第四話 新女王
ミルヴァはその声を聞き、ドレッドの処刑を中断する。
「(今の声は……しかし、女王はマークが城の外へ避難させるために地下室に……)」
ドレッドも状況を理解出来ず、困惑している。
その場にいた全員が振り向くと、そこにはエレナと、護衛のマークの姿があった。
「彼と、話をさせて」
エレナの真剣な眼差しに、兵士達は思わず道を空ける。
「な、何を考えているんですかエレナ様!彼は反逆者です!」
エレナの言葉に大きく取り乱し、必死に説得しようとするマークだったが、エレナの決意が揺らぐことはなかった。
「反逆者でも、私を殺そうとしていても、彼はこの国の国民です」
エレナはゆっくりとドレッドの目の前まで歩み寄ろうとする。
「へ、陛下!お下がりください!」
ミルヴァがエレナを止めようとすると、エレナは小さくミルヴァに「ごめんなさい」と言うと、ドレッドを拘束している二人の兵士に言った。
「拘束を解き、そこから離れてください」
「……しかし陛下、それでは御身が」
「これは命令です。すぐにどいて」
兵士達は目を丸くしながら、ドレッドの拘束を解いてその場を離れた。
エレナはドレッドの前に立つと、彼の目を真っ直ぐ見つめた。そのあまりの真剣な眼差しに、ドレッドは一瞬目をそらして言った。
「私は今し方、ここにいる兵士に剣を取られ丸腰となってしまったが、素手でも貴方の命を奪うことが出来る」
ドレッドは女王を睨み付け、吐き捨てるように言った
「そんなことも知らない村娘なんぞに、国民を救うことなど出来るものか」
その通りだ。彼の言っていることは、何も間違っていない。自分が王にふさわしくないことを、エレナ自身が一番よく分かっている。
それでも、エレナは信じることにした。最愛の夫の、勇者の信じた、自分の、王としての価値観を、信念を。
「貴方は、人が死ぬことが、悲しいことだと思う?」
とても穏やかな声で、エレナは言った。
ドレッドの脳裏に、これまで踏み越えてきた死体の数々や、戦争で死んだ妻の姿が浮かぶ。
「……悲しいに、決まっている」
「でしょ?……私も、そう思うんだ」
エレナはドレッドににこりと笑うと、大きく息を吸い込み、この場にいる全ての兵士達に言った。
「彼を、ドレッド・モーサを許します!」
「な……」
言葉を失うマーク、他の兵士達もミルヴァ含め、エレナの言葉に呆然とするしか出来なかった。
「……何故ですか」
一番エレナの言葉に納得がいっていなかったのは、ドレッドだった。
「何故俺を殺さない!!」
受け入れがたい現実をはねのけるように、ドレッドは叫ぶ。
エレナは申し訳なさそうに苦笑いしながら言った。
「えっと……あっはは、だって私、貴方の言い分よく分かるから」
エレナはまるで、ドレッドに自分の悩みを相談するように、彼の前に座り込み、自信のなさそうな顔で言った。
「私が貴方の立場でもきっと、どんなことをしてでも、私が女王になることを止めようとすると思う。だって私、数日前まで何も知らないただの村娘だったのに。そんな人に、国を……国民の命を預けるなんて」
ドレッドより少し下の目線から話す、エレナの姿は、一国の女王というよりかは、一人の先を憂う少女が、不安な気持ちを大人に相談しているかのようだった。
エレナのその姿勢を見て、ドレッドも思い出す。自分も同じように、国民達と接していたことを。子供から老人まで、全ての人の目線よりほんの少し下までかがみ、誠心誠意彼らの悩みを聞いていたことを。
「でもね、私は夫と、ユートと約束したから、精一杯頑張ろうって思ってる。だから、何も知らない無知な私を、誰よりも国を思い、命を大切にする、優しい心を持つ貴方に、手伝って欲しいの」
決して飾らないエレナの姿を見て、ドレッドは可能性を感じた。それはとても漠然としていて、本人にも何かは分からない。だが、彼女の歩く道の先に、皆が望んだ世界があるのではないかと。そして、その世界をこの少女は、誰よりも願っている。
「エレナ様、貴方は王になって……この国を、どうしたいのですか?」
エレナの瞳に、光が宿った。その姿を見て、城にいる全員が、エレナと先代の王、ユートの姿を重ねる。
「皆が、明日に明るい希望を持てる。生きていたいって思える、そんな国にしたいな……なんて、、、ユートの言ってたことだけどね」
「はっ、なんて抽象的な」
そう言いつつ、正面から対面しているドレッドだけが感じた。
エレナは、女王は、先代の王以上に、目指す世界の姿が見えていると。
「ちゅ、抽象的なのは、本当にごめんなさい。私も何をしたら良いか分からないから……だからせめて、国民達の声を、受け止めることから頑張ろうと思っていて」
あわあわとするエレナに、マークが突っ込む。
「エレナ様、もう少し威厳のある態度をおとりください」
「あ、えと……ごめん」
素直に謝るエレナに、マークは呆れて額に手を当てる。
「それで良い……それで良いのです、陛下」
ドレッドは、エレナに土下座をして言った。
「私に出来る事であれば、何なりとお申し付けください。陛下にもらったこの命、陛下のためにお使いします……ですからどうか、国民の……そして、俺の声を。聞いてはいただけませんでしょうか」
女王エレナは、にこりと笑って答えた。
「はい、是非」
そんな女王の姿を見て、ドレッドは悔しそうに唇を噛みしめた。これまで叶わなかった国民の声が、あっさりと王の元に届けることが出来たからか。死ぬ覚悟一つ突き通せず、女王の優しさに甘え生き延びた情けなさからか、それは彼にしか分からない。
だが一つ言えることは、彼は確実に、一人の国民として、女王に救われた。何故なら再び彼は、娘に会うことが出来るのだから。
※
翌日、戴冠式の続きが行われた。
未だに国民達がエレナを見る目は、不安で埋め尽くされている。
それでもエレナは、国民ににこりと笑いかけた。