霊法町
6:04 風香地下鉄駅
電光掲示板と各駅名の羅列の中から風香町と霊法町を結ぶ電車をさがす。
始発は既に出ており、少ないながらも人が改札口を出入りしていた。
戦争中とはいっても基本的に地球には、それほど敵は進出してきていない。
コンプレクシティ創設時の決まり事として無関係の住民を巻き込んではいけないという説があるという。
(サーラの狙いはおそらく私、司令部もそれをわかって私に出動命令を出したのよね)
と、あらばこんなところで時間を潰している場合ではないのだが、戦力はどれだけいようと決して多くない
今は一刻も早くこの荷物を自分で動いてもらうようにしてもらわなくては、と
ゼノサキスにもらった定期券で改札口を抜け2番ホームを降り始めた。
既に列車は発車までのベルを鳴らし始めていた。
早足で階段を駆け下り、扉の閉まる動作の当たりで、のめり込む様に車内へと入っていった。
完全に扉は閉まり、霊法町行きの電車はゆっくりと、次第に早くなって行き軽快良く走っていったのだった。
なんとか乗り込めた車内で桜は空いている席を確認して座った。
同時刻 コンプレクシティ超大型強襲用戦艦クラポ
地球から2000万光年離れたところにそれは存在した。
宇宙空間をくまなく見渡せる大きな壁面ガラス、更には艦内とは思えないような王室にも似た部屋、壁には書庫の山、そんな部屋で宇宙の銀河系を見つめる、桜と瓜二つの素顔をした女性はいた。
名をサーラ、ラー家の次女である。
腕を組んでおり何か考え事のようで、その女性からは覇気が漂っていた。
中世の姫君の様な服装の姿なのは彼女の基本的スタイルで、異色でいながらもその場に無理矢理なじませるような雰囲気を放っている。
そんな彼女が考えていることは、桜の足取りの予測だった。
初代王を暗殺したことはまるで嘘だったかのような細い手足。
しかし彼女は確かに初代王を暗殺した犯人であることは明らかだった。
使いの者達ですらそうと知っていながらも、つき従わざるを得ないほど怒気を抱えていた。
やがて彼女が考える最中に閉じていた目を開ける。
その目はルビーの様に赤く輝いていた。
彼女は桜の足取りを掴んだようで、フっと何かを勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべ始めた。
そこへ、ドアがノックされる音が響いた。
「入りなさい」
許可が降りるとドアが開き、黒髪のメイド服を着た長身の女性が現れた。
「失礼いたします!」
はっきりとした声でその女性は頭を下げた。
「あなたが先日連絡のあった入隊者ね、軽い挨拶のつもりで覚醒していただけるかしら?」
サーラは再びルビーの眼をあらわにした。
「申し訳ありません。それはできません」
ところが黒髪り女性は申し訳なさそうにさっきよりも深く頭を下げた。
サーラは?を浮かべ「どういう事かしら?」と、黒髪の女性に問うと女性は泣き崩れ始めた。
「私は変異能力者で私自身の意志での覚醒は不可能なんです」
ドアの前にいた門兵が泣き崩れた女性の両腕を掴んで立ち上がらせると
「サーラ様どうしますか?覚醒ができないのでは戦力にならないのでは?」
門兵は追い返す準備を整えだしたが、サーラは手のひらで制止させた。
未だ泣き続ける女性の前に近づき、腕をどけて目を合わせると
「あなたの能力…なかなか興味があるわ、私の側近として雇ってあげる。だから、もう泣き止みなさい」
サーラは優しくも冷たい笑みを浮かべた。
黒髪の女性は嬉しさに泣いているような笑みを浮かべ、サーラに「ありがとうございます!」と、両腕を門兵に掴まれたまま言った。
この時、サーラは新たな野望を抱いていた。
(この子、変異能力者と言ったわね…類稀なる能力者で億人に一人なんて説があったけど、本当にあの子がそうなのかしら?)
サーラは黒髪の女性に今日はゆっくり休ませるよう言い与え再び壁面ガラスから宇宙を見渡し考え事をはじめた。
6:58 霊法駅
最新技術で作られた電車は超高速で3万kmという距離を1時間足らずで到着した。
長いようで短い車内でゆらゆらする旅は終わりを迎えた。
ホームの階段をあがり改札口を抜けた先にゼノサキスの言っていた集団はいた。
格好だけでわかる赤紫色の修道着に十字のマークの入ったフード。
手の甲を覆われた布にはアルファベットでセイレーンと刻印が入っていた。
どうやら、あれがセイレーン教の修道士の様だ。
(不気味ね、あの格好は、嫌でも目立つわ)
これからあんなの関わるとなると鬱になりかねないだろう。
駅をあとにして桜は霊法町へと入っていった。
風香町とは比べ物にならない広さでざっと40倍の広さはあるだろう、市場から地売りまで各地で様々な売買が行われていた。
「広い街ねー!」
肩のサイボーグと薄手の服装が周りの目をひきつつ北東にある教会の方へと足を運んでいった。
7:12 霊法町北東部セイレーン教
教会というのは大抵、息の詰まるような雰囲気や気配があるものだろう。
それが邪教徒となればその不気味さはより増すものである。
しかし、桜の瞳に映る大きな建物からは不気味さなどはまるで感じれず、逆に慎ましげな雰囲気も見て取れなかった。
そもそも目の前の建物は教会というよりは、豪邸の様に思えた。
大きな扉を押し開け、中を見渡す。
「ごめんくださ~い」
桜は少し小さめな声で訪ねた。
誰も出てくる気配は無い
「ごめんくださーい」
今度は少し大きめな声で訪ねてみた。
しかし、誰も出てくる気配は無い
仕方がないので桜は深呼吸をして
「ごめんくださーーーい!」
声を張り上げた!
「どなたかいませんかーーーーーーーーっ!!!」
教会全体に響き渡るような声を内から出した。
…しかし、これだけ声を出しても中から誰かが出てくることはなかった。
「失礼、ここに何か用かな?」
桜と同じくらいの身長の青年が後ろに立っていた。
「うにゃあああぁぁ!!」
あまりに突然の事に桜は驚いて尻餅をついたのだった。
7:18 セイレーン教 教祖部屋
「いやぁごめんね、余りに大きな声をあげるものだから、思わず声を掛けそびれちゃったよ。ほんとにごめんね」
青年は苦笑いと、申し訳ないという態度で謝っていた。
桜は余りの恥ずかしさに頬を赤らめて、うつむいていた。
「自己紹介が遅れてしまったね。僕は黒葉美運(クロハ:ヨシカズ)」
「あ、私は速峰:桜です」
お互い自己紹介をして握手を交わした。
「風香町の研究員から話は聞いてるよ。古い付き合いだそうだね」
青年の格好は教祖とは思えない全身黒のスーツ姿、左腕は腰に掛け、右腕は親指だけをポケットに突っ込んでいた。
教祖らしい素振りなどはまるで見せず、本当に普通のどこにでもいるような好青年の応対をしている。
「あの、時間があまりないので単刀直入なんですが」
桜は恥ずかしさもあってか、そのような言葉を発してしまう
「そうだね、さっそく本題に入るとしよう。そのサイボーグの首からはみ出たモノが地球人の皮膚だと?」
黒葉は顎に指を立ててサイボーグを見た。
「はい、生物研究では修復は不可能だと、ここなら修復できるのではと訪ねました」
桜は事をある程度、省力したが黒葉にはそれだけでも十分だったようだ。
「わかった。ちょっと試してみよう」
黒葉は近くにあった長方形の長いテーブルを左の小指で動かすような仕草をすると、途端にそのテーブルは桜の元に動き出した。
「このテーブルに寝かせてもらえるかな?」
そういって手をたんたんと叩いてみせた。
「わかりました」
ゆっくりとサイボーグをおろしてテーブルの上に寝かす。
「これでいいですか?」
桜は黒葉に確認する。
「うん、それでいいよ」
桜はテーブルから少し離れ、代わりに黒葉がテーブルのすぐ横に立つ。
「ここからが僕の本当の見せ所。いくよ…」
黒葉は両腕を合わせ、念じ始めた。
「我が名はミウン…コノモノ、タマシイヲトラエ、セイカンサセヨ!」
黒葉の瞳の色が白く輝くような色に変わる。
「プリズンレクイエム!!」
右手をサイボーグの首の皮膚のような部分に当てる。
しばらくして、皮膚がうねうねと動くだした。
桜は驚いて、近寄ろとしたが…
「近づいてはダメだ。ここは聖域、生なきモノと術師のみの境界線。生あるモノは境界の掟に反し滅される」
薄い透明の壁のようなもので進行を遮断された。
「トゥール・リア・ネクス・ディランッ!」
黒葉は最後の説を解き終わった。
やがて皮膚の部分が急速に再生し女性の姿を作り出した。。
「ふう、終わったよ」
黒葉の瞳はいつの間にか元の人の眼に戻っていた。
次いで皮膚が再生され頭部が人のサイボーグは自分から起き上がり、桜の方を見た。
黒葉は桜に腕を向けて「この人がお前を助けてくれた人だよ」と、言った。
すぐさまサイボーグは桜に抱きつき、感謝の気持ちの涙を流した。
「あの、ありがとうございます」
桜はサイボーグの顔を伏せ黒葉にお礼を言った。
「大したことはしていないよ、戻ってよかったね」
黒葉は遠慮するように腕を振る
「彼女は一時的に魂を戻しただけだよ。本題はここから」
そういって黒葉はサイボーグの元に寄っていく
「君はまだ、元の体だけを戻しただけだ。言葉、そしてその姿からみてもわかるとおり、君は元の体には戻れない」
黒葉は丁寧に言葉を綴っていく
「僕の力で君は蘇るが、元の姿には決して戻れない。それでも君は生き返りたいかい?」
サイボーグはしばらく黒葉を見つめているだけであったがやがて、こくっ、とうなづいた。
「わかった、君を生き返らせよう」
再び黒葉の眼の色が白く輝くような色になり、右人差し指が光りだす。
「命というのは儚く脆い…それをよく覚えておくんだ。生前の君がそうであったように」
人差し指がサイボーグに触れたかと思うと、再生した頭部の皮膚が再生前に戻り崩れ落ちた。
「これでよし」
いつのまにか黒葉の眼の色が戻り桜の方を向いた。
「この子は蘇生した、今は君が連れてきた状態だけどね」
黒葉は、見てみろと言いたげに腕をむけた。
「もう皮膚の再生は始まっている時間と共にさっきの顔がもう一度出来上がるよ」
黒葉の言葉に桜は安堵の息を吐いた。
同時に桜は黒葉を軽蔑する様な目を向けた。
「黒葉、あなたは何者なの?」
桜は黒葉に向けてそう冷たく言い放った。
その言葉の答えを黒葉は、しばらく考えながら言った。
「僕は神だ、だからこそ人を蘇らせることができた」
その程度の簡単な答えで返された。
「今時、そんな言葉で信じれると思うの?」
桜は黒葉に敵意を向ける。
が、黒葉は何故?といった顔で
「どうして僕に敵意を剥き出しにするの?」
黒葉は辛そうな顔と共に桜の神経を逆なでするように言葉を言い放つ。
「君が僕と戦いたいならそれでもいいよ」
これで戦闘かと思いきや
「でも…今は急いだほうがいいんじゃない?」
黒葉は逃げるかのような声で桜に言った。
桜は時間を確認する。
次の電車にのらなければ風香町に帰る手段がなくなることに気がついた。
霊法からでる電車は比較的多いものの、風香町行きの電車は次が最後だった。
「霊法は風香を忌み嫌っているからね、一日に4本しか電車は出ていないんだ。それも朝方のみ」
黒葉の言葉に桜は悔しそうな表情をする。
「この子は僕が預かっておくよ。丁重に扱うと約束しよう」
そこまで聞くと桜は荷物をまとめ、大急ぎで教会を後にした。
黒葉のみになった教祖の部屋で、一人神と自称した青年はサイボーグを人目みて言った。
「いい人じゃないか、君を助けるために態々逃げてくれたよ。君は本当にいい人に助けてもらったね」
サイボーグの頭の部分を撫でる様に黒葉は害のない笑みを浮かべた。
「今宵、この子と彼女の身が不幸に会いませんように」
黒葉は手も合わせずどこかに願った。