第三話 反逆者 ドレッド
本当に、恐ろしい時代だった。
2年前に始まった、魔族と人類の、世界規模の大戦争。
人類の半分が、その戦争で命を落とした。
そんな時代に自分が生きていたことが、未だに信じられない。
毎日、隣の誰かが魔族に殺されるのが当たり前だった。
まるで終わりのない、悪夢のような日々。
手を伸ばそうとしても届かず、必死に走っても間に合わない。
只々背後に、毎日のように死がせまる。
仲間は皆、背後に迫る死を受け入れ、これから生きる人々の為に死んでいった。そして私は、その死から逃げ続けた。誰のためでもなく、ただ自分の為に。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
ようやく振り切った、そう思い背後を見ると、そこにはおびただしい数の死体の山が転がっていた。
俺は、自分が生きるために、この数の人間を見殺しにしたのだ。
その死体の山の中には、私の妻もいた。
罰が下ったのだ。自分の為に、死体の山を踏み越えて逃げ続けた罰が。
そんな俺が今、国の為に命をかけようとしている。
戦争で様々なものを失い、手元に残った、第八子団団長というちっぽけな権力を使って、娘の生きる、未来のために。そう、俺はここで死ぬべきなのだ。それが俺の天命であり、それをなすために生まれて来たのだ……そうなのだ、きっと。
・
ドレッド・モーザ。ユーシア王国内全域の警備を担当する第8師団団長であり、15万人の兵士のトップに立つ、魔族と人類との世界規模の戦争を生き抜いてきた、歴戦の猛者である。
茶髪にボサボサのロン毛に加えて186cmの巨体は、中々周りの人々を寄せ付けないが、彼と接する兵士は皆、口々に言った。
「この国のことを一番思っているのは、あのお方だ」と。
彼には現状がよく見えており、この国に巣くう一部の腐敗した貴族達から影ながら市民達を守ってきた。
マークは初め、彼がかつて在籍していた第3師団に属していた。その頃からも腐敗した貴族や、無益な争いの仲裁に力を注いでおり、マークは彼を兵士として尊敬していた。
故に、彼が国に謀反を起こしたという報告を聞いたときは、人一倍動揺したのだろう。何せ、誰よりも争いを好まなかったのが、彼なのだから。
「女王は護衛のマークと共に、城襲撃時の手はず通り、玉座の間後方の部屋の階段から行ける第3地下室へと向かっているハズだ!見つけ次第に引っ捕らえ、俺の元へ連れてこい!」
ドレッドの号令と共に、この作戦のために集まった数千人の兵士が一斉に雄叫びを上げ、城の中へ入っていった。
流石に自国の兵士が突然反逆を起こすことを想定していなかったのか、どの師団も対応が追いつかず、ドレッド達の進行を止めるべく送られた数百という少数の兵士達では、なだれ込んでくる数千の兵士を止めることは出来なかった。
ドレッド達の軍は、その数を減らしながらも着実に城を少しずつ占領していった。
だが、順調であるにも関わらずドレッドの焦りは募るばかりだった。
「(計画は順調だが、思ったより他の師団の動きが速い。本格的に俺達を鎮圧する部隊を整える前に、早く女王を見つけなければ)」
直後、ドレッドに豪速の火の玉が襲いかかる。
「くっ」
反応が遅れたドレッドは、間一髪その攻撃を避ける。
「ぐあああっ」
ドレッドが躱した攻撃が、背後にいた一人の兵士の命を奪う。
「……くそ!」
ドレッドはそこから、まるで自ら攻撃に当たるように先人を切り、どんな攻撃も躱さずはじき、その身で受けながら前に進み続けた。
あまりにも献身的な彼の行動は、まるで背後にいる娘を必死に守っているようだった。
「うおおおおおお!!!!!!」
苦しみや悲しみの中に、どこか充実した笑顔を浮かべ、ドレッドは進んでいく。
「(もう少し、もう少しで、玉座の間へとたどり着く!そこを抜ければ女王がいるはず!そすうれば………)」
玉座の扉に手をかけたドレッド。ドレッドは想像する。扉の向こう側にある、未来を。
元気に暮らす、娘の姿を。
ドレッドは手のひらに、物体をテレポートさせる灰色の魔方陣を作り出す。
「……ミーナ」
ドレッドは、城の南西にある巨大な川の水をテレポートさせ、その水圧で玉座への巨大な壁を押し開けた。
すると、ドレッドに、温かい光が差し込む。
「……」
光が晴れると、玉座の間には、大量の兵士達によって埋め尽くされていた。
緑、灰色、水色、赤色、様々な色の魔方陣が、ドレッド只一人に向けられる。
「……ふ、」
ドレッドは全てを悟り、背後にいる兵士達の方を振り返って言った。
「お前達、すまない」
ドレッドは即座に剣を捨て、両手を挙げてひざまずいた。
「どうか、部下の命は助けてもらいたい……彼らは、私の命令に従っただけだ」
ドレッドは両手を拘束され、王国の兵士達に捕らえられる。
ドレッドの配下の兵士達は、その姿を眺めていることしか出来なかった。
反逆者はその場で極刑。それが、帝国時代からこの国に定められていたルール。
「くっ」
一人の兵士が刃を食いしばり、武器を強く握りしめる。しかし、足が震えて動き出すことが出来ない。
「それで良い」
ドレッドは、動き出すことの出来ない兵士にそう言った。
兵士は尚、動き出すことの出来ない自分を悔いる表情をすると、ドレッドはもう一度、その兵士に寄り添うように言った。
「それで、良いんだ」
そこには、勇ましさのかけらもない、一人の人間の微笑みがあった。
その微笑みを見て、ドレッドの配下達は我に返り、自分の中に存在する死への恐怖を自覚し、次々と武器を落としていった。
涙を流す配下達を背に、ドレッドは叫ぶ。
「この俺、第8師団団長、マーク・ロムルスの死によって、戦争で乱れたこの世で、苦しみ続ける人々の声が、この国の貴族達によって無かったことにされてきた彼らの悲鳴が、明るみになるだろう!」
言葉を続けようとするドレッド。彼の配下を含め、その場にいた数千の兵士達は、この国に物申そうとしているドレッドのことを、誰一人として止めようとしなかった。
「これからの時代に必要なのは、槍の勇者のように、国民を本当の意味で救う力と心を併せ持つ真の王だ!決して、決して、旧帝国の卑しい貴族達の操り人形になるであろう、無知な村娘などではない!」
その場にいた兵士達が皆、ドレッドの叫びを聞いて思う。
やっと、言ってくれる人が出た……と。
立場上、新たに即位した女王を守る兵士達も、内心では皆思っていたことだった。だが、それでも立場上、彼ら兵士は、ドレッドのことを殺さなければならない。
ドレッドが叫んでいたことが、どんなに正しい事であろうと、それが帝国時代から続くこの国のルール。
「ドレッド・モーザ!貴様を女王への反乱及び、自軍の兵士に対して反乱の扇動を行ったとし、この場で処刑する!」
二人の兵士がドレッドを跪かせる。
「ドレッドの刑は、私が下そう」
すると、兵士達の中から一人の女兵士が姿を現す。彼女の軍服には、ドレッドと同じ師団長の証である勲章が左胸に付けられている。
「ミルヴァ師団長……」
ミルヴァ・ウル・エフォート。第3師団団長。かつてのドレッドとマークの上司であり、軍の中でも1.2を争う実力の持ち主だ。
ミルヴァは特徴的な赤髪をたなびかせながら、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
「貴方に殺されるなら安心だ……苦しまなくて済む」
ドレッドの言葉にミルヴァは口を噛みしめると、大きなくまの出来た目で、悲しそうにドレッドを見つめて言う。
「最後に何か、言い残すことはあるか」
「……娘を、お願いします」
ドレッドの言葉を聞き届けると、ミルヴァはドレッドの首めがけ、剣を振りかぶって言った。
「ドレッド・モーサ。命を尊ぶ優しい時代で、また会おう」
ドレッドは悲しい顔で答える。
「そんな時代が来ることを、俺はいつまでも、願っております」
ミルヴァは剣を握りしめる拳に力を込める。
「さらばだ」
ドレッドの首めがけ、ミルヴァはその剣を振り下ろした。
その時。
「待って!」
女王の声が、玉座に響いた。