第2章-3 火曜日の朝
今朝は、ばっちり朝のホームルームに間に合った。
昨日までは四十九回連続遅刻をしていた。昨日も担任教師が会議で遅れたため、遅刻という記録が付けられなかったというだけであって、間に合ったとは言いがたい。
きちんと間に合う時間に登校するのは……何日ぶりだろう。
前回遅刻しないで登校した日というものは、既に遥か遠くのかすんだ記憶である。そして、俺が間に合うように登校すると、クラスメイトは決まってこう言うのだ。
「何かあったの?」
心底心配そうな表情で訊ねてくる。まるで俺が間に合うように登校してはいけないとでも言うように。
「別に……」
俺はそう答えた。
何かがあったと言えばあった。とても嬉しいことがあった。あんじぇらが俺のことを好きでいてくれて、恋仲になったことだ。
周囲を見渡してみたが、あんじぇらの姿が無かった。春木の話では、いつも一番乗りで登校しているらしいのだが……。最近は風邪も流行しているからな。心配だぜ。
そして俺は、数十日ぶりに教室で八時半の鐘を耳にした。
「はい、着席ー」
担任の教師が、教室の扉を開けて入ってきた。
「起立」
学級委員でもある春木が号令をかけると、皆が立ち上がる。
「きをつけ、礼!」
「おはようございます」
頭を下げながら、教室に居る生徒たちがそう言うと、
「はい、おはよう」
久しぶりのやり取りが新鮮で、何だか眩しかった。
「欠席者は……おや? 柊はどうした?」
あんじぇらは、まだ来ていないようだった。
事故とかに巻き込まれていやしないだろうか。心配だ。
「柊さんはまだ来てませーん」
あんじぇらの隣の席の女子が手を挙げながらそう言うと、担任はとても驚いた表情をした。
クラスの皆も驚きの声を小さく漏らす。少しざわついた。
「今日は、珍しいな。秋川が間に合って、柊が遅れるなんて……」
春木は呟き、俺の目をじっと見つめた。
「な、何だよ」
俺は何となく目を逸らした。
「……柊とお前、何かあったのか?」
勘付かれた。
このままでは、俺が柊あんじぇらと仲良くなったことがバレてしまう。
と、その時、
「すみません! 遅れました!」
あんじぇらが、遅刻してやって来た。
「ん、おお、柊。珍しいな。遅刻とは。何かあったのか?」
担任教師の心配そうな問いに柊あんじぇらは、
「いえ、すみません、寝坊です」
と答えた。
先刻、もしも俺の恋人が遅刻魔だったりしたら嫌だ、とか思ったが、あんじぇらなら毎回遅刻して来ても許せてしまうと思う。何故なら俺は今、恋に狂っている状態なのだ。
ばちん。と顔を上げたあんじぇらと目が合った。そして彼女は、すぐに視線を逸らした。
「まぁいいか。席に着け」と担任。
「はい」とあんじぇら。
その後一度も目を合わせることなく着席した。
なるほど、そうか。俺と恋仲になったことは皆には内緒というわけだな。秘密のお付き合いというものには多少、興奮を覚えてしまう。
「秋川。何ニヤニヤしてるんだ? 昨日から変だぞ?」
春木に言われて、自分の頬を押さえた。
「な、何でもないぞ。ニヤニヤなんかしてないぞ」
「そうかぁ?」
訝しげに俺を見る春木だった。