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1、遅刻者根絶計画  作者: 黒十二色
第3章
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第3章-6 恋人未満になろう

 次の日は、土曜日で休日だった。

 時刻は午前十一時ごろ。俺は自宅の黒い電話の前で腕組をしていた。

 電話を掛けようかどうしようか迷っていたのだ。

 あんじぇら、春木、江夏。

 電話を掛けるとしたら、誰に掛ければ良いだろうか。決めきれないでいると、

 ジリリリリリと電話が鳴った。

「もしもし」

 受話器を持ち上げて耳に当てる。通話。

《…………》

「もしもし?」

 無言電話だろうか。

《あの……秋川くん?》

 あんじぇらの声だった。

「あ、あんじぇらか?」

《うん……昨日は、えっと、ごめんなさい。少し、言い過ぎたと思って……》

「いや、俺が、悪いんだ。俺が、遅刻したせいで……」

《そうみたいだね……》

「…………」《…………》「…………」

《それでさ、少し大事な話があるんだけど、今日、これから会える?》

「もちろんだ」

《わかった。じゃあ……午後二時に、中央公園の噴水前に来てくれるかな?》

「ああ、行くよ」

《遅刻……しないでね》

「ああ。誓って遅刻はしない」

《秋川くんの誓いは信用できないなぁ》

「…………」

 通話が終了した。

 午後二時に、中央公園の噴水前か。公園までは自転車で十五分ほどだ。だが、どんなアクシデントがあるかわからない。絶対に遅刻しないために、俺は今すぐに、家を出ることにする。まだ午前中で、約束の時間までは三時間ほどあるのだが、もう絶対に遅刻をしないと誓ったのだ。

 俺は家を出て、ママチャリで中央公園に向かった。



 それにしても、大事な話というのは、一体何だろうか。

 俺は自転車を公園の前にある駐輪場に置いた。

 噴水を背にしたベンチに座ってあんじぇらを待つ。

 その間、俺の頭の中では良い予感と嫌な予感がぐるぐると廻り続けていた。

 季節は冬だが、陽射しが強かったので暖かく、苦痛という程ではなかった。

 あんじぇらがやって来たのは、午後一時半。約束の時間の三十分も前だった。

「……おまたせ」

「いや……いつも、こんなに早いのか?」

「……そんなことはないけど……私が呼び出したんだから、私の方が先に来ようと思ってたんだけど……いつからここで待っていたの?」

「三時間前くらい」

「……バカみたい」

 ひどい。

「でも、よっぽど、懲りたみたいだね」

 あんじぇらはそう言いながら、俺の横に座った。

「懲りたって……?」

「遅刻したことで、先生が解雇されたでしょう?」

「解雇? 退職したって……」

「学生手帳、見たことある?」

「何だよ、急に――」

「学生手帳に、校則が書いてあるでしょう? そこに、一年間で遅刻してはいけない数が書かれているの。一年間で遅刻して良い数は、五十回まで」

 どういうことだ?

「つまり、秋川くんの遅刻回数はそれを大きくオーバーしていたの。時田まことっていう、生徒会の子から聞いたんだけどね――」

 またあの女か。

「秋川くんのことで何度も職員会議が開かれて、今週の月曜日の時点で『あと一回遅刻したら、秋川くんが退学になること』が決まったの。この意味がわかる? 先生は、秋川くんのかわりに学校を去ったんだよ? 自分の責任としてね」

「そんな……」

「でも、それだけじゃ足りなかった。本来なら、退学になるはずの生徒を在籍させるのは、ルール違反。何らかのペナルティが必要になった。そこで、卓球部が活動を休止することで対応したの。だから、今回のことは全て、秋川くんが遅刻し過ぎたことに原因がある。秋川くんの所為なの」

 それじゃあ……俺が担任の職を奪い、卓球部という、春木すばると江夏なつみの居場所を奪ってしまったということになるじゃないか……。

 ……謝らなくてはならないことができたと思った。

 償わなければならないと思った。

「私は、昨日一日、ずっと考えた。秋川くんのことは好きだけど、距離を置こうとも思った。もしも反省していなくて、ここに来る約束の時間に遅れるようなことがあれば、もう二度と口もきかないようにしようって決めてた。だけど、秋川くんにも、誠実さがあって、遅刻グセを治そうって必死になってるのが伝わったから、私たちは、今まで通り仲良くいたいと思う。もちろん、秋川くんがよければ、だけど」

「俺は、あんじぇらのこと、好きだから、彼女でいて欲しいよ」

「江夏さんと私、どっちが好き?」

「え?」

 突然の質問に、驚いた。どうして、そんなことを訊くのだろうか。

 俺が過去に江夏なつみのことが好きだったのを知っているのだろうか。

「知ってる? 江夏さんに大学生の彼氏がいるって話」

「あ、ああ」

「それね、デマなんだってさ」

 え?

「そんな……」

「こんなこと、私が伝えるべきじゃないかもしれないけど……江夏さんね……秋川くんのこと、好きだって、言ってた」

 え?

 俺は混乱していた。ただ、あんじぇらの言葉が頭に何度も響いて、その意味を何度も何度も考えた。何度考えても、言葉通りの意味以外見つけ出せなかった。

「秋川くんも、江夏さんのこと、好きでしょう?」

 何もかも、あんじぇらは知っていた。

 彼女は、もしかしたら俺以上に俺のことを知っているのかもしれない。

 俺は彼女の問いに、こくりと頷くしかできなかった。

「やっぱり……そうなんだ」

「でも! 俺は、あんじぇらのこと、好きだ!」

「ありがとう……。でも、もう一度よく考えてみて。その上で、私を選んで欲しい。秋川くんが、自分の気持ちをはっきりさせるまで、恋人未満になろう?」

 俺は、再び頷く。

 あんじぇらを選んだつもりだった。

 はっきりと、そう思っていた。

 でも、江夏が本当は誰とも付き合っていなくて、それどころか、俺のことが好きだという情報を聞かされて、大きく揺らいだ。

 迷っている自分に気付いてしまった。

「さて、私はもう行かなきゃ。人と会う約束があるの。遅刻しちゃう」

「そ、そうか……残念だ。もう少し話したかったんだが……」

「ん、ありがとう。もしよかったら、明日、日曜日でしょう? 明日も、今日と同じ時間にここで待ち合わせない? 明日は、大事な話とかじゃなくて、友達……として会うの」

「ああ、いいぜ。また……明日」

「約束よ」

「約束する」

「今日はわざわざごめんね、ありがとう、ばいばい」

 あんじぇらは早口でそう言うと、走り去って行った。




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