第四十話 迎え
それは、エレナにとって初めての体験だった。
全てが生まれたばかりのように新鮮で、かつ斬新だった。
エレナが知ってる空は、青い空。そしてそれらを遮る白い雲。
世界に光を灯す大陽。
だが、今この場にある光景は、全く違う物だ。
エレナの真上にある空は、確かに青色。だが、その青い空を辿っていくと、徐々に空の青がうねり始める。
所々に黄色の空が混じり初め、それらは空の雲を巻き込み、渦を巻いていく。
そして、その渦の向こう側の空は。
「この黄色い空を見るのも、久しぶりだな」
エレナ、マークと共に転移してきたミルヴァが、空を見上げて呟く。
「私は、二度と見たくなかったのですがね」
ドレッドも、空を見てため息を吐いた。
「マイナスの魔力が流れる地帯の自然は、我々人類の暮らすプラスの魔力地帯と、大きく異なるとは聞いていましたが……」
マークが目を見開き、唖然とした表情で、渦の向こうを見つめる。
マイナスの魔力地帯の自然が、プラスの魔力地帯と異なるところは、空だけではない。
「そうか、お前は確か魔族の領地に行ったことなかったか」
「ええ、俺が騎士になったのは、槍の勇者が魔王との戦闘で亡くなられ、魔族の領土がプラス地帯へ及び始めた頃でしたから」
かつて槍の勇者が魔王との戦争で討ち死にし、ユーシア王国及び、世界中の人類の勢力図が一気に傾いた。
魔王から膨大な魔力を受けた魔族達は、プラスの魔力地帯でも、マイナスの魔力地帯に何事もなく足を踏み入れた。
普通であれば、魔族といえど重度の摩擦病にかかるはずだが、彼らはプラスの魔力地帯で生き生きと剣を振るい、魔法を放った。
マークが王宮での修行を終え、戦場に出る事が出来る力を身につけたころだ。
そこから半年後、異世界から召喚された3人の勇者の内、剣の勇者が自らの命と引き換えに魔王を倒したのだが、それはまた別の話。
つまるところ、マークはマイナス地帯の光景を見るのは初めてだった。
もちろん、騎士になる前の村にいた頃ですら、マイナスの魔力地帯に足を踏み入れたことはない。
「王宮の書物を読んで、知識はありましたが、実際にこうしてみると……圧倒されます」
「お前、王宮に来た頃は、本当になーんにも知らなかったからな!」
「ふふ、お前の無知さには、私達も苦労させられた」
ミルヴァも珍しく笑みをこぼす。
「お前の無知さはエレナ様級だったからな!!……あ」
と、失言をこぼしたドレッドをミルヴァが睨み付け、気づいたどれっどが口に手を当てる。
3人がエレナの方をゆっくりと振り返る。
エレナは何も言わず、3人を背に真っ直ぐに見つめていた。
空の渦の中心、その下に栄える小さな村を。
「流石エレナ様だ、ドレッドの失言など意に返さず、只々目的地を見つめておられる」
嫌味満載で、ミルヴァがじとーっとドレッドを見つめる。
「我々もそろそろ、気を引き締めなければ」
マークがそう言うと、ドレッドは罰が悪そうにそっぽを向いた。
「え……エレナ様、そろそろ参りますか?」
話を変えようと、ドレッドがエレナに語りかける……が、エレナは反応しない。
「……?」
不思議に思ったマークが、エレナの元へ近づく。
「エレナ様、参りましょう」
「……」
反応がないエレナを不思議に思い、マークはエレナの前方に回って片膝をつき、エレナの手を少しだけ引く。
「エレナ様、参りま」
「ちょ……待って」
微動だにしないエレナの表情を、マークはのぞき込む。
するとそこには、澄んだ空のように真っ青な、エレナの顔があった。
「マーク、左手に持ってる桶、貸してくれる?」
エレナはマークから桶を受け取ると、両手で持ったまま再びフリーズした。
「え、エレナ様?……」
しばらくすると、エレナはマークをゆっくり見下ろして行った。
「ごめんね、もう大丈夫だから。ありがとう」
「では、参りましょう」
マークは何事もなかったかのようにエレナから桶を受け取り、目的地に向かって進み始めた。
「何というか、スムーズだな」
ミルヴァがそう呟くと、ドレッドは言った。
「度々マークが、エレナ様についていけないという愚痴を聞くことがありますが……この王国であの方について行けているのはあいつだけだと、このごろ思います」
「そうだな……きっと、これからどのような時代になっても、あの二人は順応していくのだろう」
ドレッドの言葉を受け、ミルヴァはしみじみと、二人を見つめて言った。
「時代に順応するのではありません。あの方は時代の象徴、そのものです」
ドレッドとミルヴァの背後から、男の声がした。
マークもそれに気づき、すかさず三人は剣を取り出す。
「剣をお鎮めください。私は、あなた方を迎えに上がったのです」
姿を現した男の肌の色は、赤色だった。
「お前は……」
ミルヴァが呟く。
「ええ、その通り……私は魔族です。貴方のことは知っていますよ、死光のミルヴァ」
「……」
ミルヴァは鋭く、赤い肌の男を睨み付けた。
「剣の勇者に倒されたと聞いていたが、まだのこのこ生きていたとはな。剣鬼ウォード」




