第12話「信頼の光、未来への一歩」
今日の12話でシーズン1終了となります。
来週からシーズン2となり13話から24話まで
引き続き毎週火曜日更新となります。
よろしくお願いします♪
朝の炊事場に、薪のはぜる音が響いていた。
結衣は袖を襷掛けし、湯気の立つ釜の前に立っている。冷たい空気の中で、火の温もりだけが指先に残った。
「今日は味噌が少なめですね」
そう声をかけると、兵の妻が笑ってうなずく。
「昨日は動きが少なかったでしょう。足りる分だけにしておこうと思って」
「ええ、それでいいと思います」
無駄を出さないこと。
それが、この邸で自然と身につき始めた感覚だった。
鍋をかき混ぜながら、結衣はふと口を開く。
「……知恵あるも、用ひぬ時は、灯の消えたる如く、暗き世なりき」
誰に向けたわけでもない。
ただ、手を動かしながら、思い出すように零れた言葉だった。
「……それは、何です?」
背後から声がした。
振り向くと、兵が二人、興味深そうにこちらを見ている。少し離れたところでは篠田も足を止めていた。
「祖母の教えです」
結衣は鍋に目を戻しながら、静かに答える。
「知恵があっても、それを使わなければ、灯りの消えた夜のように暗い。
だから、学んだことは、誰かのために使いなさい、と」
兵の妻が、へえ、と小さく息をもらす。
「難しい言葉だけど……なんだか、分かる気がしますね」
「はい。私も、全部理解できているわけじゃありません。でも……」
結衣は一度、言葉を切った。
「ここに来てから、思うんです。
知っているだけじゃ、足りない。使ってこそ、意味があるんだって」
篠田は何も言わず、その横顔を見ていた。
火の揺らぎが、結衣の頬を淡く照らしている。
*
昼下がり。
篠田は結衣を連れ、官兵衛のもとを訪れた。
「官兵衛様。結衣より、お願いがございます」
官兵衛は書付から目を上げ、静かに二人を見る。
「申してみよ」
結衣は一歩進み、深く頭を下げた。
「この地に来てから、医療や暮らしのことは学ばせていただきました。
ですが……世の流れを、まだ何も知りません」
顔を上げ、真っ直ぐに続ける。
「今が何年で、誰が何を巡って争っているのか。
播磨がどのような立ち位置にあり、何を守ろうとしているのか。
それを知らずに動くのは、灯を持たずに夜道を歩くようなものだと思いました」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「女が、そのようなことを学ぶ必要があるか」
官兵衛の問いは、試すようでもあり、拒むようでもなかった。
結衣は一瞬、息を吸う。
「はい。あります」
迷いはなかった。
「私は、ここに置いていただいています。
この邸で生き、この人たちと共に在ります。
ならば、学んだことは、必ずここへ還します」
官兵衛はしばらく黙していた。
やがて、静かに口を開く。
「……篠田」
「はっ」
「そなたの目から見て、この者はどうだ」
篠田は即座に答えなかった。
結衣を一度だけ見て、そして官兵衛に向き直る。
「恐れを知り、理を考え、人を見ます。
学ばせるに値する者かと」
官兵衛は、小さく息を吐いた。
「よい」
その一言に、結衣の胸がわずかに緩む。
「学ぶがよい。ただし、軽々しく口外するな。
知は力であり、刃にもなる」
「はい」
「そして、学んだ知は、人を生かすために使え」
結衣は深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
官兵衛は再び書付に視線を落としながら、ぽつりと付け加える。
「そなたは、灯を持つ者だ。
消すなよ」
*
それからの日々。
結衣は篠田と並び、地図や巻物を広げた。
年号。
都の情勢。
織田、毛利、そして遠く薩摩の名。
「播磨は、常に狭間にある」
篠田の声は低く、落ち着いている。
「だからこそ、人の心が大事になる。
力だけでは、守れぬものが多い」
結衣はうなずきながら、必死に言葉を繋いだ。
分からないところは、分からないと言えた。
篠田は急かさず、言葉を選び、何度でも説明した。
その時間は、不思議と苦ではなかった。
夕暮れ。
庭に並んで立ち、冷え始めた空気を吸う。
「……怖くはないのですか」
結衣がふと尋ねる。
「何がだ」
「知れば知るほど、争いも、裏も……」
篠田は少し考えてから答えた。
「怖い。だが、知らぬ方が、もっと怖い」
結衣は小さく笑った。
「……そうですね」
二人の間に、沈黙が落ちる。
だが、それは重くなかった。
ただ、そこに在るという感覚。
*
夜。
灯籠の火が、邸を照らす。
結衣は縁側に座り、今日学んだことを胸の中で反芻していた。
ここは戦の世。
だが、人が生きる場所でもある。
知恵を使い、言葉を選び、人を思う。
それが、ここで自分にできること。
遠くで、誰かが小さく歌のように、あの言葉を口ずさんでいるのが聞こえた。
――知恵あるも、用ひぬ時は……
結衣は、そっと目を閉じる。
ここに居場所がある。
信頼がある。
そして、まだ続く道がある。
その先に、どんな縁が待っていようとも。
結衣は、もう一歩、踏み出す覚悟を胸に刻んだ。
夜空に、静かな星が瞬いていた。
ーシーズン1 完
※シーズン2へ続く
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