第4章-4 俺が見つけた新たな夢
「どういうことだと思う?」
江夏は言った。
「どうって……そんなのわからねえよ」
俺が答えた。
放課後になって人の少ない時間帯になった。
階段の一番上の段に隣り合う形で座って、俺と江夏なつみは話をしていた。
話題はもちろん、時田まことについてである。
最初から謎だった彼女の存在であったが、正体を探っても謎のままだった。
少ないが聞いた話を整理しよう。
まず、職員室で鈴木先生に聞いたのは、彼女が三年二組の生徒で特待生であるということ。次に、三年二組の教室では、嶋先輩をはじめとするクラスメイトの雰囲気がおかしかった。
「クラスの人たちと、仲悪いのかなぁ」
俺もそれ以外に思い付かなかったが、何かが引っ掛かった。
もしかして――と俺は思った。
「実は、もうこの世に居ないとか」
軽い口調で、重苦しいことを言った。
俺はどちらかと言えば心霊現象とかを信じるタチだった。もしも時田まことが幽霊だったとしたら、進路指導室から消えたことに説明が付いてしまう。
全ての不思議現象を霊なるものの仕業だと言い切ってしまったら幽霊たちに呪われてしまう気もするが、客観的に見て、時田まことが人間であることは疑わしかった。
「そういうこと言うの、やめなよ。冗談でも、よくないよ」
おこられた。
「ごめん……」
「あたし、春木くんに訊いてみようと思う」
「春木に? 何で?」
「春木くんは、この学校の中のこと良く知ってるから、もしかしたら時田まことって子のことも知ってるんじゃないかな」
そういえばそうだ。
春木は、誰も知らないようなことを知っている。
この学園の歴代遅刻記録のことも知っていたし、俺が知る限りでは、誰よりもこの学園について詳しいかもしれない。
「でも、俺は……」
「だから、あたしが聞いてきてあげるって言ってるのよ。できれば、春木くんが機嫌を直してくれるのが良いんだけど、秋川のことになると、取り付く島もないからね」
「そうか。ありがとう」
「元気ないわね。しっかりしなさいよ! そんなんじゃ、本当に不幸になっちゃうよ!」
「ああ」
少し、希望とか、勇気のようなものが湧いた気がした。
思えばそうだ。そうなんだ。時田まことが本当のことを言っているのかどうか、わからないじゃないか。
校内放送で呼び出されて、一方的に「遅刻したら不幸になる」と言われて、その通り信じてしまって疑いもしなかった。どうして俺は、真偽を疑うということをしなかったのだろうか。
何の判断基準も無しに、信じ切ってしまったのだろうか。
時田まことという存在が嘘を吐いているとしたらどうだ。
俺の全ての葛藤が無駄で、今朝車にはねられた痛みだって無駄だったことになる。
「大丈夫! あたしに任せて。絶対、秋川を不幸になんかしないから!」
「…………」
「約束する。あたし、秋川と違って約束は絶対に守るんだから。絶対、絶対!」
絶対という言葉を繰り返しながら江夏は立ち上がった。
「ああ」
でも、この世界に、絶対なんて無い。
「ったく、女の子にちょっとキツイこと言われたからって、何落ち込んでんのよ。昔っから女々しいんだから」
階段を一段ずつリズミカルに駆け下りながら江夏は言い、俺はその言葉に多少傷ついたが、確かな事実だな、と思って重く受け止めた。
取り返せない罪も、あるかもしれない。
でも、取り返せる罪もある。
俺は、俺の罪を取り返したい。
あるいは、もっと大きな善行で上書きしたい。
そして、あんじぇらの信用と春木の信用を取り戻して、もう一度卓球部を復活させるんだ。それが、俺が見つけた新たな夢だ。
大事なことに気付かせてくれたのは江夏だ。
だから俺は、階下の踊り場から俺を見上げる江夏に言うんだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
江夏なつみは満開に笑っていた。