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短編・その他(ハイファン、童話、推理、詩、純文学、その他)

『王女さま、マッチョ増し増し一丁でございますぞ〜』「あ、おかわりで!」

作者: 二角ゆう
掲載日:2026/02/19

 晴れた空の下、ゴリオス王国の古代円形闘技場は男たちで溢れかえっていた。

 どの男たちの顔もどことなく誇らしげに見える。


 敏腕執事のジルベールは拡声器を使って、案内をする。


「王女さまのマッチョ増し増し一丁選別試験を始めます」 


「「「マッチョ増し増し〜!?」」」


 剣士グループは満足そうに笑みを作る。

「俺たちの時代がやって来た」


 魔導師やパティシエグループは青ざめた。

「あ、詰んだ⋯⋯」


 悲鳴と笑い声が入り交じり大波となる。


「これは王女さまの結婚相手を決めるということでしょうか?」


 その一声に辺りは音が消えた。

 男たちが期待しているのは、ただ一つ。


「あーーー」

 終わらないな⋯⋯。

 終わらないなぁ!

 あっ、もしかしてこの声は残響!?


 執事の肺活量──ほぼ全員がどよめくほどの時間。


「その可能性もあります。

 それではルールをお伝えします。

 武器は何でも良し。魔物が出てきますので、倒してください」


 “あー”を発声練習だと思い込んだ剣士たちは腕を回したり準備を始める。


 魔導師たちは自分たちの手にある魔導書を見てため息をついた。

 パティシエたちは帰り支度を始める。


 その様子を遠く離れた闘技場の観覧席から扇を持った可愛らしい王女が笑顔で見ている。


「戦いの様子は王女さまがご覧になります。満足されましたら終わりになります。それでは始め!」


 闘技場の四方の入り口からは魔物が出てくる。三十分後、大半が逃げ出した。

 もちろん人間の方である。


 そこへ剣士たちの希望を託されたモブ・モブール大剣士。


 王女は近くの地鳴りに顔を向ける。

 砂を蹴り上げ巨大な斧を振り上げるハイオークがモブに近づいていた。


 ハイオークの吐息がかかるほどの距離。


 剣を構えるモブは空へと突き上げた剣を弓なりに体を引いた。

 振り下ろした剣先は残像と化す。

 その瞬間、左右に空気を切り裂き、土埃が舞う。


 モブはハイオークの後方で止まっている。モブの剣先が地面に大きな亀裂を作った。


 ハイオークの濁った悲鳴は空気を揺らす。

 少し遅れて耳の奥にざらりと絡みつく。


 悲鳴が途切れるのと同時に、血なまぐささが立ち込める。乾いた土の匂いに混ざりながら地面へと倒れ込んだ。


「流石は国内でも実力派の大剣士でございますね」


 王女の隣にやってきたジルベールは王女の様子を伺う。

 扇に隠した顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。


「悪くはないわね」


 その奥にはハイオークの何倍にもなるヒグマの魔獣。しかもゾンビ。引き締まったシックスパックから目が離せない。


「まぁ、爺や。あれはヒグ魔ゾンビじゃない! 素敵な筋肉!」

「王女さまの好みかと思いまして。敵側に配置しました、愛称はムキビー」


 ムキムキゾンビ⋯⋯ムキビー⋯⋯。

 なぜかヒグ魔要素がないネーミング。


「ペットにはあまりにも大きいのでお断りですぞ」

「爺やったらいけず〜」


 王女は寂しそうに頬を膨らました。


 周りにいた剣士たちが斬りつける。

 分厚い皮膚にサラサラの茶色の毛。

 ムキビーは膝をつきながらも倒れる様子はない。


 先程のモブが回転斬りを炸裂ぅ!


 ムキビーは威嚇の咆哮を繰り出した。

 大半の剣士が気絶したのだった。



    *    *    *



 ムキビーは鋭い鉤爪をモブに向けた。

 すると“なにか”がムキビーに飛んでいく。


 固い炸裂音と共にムキビーの大きな頭部の骨が遠くへ飛ばされる。絵的にモザイクが推奨される。ゾンビなので頭部が取れても大丈夫。


 そして飛んでいった“なにか”が孤を描いて戻ってきた。


 なんと⋯⋯それは⋯⋯。

「ローリングピン!!」


 王女は嬉しそうに声を上げる。


 説明しよう!

 ローリングピンとはパティシエが使うめん棒である。


 シェフ正装姿のパティシエ・ノエル──上から下まで白い。


 高い鼻と体はシェフコートに身を包んだノエルは戻ってきたローリングピンを乾いた音とともに手のひらに受けた。


 ムキビーが頭を探している間に剣士たちを闘技場から退ける。

 頭を失ったムキビーは絵的にはモザイク推奨。


 そして鋼のように輝くローリングピン。


 頭を付けたムキビーが戻ってくる。

 ノエルはローリングピンを振り上げた。


 王女は観覧席から立ち上がった。


「す、素晴らしいわ! あの上腕三頭筋(二の腕の後ろ側)は美しい形だわ」


 シャカシャカ、シャカシャカ⋯⋯むん!

  泡立て器を動かす際にボウルを固定したりするメイン筋肉。


「それだけじゃないわ。泡立て器を幾多も使いこなして出来上がったあの筋肉は前腕筋群(前腕・肘から下の腕)!

 腕の筋はまさに芸術品!」


 シャカシャカ、シャカシャカ!

  泡立て器の柄を握り、素早く回す動作には絶対に必要。


 ジルベールはシェフコートで隠されたノエルの腕を見続けている。


「王女さま、ノエル殿はシェフコートを着ておりますが、まさか透視スキルが⋯⋯!?」


 王女は顔が熱くなる。

 口元を隠していた扇で顔全体を仰ぎ始めた。


「違うわ、脳内補完よ!」

「まさか、ノースキルでそこまで⋯⋯恐ろしい能力ですぞ!」


 ノエルの振り上げたローリングピンは素早く後ろにわずかに動いた。


「見て、振り下ろすわ。あの前腕筋群!!」


 ノエルとムキビーの距離は三歩も離れている。


「しかし、あそこからムキビーに当てても力が最大化されませんぞ」


 ノエルが振り下ろしたローリングピンが地面に当たった瞬間、目眩を覚えた。


 違う、地面が揺れたのだ。


 そう認識した頃には、耳が轟音に蹂躙される。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ⋯⋯

 風が舞い上がり、視界が霞む。

 土の匂いが鼻腔を刺激する。


 頭を全方向から支配されたような音の暴力。


 耳は何も認識できない。


 ムキビーの周りの地面は重力を反対にしたように空へと襲いかかる。


 ジルベールは傘を王女の目の前に差し出すと高速回転させる。

 その隙間から王女の柔らかな金髪がそよぐ。


 音の揺れだけが皮膚を刺激する。


 王女の真隣に大岩が飛んでくる。

 衝撃の後、石の観覧席は瓦礫となった。

 幾つもの破片は脆くも崩れる。


 爆発ともとれる衝撃に辺りのそこかしこに岩が衝突して土煙を上げる。


『あれは⋯⋯もしかして不屈鋼アンブレイカブル製のローリングピン?』

 声がかき消される。読唇術で会話を補完する。


 不屈鋼といったらミスリルと並ぶほどの素材。


『地面を削るあの硬さは剣の素材でも一級品の不屈鋼でごさいますぞ。

 それにしてもそこまでの素材を使ったローリングピンは一体何のために⋯⋯?』


 やっと空気振動が収まってくる。


 瓦礫が盛り上がった闘技場が少しずつ明らかになる。


「ムキビーいないわね」

「あの瓦礫の山に不屈鋼の攻撃。地上には戻れないほどの深みにムキビーは落ちたかと」



 ようやく話し始めたが、左側から賑やかな振動とともに耳を劈く鳴き声──鋼竜スチールドラゴンだ。


 一番近くにいるのは魔導士のアレン・ルーン。


「ベタな組み合わせね。ドラゴンに魔導師といったら──」


 アレンは手元の魔導書を開いた。


「詠唱魔法ですかな? 鋼竜なので、光か炎か」


 アレンは魔導書を閉じると構えた。

 あの構え⋯⋯古代の円盤投げを彷彿とさせる。

 遠心力を使い身体をギリギリまで回転によって締め上げる。


「もしかして⋯⋯でも鋼竜まで距離が足りないわ」

「いえ、王女さま、あれは魔導書に魔法がかかって──」


 ジルベールの解説も虚しく、爆風が生み出された。


 あまりにも高圧の風に岩山のような巨体が後ろに滑る。


 アレンは右から魔導書を持ったまま水平に回転させたのだ。


 つむじ風が巻き上がり、瓦礫の飛ばされる豪快な音が響く。

 あっ目が痛い。砂!砂!


「衝撃波ね、素敵」

「物理攻撃!? 魔導師なのに魔導書に保護魔法!?」


「物理的な攻撃に風魔法によるブーストアップ。まさに筋肉と知の融合ね」

「王女さま、99.7%物理でカバーですぞ!?」


 王女は嬉しそうに扇を動かす。

 ジルベールは胸を張り王女を盗み見る。


「どうですか? 王女さま、マッチョ増し増し一丁でございますぞ〜」

「あ、おかわりで!」


 王女はきらきらと少女のような顔をジルベールに向ける。


「むむむ!? 爺やは動悸がしますぞ」

「あっまた歳のせいにするのね」


「まぁ、今回はシェフのノエルに魔導師のアレン⋯⋯ふふ、大収穫ね」


 王女は手を挙げて終わらせようとした。


 だが、何かが反射した光に目が眩む。


 闘技場には人こそはほとんどいなくなったが、男たちが待ってきた武器や防具が散乱している。


 それを丁寧に拾い上げると腕の上に乗せていく青年。


「爺や、あの青年は?」

「あれはセーゴ・グリズリー。最近来たヒグマ族の青年ですな。まだ雑用の仕事ばかりですぞ」


 端正な顔立ちの中にもきりりと太い眉が精悍さを際立たせる。

 そして頭の上の方に覗くふわふわとした純白の三角耳が王女の興味をくすぐる。


「アルビノのヒグマですの!?」

「そうですな」


 器用に十本の剣を腕に乗せている。

 戦闘で岩が突き出た悪い足場を気にせず進んでいる。


 そこに一匹のわんちゃん。


 ちょっと凶暴的なのかセーゴの足に噛みつこうとしている。


 足を上げるとわんちゃんが牙を剥く。

 とっさに反対の足の方向を変えてわんちゃん目掛けて前蹴りをする。


 わんちゃんは牙をみせて威嚇。


 お互いから出た攻撃はぶつかり合い、空間が歪んで見える。


 先程の魔導師アレンのような衝撃波が太陽の下で光る。

 鋼竜を倒したアレンはその衝撃波で遠くに飛ばされていった。


「こらっ、せめて剣を下に置かせて」


 わんちゃんとの攻撃を平然と相殺したサミュエル。

 片手でスボンのボタン近くに手を伸ばすと、何かが動く。


 蛇のようにしなる動きは、一瞬で消えた。

 セーゴの持っていたベルトは剣を縛った。


 それにも気にせず向かっていくわんちゃん。仕方なく剣の束を空高く投げるとわんちゃんに構えた。


「エリザベス、セーゴが気に入ったようね」と涼し気な王女。


 エリザベスは王女の飼い犬なのだ。

 犬といっても物理攻撃に闇の魔法を纏う上級魔物。


 大剣士モブはセーゴを助けにわんちゃんことエリザベスの前に立つ。


「極・袈裟斬り」


 モブが斜めに刃を空中に滑らす。

 極限まで高められた速さで風が起こる。


 この攻撃を受け止められる者は剣士の中にはいない。


 エリザベスはいとも簡単に後ろに飛ぶと大技は空振りする。

 すぐさま後ろ足で地面を蹴りモブに体当たり。


 モブは腹部にエリザベスの体が当たるのを感じた。


 ずし、り──。鉄の塊のような容赦のない硬さ。モブの体はエリザベスの力に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げる。


「ぐっ⋯⋯」

 モブは顔を大きく歪め、限界を超えた。


 この時間はわずか一秒。


 腹部から聞こえる軋轢音と共にモブは闘技場から大きく超えて飛んで行ってしまった。


「王女さまのエリザベスはここにいたどの魔物より格上ですから、仕方ありませんぞ」とジルベール。


 エリザベスはセーゴの懐に飛びついた。


 十メートルほど足を後方へ滑らせたが、セーゴはエリザベスを抱えて撫でている。


「ははっ、俺に懐いたのか」


 エリザベスを撫でるセーゴの背中を見て王女は興奮気味に立ち上がった。


「あぁ、あの僧帽筋⋯⋯素晴らしいですわ! まさに男は背中で語る!」


「王女さま、言っている意味がわかりませんぞ」


 説明しよう!

 僧帽筋とは、首から肩にかけて盛り上がる「肩の土台」になる筋肉である。


 このお話で一番大切な筋肉である!


「盛り上がった僧帽筋から背中にかけての背骨の両脇の綺麗な背筋! まさに私が求めていたものです!」


「となると?」


「わたくしあの方に決めましたの。

 さっそくお茶会を手配してくださるかしら?」


 ジルベールは綺麗な角度でお辞儀をした。


「マッチョ増し増し選別試験終了でございます!」


 王女は自分の専属にシェフのノエルと魔導師のアレンを選んだ。後ほどモブも無事に回収。


 そしてセーゴとと王女はどうなるのだろうか⋯⋯。

 王女にロックオンされたことをセーゴはまだ知らない。


 王女は意気揚々と闘技場へと降りていった。

お読みいただきありがとうございました。


(クマ祭り後夜祭を知っている皆さまへの余談)

セーゴは西の最果て“ナロウ”に向かっていた。

まだ見ぬ同胞に会える希望を胸に抱いて⋯⋯。

その途中に行き倒れたところでした。

クマ祭り後夜祭にはまだまだたどりつかないようです。

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― 新着の感想 ―
もし漫画にしたらどうなるのかすんごい気になる品定めでしたね(;゜Д゜) もう勢いが凄くて最高です。
王女様のコメントがいちいち面白かったです(笑) 最初から最後まで全力疾走な作品でした。
めん棒でゾンビを殴るんじゃないっ! 不衛生でしょ! 王女さま(キュピーン) セーゴ(ゾクゾクッ!)
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