飛ぶような光景を自然と連想させた。赤と白の顔に青と白の胴体。

 ――これはロボットなのか。年寄りは独り言を呟いた。

 確かにロボットと言えるかもしれないが、現代の技術でこれをロボットと言うならば世界は宇宙人に侵略された後かもしれないな、と今日の夜にテレビで見たSF映画を思い出していた。

 老人はふとロボットの一部分に穴が空いていることに気づく。普通ならここで逃げ出すものだろうが、再びその覗けといわんばかりの穴が老人の好奇心を熱くさせた。それはロボットの胸の位置、慎重に慎重に近づき、穴の中を覗き込む。

 ……そこには傷だらけの少年と少女が横たわっていた。





                 ※ 


 昔、竜の声を聞いた。

 友達はそんなわけないと笑い飛ばし、家族は人前でそういう話はしていけないと怒られた。でも、俺は確かに聞いた。竜の咆哮でありはっきりと意思のある言葉を感じたのだ。


                 ※



 真っ赤な夕日が教室を照らしていた。その強烈な赤に目を細めた。

 「眩しいな」

 十一月の冷めた空気を身で感じ呟いた言葉は教室の虚空へ。

 雛型実王、十六歳の放課後がゆっくりと始まる。

 ――パコン。視界を振動が襲う。

 

「……痛いっすよ」

 

「何をたそがれてるんだよ。ヒナガタミオ!」

 

俺の名前を呼ぶのは今年よりクラスの担任となった川上先生殿だ。年齢は三十三、今年になってはめるようになった薬指の指輪が幸せを感じさせる細身の男性教諭だ。ちなみに、衝撃の原因は手に丸めた教科書が原因だろう。

 握り締めた丸めた教科書を自分の肩に乗せながら川上先生はため息をついた。

 

「雛型、今この状況をお前は説明できるか。できるならすぐに答えてくれ」

 

川上先生の呆れた視線を真っ向から受け止めて返事をする。

 

「はい、答えてやりますよ。今人生という名の迷路に迷子になっている俺に子供の頃に見た熱血スポ魂ドラマの影響で教師を目指したにも関わらずスポーツのセンスがダメでどういうわけか科学部の顧問をやっている先生が俺の人生相談を」

 言葉を言い終わる前に川上先生は口を開いた。

 

「もう、帰れ!」

 

「先生の頼みなら仕方ない!」

 

しまった、と口を開ける川上先生が次の言葉を言う前に、学生カバンを既に握っていた俺は走り出していた。




                 ※



 教室からあっという間に走り去った雛型の背中を見ながらため息をつく。

 

「まったく、勉強もできないわけじゃないし運動もできる方なのにな。……しかし、これはどうなんだ」

 

 再びまったくと言えば。雛型の机の上に放置されたままのプリントを手に取る。

 それは進路相談の用紙。就職か進学の二つを丸で囲む場所が欄外に、そして第一希望から第三希望まで記入される項目があるのだが、雛型はその枠を無視して縦一文字で――。

 ――自分探し。それだけ書かれていた。


 「お前は一体どうしたいんだよ……」

 

 しゅん、と背中を丸めることしかできなかった。



                 ※



 夕暮れを眺めながらまっすぐに家路を目指す。夕飯の買出しで品物を吟味する主婦、呼び込むをする店先の店員。活気のある様子は何故だか自分の気持ちに安心感を与えた。やはり、自分はどこか寂しいのだ。

 俺は昔からこの世界に対して何か居心地の悪さを感じることがあった。自分がここにいるはずの人間ではない。本当は別の場所から来たのではないか。中学のときはよくある流行病みたいに思ったけど、その不安は年を重ねるごとに大きくなっていっているように感じる。

 俺は誰なんだ。人が常に持ち続けている疑問なのだろうか。いや、違う。俺は何か違うんだ。

 

「やめて……やめてください……」

 

ふと足を止める。最初は気のせいかと思った。か細くこのまま通り過ぎてしまえば気づかないような少女の声。

 「嫌……やめてよ……」

 気のせいなんかじゃない。誰かの悲しみがすぐに連想できた。

 今自分のいる場所は住宅街の坂を登ったところにある公園の前。園内に目を向ければ、自分の知らない制服を着た女子生徒と男子生徒が三人。たぶん、年齢は自分と同じぐらいなのだろう。男子生徒のほうは見覚えがあった何かと悪い噂の多いグループに属している奴等だ。スキンヘッドの長身が一人に肩まである茶髪のロン毛が一人に小太りの眉無しが一人。

 こんな状況を見れば誰が悪いかなんて一目瞭然だ。俺は気づけば四人へ向けて駆け出していた。

 俺はこの世界に居心地の悪さを感じる。だが、この世界が嫌いなわけじゃない。たくさん好きなものもある。けど、それと同時に嫌いなものもたくさんある。

 少なくとも今一番嫌いなのは泣きそうな女の子をヘラヘラ笑いながら囲む男、だな。

 



                 ※



 「……やめて」


 「やめて? やめてください、の間違いじゃないのか! ねえ、カガリビソラネちゃんよぉ!」

 

神経を逆撫でする声で名前を呼ばれて苛立つ。

 ロン毛の男子生徒の声が飛ぶ。その声は怒っているようにも思えるが相手を見下すようなものも含んでいた。

 女生徒……篝火空音は混乱していた。自分に絡んできている男達の話によれば、今絡んできているロン毛の人は自分に告白して振られたことが気に入らないと言っているのだ。

 そもそもアレは告白なんてものじゃないと私は思う。一週間前にナンパしてきた目の前の三人に対して、ごめんなさい、と謝って逃げただけだ。誘いもなにもなかったと思う。一人だけしかいなかった自分を三人で囲んで遊ぼう遊ぼうと言うだけだ。あんなもの、自分にとっては嫌悪の対象以外のなにものでもない。そして、その三人はたまたま町を歩いていた私を思い出したようにつけて来て、この公園で先週の続きのように絡んできたのだ。

 さらには、「私の名前はカガリビソラネ。カワイコちゃんて名前でもなければ、キミでもない」なんてことを昨日言ってしまったので、今日はしつこく名前を読んでくる。本当に最悪だ。こんなことをしている暇なんてないのに。

 距離は近いし唾は頭にかかっている気がするし、気持ちの悪いことこの上ない。もうこんな状況は嫌だ。

 

「何度も言っていますけど……ごめんなさい。私、帰ります」

 

頭を大きく下げて私は逃走を試みる。しかし、小太りの生徒の手が目の前を遮る。

 

「ちょーと待ってよー。俺は嫌がることなんてしたくはないの。でもさ、俺の友達が困ってるの! お話してくれればいいんだよ! ねえ、こんなに頼んでもダメなのかな」

 

「何度も話しているじゃないですか。私は嫌なんです。こういうのやめてほしいんです」

 

私の言葉にまともな返事はなく、しばらくの無言の後にスキンヘッドが口を開く。

 

「いいじゃねえか、話ぐらいよ。でも、ダチに恥をかかせたら……タダじゃおかねえぞ」

 

めちゃくちゃ横暴な人達だ。なにより、このスキンヘッドのドヤ顔が非常に腹立つ。

 一体、どうしたものか。話を聞くだけ聞くフリをしてお巡りさんでも呼ぼうかな。あまり騒ぎを大きくはしたくないがそれしかないのかな、なんてことを考えていると。

 

「――おい、その子嫌がってるだろ」

 

テンプレよろしくな言葉に私は振り返る。そこには、鋭い眼光で少年三人を睨みつける男子が立っていた。

学生らしい無造作な短髪だが、妙に凛々しい目が印象に残る男子生徒だった。




                 ※



 俺は女生徒の前に立ちふさがった。チラリと女生徒を見る。男三人で何をこんなに必死に絡んでいるのかと思えば、確かに女生徒は綺麗だ。長い黒髪は触らずとも上品な柔らかさを持つ印象を与え、パッチリとした目は気の強さを表しているようだ。なにが一番気になるかと言えば。

 ……目が赤い。

 赤い目だ。少女の両目は赤く、まるで宝石のようだった。


 「おい、よそ見してんじゃねえよ」


意識を戻せば目の前には息がかかるぐらいのロン毛の顔。

 

「おわっ……! 顔近いんだよ!」

 

俺は慌てて距離をとる。俺にその趣味はない。

 

「カッコ悪い……」

 

女生徒がボソリと呟く、耳にはっきりと聞こえた俺は胸にグサリと刃物が突き刺さるようだった。

 

「だ、誰だって、こんな奴の顔が近づいたら顔を離しちまうだろ!」

 

俺は咄嗟にロン毛へと人差し指を向けることで弁解を行う。

 

「男だったら至近距離に近づいた醜い顔に頭突きの一つでも決めてみなさいよ。それどころか、驚いて顔を離すなんて……これが少女マンガのワンシーンなら、来月には打ち切りよ。貴方、打ち切り主人公ね」

 

ただのちょっとした動きに対してこのイジメ……。俺は思わずガクリとうなだれる。

 

「ううう……せっかくカッコよく登場としたと思ったのに」

 

「今の貴方の姿は二倍増しでカッコ悪いわ。ついでに言わせてもらうなら、私の顔をチラチラと見たでしょ。気づいてるけど気持ち悪かったわ。鬼気持ち悪かったわ」

 

「鬼!? そこまで!?」

 

ちょっと言い過ぎなレベルだ。

 

「――おい、何をしてるんだって聞いてるんだよ!」

 

痺れを切らしたロン毛が右手を伸ばして掴みかかる。

 あ、あんまり早くないな。なんて考えてる頃には、条件反射で男の右手を掴んで、さらに捻り上げていた。

 

「いてててて! は、離せよ!」

 

え、話せよ。おかしな奴だな……。

 

「むかしむかし、あるところに……おじいさんとおばあさんが」

 

「その話じゃないわ。手を離せと言っているのよ」

 

淡々と壮大なスーパーギャラクシー腿太郎を話そうとしていたら、すかさずツッコミが入る。なんとも気持ちのよいツッコミである。桃太郎ではなく腿太郎、これ大事な。

 ツッコミも入ったことだし、淡々と話を続ける。

 

「じゃあ、手を離してほしければもうちょっかいはやめろ。しつこい男はモテないて先人達も言っているだろ」


 よほど俺の上から目線の言葉が気に入らなかったのだろう、苛立ちのままに二人が地面を蹴った。


「うっせんだよ、オラァ!」

 

スキンヘッドの男の声が公園に響いた。



                   ※



 「うぅぅ……すいませんでした……」

 

次の瞬間、地面に転がるのは女生徒にちょっかいを出していた男子生徒三人だった。苦痛に顔を歪めるスキンヘッドと小太りの中で比較的に軽傷のロン毛がそう声を上げた。

 

「分かった分かった。もういいから、この子にちょっかいは出すなよ」

 

散れ散れ、という意味合いで三人に向けて手をパタパタと動かした。恨めしそうな表情を浮かべながら三人はその場を後にした。

 

「意外と強いんですね」

 

「意外は余計だ……」

 

助けたことを半分後悔しながら背中の女生徒を見る。偉そうに腕を組んでいる。

 

「何か格闘技でもしてたの」

 

「ん……まあ格闘技は特別してないが、体を鍛えたり喧嘩で勝つの為のお勉強とか……て、俺の話はいいんだよ! アンタは大丈夫なのか」

 

卒業後は自分探しのためにいろんなところを巡るために、実践的な護身術を勉強していたのが役に立ったのだが、ここで話す必要はないだろう。俺は、置いといて、という感じに箱を横に動かすようなジェスチャーをすると視線を向けた。

 

「私の名前は篝火空音ていうの。アンタなんて名前じゃないの。でも、貴方は気づいているかしら、自分の状況」

 

相手の目の奥には少しだけ自分を心配するような意思が感じられた。

なんだ、助けたことは無駄なことじゃなかったみたいだ。

 

「俺も貴方じゃねえよ、篝火さん。俺は雛型実王ていうの、そこんとこよろしく。……気づいているよ、たぶんアイツらは篝火さんじゃなくて、俺を狙うようになると思うよ」

 

俺は何か言葉が返って来るかと思えば。

 

「雛型実王……」

 

と俺の名前を呟いてみれば、考え込むような動作したかとも思えば篝火はため息をつくと口を開いた。

 

「貴方……雛型君はそれでいいの。私みたいな赤の他人のために、自分が傷つくかもしれないのよ。今回はあの三人だけだったけど、次は四人、五人、もっと大勢かもしれないわ。それでも」

 

なんだ意外と優しいじゃねえか。俺は笑顔でその言葉を遮った。

 

「それでも、だよ。俺はそれでも助けたいと思ったんだ。俺が自分で招いた結果なら、文句はねえよ」

 

その言葉に篝火は目を丸くした。

そんな表情もできるかのかと俺は心の中でこっそりと笑った。

 

「……変ね、雛型君は」

 

「よく言われるよ。でも、それも俺の選択だから特に問題ないよ」

 

その言葉の後に篝火は、何かを考えるように俺の顔を見つめた。そして、見つめ続けた。見つめ続ける。……五分経過。

 

「おい、俺の顔に何か付いているのか……」

 

俺の声を聞いて、やっと口を開いた。

 

「やっぱり変な人。……ねえ、雛型君の連絡先を教えてもらえないかしら」

 

「おう、いいぞ。……て、あれ」

 

俺は何も考えずにそう即答した。ナンパされていた女を助けたら、今度は俺が女から連絡先を聞かれている。不思議な状況である。

 

「ありがとう、今日の夜に電話かけるから」

 

ぼんやりと考え事をしている間に、いつの間にか相手は俺のスマホをポケットから抜き取り番号やメアドを抜き出していた。

 

「い、いつの間に!?」

 

「まあ、いいじゃない。今日の夜に電話かけるからね。ばいばい」

 

そう言えば、長い黒髪をさらりとなびかせると足早に公園から立ち去った。

 ……なんだこの不思議な状況は。だけど、自分の日常に特殊な変化が起きることは嫌いじゃない。子供のときから変化に憧れ続けた俺にとってはラッキーともいえるかもしれない。




                 ※


 「よっこいしょと」


 普段よりも遅くなったな。そう思いながら玄関で腰掛けると靴を脱ぐ。我が家は住宅街にある二階建てのとある一軒家。俺が中学生の頃に父さんの汗と涙で築き上げたマイホームというやつだ。まだ新しいフローリングの床をスリッパでパタパタと走る音が聞こえる。

 

「おっかえりー! み! お! ちゃーん!」

 

胸に飛び込んでくる女性。ふわりと甘い匂いがした。いつもこの人は砂糖菓子のような甘い匂いがする。

 俺の胸に押し付けた顔を上に上げれば上目遣いに見つめる。綺麗に整った顔立ちに童顔のその女性は外見だけ見れば十代後半、高く見ても二十代半ばだろうか。顔つきもそうだが金色の髪がとても印象的で彼女の可憐さを際立たせた。

 友人が我が家に訪れた時は、この人が周囲を歩く度に視線で追い続けていた。その内、この人を見るためだけに大勢の友人が遊びに我が家に遊びにきた。しかし、その度に彼らの純情をぶち壊すのだ。

 

「ただいま……母さん……」

 

雛型アンナ。残念ながら、これが実の母なのである。近々、母の外見の年齢を自分が追い越しそうな気がする。

 

「もう! ずっと帰って来ないから心配してたの! 遅くなったから、変な女が実王ちゃんにちょっかいを出したりしたかと思ったら……もう! アンナぷんぷんさんですよ!」

 

怒ったように両の拳を頭に置く母。普通の息子なら怒鳴るところだが、母の外見も多いに影響し俺はいつもそれを黙って見ていることしかできない。

 

「――おい、実王!」

 

強く逞しい声が背後から聞こえた。

 そこに立つのは一人の屈強な男、雛型アキラ。俺の父だ。

 

「あ、アキラくん!」

 

父はずかずかと俺の前までやってくる。

 真っ黒な髪に鋭い眼光。身長は190センチはある。真っ直ぐに俺を見つめる目の中には俺の顔。その外見から母の影響よりも親父の影響を受けたんだなと改めて感じた。

 今にも掴みかかりそうな屈強な男。

 さて、俺が何故このような状況でも冷静でいられるのかというと。

 

「だ、ダメだ! やはり俺にはお前を怒ることなどできんのだ!」

 

突然うろたえる父。そして、大きくジャンプ。俺に向かって。

 「――ぐぁ」

 俺は苦しみのあまり声を上げた。

 胸に飛び込んだ母、そしてその後ろから覆いかぶさる父。その二人にキツク抱擁される俺。

 

「や、やめろ! 身が出る! はみ出ちゃう!」

 

俺は二人から逃れようと体をじたばたに動かす。しかし、親父の逞しい腕からは逃げられない。さらには、腰に母が抱きついていることもあり、下手に動くと怪我をさせてしまうかもしれないと思って余計にうまく動けない。

 

「うおおおおおおん! そんな冷たいこと言うなあああああ! 俺も寂しかったんだぞー!」

 

泣き出す父。

あ、鼻水が顔に!

 

「うえええええええん! やんきーね! 超ヤンキーなのね! 鬼ヤンキー化なのね!」

 

泣き出す母。

その、鬼っていうのは流行ってるのか。

体の脱出は無理だと判断した俺は言葉で反論する。

 

「いいから離れろ! いい年した大人二人がみっともないぞ! それに寂しいもなにも朝会っただろ!? 後、夜の七時前に帰るヤンキーはそうそういねえよ!」

 

「うおおおおおおおん!」

 

「うええええええええん!」

 

二人の泣き声は止まらない。むしろさらに大きくなった気がする。

 また明日の朝、隣の家の鈴木の奥様に、昨日も楽しそうでしたね、とクスリと笑われなければいけないのか。

 よし、こうしよう。目を閉じよう。うん、きっと次に目を開ける時は、何か世界が好転しているに違いない。そうしよう。

 そう思うと俺はとえりあえず、二人の泣き声が聞こえなくなるまで目を閉じることに専念した。

 俺が食卓につく頃には、それから三十分も後のことになる。



                  ※



 「ふう、今日も疲れた……」


特に帰宅後の三十分間が。

 自分で言うのもなんだが、うちの両親はとにかく俺を好きだ。息子の俺がここまで堂々と自覚できるのだから、その可愛がり方も常識を逸脱している。母さんが外国の人だからなのかもしれないが、俺が生まれた時はいろいろと苦労したらしい。さらに、昔はよく体調を崩していたらしいので、俺が生まれた時の両親の喜び方は言葉にできないものだった。と祖父が語っていた。……そうした過去から、両親が俺をひたすらに可愛がるのだと考えられるが。多少やかましくも思う反面、二人の愛情に文句を言うほど捻くれてるわけでもないので両親の言うままにしている。最近は、二人を甘やかせすぎたかもしれないと思わなくもないのだが。

 棚に並ぶ様々な種類の本や机の上のロボットアニメのプラモデル。淡い青の壁紙に中央に置かれたテレビ。こじんまりとしたこの感じは自分の部屋のなにものでもない。やはり、自分の私物で囲まれた空間というのはとても落ち着くものだ。

 風呂上りの濡れた髪を乱暴にタオルで拭きながら、俺は自分のベッドに腰を落とす。ふと机の上に置かれたスマホに目をやれば、着信を知らせる緑の点滅。一応、電話で話をする友人もいるが、こんなに唐突にかけてくるようなやつだったかな。なんて思いながら着信履歴を見て見れば。

 篝火空音、その四文字からの着信だ。はて誰だろうか、なんて一瞬思ったが、そういえば夕方の子か。あれよあれよという間に電話で話をするようなことになった気がする。夕方の毒舌を考えれば後が怖い、俺は恐る恐るその番号へとかけなおした。



                 ※



 篝火空音は高層ビルの屋上から風景を眺める。

 足元に広がるその光景は今の空音にとっては、とても不思議に思えた。たくさんの人間達の声、車のクラクション、何か重たいものを置く音。たくさんの人が明確な目的もないのに目的を見出して自分達の日々を生きる。酷くアンバランスに感じるのは、私がまだまだ子供だからなのか。それとも――。


 「やっと電話きた」


 初期設定の着信音。名前を見る前に耳に押し当てた。

 

『……あ、あの、俺、雛型だけど』

 

妙に緊張した彼の声。姿が見えなくてもその声でどんな顔をしているのか浮かぶ。

 彼に出会えたのはとても幸運だ。偶然とはいえ早いうちにこうして目標への接触が目と鼻の先にあるのだ。こればっかりは、先日に絡んできたナンパの三人に感謝しなくては。


 「遅いわ、私は電話すると言ったはず。常に待機しておくのが男性としてのマナーじゃないかしら。罰としてこれからは、私との電話は常に全裸で待機しておくように」


『嫌だよ! それ間違いなく俺変態さんになっちゃうよね!? 俺を全裸にするために電話かけたの!?』

 

「冗談よ、緊張しているみたいだから軽くほぐしておこうと思ってね」


 脱力するようなため息がスピーカー越しに聞こえる。


 『ほぐすどころか肩に力が入るような冗談はやめてくれ……』


 「あら、力が入るなんて……変態ね」


 『そういう切り返しはやめてくれ! 話が進まん、本題はなんだ!?』


 話せば話すほど自分の中の隠されたドS心が目覚めていくようだ。自分には特別性癖などないと思っていたが、彼に対しては特別なのだろうか。

 私自身も知られざる自分を知っていくことの喜びで本題から外れてしまった。そう、この話は本題がある。


 「そうね、ごめんなさい。……突然だけど、雛型君の両親に会わせてもらえないかしら」


 『……うちの両親に。なんでだ』


 少しばかり怪訝そうな声。家族のことを気遣っているのが分かり、少しだけ彼を好感を覚える。


 「あるマイナーなスポーツで雛型君の両親が活躍していたの。私ね、それのファンなの。ぜひ、二人からその話を聞きたくてね」


 『スポーツ? 俺、そんな話は一回も聞いたことないぞ』


 本当に不思議そうな声。実際にそうなのだろう。それに、彼が嘘をついているようにも思えなかった。


 「知らなくても当然かもしれない。本当にマイナーなスポーツだから。……詳しくは直接話したいわ。そうね、二人には……竜機神リュウキガミの都市の使いが来る、そう伝えてほしい。そしたら、きっと二人の方から会いたいと言ってくるはずよ」


 『なんだか、難しそうなスポーツだな。……だけどよリュウキガミの都市の使い、てなんだ』


 少しだけ彼の声が大きくなる。どうやら、何か惹かれるものがあるようだ。


 「それはまだ話せない。もしご両親と会えるなら、その時にね」


 これはある種の賭けだった。この言葉で彼が警戒するかもしれないし、彼の両親は私に対して言いようのない感情を抱くのは明白だ。これが白紙となれば、もう私のここにいる意味はないと言える。

 雛型実王は馬鹿ではない。おどけてみせているが、どこか相手を伺いつつも別の場所を見ているようにも思える。一個の動作にもいろいろと考えがあっての行動に見えるのは私の気のせいだろうか。それとも、あの二人の子供だと聞いたからなのだろうか。

 考え込んでいるのだろう、彼の微かな吐息を聞くだけの時間が訪れる。


 「……いろいろ気になることもあるけど、俺から二人に話してみるよ。今日は遅いから、とりあえず結果は明日また電話するよ」


 よし、私は小さくガッツポーズをしてしまう。


 「ええ、よろしく。でも私は本当に二人のファンなの。昔から、二人に憧れてきたの……どうかお願いするわ。一生のお願い」


 はぁ、と大きなため息が聞こえた。


 「なんでうちの両親にそこまでお熱か分からんけど、俺も内心気になっているんだ。あまり気にしないでくれ、俺には一生のお願いなんて重過ぎる。……とにかくまた明日な。それじゃ、おやすみ」


 私の返事を聞く前に通話は切れた。


 「……ええ、おやすみなさい」


 そっと頬を夜風が撫でた。何かが変わっていく、そう思えた。



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