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「どっちもどっちだと思うんだけどォ」

作者: かまイタチ
掲載日:2026/03/07

(短編は)初投稿です。

読んでくれてありがとうございます!

批評等々含め評価のほどよろしくお願いします!

「もういい加減にしてくれないか」

怒号が鳴り響く。

「私だって一生懸命やっているの」

もう一つ、怒気と今にも泣き出しそうな声が部屋を駆け抜ける。

僕はこんな争いに意味があるとは到底思えなかった。だっていつもこうだから。毎朝トイレットペーパーの芯を替えないことや、目玉焼きが固焼きじゃないだのなんだのくだらないことでグチグチ言い合う。毎晩帰りが遅いとか、電気がつけっぱなしだとか、初めは些細な事なのに気づけば怒鳴り合い。仕事のない日くらいは出掛けようと張り切る女と休みの日くらい11時まで寝たい男。結局いつでも大喧嘩。

「最初はあんなに可愛かったのに」

「最初はあんなにカッコよかったのに」

「結局見た目じゃねーか」

「それはお前もだろーが」


喧嘩するほど仲がいい。そんな言葉はよく聞くが、現実でそんな状況有り得るのだろうか。最初は喧嘩などなくまさしく平和そのものだった。互いが互いを思いやり、互いの為に生活できていた。時間が経つと権利を主張し出す。主張の幅が広がる。そしていつしか他人の為に生きてきてた心は、自己を軸に添え出す。というより、戻り出す。

圧迫、我慢、軋轢、争奪、嫌悪。そういう関係。

あの頃の二人とは対義の生活。そしてそれは最早不変である。


さて。

時刻は15時を回ろうという時間帯。

下校中の小学生の声が聞こえる中、僕は部屋で仰向けになりながら《今日の喧嘩》をラジオ感覚で聞いていた。しかしまあ、他人事だとは言え、なんとも痛ましい状況である。


僕は自分の事を善人だとか偉そうに宣う訳ではないのだが、だが決して悪人だとも思っていない。場合によっては手を差し伸べたり、そこに争いあれば調停してやろうという心も持っている。

つまり、隣人の喧嘩を止めてやろうって訳だ。

僕はそんじょそこらの現代人とは違うのだ。


僕はドアを開き、共用廊下をほんの五歩、そして僕の部屋の隣の部屋……争いの本丸を目の前にする。門外漢である自分が疎まれる可能性も否定できない以上、いつでもこの瞬間は少しだけ怖い。だが、いつまでも怖がっている訳にはいかない。目の前に争いがある以上、誰かがそこに居なければいけない。そして今、それは僕でなくてはいけない。

僕はついに気合いを入れてドアをノックする。安いアパートだから当然、インターフォンなんて高級品は存在しない。

ノックに気づいたのか、ドアの向こう側からは怒号が消え、普段からは想像も付かないほどの静けさに包まれる。しばらく待っているとドアが開き、開いた先には男が立っていた。背は高く、筋肉質。肩幅もガッチリしていて、一目で体育会系だと分かった。僕には赤鬼にしか見えなかった。

なるほどこいつが普段のトラブルの根源と見て間違いないと思った僕は

「あの、大丈夫ですか?」

できるだけ赤鬼を刺激しないよう、穏やかに言葉をかける。

「はあ、何がでしょうか」

しかし赤鬼は《『大丈夫』なのはお前の方だ》とでも言わんばかりに所在無さげな表情を浮かべる。む、こいつ、シラを切るつもりだな。だがそうはさせない。なんせ僕は証拠を抑えている。

「普段からよく喧嘩しているようなので、どういう事かと思ったら……あなただったんですね。あなたがそのガタイで女性に圧力をかけ、イジめ、毎度毎度怒らせて……言い逃れしたって無駄ですよ、録音してありますから」

少し感情任せになってしまったが、しかし、それでも尚きょとんとしている男に理解の域を超えた僕は

「《はあ》じゃないですよ、全く。議論なき闘争は全くの無意味なんです。組み伏せても相互理解がなければ真の解決とは言えない。あなたのそういうやり方も高校や大学時代なら認められたでしょうけど、ここは民営アパート。そして相手は女性だ。やっぱりどう考えてもあなたのやり方は間違っているんです」

そう言ってやった。少し言いすぎたかもしれないが、しかしこういう奴にはこれくらい言ってやらないといけないんだ。正義を語るつもりなどさらさらないが、時には正義を騙ってでも守らなければいけないものがあるのだ。相手が強ければなおさら、権力や圧力に屈してはならない。そういう時こそ抗わなければ、戦わなければ勝てない。

「あの」

突如僕の思考が遮られる。

「もしかして、勘違いしてます?」

はあ、勘違い?

「あのですねえ、赤鬼……じゃなくてあなた。それは無理がありますよ。あの声のどこが喧嘩じゃないと……」

「優賀ー」

男は僕をほぼ無視し、彼女の名前を呼ぶ。

僕は「は?無視?」と小声で言った。

聞こえてないと思ったのだが、男に《ぎッッ!!》と睨まれた。

暫くすると『ユカ』と呼ばれた女性が玄関にやってくる。

「あの、すいません。私演劇やってて。公演が近いので、よく家で練習してるんです。なので声が響いてたのかもしれないです、ごめんなさい」

彼女は大人しく頭を下げた。

気づいた時には既に、赤鬼は穿った態度だった。

「優賀はさ、これからって所なんだよ。やっと仕事も増えてきて、演技も上手くなってきて。そしたらいよいよ結婚だって話をしてる時にさ……勘弁してくんねえかな。あんたも色々あんだろうけど、それはこっちも同じなの」

はあ。

「演劇ってのはさ、簡単な世界じゃねえの。最初は裏方、その次に脇役。それを続けて続けてやっとセリフがある役。それだって精々一言二言だよ。そんな優賀が今やちゃんとした役貰えて、その練習してんだ」

シャワーの音が響いている。『ユカ』ちゃんは風呂に入っているようだ。

「だからさ、挫かないでくれよ。俺らの時間、俺らの苦しみを考えてさ。大体お前、この時間に家いるって、ニートだろ。だって、大学生には見えねえよ?」


結局僕はその後15分くらい説教された。途中から赤鬼は感極まって泣いていた。

泣きたいのは僕の方だった。

本来《まあまあ、その辺でやめときなよ》という役柄であるはずの『ユカ』ちゃんは既に風呂に入っている。


僕は限界だと思った。

いい加減帰ろうとしたところ、赤鬼にハイチュウを3粒手渡された。ぶどう味、りんご味、それと期間限定の何からしいが、4秒で忘れた。手が涙で濡れていて気持ち悪かったので、扉が閉まった瞬間に全部ぶん投げたところ、下校途中の小学生にぶつかったらしく、下からギャーギャー喚く声が聞こえたので颯爽と自分の部屋に戻った。最近の子供は些細な事で感情を昂らせる。


自室に戻った僕はベッドに体を潜り込ませる。その日の苦も、楽も全て飲み込んでくれるからベッドは好きだ。身を預けている間、自分は何もしなくていい。ただ考えたいことを考えていればいいのだから。

唯一悪い点は、考えたくないことまで考えなくてはならない点である。

《雰囲気で押し込もうとしていた赤鬼》、《ほんの一瞬でも押し込まれた自分》そして、《自分の事なのに蚊帳の外で湯に浸かっていたユカ》

何より、勝手にニートだと決めつけられたことが許せなかった。それが仮に事実だとして、言っていいことと悪いことがあるだろう。

ふつふつ沸いてきた怒りは、今や沸騰していた。


僕は叫んだ。感情のままに。

壁を伝って『何時だと思ってるんだ』という声。

続いて『人の迷惑も考えられない人なのよ』という声。

僕は飛び起きて。

ドアを開き。

反対側の共用廊下を大股で3歩。


僕の一日は、まだ終わらない。


終わらせて、たまるものか。

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