第2章-2 ムシャクシャすることがあって
体育館に入ると、春木だけが居た。
「ん? 江夏はどうした? 会わなかったか? 呼びに行かせたんだが」
春木はそう言った後、俺にラケットを投げ渡した。その後すぐに卓球台にネットを張る作業に戻った。
「ああ、会ったけど……」
春木は手際よくネットを張り終えると、大量の卓球の球が入った箱から、黄色い球を一つ取り上げた。
「さあ、やるぞ!」
今日も、卓球部の活動が始まる。ただ延々と俺と春木が球を打ち合い続けるだけの活動が。
カコカコン。
春木の打ち出したサーブが、卓球台を二度叩いてから俺の手の届く場所に来た。
「うりゃあああ!」
俺はラケットを持った右腕を思い切り振り抜いた。黄色い球は俺のラケットにぶつかり、春木の頭上を抜けて広い体育館の冷たい床を数回叩いた後、完全に停止した。それはもはや卓球ではなかった。
「やっぱり、何かあったろ?」
春木は俺の目を見て言った。
「ああ、ムシャクシャすることがあってな……」
自分に対する怒りだったのに、江夏の次は卓球の球に八つ当たりだ。
こんなダメな自分には嫌悪感を抱きたい。
「何があったんだ?」
興味津々といった様子で訊ねてきた。
「まあ、色々とな……」
何となく、春木には話したくないなと思った。と、その時、ガラリと体育館の重い扉が開いて、入ってきたのは江夏だった。
「秋川、ちょっと来てくれない?」
「え? ああ」
言われるままに江夏の居る体育館の扉の方へ歩く。
江夏の前に立つと、江夏は俺の腕を引っ張り、体育館の外へと連れ出した。
どこまで歩くのかと思ったらすぐに立ち止まり、
「今日こそはちゃんと電話しなさいよね」
と言った。
「え?」
意味がわからなかった。
「だから、あたしが柊さんに話を聞いてきてあげたって言ってるの」
「何で?」
「余計なことしやがって、とか思うかもしれないけど、さっき二人の様子がおかしくて、心配だったから……」
江夏はそう言って俯いた。
「じゃあ……つまり……」
俺があんじぇらのことを好きで、あんじぇらが俺のことを好きなことを、江夏なつみに知られたということか。
……どうしてか後ろめたかった。
「うん……ごめん。聞くつもりじゃなかったんだけど……」
俯いたまま、江夏は言った。
「あんじぇらは、何て?」
「だから、今日こそはちゃんと電話しなさいって言ってるじゃない。その時に話し合いなさいよ。あたしが秋川のためにできるのは、ここまで。電話して、二人で話し合えばいいじゃん。そもそもあたし、秋川になんか興味ないしね」
そうだな……。
全部江夏の言う通りだ。
今夜こそ電話しよう。
そして謝るんだ。
「江夏」
「何よ」
「ありがとう」
「別に。あたしが勝手にやったことだからね。さ、部活に戻るよ」
「ああ」
体育館に戻った俺は、春木と卓球をした。
江夏なつみはと言えば、ずっと腹筋をしていた。変な娘だ。
どうして俺は昔この娘のことが好きだったんだろうな。
過去の自分に訊きたいよ。