第1章-2 遅刻しといて誠意がないのは人として最低である
キンコンカンコン。五分後チャイムの音がした。冬は街が静かなのでチャイムの音がよく響くな、と思った。遠くから聴こえてくるということは教師が異常な遅れ方をしない限り、今日も出席簿に遅刻マークが記されるわけだ。多少憂鬱だが、もう慣れたな。
緩やかな上り坂を登り、門の前に立つ。
人一人分が通れる程の隙間を空けて門が閉められていて、その隙間から中に入る。昇降口で靴を履き替え、ここで、ようやく俺は走り出す。もう遅刻が確定しているのに、何故走るのかと言えば、少しでも急いだ感じを演出するため。ダメ高校生……どころか人として最低である。小学校時代から何百回と遅刻を繰り返して来た俺から言わせてもらえば、遅刻しておいて「おはよう!」なんて堂々と言いながら入ると、間違いなく先生に怒られる。それで怒らない先生は先生じゃない。もし怒らない先生だったら俺が先生だと認めない。
戸を開ける。
「はぁ、はぁ」
息を切らせて教室に入る。第一声はもちろん、
「ごめんなさい」
そして頭を下げる。安っぽい誠意だ。半分以上演技であるからだということは言うまでもない。
「……」
あれ、でもおかしいな。いつもなら、ここで担任教師に「いい加減にしろ」と軽く頭を引っ叩かれたりするのだが、今日はそれがなかった。
「何してんだ、お前。先生ならまだ来てねえぞ?」
ほう、マジか。なんという幸運。十二星座占いで最下位だったのだが、やっぱり所詮は朝の占い。アテにはならないのかね。
顔を上げて周囲を見渡すと、クラスメイトの注目を集めていた。しかし、そんなことは慣れているしクラスの皆にとっても俺が遅れてやって来るのは日常茶飯事なので、すぐに俺から視線を外して、自然な喧騒が訪れた。
「珍しいな、先生がこんなに遅いなんて。もうホームルーム終わって職員室に戻ったんじゃないのか?」
「いや、本当にまだ来てねえんだよ。ラッキーだったな」
「まったくだ」
今、俺と話しているのが、友人の春木すばるという男だ。
「いやー、惜しかったな」
春木はそう言って、心底残念そうな表情をした。
「惜しかったって何がだよ」
心当たりの無い俺は春木に訊ねる。情報通の春木のことだ、惜しかった何かがあるのだろう。
「いやさ、連続遅刻記録がさ、四十九までいってたろう? 五十まで行けば新記録だったんだぜ? 本当に惜しかったよな」
そんな不名誉な記録はいらない。
「でも、まだ大丈夫だぜ、学園史に名を残す機会は残ってるからな。年間遅刻数の最高記録の方が、ちょうど後一つで塗り替えられるらしい。偉業じゃないか」
どこが偉業だ。野球の世界最高峰メジャーリーグでの年間最多安打記録とかなら確かに偉業だが、高校の年間最多遅刻記録なんて不名誉極まりないだろう。
そんな形で学園史に名を残したくないぜ。