第3章-5 最後のチャンス
しばらくして、卓球部部長である春木すばるが戻って来た。
表情は、暗かった。
「…………」
無言。
「生徒会長、何だって?」
俺が訊くと、
「……卓球部は、無期限活動休止だそうだ」
悔しそうに言った。
「どうして……」
と江夏。あんじぇらにしがみついたまま、涙声。
「原因は、秋川、お前にあるらしい。この意味が……わかるよな?」
え?
俺が原因とは、どういうことだろうか。俺が卓球部を活動休止にするような悪行をした記憶は無い。だから俺は――
「わからない……」
と言って首を振った。
春木とあんじぇらが溜息を吐いた。
「救えないな」
春木が吐き捨てた。
「ダメ人間! 顔も見たくない!」
と江夏が叫ぶ。
「信じられない……。本当なら地に頭をぶつけて謝るくらいはするべきなのに、謝ろうともしないなんて……」
あんじぇらまでもが、俺を責めた。
彼女にそこまで言われたのがショックで、俺は一番悲しんでいるように見える江夏に、
「ごめん、本当に俺のせいかわからないけど、好きなだけ蹴るなり殴るなりしてくれていい!」
と言った。とりあえず謝っただけの、意味の無い謝罪だった。
「今の秋川なんて、蹴りたくもないわよ!」
「あっ、なっちゃん!」
涙を拭いながら走り去った江夏を、あんじぇらが追いかけていった。
そして、呆然と立ち尽くす俺に、春木は別れの言葉を告げた。
「もう、お前のことなんか知らん。勝手にしろ」
どうやら絶交されたらしい。
ゆっくりと歩き去っていく春木の背中を、夢の中の出来事を見るような感覚で見つめた。
「秋川あきひと」
また、声がした。あんじぇらが戻ってきたのかと思って振り返ったが、そこにあんじぇらの顔は無く、誰も居ないように見えた。
視界の下のほうに、何かが見えたので、見下ろすと、俺に「幸福になれない呪い」をかけたらしい時田まことという制服少女が立っていた。
とても小さな体なので、視界に入るまで気付かなかった。いつからここに居たのだろうか。
「私のこと、憶えているですか?」
彼女は俺を見上げながら言った。
「時田……まこと……」
俺は呟く。
「憶えてくれていましたか。よかったです」
「何を……しに来たんだ?」
「私のことを憶えているのでしたら、私の言ったことも憶えていますよね」
「…………」
「私は、既に、あなたに『幸せになれない呪い』を掛けました。担任教師が退職せざるを得なくなったのも、卓球部が活動休止になったのも、全て、私があなたに掛けた呪いのせいです」
「ど、どういうことだ……?」
「あなたが、遅刻をしてしまったことが全ての元凶なんですよ。物語が、あなたの知らないところで進行していたという、ただそれだけのこと」
「俺が遅刻したのと、先生がいなくなるのと部活の活動休止がどう関係あるんだよ!」
「それは、自分で考えて下さい。私は、答えを教えることはできません」
「幸福になれない呪いって……一体何なんだよ……」
「言葉通りの意味ですよ。でも、そうですね……もう一度だけ、チャンスをあげます」
「え?」
「これからの高校生活で、一度も遅刻しないと誓って下さい。そうすれば、今までの呪いは消滅するでしょう。誓うか、誓わないか。どちらかを選んで下さい」
「誓う!」
即答した。
「……秋川さん。これが、最後のチャンスです。もしも誓いを破ったら、幸福になれない運命が確定します」
「ああ……」
「がんばってください」
そう言って、時田まことは走り去った。
俺はまたしばらく、呆然と立ち尽くしていた……。