第一章~夢と手招き~
第一章~夢と手招き~
僕には、もう一つの世界がある。
僕のもう一つの世界。それは、本の中にある。本を読むたび、僕はその世界の中に入り込んでいく。
今は夕飯前の読書タイム。
二日に一冊のペースで読んでいるけど、まだまだ足りない。
僕は、この先もたくさんの本を読む。
「麻琴! ご飯出来たわよー」
本宮 麻琴。これが僕の名前。
「わかったー。今いくー」
読んでいた本を、ずらりと並ぶ本棚の一番扉に近い棚にしまった。部屋の扉を開けてバタバタと階段を駆け降りて行く。
ガチャ――。
リビングの扉を開け中に入ると、ハンバーグの香りがした。
「へぇー。今日は、母さん特製のハンバーグか」
椅子を引いてテーブルの前に座る。
「そうよぉ。一生懸命作ったの。だから、野菜も食べなさいね」
「うぅ……」
僕は、野菜が嫌いだ。
母さんは、ハンバーグや唐揚げを作るたび、「頑張って作ったのー」とか、「一生懸命作ったのー」とか言って僕に野菜を食べさせる。
母さんに言われて毎回しぶしぶ食べている僕。結構子供っぽいよなぁー。
「さぁー、食べるよー」
「ん。いただきます」
箸を手に取って、ハンバーグを一口。
母さんの視線を感じて、野菜も口に運ぶ。
うぅ……。やっぱり好きじゃない。
野菜と格闘しながらも夕飯を食べ終えた。お皿を洗って二階に上がる。
自分の部屋の扉を開けて中に入ると、
「あれ? 僕……しまって降りたよな?」
机の上には、しまってから降りたはずの本が開いて置かれていた。
部屋には誰かが入ってきたという様子は特になかった。机に近寄って開かれているページを見ると、主人公が異空間に飛ばされる場面。
この場面まで、僕はまだ読んでいない。――早く続きを読もう。
机の前に座り、栞を挟んでいたページを開くと、「私の世界に招待する」と書かれた名刺サイズのメモが挟まっていた。
「何だ……これ?」
誰かの悪戯だろうか。
カチコチと一秒一秒を刻む秒針。なんだか不吉に感じた。
まだ、八時半だったけど、寝ることにした。
* * * *
朝、早く寝た割には起きるのが遅かった。今は……五時半。まだ、母さんは寝ている時間だ。
昨日読んでいた本の続きを読もうかとも思った。けど、昨日のこともあってなんとなく頭がボーッとしていた。
「……寝よう」
もう一度布団に潜り込んだ。
そして、僕はまた眠りについた。
眠りの中。
誰かが僕に問いかけた。
〈お前は、誰だ?〉
なんだろう……。なんだか懐かしい聞き覚えのある声だ。
「僕は、本宮麻琴」
〈そうか……本宮か――。麻琴。“夢の扉”に気をつけろ〉
「えっ? 何のこと!? ねぇ。あなたの名前は?」
〈俺は……サラン。他は、教えられない〉
サラン……? 外国人か? いや、でも、日本語でさらさらしゃべっていたし……。
それより、サランって名前どこかで聞いた気がする。
「“夢の扉”って何? 気を付けるって……。わからないよ」
頭の中に自分の声だけが響いている。
サランの声は、もう返ってこなかった。
* * * *
目が覚めると、六時だった。
そろそろ起きないと遅刻だ。
いつもは、七時四五分くらいに家を出ている。でも、今日は図書室に本を返してから教室に行く。だから、七時半に家を出る予定だ。
制服に着替えて、朝ご飯を食べに下に降りる。
母さんはもう流石に起きていて、朝ご飯を机に並べているところだった。
「あっ、起きたのね。今朝は、トーストとベーコンエッグよ」
「母さんの作る朝ご飯なんて、ほとんど変わらないじゃないか。……ファァー……」
欠伸をしながら伸びをした。
母さんのいるリビングを通り過ぎて、洗面所に顔を洗いに行く。
バシャバシャと顔を洗った。
普段は眼鏡だが、今日は学校で体育がある。だから、コンタクトだ。
慣れた手つきでコンタクトを入れていく。
中学一年のころから使っているから、もう四年目になる。流石にもう慣れた。
リビングに戻るともう朝ご飯の準備が終わっていた。
「麻琴。早くご飯食べるよー」
「ああ、うん」
僕が席に着くと母さんが、
「いただきます」
と言って、トーストを食べ始めた。
「いただきます」
僕も食べ始める。
目玉焼きを口に運んでいると、母さんが暗い顔で僕を見た。
「今日は、眼鏡じゃないのね……」
「うん」
なんだか暗い雰囲気になってきた。母さん、急にどうしたんだろ。いつも明るいのに……。
「やっぱり似ているわね……父さんに」
父さん……僕の家では、あまりにも出てこなさすぎる単語だ。
父さんは僕が中学生になった春に、行方不明になった。警察にも届け出たが、結局見つからないまま捜査は打ち切りになってしまった。
実際、母さんは父さんが行方不明になってから、一週間も警察に届け出るのを渋っていた。
その時の母さんを見て僕は、「母さんが父さんを殺したのでは!?」と思った。母さんに問いかけると、
「麻琴……本の読みすぎじゃないの!? ハハハハァーッ」
的なことを言われた覚えがある。
今思えば父さんと母さんは、父さんが行方不明になる前の日くらいの夜に話をしていた。あれは、何だったのだろうか。
今度機会があったら母さんに聞いてみようか。
ご飯を食べ終えて、歯を磨いて、鞄を取りに行って……、なんてしていたらもう、七時二五分だった。
僕の家はマンションで、高校も近いとこにある。図書館もそれなりに近いとこにあって、すぐ行くことが出来る。とっても便利だ。
「母さん、行ってくる」
「んー。行ってらっしゃい」
玄関を出てみると、朝日が眩しくて咄嗟に目を瞑った。
エレベーターに乗り込むときに人の気配を感じたが、周りには誰も見当たらなかった。
自転車をこいで図書館に向かう。
すっかり見慣れた図書館。
自転車置き場に自転車を止める。
図書館で知り合った司書の藤宮 孔紀さん。本の趣味が凄く合う。確か……二五歳くらいだったかな。
昨日の本も藤宮さんに勧められて借りた。まだ全部読み終わってないけど……。
図書館はまだ開いてない。けど、藤宮さんはいつも七時半前から図書館に居る。僕は、藤宮さんに裏口から入るのを許可されている。
ぐるっと建物の横へ回る。ドアノブを回すと鍵は開いていた。
裏口は直接図書館のカウンターに繋がっている。
「おっ、麻琴君」
「おはようございます、藤宮さん」
「おはよう。この前言ってた本の続き、見つけておいたよ」
そう言って、この前僕が藤宮さんに頼んでおいた本を差し出した。
「そうです、これですよ! ありがとうございます」
「いやいや、常連さんだからね。それはそうと、もう四十五分過ぎたけど行かなくていいのかい?」
ポケットから携帯を取り出して、開いて画面の右上を見ると、四十七分と映っていた。
「あ、じゃあそろそろ行きますね。帰りに寄れたらまた寄ります」
「うん、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
カウンターの後ろの扉がパタンと閉まる。
孔紀は、カウンターの椅子に座って、入口から四つ目の本棚に向かって声をかける。
「サラン。いつまで隠れてるつもりだい?」
「これくらいお見通しか、孔紀」
「かつて総司令官をやってたんだ。この程度の気配なら気付くさ」
「そうか、俺もまだまだだな……」
軽く微笑んでから孔紀の方を向き、真顔に戻す。
「今日来たのは、“夢の扉”についての事でなんだが……」
孔紀の優しげな表情が、凍りつく。
「まさか……また、開くのか……?」
「ああ。だが、もしかしたら食い止められるかもしれない」
「本当か!? どうすれば食い止められるんだ?」
ガタッとカウンターに手を突いてサランに迫る。
「ポイントは、麻琴だ」
「麻琴君? 彼が関係あるのか?」
孔紀は、眉を寄せてサランの目を見据える。
サランは、呆れた様に孔紀の顔を見て、小さなため息を吐く。
「麻琴の名字は何だか知っているか?」
「知ってるさ、本宮だ。いや、待て、本宮って……まさか、麻琴は弥生の息子か……?」
「気付くのが遅すぎるぞ。元総司令官」
棘を含んだ言葉をサランが放つ。
「嫌味ったらしいな、サラン。まあいい。凛にはもう伝えたのか?」
「いや、まだだ。麻琴の見張りついでに伝えてくるよ」
「そういえば、麻琴君の高校の教師だったな。確か、担任だ」
「むしろ好都合だ。じゃあ、そろそろ行かないとな。それからシュラから伝言だけど、俺と孔紀と凛とローズとライトのみ非常時に魔術の使用を許可してくれるとさ」
「非常時がないことを祈ってるよ」
サランは、カウンターの後ろの扉から静かに出て行った。
二回目の投稿です。
今回は、ファンタジーに挑戦しました。あまり得意なほうではないので、得意ジャンルを増やすために投稿しました。
長編になると思いますので、途中で止まっても怒らないでください。
でわ、このへんで。