第三十八話 秘密裏
「……って、言われたんだけど、どうしたら良いと思う?」
寝室にて、パジャマ姿のエレナは、跪くマークに言った。
マークがゆっくり顔を上げると、そこにはいつもの呆れ顔とは違う、やけに真剣な表情が浮かんでいた。
「……打ち明ける場所と言いエレナ様の格好と言い、言いたいことは山ほどあるのですが。そうも言ってられない」
マークは立ち上がり、真剣な眼差しでエレナを見つめ、ゆっくり近づいていく。
「え……何、どうしたの?」
寝室で一対一。立ち上がったマークの姿が、エレナの目にはいつも以上に大きく見えた。
「ちょ……待っ」
マークはエレナの顔に至近距離まで顔を近づける。
「エレナ様……この話は決して誰にも聞かれぬよう、他言無用でお願いします。」
マークはそう耳打ちをすると、続ける。
「第八師団団長ドレッド・モーザ。第二師団団長ミルヴァ・ウル・エフォート、それと私の三名を護衛とし、明日にでも出立いたします」
「明日!?そんなに早く出るの?」
声を上げるエレナの唇、ほんの数センチ離れた位置に、マークは人差し指を立てる。
「エレナ様、静かにお願いいたします。この情報は、世界を大きく変える程の力を持っています。下手をすれば、その地を巡って戦争が起きる可能性すらあります」
「……確かにそうかもしれないけど、ここまでやる必要ある?」
マークの背後にある寝室の扉には、室内の会話の音を縮小させる黄色の魔方陣が展開されている。
「ウェルス商店街の人々が、王宮の人々に言うべきでないと言ったのなら、それは(金の亡者)のバックにいた組織のスパイが王宮内にいると言うことです。それだけではありません、王宮には他国のスパイが紛れ込んでいる可能性もあります」
この情報がエレナ達以外の者に漏れるだけで、商店街の彼らの言っていた魔族と人の共存する村を巡って、戦争が起きる。
そんなマークの説明に、エレナも顔を俯き、コクリと頷く。
「戦……争、また」
ユーシア王国の辺境。美しい緑の山々に囲まれた、名前を知っている者の方が少ない小さな村。
その立地故、別の町との交流どころか、他国との貿易すらもほぼ皆無であり、自給自足の生活をしていた。
そんなエレナの暮らしていた村ですら、戦争の爪痕は大きかった。
少しずつ、村の若い男が人知れず減っていった。
王都から税と称して大量の食物を奪い取られた。
そして、エレナの最愛の夫である、ヤリタ・ユート・ユーシアでさえも、戦争の中心である魔王との決戦で命を落とした。
「この情報は、世界を救うものです。ですが、使い方を間違えると争いを生みます……それも、大きな。だからこそ、一刻も早く、誰にも悟られず、信頼できる者だけで、その情報の真意を見極める必要があるのです」
マークは、過去を思い出すエレナの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「ミルヴァさんとマークさんを選んだのは、マークが信頼できる人だから?」
エレナがマークに問いかけると、間髪入れずにマークは頷いた。
「はい。私の知る限り、二人がこの国を裏切るなど、決して考えられません。それに、実力も兼ね備えています」
「王宮の皆を疑うのは、正直嫌だけど……でも、スパイだったり裏切りだったり、沢山あるんだよね」
ウェルス商店街の人々。完全に心を開いていた彼らに裏切られた、純粋な女王のショックは、想像以上に強烈なものだ。
話せばきっと分かってくれる。理解し合うことが出来る。
同じ優しさを持った人間なのだから。
そんな彼女の価値観を、商店街の彼らはひっくり返した。
皆が、悪事を行う理由を知った。その悪事は、家族や商店街を守る為の優しさから来るものだったことも知った。
村の外の世界は、想像以上に複雑で、人々の感情が絡み合っている。
そこには、善のために悪を行い、悪の為に善を行うものもいる。
それでも、商店街の彼らと、エレナは分かり会うことが出来た。
心を開き、分かり会う。そのためには、慎重にならなければいけない。
誰にでも初めから、心を全て、開くわけにはいかない。
開いた心につけ込む者が、エレナと、その周りの人々を傷つけることを、十分に彼女は理解した。
「分かった、今回は4人だね。本当に頑張ろうね!」
自分で提案したにもかかわらず、素直に意見を受け入れたエレナに、マークは驚きの表情を見せた。
そしてその後、心底安心したような顔で言った。
「エレナ様……世界を救いましょう、我々の手で」
エレナとマークは、真っ直ぐお互いを見合う。かつてと立場も違う、場所も違う、関係も違う。
それでも、世界を救うその思いが、今二人を同じ場所に立たせようとしている。
エレナも、人知れず背負っていた重圧の半分をマークが背負ってくれたような気がして、安心したように微笑んで言った。
「うん、頑張ろう。世界中の、苦しんでる皆のために」




