第3章-4 卓球台と江夏なつみの涙
金曜日の放課後は、部活がある。
ひたすら春木と卓球をするだけの活動だが、それなりに楽しい部活。江夏もいるしな。
「…………」
「…………」
昨日から元気の無い春木と、狭い部室に二人。
何となく気まずい雰囲気が漂っていた。
俺、春木の気に障るようなことをしてしまったんだろうか。思い当たる節は無いのだが、知らぬ間に他人を傷つけてしまうこともあるだろう。かと言って、自分で原因がわかっていないのに、とりあえず謝るなんていうのは、むしろ最低の行為かもしれない。でも謝らないと何も始まらないかもしれない。よくわからないジレンマの中で、自分がパンツ一枚で立ち尽くしていることに気付いて、寒さに少し震えた。
と、その時だった。
バタン!
「部長! 秋川! 大変!」
ジャージ姿の江夏なつみが、闖入してきた。
「なっ」
トランクス一枚の俺は、何とか狼狽を隠そうとしたが、江夏はそんなことは気にしていない様子だった。
「どうしたんだ、江夏」と春木。
「説明は後! 来て!」
江夏は叫ぶと、俺と春木の腕を同時に引っ張る。
「ちょ、ちょっと待て、一瞬で着替えるから待ってくれ」
「早くして!」
「お、おう」
急かされながら、何とかジャージへと着替えを済ませ、江夏に続いて走った。
「何があったんだ」
俺が訊くと、
「来ればわかるわよ!」
と返ってきた。
三人、ドタドタと走り続け、前を走っていた江夏が立ち止まったのは、体育館の横の広場だった。
「え……」
ガタガタガタ、という音が響いている。
俺達が普段使っている卓球台が、見知らぬトラックに積まれている最中だった。部員数だけは多い部活だったし、昔はそれなりの名門だったので、卓球台の数は多かった。普段は倉庫に入っている卓球台が体育館横の広場に並べられ、次々とトラックの荷台へと消えていく。
「あの、その台……」
春木が、卓球台を運ぶ男に話しかけた。
「ああ、これ? なんでもここの卓球部が活動休止になったそうで。それで他に卓球台を欲しがっている学校が買い取ったらしいです」
「活動休止? そんなの、聞いてねえ……」
「春木くん……一体何が……」
「わからないけど……おそらく……とにかく、生徒会長に訊いてくる」
春木すばるはそう言って、校舎の中へ走って消えた。
卓球台を運ぶ男は、そのまま作業を続け、やがて、俺と春木が毎日のように使っていた卓球台が、トラックの中に飲み込まれた。寂しいと感じた。
「秋川……」
江夏の戸惑ったような表情を見て、悲しくなった。
巨大なトラックは、体育館にあった全ての卓球台を飲み込むと、大きめのエンジン音を立てて裏門の外へと走り去って行った……。
「…………」
江夏は、声を出さずに涙を流していた。卓球台を全て失うということは、卓球部が卓球部として活動できないことを意味する。そして、それは部の存続が困難になったということだ。それを理解して、江夏なつみは泣いているのだろう……。
「秋川くん?」
そんなタイミングで現れたのが、俺の恋人である柊あんじぇらだった。
「あんじぇら……」
「え? なっちゃんが、泣いてるけど……何で? 何かあったの?」
なっちゃん?
いつの間にそんなフレンドリーな呼び方をするようになったんだ、あんじぇらは……。
「あたしの……居場所……」
江夏は呟き、柊にしがみついて、
「うぇええええっ、あぁあああっ!」
大きく、声に出して泣いていた。
俺も、悲しかった。