第九話 襲撃
その日の夜、妙な胸騒ぎがしたドレッドは、一人で城内の見回りを行っていた。
しかし胸騒ぎと言っても、ドレッドには見回りをすべきだと考えるしっかりとした根拠があった。
それが、ユーシア帝国時代の王であった、グリド・エル・ユーシアの妻、イザベラ・エル・ユーシアである。
槍の勇者の反乱によって夫のグリドと王妃の座を失い、現在ではユーシア王国の中で一番の力をもつ貴族という立場にとどまっていた彼女だが、槍の勇者死んでしばらくした頃、彼女が王座奪還のために良からぬ動きをしているという噂が流れていた。
「無知な女王が即位した今が、王座奪還の好機……か」
コン コン
城内に響く二人の足音を聞きつけたドレッドは、即座に宝物庫へと走り出した。
「(狙いは宝物庫の宝だろう!)」
ドレッドが宝物庫の前にたどり着くと、ドレッドは彼と同じように走って宝物庫の前へと現れたミルヴァと鉢合わせた。
「……ミルヴァ、団長」
ミルヴァも、突然現れたドレッドの姿に驚きつつ、唖然としているドレッドに矢継ぎ早に指示を出す。
「ボーッとするな!早くもう一人の足音を追うぞ!」
一瞬状況が飲み込めなかったドレッドだが、かつての上司の指示に、反射的に体が反応する。
「はっ!」
ドレッドは、ミルヴァがイザベラの命で宝物庫の宝を盗みに来た訳ではない事に安堵しつつ、彼女と共にもう一人の足音を追う。
「ドレッド、赤の魔方陣を展開しろ!」
ミルヴァの指示で、ドレッドは強化の力を持つ赤の魔方陣をミルヴァの前に展開する。
ドレッドとミルヴァが魔方陣をくぐり抜けると、二人の走るスピードは倍近く跳ね上がった。
「ふっ、やはり才能ある奴の魔法は違うな」
悔しそうに笑いながら、ドレッドに聞こえないようにミルヴァは呟いた。
「いました!あそこです!」
廊下を走るフードを被った男を発見した直後、フードの男は廊下の突き当たりを曲がり、また姿が見えなくなってしまう。
「ちっ」
ミルヴァが舌打ちをしながら腰から剣を抜くと、物体を操る力を持つオレンジの魔方陣を剣の柄の部分に展開する。
「団長!先に!」
ドレッドの叫びと共にミルヴァは頷き、更に速度を上げ、あっという間に廊下の突き当たりまでたどり着いた。
「……」
だが、ミルヴァは突然その場に立ち尽くす。後から追いついたドレッドが、ミルヴァの見つめる方を確認すると、そこには物体を転移する力を持つ青色の魔方陣が地面に展開されていた。
「逃げられたか……」
剣を鞘に収めながら舌打ちをするミルヴァ。
魔方陣はゆっくりと収縮消えていく。
その様子を見ながら、ドレッドはミルヴァに訪ねた。
「団長……何故ここに?」
ミルヴァはドレッドの方に振り返ることなく言った。
「お前と同じ、見回りだ……城内のな」
「……そう、ですか」
ミルヴァもドレッドと同じように、宝物庫が狙われる可能性を危惧したのだろう。
ドレッドはそう思った。
だが、心のどこかで、そう思った自分に大きな違和感を感じていた。しかし、ミルヴァを信じない理由も、その違和感を追求すべき理由も、ドレッドにはなかった。
「ドレッド、とりあえず宝物庫の確認に行くぞ」
ミルヴァの指示に、ドレッドは返事をし、二人は宝物庫の確認へと向かう。
ドレッドは宝物庫の前で、橙色の魔方陣を手のひらに展開し、扉の端から宝物庫の壁際まで、注意深く隅々まで魔方陣をかざしていく。
「宝物庫を守る為の魔方陣以外、何も見当たりません。何らかの魔方陣を展開した痕跡もないようです。我々の見回りが、功を奏したようです」
「そうか……また襲撃があるかもしれない。明日の朝までは、我々で宝物庫の監視をしよう。何せ、奴はこの城の警備を軽々と超えてここまでやってきたのだからな。またいつ襲ってくるのか見当もつかん」
城の警備をかいくぐれる物などそうそういない。そもそも魔法を使える人間自体、才能に溢れたごく一部の人間にしか使うことができない。更に、仮に使えたとしても、その魔法がここまで高度な転送魔法を扱うことができる人間など僅かしかいない。
「奴は……一体何者なんだ」
様々な可能性が、ドレッドの頭の中をよぎった。
王国に恨みを持つ、世界戦争を生き残ったどこかの兵士か。はたまた他国からのスパイか。それとも、今のこの国をよく思わない裏切り者か。
「……って、それは俺か」
「ブツブツと考えるのはよせ、お前はいつもそれで判断が遅れる」
ミルヴァの指摘に、ドレッドは思わず頭を掻いた。
「あ、すみません団長」
ミルヴァの配下だったころと同じように、けろっと笑うドレッドに、ミルヴァは言った。
「その団長という呼び方もよせ。今のお前と私の階級は同じだろう。それに、私の方がお前より大分年下だ。喋り方もわざわざ敬語にする必要は無い」
ミルヴァは不器用にニヤリと笑う。
「何なら、なれなれしく、ミルヴァちゃんって呼んでも良いんだぞ?お前が年下の女兵士をそう呼んでいるようにな」
「いやー、そりゃー勘弁してくださいよ!せめてさんづけじゃないと」
「ふ、冗談だ。普通にさん付けで呼ぶと良い。私はお前の呼び方を変えないがな」
ドレッドは少し嬉しそうに笑って言った。
「ええ、だと助かります!」
ミルヴァは天才的な剣才はあれど、魔法の才能はほんの少しも持ち合わせていなかった。
魔力に満ちあふれるこの世界で、魔法が使えない兵士は出世することができない。だが、ミルヴァはたゆまぬ努力と仲間の魔法による連携によって、この地位まで上り詰めた。
年下であっても、その才能に絶望せず立ち向かっていく姿。王宮の人気のない木陰で、一人素振りをしていた姿を、ドレッドはずっと見てきた。
ドレッドは、心の中で思う、ミルヴァとなれなれしくすることなど、決して出来ないと。
何故なら……。
「(私は貴方のような兵士になりたいと、そう思ってこれまで、生きてきたのですから)」