第3章-1 一緒に遅刻
朝、「ピヨピヨ」と鳴く目覚まし時計に起こされることなく起き上がり、ぼんやりとした意識の中で時刻を確認する。
「……じょ……冗談……ふはは」
思わず笑ってしまった。失笑というやつだ。
時刻は、八時半。
間もなく遅刻確定の鐘が鳴る。
瞬間移動でもしない限り、もう朝のホームルームには間に合わない。
今日が休日だったらよかったのだが、あいにくの水曜日だ。
時田まことという謎少女が言うには、俺が遅刻した時「幸福になれない呪い」を掛けるという。
つまり、俺の人生が終了するということだろうか。
きっとそうだろう。そうなんだろう……。
「うおー、やっちまった……」
あんじぇらと長電話して、布団に包まっても眠れなくて、気付いたらぐっすりで、遅刻確定時間に起きて、こんな自分を恥じたい。
俺は本気の大急ぎで家を出て、駆け出したが、門の外に出たところで遅刻確定を告げるチャイムの音が遠くから聞こえて来た。
人生終了のお知らせ――。
登校した。
規定の時間からは十分以上過ぎていた。
「あれ? 担任は?」
担任がまだ到着していなければ、遅刻にはならない。しかし、春木が発した言葉は、
「もうホームルーム済ませて職員室戻ったぜ」
無情だった。
その時、教室に可愛い人の声が響き渡る。
「すみません! 遅刻しました!」
柊あんじぇらが、またしても遅刻していた。
「あんじぇら、もう先生職員室よ」
あんじぇらと仲の良い女子が言った。
「あ……」
朝のホームルームにも間に合わなかった遅刻者は、職員室に行き、遅刻カードなるものを書かなくてはならない。学年、クラス、出席番号、名前、そして遅刻した理由を書いて提出するのだ。やむを得ない事情だと判断されれば遅刻ではなくなる。
「行こうぜ、あんじぇら」
俺はあんじぇらの腕を掴むと、教室を出て歩き出した。
「え? え?」
戸惑うあんじぇらを引っ張って寒い廊下を歩く。
遅刻に慣れていないと職員室に行くことを忘れてしまうんだ。
それで怒られた生徒を俺は何人も見てきた。
遅刻のエキスパートである俺は職員室に行くことを絶対に忘れない。
「職員室に行って、遅刻カードを書くんだ」
説明した。
「あ、うん」
頬を赤らめて頷く姿が可愛かった。どさくさに紛れて、手を繋いだ。
それにしても、二人揃って遅刻してしまったのが何だか嬉しい。もちろん遅刻なんてするべきじゃないんだけど、二人が通じ合っているみたいで、嬉しかった。
俺はあんじぇらの手を離し、職員室の扉をノックして、開けた。
「すいませーん、遅刻しましたー」
室内の空気は、何故だか張り詰めていた。
俺はいつものように職員室に入ってすぐのところに置かれた台の上で遅刻カードに必要事項を記入した。遅刻の理由には『寝坊』と書いた。いつもと違うのは、隣にあんじぇらが居たことだ。あんじぇらは、俺が記入するのをじっと見た後に、同じように記入した。
「秋川」
俺の横に、担任教師の佐藤がいた。
「は、はい」
「もう二度と、遅刻するんじゃないぞ。約束しろ」
「え……はい……」
「絶対だからな。約束だからな。破ったら、許さないからな」
何だか様子がおかしかった。
「どうしたんですか、先生」
「…………」
返事は無かった。
「すみませんでした。行こう、秋川くん、一限目に遅れちゃうよ」
あんじぇらがそう言ったので、俺は一礼してから職員室を出た。あんじぇらが俺に続いて出て、扉を静かに閉めた。そして俺達は、早足で教室へと向かった。
で、教室に戻ってすぐに、楽しそうな声で春木すばるが話しかけてきた。
「おい、秋川、やったな!」
「やったって……何が……」
「一年間の遅刻数新記録だよ」
「ああ、そういえば、そんなことも言ってたな……」
不名誉な記録を打ち立ててしまったらしい。
もう遅刻しないって誓ったのに、俺の誓いのコンニャクぶりには自分でも呆れてしまうな。