コンプレクシティ
4:32 桜木警察署
占拠された警察署でコンプレクシティの副官、サーシャは屋上で周りの景色を眺めながら黄昏ていた。
赤く燃えるようなショートの髪、ドレス風の水色の服のその姿は、一見、おとなしい少女にしか見えなかった。
そのサーシャの後ろから気配を察した。
だが、振り返らずにその名を言った。
「フェイルですわね。どういたしましたの?」
そこには長身緑髪の男が立っていた。
ロングコートの様な服装で時期的に暑そうな姿である。
表情は長い前髪でよくわからない。
「持ち場に戻らなくていいのか? お前の持ち場はそこではないはずだ。」
控えめな声でそう言ったが、サーシャは全く動じなかった。
「当分はまだこないですわ。サイボーグを哀れに思い一体は峰打ちで連れ帰ることを前提に事を進めましたわ。」
フェイルの見て取れない表情が変わったような気がした。
しかし、すぐに元の表情に戻ったように見え
「見て来たような事を言うんだな、サイボーグは僕の管轄で使用していたものだ。そんな安易に壊され、あげく勝手に自分の物にされては、僕は気分が悪いんだが…。」
言葉から察するに怒っているのだろうか?
やはり表情が分からないのでは、答え方を考えなければならない。
「ああ、怒ってはいないよ。僕は地球人共とは違う。ラー家の者がこんな小さな事で怒ることはない。安心したまえ」
やはり怒っているように思える。
が、サーシャは気にしなかった。
その代わりに言葉を返す。
「ところで、以前の貴方が言っていた事…。初代王の暗殺はサーラ様の仕業だと言うのは本当ですの?」
サーシャは突拍子もないことを言い出した。
その件に関してはフェイルは真剣な表情の様で
「ああ、間違いない。サーラは僕達を騙している。」
フェイルは顔を俯かして
「檻に触れてサーラの側近にも問いてみたが、肯定の返事がきた。」
「そう…。」
二人はしばらくじっとしていた。
サーシャはまた景色を眺めながら、頭の中で何かを考えていた。
「サーシャ」
フェイルが呼ぶが返事はない。
「サーシャ!」
また返事はない。だが代わりにサーシャはフェイルの下から離れようとした。
ガシッ!と腕を掴まれ逃げられない様に力を込めた。
そこではっきりと見えた。
一瞬だけど整った顔立ちの男らしい表情が
それとは引換にサーシャは一筋の涙が溢れていた。
「いいか?早まった行動は避けろ!サーラはお前一人でどうこうできるような軽い存在じゃない。お前もラー家の血をひく一人ならわかるはずだ。俺や桜も同じ!」
フェイルは怒りに狂いそうな勢いで言葉を挙げていく。
「初代王の死を喜ぶ者など数人しかいなかった。サーラを含めて5~6人、あとの奴は全て始末した。残っているのはサーラだけだ。」
サーシャを掴んでいる腕とは違う方の腕を差し向け、フェイルはコートの裾をあげる。
現れた腕筋には無数の傷と血の乾いた跡等があった。
「お前や他の者達の仇は俺が全て伐つ。お前は為すべきことを成せ、いいな?」
声を出さずにサーシャはうんと頷いた。
程なくして、二人はさっきの様に戻った。
サーシャも先程まで泣いていたが、やがては熱の力で蒸発し跡方もなく消えていた。
「ねえ?」
ふとサーシャが一言
「ん?」
「フェイルはどんな能力でしたかしら?」
その問いに対してフェイルは鼻で笑った。
「もう、お姉言葉にお戻りか。」
フェイルはサーシャのいう言葉に前から気になっていたようだ。
それをきいてサーシャはムッとした顔をする。
「僕の能力は大龍、お前と似て非なる能力だ。」
そこまで言ってサーシャがまた泣き出しそうになっているのを察した。
「お前は独りじゃない。初代王は怨んではいけない。一度怨めば、後には抑えきれない憎しみがお前自身を支配しサーラと同じようになってしまう」
フェイルは倒してきた者達…ラー家の同族の事を思い返していた。
全員、悪鬼と化していた。憎しみに支配された弟妹達は皆、周りが見えなくなっていたのだ。
サーシャを憎しみに捕らわれさせる訳にはいかない…。何とかして手を打たねば!
その同族達を屠殺したこの腕に今も残る憎しみの跡は消える事はないだろう。
「サーシャ」
だからフェイルは
「パートナーを、恋人を探すんだ。」
長い様で短い時間の中で考えた結果を言葉で表した。
「え?」
あまりの唐突さに振り返ったサーシャは驚きに満ちた表情のまま
「いいの?」
と、聞いた。
「初代王は死んだ。それには涙を流してやれ、だが、お前は自由という道を得たんだ。それは誇りに思え」
その時、サーシャにはまるで目の前の人物が実の父親のような面影を感じ取った。
「お前の意思で、お前だけの生き方を貫け!」
そう、それはサーシャだけでなく生き残るラー家の者達全員に届くかのような
「それがどんなに不な事でもお前は、乗り越えていけるはずだ。だから自信をもって前へ進め」
その言葉が終わった瞬間サーシャは緊張の糸が切れたかのように足を崩し、今までの事に終止符をうつかの様にまた泣いた。
すぐにフェイルは駆け寄り、すぐそばの泣く子をそっと抱きしめた。
一筋の風が凪いだかのように夜の街には日が昇り始めたのだった。