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第1話「優しい人はいりません、思いやりのある人をお願いします。」

新連載開始です♪

黒田官兵衛を書いてみたくて。

主人公が黒田官兵衛のいる戦国時代の播磨にタイムスリップする物語です。


時を越え、信頼が人々を繋ぐ――戦国ヒューマンドラマ。



あの日も、私は誰かにとっての「理想の私」でいなければならなかった。




朝の薬局。

自動ドアをくぐると、すぐに漂う医薬品の香りと、処方箋の紙の山に息が詰まる。

私は制服のポケットに手を突っ込み、ため息をひとつ。今日も一日、処方箋とクレームと戦う日だ。


「おはようございます、結依さん」


同僚の声に微笑む余裕はない。

振り返ると、カウンター越しに待つ患者の視線が刺さる。胸の奥で小さな不満が渦巻く。




「待っているのに、まだ準備中なんですか!」


若い男性が処方箋を叩きつける。

私は平静を装いながら、カウンターの向こうで手早く薬を揃える。

心の中で、「これも仕事、これも生活」と唱えながら。




昼が過ぎても、処方箋は途切れず、電話は鳴りやまない。



「お薬の説明は聞きましたか?」

「はい、わかっています!」



やれやれと、私は息をつく。

目の下に影ができているのが自分でもわかる。




帰宅すれば、珍しく先に帰っている夫。

ストレスフルな仕事と、浮気グセがあり共感力のない夫との生活は、すでに限界だった。



「遅いな。俺の飯は?」


「……仕事が忙しくて、あるもので食べようと思ってた」


「は?俺の飯はないのか?」


「帰ってくるかどうかも、わからないから…」



言葉は淡々としているが、心はどこにも届かない。


「そんなに大変なら、転職すれば?」


皮肉まじりに言われ、胸が締め付けられる。私の一日は、誰のためのものだったのか。

誰も私の気持ちに寄り添ってくれない。


それでも私は笑顔を作り、食卓を整え、彼の浮気を知らぬふりをする。それが“正しい妻”の姿だと、長年刷り込まれてきた。




夜、ベッドに入っても、心はざわついたまま。携帯を握りしめ、SNSで他人の幸せな投稿を眺める。羨望と焦燥が交錯する。

ああ、誰かに「ありがとう」と、ただ労ってもらえたら…、ただそれだけなのに。




そして次の日――その瞬間は、まさに不意に訪れた。




駅前の横断歩道。信号は青、ランドセルを背負った男の子が元気に走り出す。


「……あぶな──!」


思考より早く、身体が反応する。

子供の腕を抱きかかえようと飛び出した瞬間、後方から聞こえる急ブレーキの金属音。衝撃。身体が宙に舞い、世界が光に包まれる。痛みも恐怖も思考も、すべてが遠ざかっていく……。




次に目を開けたとき、私は全く知らない匂いに包まれていた。

土の香り、血、鉄、火薬と焼けた木の匂いが混ざり合い、鼻腔を突く。湿った空気が肌にまとわりつき、目の前の竹で組まれた壁や天井の梁が揺らいで見える。耳に入るのは遠くで響く金属の衝突音と、誰かの叫び声。




「ここは……どこ?」


言葉を発する前に、兵士たちの視線が私を刺す。


「おぬし、何者だ?」


問い詰めるような声に、私は答えられない。スマホもバッグも、現代の服も――すべてが消え失せていた。




そのとき、一人の男がゆっくり歩み寄った。長身で痩せぎす、鋭い目の奥に深い憂いを湛えた面差し。黒い衣に身を包み、扇を軽く握り直す。その姿は、空気ごと張りつめたようで、息をするのもためらうほどの威圧感があった。



「黒田官兵衛様、お出ましを。」


「…!?……黒田官兵衛…?」


名前が口をついて出る。思考が追いつかない。


男は一歩ずつ、まっすぐに私を見つめる。瞬きひとつせず、心の奥まで透かされるようだ。


「……おぬしには、裏がない。だが……訳ありと見た。違うか?」


その声には、ただの威圧ではない、重みと説得力があった。耳に届く音のひとつひとつに、命令ではなく問いかけの力が宿る。



私はただ、震える手を握りしめる。

現代で押し殺してきた感情、葛藤、孤独――それらが、この戦国の世界で新しい意味を帯びて、胸の奥で熱を持ちはじめる。



恐怖だけではない。未知の世界で試される自分を、少しだけ楽しみたい――そんな気持ちが芽生えた。生きる希望の小さな光が、胸の奥で灯る。




──あの日、私は初めて、自分の意志で飛び出した。

そして今、この未知の世界で、私の人生は再び動き出すのだと、心の奥で感じた。




✜この物語はフィクションであり、実際の歴史•政治•人物•世俗•習俗•人物•宗教•国•文化•医療•経済等とは一切関係ありません。


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