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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流れ星

作者: 蔵元

 ~♪

 手の中にあるスマフォから、特定の人物用に設定してある音楽が流れてきた。

 画面を見れば案の定で、今相手がどんな状態でオレに電話を掛けてきているのか想像すれば、自然と頬が緩む。

 わざと留守電に切り替わるギリギリまで放っておいて、やっと画面をタッチして耳にあてる。

「あいよ~」

『ゆうちゃああああん!! 今どこおおおお!?』

 途端に耳元で爆音が響き、オレは咄嗟にスマフォを離した。スピーカーも想定範囲外の音量に、ザザッとノイズを出し抗議してくる。

 キーンとする耳鳴りを感じながら、やっぱりなと思いスマフォを離したまま顔の前に持ってくる。

『どこにいるのっ!? なんでまたオレを置いてったのぉ!!』

「落ち着けって、海灯(みと)

『ッ!』

 一言、相手――海灯の名を呼べば、今まで周りに構わず騒音を発していた音源がぴたりと止んだ。

『………な、に?』

 さっきとはうって変わり、不安そうな声が漏れ聞こえてくる。

 海灯の見上げるほど大きな体に似合わない、美麗よりは可愛らしいと称される顔は、今はきっと眉を下げ瞳からは透明な雫が零れているだろう。

 保育園からいままでずっと一緒にいるが、その表情は何年経っても変わらないなぁと頭の隅で思う。

「……オレがどこにいるか、知りたいのか?」

『うんっ! 知りたいっ!』

 即答。そう答えるとわかっていたのに、やはり本人から言われると頬が緩む。――そして、まだ求められていると、実感できる。

 海灯の声量が普通レベルに戻ったようなので、耳元にスマホを持ってきて「じゃあ……」と続ける。

「ヒントいち。室内」

『えっ、そんなのアバウトすぎる~!』

 話しながら走り出したのか、声が波打ちバタバタと雑音が届く。

「それじゃあヒントに。窓があって空が見える」

『それもアバウトすぎぃ~! ヒントじゃなくてどこにいるか教えてってばぁ!』

 オレがいる場所は、寝転がれば天井に造られた明かり取りの大きめの窓から空が見える。この辺りは夜になれば真っ暗になるおかげで、星空が綺麗に見えるから、オレはこの窓がお気に入りだ。

 今その切り取られたその空間には、夕方から夜になる黄昏時のグラデーションが広がっている。思わずぼぅっとしてしまい会話が途切れる。すると電話口から大声で「ゆうちゃん!」と聞こえてきた。

「あ、あぁ。しゃーねぇなぁ。じゃあ超サービスヒント。棚にはぶっさいくなハートマーク付きのバスケのボールが飾ってある部屋で、無駄にでっかいベッドにオレは大の字になって寝てる」

『っ、すぐいくからっ!』

 言い切る途中で海灯は正解が分かったようで、ブツッと通話が切られた。

 顔の前に掲げていたスマフォと共に、腕をぽすんと横へ伸ばす。

 それから五分も経たない内に、階下でバタンッと派手な音がした。ドタドタと階段を上ってくる足音が一音ごとに大きくなっていく。

「ゆうちゃんっ!」

 と、叫び声と同時に部屋の戸が開かれ、現れたのはやっぱり海灯。猛ダッシュで走っただろうに、息は軽くしか上がっていない。さすが、我が高校のバスケ部エースと思いながら上体を起こす。

「よっ、意外に早かったな。近くに居たの、か……」

「ゆうちゃんのばかぁっ!」

 手を上げて迎えた瞬間、巨体にタックルされてまたベッドに逆戻り。

 こうやってぶつかるようにして抱きつかれることはよくあるが、毎回内心で痛いと思っている。何度言っても止めないせいで、注意することは早々に諦めた。

「オレの、部屋にいるならっ、はじ、め、から、そう言って、よぉ」

 胸元に埋まる海灯の頭から、ぐずぐずとした泣き声が漏れる。そして腰に回されている両腕にぎゅうぎゅうと力を込められ、ギブアップだと頭を撫でた。

「おま、まだオレ制服なんだから、鼻水付けんなよ~」

「うぅ~、ゆうちゃん、さい、最近、なんで、こんないじ、わる、ばっかり、するのぉ! オレ、彼氏なのにぃっ」

 ひっくと嗚咽が混じり始めた声。大きな背中に手を添えて、オレは天窓を見上げる。

「………さぁ、なんでだろ」

 とか言ってみるけど、理由はわかってる。―――これは、ただの愛情確認だ。



 オレと海灯は付き合っている。

 告白は海灯からで、中学三年のバスケのインターハイで、海灯のチームが優勝したときだ。試合前、優勝したら褒美をくれと約束させられ、そしてその褒美というのが、オレ、だった。「恋人になってください!」と言われたときは驚いたものの、はっきり言って今までずっと一緒にいたのだから、付き合うことになっても変わらないと、オレは何も考えずいいよと頷いた。

 実際、恋人という関係になったが、オレ達は抱き締めあったり頬にキス程度の接近しかしておらず、まだ口でのキスも、体を繋げてもいない。

 海灯は、成績は体育以外アイタタだけれど、スタイル、顔共に最高レベル、運動神経抜群、性格も人懐っこくてまるで犬のようなタイプだ。だから周りには自然と人は集まり、女子にモテるのは当然といえば当然で。

 オレは、まだ海灯のことを幼馴染としてしか見れていないと思う。

 前に、海灯の好きは恋愛の意味で好きなのか? と確認したことがある。そのとき海灯はめずらしく真剣な顔をして「オレはゆうちゃんのこと、愛してる。絶対。まちがいない」と断言されてしまった。ついでに初のほっぺチューをされたのもこのときだ。そのキスが意外と嬉しく思ったのをよく覚えている。

 このとき、オレは海灯に同じ言葉を返せなかった。そして、海灯の雰囲気から、オレへの感情は真剣なものなのだと知ることができたけれど、美人でも秀才でも、異性同性選びたいほうだいの海灯が、なぜオレ? と、その疑問が湧いた。

 しかも海灯は、男女誰でもふわふわした癖のある髪を触られようが、腕に抱き付かれようが、好きにさせているのだ。オレはよっぽど気心知れた仲じゃなければスキンシップはとらないし、元々触れることが好きじゃない。だからそういう場面を見ると海灯の気持ちを疑ってしまう。

 誰かとじゃれあっている海灯を見るたび、別に誰でもいいんじゃ……とオレは不安になり、その気持ちを持て余し、少し前からオレはわざと海灯を突き放すようになった。

 今日のように、海灯を待たず先に帰ったり、一緒に出かけたときに海灯が知り合いと会って楽しそうにすると放って行ったり。……そんな可愛くないことをするたび、毎回自己嫌悪に陥ってるくせに繰り返してしまう。でも海灯は、いつも必ずオレの元へ戻ってきて、縋ってくれる。その瞬間だけ、心が平和になるんだ。

 いつの間にか、オレはこんな方法で安心感を得るようになっていた。

 このオレが、こんな女々しいことをするようになるなんて……。

 最初は自分にこんな嫌な一面があったことに、めちゃくちゃショックを受けたなぁと、天井の窓を見詰めていると、流れ星がひとつ横切った。

「あ……」

「ふぇ……?」

 ふと、オレの胸から顔を上げた海灯に意識が向く。

 やっぱりその顔は涙やら鼻水でベタベタになっていて、苦笑しながらそばにあるティッシュを取った。

「ね、ゆうちゃ、オレの、こと、き、嫌いに……なっ……んむぅ」

「はいはい、とりあえず顔きれいにしような~」

 ぐずぐずと海灯がなにか言い出そうとしたので、オレは体を起こすと同時に、海灯の体もよいしょと持ち上げる。そしてなにか言いいたげな海灯の顔に数枚引き抜いたティッシュを押し付けた。

 拭こうと上体を離せば、少しも離れるのが嫌なのか、しっかりとオレの腰に腕を回してくる。両足の間に座らされ、海灯の太ももの上にオレの足を乗せ海灯の胴を挟まされる。そうしてぐいっと強い力で腰を引き寄せられた。

「ゆうちゃん。ゆうちゃんすき。ゆうちゃん~」

「おっと」

 首に顔を埋めてこようとするのを、額に手を当て阻止し、ごしごしとまではいかなくともやや乱暴に顔に付いている液体をぬぐっていくと、本来のモデル顔負けの美形が現れてくる。

「ん、ぶ、ふはぁ」

 だいたい拭いきれば、海灯もすっきりしたのか、いつも以上に力が抜けた顔になってオレにもたれてくる。

「はは、おまえ、親父くさ」

「ゆうちゃん~……」

 そしてオレの頬に額を擦り寄せ、高い鼻梁で頬からこめかみを撫でたあと、そのまま頬同士を合わせてくる。

 さすがに海灯のここまでのスキンシップはオレにしかしてこない。だから、自然とほっとして体から力が抜けた。

 ――オレは、自分のなかで海灯への気持ちが、変化していることに焦っているのかもしれない。今までだって、オレ以外の友達と遊ぶ海灯を見たって、何も思わなかったのに……。

「ゆうちゃん、もういじわる、しないでね。オレ、ゆうちゃんがオレの見えないところに行っちゃうの、すっごくイヤだから……」

「………」

 海灯のこんな言葉に、胸が高鳴る自分が、わからない。知らない感情が、次々と溢れてくることが怖い。

 この気持ちがなんなのか、オレはまだ気付きたくないとそっと目を閉じたのだった。




< 完 >


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