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1、遅刻者根絶計画  作者: 黒十二色
第1章
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第1章-7 ニヤニヤしてしまう秋川

 何となく、今日の出来事全てが夢の中の出来事のような気がして、俺とあんじぇらが恋人同士になったことが信じられなくて、フワフワした気分のままフラフラと体育館へと戻った。

 卓球部の活動の途中で呼び出されたので、戻らなくてはならない。

 喜びを表現するためにジャージを脱ぎ捨てて絶叫したくなったが、もしあんじぇらの耳に届いてしまったら、別れを告げられかねないのでやめた。かわりに、控えめなガッツポーズをした。

「……何してるんだ? 秋川」

 体育館の入口前で、一人でガッツポーズしていた俺の背後に、春木すばるが立っていた。

 俺は小さく「ギャフン」と呟いた。

「ぎゃふん? 古い驚きの表現だな。しかも使い方が違うぞ。それは負かされたときに言う言葉だ。驚いた時に言う台詞ではないぞ」

「ああ、すまん」

「それで、呼び出しって何だったんだ? やっぱり連続遅刻の話か?」

「まぁ、そんなところだ」

「……お前、何ニヤけてるんだ? 気持ち悪いぞ」

 おっと、しまった。あんじぇらとの恋が実ったことで、ついつい表情が綻んでしまっていたらしい。

「ところで春木、お前こそ何してるんだよ。まだ部活中だろ?」

「トイレに行ってたんだよ。今その帰りだ」

「そうか」

「大丈夫か? またニヤけてるぞ?」

 しまった。

 また無意識のうちにニヤニヤしてしまったらしい。気をつけなくては。

「まだ部活やってるか?」

「ああ、大会も近いし、これから部内で真剣な練習試合をしようと思っていたところだ」

 春木はそう言うと、体育館の扉を開いた。二人で体育館に入る。

「あ!」

 体育館の床の上に座る江夏なつみと目が合って、何となく顔を合わせにくくて俯いた。

 その姿勢のまま歩み寄る。

「……秋川、どうしたの? 怒られた?」

「いやぁ……」

 落ち込んでいるように見えたのだろうか。何だか優しい江夏が新鮮だった。

「大丈夫だ江夏。こいつは落ち込んだりするような男じゃない。いい加減でチャランポランな遅刻野郎なんだよ。そんなことは江夏が一番知っているじゃないか」

 何てことを言うんだ春木すばるという男は。

 俺だって人並みに落ち込んだりするし、春木が言うほどチャランポランでもないぞ!

「でも、呼び出されて怒られるなんて……」

 何で江夏は怒られたという前提で話を進めているんだ。

 もしかしたら褒められたかもしれないじゃないか。

 まあ、実際遅刻をしないようにと言われ、怒られたようなものなのだが。

 と、そこで俺はまた柊との会話を思い出してニヤニヤしてしまったらしく、江夏の表情が怒りモードへと変化した。

「このっ! 折角あたしが心配してんのに、何ニヤけてんのよ! バカッ!」

 江夏なつみはそう言って、俺にピンク色の消しゴムを投げつけた。更に俺の意識が右下に落ちた消しゴムに向かったのを見ると、素早く立ち上がり、弁慶の泣き所へのトゥーキック。

「はうぁ!」

 激痛に、大声を出す俺。しかし、痛くても夢から覚めなかった。

 つまり、今居るのは現実なのだ。

 あんじぇらと恋人同士になったことが夢ではないことを確信し、更にニヤけた。

「な、何笑ってるの? キモいんだけど……」

 江夏なつみは、引いていた。ドン引きというやつだ。

 まあ確かに今の俺は相当気持ち悪いに違いない。

 もっと蹴ってくれ、もっと踏んでくれ状態だった。

 江夏は、ドMトランス状態の俺を無視して、再び体育館の冷たい床に座ると、鉛筆を持って一枚の紙に何か書いていた。

「さっきから、江夏は何しとるんだ?」

 俺が座る江夏に訊くと、

「…………」

 無視である。

 ショックだ。

 鉛筆を走らせたり、ピンク色の消しゴムをかけたりしていて忙しそうだ。

 俺が、江夏が書いている何かを覗き込むように見ようとしたところ……隠された。

 悲しい。残された選択肢は、春木すばるにアイコンタクトで訊くことだけであった。

「……」

「ああ、江夏は今な、対戦表を作っているんだ」

「対戦表?」

「そうだ。来月に、大会があるだろう? はっきり言って今までの卓球部の活動といったら、お遊び以外の何でもなかった。まず何事も楽しむことから始まるからな。勉強だってそうだろう? それで、だ。まず試合というものがどのように進行するのか、というのを知らないと、本番で赤っ恥だろう? だからまずは部内で真剣勝負をしようという試みだ。なお、俺が決めた事、つまり部長決定なので拒否権は無いぞ」

 要するに、部内で試合をするから、その組み合わせ表や勝敗表を江夏が作っているということらしい。

「できたっ」

 江夏は、座ったまま完成した対戦表を掲げていた。可愛いとか思ってしまった自分を恥じたい。何故なら俺は、あんじぇらの恋人なのだから。他の異性に心奪われるなんてことがあってはならないのだ。

「どれ、見せてくれ」

 春木がそう言って江夏から紙を受け取り、チェックした。

 俺もその紙を見たが、その内容が夢物語すぎてなんだか泣けた。

「問題は……俺達三人の他の部員が、どれだけ来てくれるかだよな……」

 その対戦表には、卓球部に多く存在する幽霊部員の名前も全て書き連ねられていたのだ。

 この学校の卓球部は、俺達が入学する以前は活発に活動していて、全国大会に出場したこともあるような強豪だったらしい。それが、数年前に何故か一度活動休止になってからは顧問も違う人になり、練習もほとんどしなくなった。今はと言えば、部員の登録数だけは一番多いのだが、実際に活動している人数は、部長である春木と、俺と、江夏なつみの三人のみであった。

 少なくて実に寂しい。

「来るもん! 試合だって言えば、何人かは、きっと……」

 健気な江夏だった。



 部活を終えて、家に帰る。

 俺は帰って着替えた後すぐに布団に潜り込んだ。あんじぇらと恋人同士になったことの嬉しさにのた打ち回ったり、江夏に申し訳ないというわけのわからない感情を抱いたりしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 そして夢を見た。

 夢の中に出てきたのは、進路指導室で出会った謎の少女まことちゃんだった。

「約束を破りましたね」

「約束?」

「もう忘れたですか? 寝てましたと言って謝れば良いとでも思っているですか?」

「だから何のことだよ。お前と何か約束した記憶はないぜ?」

「私とじゃありませんよ」

 夢の中の時田まことはそう言った後すぐに消滅した。




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